The Proof 前編





昔からずっと、周りから孤立して生きてきた。
そうしたかった訳じゃない。
ただ周りが私を拒絶するから、こうしているだけ。

それはある日突然始まった。
聞いてもきっと、理由があると答える人はいなかったと思う。
最初はみんなが私を無視するところから始まって、3日後くらいから私の私物が次々となくなっていった。
そしてあれから2ヶ月ほど経った今。


「ねぇ名前、今日もおサイフ持ってきてるよね?」

「ウチらマジで貧乏でさー、今月厳しいんだよね。
……ほら、早く出せって。」


誰も来ない非常階段の片隅。
詰め寄られて後ろに下がろうとするけど、ついに背中がザラザラしたコンクリの壁にぶつかった。


「早くしろよ!!」

「っ痛、」


右肩を強く押されて、壁に跳ね返った私の身体が前のめりに倒れる。
地面に膝をついた瞬間、ポケットから財布がぽとりと落ちた。


「ありがとー、貰ってくね。
ほんと名前って優しいわー」



目の前に投げ落とされた、薄くなった財布を拾い上げる。

あぁ、いつもの女子トイレじゃなくて良かった。
下が汚くないからまだマシだ。


「じゃあ、また今度もよろしく……あ、」


階段を下ろうと踵を返した彼女たちの足音が、不意に止まった。
小さく後退りした1人が息を飲んだのが分かる。


「伏黒、くん……」


"伏黒"って……あの問題児の……?

こちらも恐る恐る視線を上げると、そこには細身の男の子が1人立っていた。


「……何してんだお前ら。」

「い、いや、何って……その……」


言い淀む彼女たちに彼が手を差し出す。
びくっと怯えた2人をまるで気にせず、彼は口を開いた。



「返せ。」



「えっ?」

「コイツから取った分、全部返せ。」


早くしろと言いはしないものの、彼の暗い色の瞳がじっと見つめるのに、彼女たちは慌てたように私から奪ったお札の数枚を彼に押し付けた。


それでもなお、彼は手を引かない。

「こ、これで全部よ。」

ねっ!と1人が隣の子に投げかけて、隣の子もうんうんと頷く。

それを見て彼は小さく首を傾げた。


「聞いてたか?"全部"だ。
今までの分も、全部。」

「なっ……」


絶句する彼女たち。
無理もない。私でさえもういくら取られたのかも覚えてないのに。



「っそんなの、今持ってるわけ無いじゃん!」

「逆ギレか?大層なご身分だな。」


呆れたように、彼が彼女たちの間を割って私の前にしゃがみこむ。
慌てて視線を下げる前に、彼女たちが慌てて階段を降りていくのが視界の端にうつった。



「……オイ。」


「何……ですか。」


地面を見つめる視界に、お札を掴む彼の手がうつりこむ。


「お前のだろ。」


手を差し出すと、そっと手のひらに彼の手が重なった。
財布を開いて、それをしまう。
その口を締めた時、彼が小さく呟いた。



「お前、惨めじゃないのか?」





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