拾弐 朝不謀夕
ゴゴゴゴ……と、ただならない轟音を響かせながら、先の小さな呪霊が集まってくる。
「ど、どうなってるの……?」
思わず1歩下がった私を庇うように前に踏み出した伏黒くんの表情も引き攣ったままだ。
辺りの霧が晴れて、その分目の前に大きな鉛の塊が出来ていくような、なんとも形容しがたい呪力の流れ。
数秒ほどで集まりきったその小さな呪霊たちは、ついに大きな猪のような形になって私たちを見下ろした。
『お……ひトり……様ァ、?』
ミチミチと音を立てながら縦に2つに割れるその猪の顔。
そして中から現れた女性の顔が、ニコリと笑う。
まずい。
「伏黒くん!」
「っ!!」
嫌な気配がして伏黒くんの腕を引いたまま飛び退いたその時、地面から大きな針のようなものが私たちが立っていた場所に飛び出した。
「大蛇!」
目の前で伏黒くんが叫んだ瞬間、地面から大きな蛇が現れて私をくわえる。
「上がれ、苗字!」
「はっ!?……うわぁっ!!」
あっという間にその蛇は私を連れて元いた階に上がっていった。
待って、伏黒くんは!?
「伏黒くん!」
「問題ない。玉犬ッ」
上から呼びかけるが、彼が目の前の呪霊から目を逸らす余裕は無い。
彼の声に応えるように伏黒くんの傍に現れる2匹の大きな犬。
狛犬のようなその2匹は伏黒くんの指示を聞いた途端にその呪霊に噛み付いた。
「どうしよう、ネコダマシなんてたかが知れてる。
でも、今ここで下の階に戻ったところで伏黒くんと犬さんたちの邪魔になるのが関の山……」
でも、"決まり手" なんて使えば伏黒くんたちを巻き込みかねない。
眼下では必死に呪霊に応戦する伏黒くん。
でも単純に質量が大きい相手に1人では攻撃を受け流すので精一杯に見える。
どうにかしないと。
考えろ。今ここで私が役に立つにはどうすればいい?
ポケットに忍ばせていた折りたたみ式のナイフを取り出して握り締める。
すると、さっき私を持ち上げてくれた蛇さんが私をじっと見つめて居ることに気がついた。
そうか。なるほど。
この子がいれば、もしかして。
「オロチさん、ご主人様のために手伝ってくれるよね?」
私の呼び掛けに応えるように、大蛇がその鋭い目で敵を見据えた。
「良い子。」
飛び出した大蛇を横目に、ナイフを握り直す。
「ほんっと、私の術式だいっきらい!!」
そのまま手のひらに刃を当てて、思いっきり横に引いた。
ぼたぼたっと血が落ちたのを確認して叫ぶ。
「伏黒くん、退いて!」
「なっ、!?」
飛び降りた先には、大蛇に締め付けられて身動きが取れなくなった呪霊。
「鉈(ナタ)!!」
そのまま血の滴る手を相手の首元に押し付けた。
ジュっと燃えるような音と共に、そこから火傷のような傷が相手の首に広がっていく。
『グ、ギギァァァアア!!!』
劈く呪霊の叫び声。
私は大蛇が足場として出してくれたしっぽに着地して、手から滴る血を吸い上げて口に含んでから、雨を降らすように相手の頭上に吹き出した。
「決まり手・浴びせ倒し。」
一滴一滴が手榴弾のように爆発する、その血液。
それは爆発した後に呪霊にまとわりついて、酸のようにその身体を溶かしていく。
最後の一滴が相手に染み込んで、ついにその呪霊は灰のように消えていった。