06
仕事を手伝いたいカイルとリアラの話
「オレたちも連れて行って!」
「駄目だ」
「どうして!」
「今回の依頼は内容を聞いていない。内容次第では危険が伴うんだぞ」
「そんなのわかってるよ! だから言ってるんじゃないか!」
「駄目なものは駄目だと言っている!」
「一人で仕事なんて大変だろ!? オレもジューダスのこと手伝いたい!」
「そもそもお前は孤児院の手伝いがあるだろうが!」
むう、と頬を膨らませるのはカイルだ。先程から止まない問答にいい加減疲れてきた。こうと決めたら余程のことが無い限り自分の意見を曲げないカイルのことだ。僕が頷くまで食い付いてくるだろう。すぐそこに迫る未来に頭痛がする思いだ。
僕の仕事を手伝いたい、というカイルの言葉は前々から聞いていたものだった。ロニやハロルドには助力を依頼するのに自分には話が来ないから拗ねているのもあるのだと思っている。けれど僕はカイルにも、当然リアラにも仕事を手伝わせる気はなかった。それは偏に彼らが『子ども』だからである。
何でも屋という仕事の性質上、相手にするのは全員が善人というわけにはいかないだろう。さすがに人と依頼内容を選んで仕事を受けてはいるが、それでも同行者が子どもであると舐められる可能性は十分にある。下手をすればカイルとリアラの存在を逆手に取って割に合わない依頼を受ける羽目になるかもしれないのだ。
別に報酬に拘っているわけではないからそれはいい。ただ、それをカイルとリアラが知ったらどう思うか。それなりに長い付き合いだ。それくらい簡単に想像がついた。
だから頑なに断っているというのに。親の心子知らずとは正にこのことだ。顔を合わせれば仕事を手伝わせろの一点張り。いい加減スタンかルーティでも呼んでくるか。既のところで止めていた溜め息を吐き出そうとして、カイルの隣で神妙な顔をしていたリアラに名を呼ばれた。
ねえ、ジューダス。僕に呼び掛けるリアラは、絵に描いたような笑みを浮かべていた。
「ジューダス。わたし、晶術が得意なの」
そんなことは言われずとも知っている。
あの旅の間、リアラの晶術にどれほど助けられただろう。回復も、攻撃も。僕たちの誰よりも優れた術を使うリアラ。彼女の術が無ければ切り抜けられなかった局面は多い。
「……それがどうした」
だから、今更になってそんなことを主張してくるリアラの意図が読めなかった。リアラは尚もにっこりと微笑んだまま、僕を見ていた。
「ジューダスが前衛で戦ってる間、わたしは後方から晶術で援護ができるわ。敵に囲まれたって術で一角を切り崩すくらいならできる。それに、ジューダスが怪我してもわたしが回復してあげられる。回復薬を持ち歩かなくていいから荷物も少なくなると思うの。いろんなところに行くお仕事だもの、荷物は少ない方がいいわよね?」
僕は絶句してしまった。後に続くリアラの言葉が、わかってしまった。
ねえ、ジューダス。リアラが微笑む。
「わたしを雇わない?」
はああああ。思わず額に手を遣って溜め息をついた。リアラの言葉を聞き届けたカイルがはっとした表情をして挙手する。はいはい! まるで褒美を与えられた犬のようなそれに、僕はリアラを睨んだ。恨むぞ、リアラ。僕の怨念がこもった視線を受け流して、リアラは堪えきれなくなったようにあははと笑い声を上げた。
「オレも! オレも戦えます! オレが前衛で敵を食い止めればジューダスは中衛で剣と晶術使って敵を確実に仕留められるだろ? 前衛オレ、中衛にジューダス、後衛はリアラ! どう、この完璧な布陣!」
「何一ついつもと変わらないじゃないか」
三人で行動する時は大抵その配置だ。何を今更。言おうとしてやめた。僕の負けは確定していた。
「オレも雇ってよ、ジューダス!」
きらきらと僕を見る青い目。断られるとは微塵も思っていないようなその目に、もう反論するのも馬鹿らしくなってしまった。もしカイルとリアラが逆手に取られるようなことがあれば、それを更に逆手に取って報酬を毟り取ればいいだけだ。
なにせ僕は、かつて『強欲の魔女』と呼ばれた女の弟なので。
「……今回だけだぞ」
「「やったー!」」
カイルとリアラが手を叩き合った。何がそんなに嬉しいのだかさっぱりわからないが、それを追及するのも面倒だった。
今にも踊り出しそうな二人の頭を軽く小突いてこちらを向かせる。きょとんと目を丸くした二人に、僕はやはり溜め息をつくばかりだった。
「で、いくら欲しいんだ」
「え?」
「僕がお前たちを雇うんだ。報酬が必要だろう」
瞬きを二、三度。僕の仕事に同行したい一心で報酬のことなど何も考えていなかった。そんな顔。
ロニやハロルドに協力を依頼する際にも僕は彼らに報酬を支払っていた。わかりやすく金勘定であればよかったのだが、二人はどれほど言っても現金を受け取らない。そのため、現物支給が常だった。
ロニは酒と飯を奢れと言ってくることが多い。ついでに、酒に酔った勢いで酒場の女を口説いて振られ、泣き崩れるロニを回収して宿に放り込んでやるまでが報酬だと思っている。報酬でなければ他人のフリをして酒場に放置している。
ハロルドは自分の研究に必要な材料を持ってこいと言ってくることがほとんどだった。簡単に手に入らない代物を要求してくることが多いため、今ではすっかりカルバレイスのトラッシュマウンテンの常連となってしまった。ゴミ漁りが板に付いてきただなんて考えたくもない。
「どうするんだ?」
「ちょっと待って、今考えるから」
頭を抱えてしまいそうな様子で真剣に悩むカイルとリアラ。依頼の報酬を三等分してもいいが、と言えば、それじゃつまらないだろと一蹴された。報酬につまらないも何もないだろうに。
うんうんと唸り声を上げていたカイルがふと顔を上げる。
「ねえ、報酬って本当に何でもいいんだよね?」
「基本は金銭でやり取りしているが、別に金じゃなくても構わないことにしている」
僕の答えにカイルが笑った。悪戯を企む悪ガキのような顔だった。
「じゃあ報酬にジューダスの助手って役割をちょうだい!」
「は?」
「あ、わたしもそれがいい!」
「……何を言っているんだお前らは」
はああああ。溜め息。予想の斜め上を行く提案に、僕はただただ溜め息をつくことしかできなかった。
「ジューダスの助手って肩書きがあればいちいち雇われなくてもいつでもジューダスと一緒に仕事ができるだろ!」
オレって天才! そう言いながら胸を張るカイル。そういう悪知恵ばかり働くのは誰の遺伝なのだか。心底呆れながら提案を却下しようと口を開く僕。そんな僕らの間で、リアラが笑う。
「『報酬は前払い制』、でしょう?」
ぐう、と喉の奥から唸り声。カイルとリアラに仕事を依頼したのは確かだ。報酬は前払い制。僕自身が決めたルールに反するのは僕のプライドが許さなかった。
正直、人手が増えるのは一向に構わなかった。ロニとハロルドばかりに助手を務めさせるわけにもいかない。それに、どこから噂を仕入れてくるのか日に日に依頼が増えてきているのだ。人手さえあれば分担することだってできる。
世間知らずの子どもたちに仕事を任せるのか、と頭の隅の冷静な僕が渋い顔をする。こいつらに仕事を任せる場合は必ず僕が同行すればいいだけの話だ。そうやって言い返す僕もいる。危険な目に遭わせたくなかったんじゃないのか。尚も言い募る頭の中の僕に、僕は笑った。こいつらが守られてばかりの子どもではないことなんて、僕が一番よく知っているだろう?
僕が脳内でそんな会議をしていることなんて露知らず、何事かを話し合っていた様子のカイルとリアラが僕の前に並んだ。そして、何故だか得意気にこう言ったのだった。
「『何でも屋ジューダス』の助手一号、カイル・デュナミス!」
「『何でも屋ジューダス』の助手二号、リアラ!」
なんだそれは。
あまりのくだらなさに噴き出してしまった。慌てて口元を手で隠すが、指の隙間から笑いが漏れていく。二人に見られまいと背を向けるが、二人は揃って僕の肩越しから顔を覗き込んでくる。見るな、と怒鳴ろうにも生憎と僕の口は自分の手で塞がっていた。これを外すわけにはいかないのである。
「ジューダスが笑ってる!」
「しかも大爆笑!」
全身を小刻みに揺らす僕にじゃれつくようにしてカイルとリアラが笑った。ええい、鬱陶しい! 振り払おうにも、僕の手は相変わらず僕の口を塞いだまま。怒鳴ることも振り払うこともできず、僕は背にカイルとリアラを張り付けることになる。
「おおい、リオン。楽しそうなところ悪いけど、出発しなくて大丈夫なのか? そろそろ昼になるけど……」
「……もっと早くに止めに来いっ!」
「えええ、理不尽」
結局、孤児院の前から動かない僕たちを見兼ねたスタンが声を掛けに来るまで、僕はなかなか治まらない笑いと格闘する羽目になったのだった。
依頼主との約束の時間に遅刻したことは言うまでもないだろう。
何でも屋の助手
20210225