欲しいもの



ハロウィンが終わると一気に赤と緑のクリスマスカラーに包まれ浮かれた街中に自然と溜め息が溢れる。
きっと、彼にはクリスマスなんてものは関係ないだろうしクリスマスだからといって会いに来てくれるような甘い男ではない。違う女の人の家でケーキぐらいはつついているかもれしないけれど。一度嫌な想像を始めるとどんどん悪い方向に思考が傾いていってしまう。とめどなく溢れてくる嫌な想像をかき消すためにトーク画面を開き、数少ないやりとりを見て心を落ち着かせた。

「何してる?」
「次はいつ会える?」
「クリスマスは、」
「……会いたい」

絶対に伝えられない想いを打ち込んでは消しを繰り返し、画面の電源を落とした。最初は遊びでもいい、身体の関係だけでもいいと思っていたのに触れるうちに心も欲しくなってしまった。欲張りな自分に反吐が出る。絶対に、心なんてくれるはずないのに。


「よぉ」

重たい気持ちを抱えたまま仕事を終え、家に帰ると会いたくて仕方なかった男がそこにいた。すぐに抱きつきたくなるような嬉しさを抑えてなるべくそっけなく「来てたの」なんて吐き出した言葉は震えていた。

「嬉しい時はそう言えよな」
「嬉しくない」
「素直じゃねぇなぁ」

つまらなそうにこめかみを掻く仕草に、やってしまった……と頬の内側を噛み、ボロボロと崩れていきそうになる気持ちにストップをかけた。「帰るわ」と言われたらきっと私は「ご自由にどうぞ」なんてつまらない意地を張ってしまうだろう。それだけは阻止したい。お願い。言わないで

「……んな顔しなくたって、出てかねぇよ」
「……」
「今に始まった事じゃねぇだろ。名前が素直じゃないなんてよ」
「……」
「ほら、来いよ」

胡座の真ん中をトントンと叩き、意地悪く笑っている。見事に掌の上で踊らさられているようで腹が立つけれど、このタイミングを逃したらこの距離はずっと縮まらない気がして誘われるままにその膝の上に座った。顔を見られるのが恥ずかしくてぎゅっと抱きつき首元に顔を埋めると彼の匂いしかしなくて、安心した。

「良い子じゃねぇか」

梳くように髪を撫でる大きな手が気持ちいい。

「良い子にはご褒美、やらねぇとな」
「ご褒美……?」
「もうすぐクリスマスだろ。何が欲しい」

どうせベットの中での話だろうと思っていた私は裏切られた。酷い裏切りだ。こんなの聞いてない。明日、死ぬの…?そのぐらい予想外の出来事に頭が追いつかない。

「……欲しいものなんてないよ」
「何かあるだろうよ。バッグでも財布でも何でもいいぞ」
「いらない」
「なんだよ。人がせっかく何か贈ってやろうってのによ」

剥き出しの耳に唇を寄せ、きっとこんな時じゃないと言えない想いを吐き出す。

「……私が欲しいのはあなただけ」
「……んな殺し文句どこで覚えてきやがった」
「……」
「いいぜ。全部名前のもんだ」

それは、まるで古い歌の歌詞のようで
クリスマスカラーに溢れる街並みを歩くのも少しは楽しくなりそうだ。と思いながら唇をなぞる親指に噛み付いた。




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