強く。






「チケットとれた。11時出発だって。」


春。

いわゆる"出会いと別れの季節"。


新幹線の出発時間までの暇つぶしに何気なく立ち寄ったスタバで、恵がため息をついた。



「……そうか。」

「なに?寂しい?」

「寂しくない訳、ないだろ。」

「……珍しいじゃん。そんなこと言うの。」



拗ねたみたいにそっぽを向く彼に、思わず目を見開く。
突然うるっと来たのを誤魔化すみたいに茶化したら、恵はそれを察したように小さく首を傾げた。



「悪いか」

「悪くないね。」



荷物で席を取って、ちょうど込み合ってきたカウンターへの列に並ぶ。

コーヒーの豆がどうだとか、今出てるカップが可愛いだとか。
そんな他愛ない話をしている間は、刻々と迫る別れの時を忘れられた。



「ホットコーヒーをひとつ。
名前は?」

「あ、いいの?
じゃあピーチトランクイリティティーフラペチーノ、トールで。」

「呪文か……?」

「新商品ですー。」


受け取った飲み物と一緒に席について、イヤホンをシェアしながらオススメの曲とか好きな動画とかを語り合う。
ここだけ切り取ると、なんだかいつもの家での会話みたいな。



「なんか全然実感ないわ。
引越しってこんなもの?」

「さあな。」

「あーあ、もう一泊しちゃおうかなー。」

「鍵の受け取り今日なんだろ。」

「そうだけどさ……寂しいじゃん。」


向かいに座る恵の、テーブルの上に置かれた私のスマホの画面を見つめる視線が、どこか寂しげに揺れたのが見えた。



ああ、なんだか、本格的に

「……行きたくないなぁ。」


思わず漏れ出た言葉に、彼の瞼がゆっくりと閉じられる。
それからその瞳は、私の方を向いて再び小さく揺れた。



「夢のため、なんだろ。」


「……うん。」


どうしてもその人の元で学びたい先生がいて志望した、呪術高専 京都校。
私がした選択。少しだって後悔はしてない。


……でも。

泣きそうになって、表情が歪んで。
落ちかけた私の左のイヤホンをとった彼の右手が、ゆっくりと私の前髪を梳く。

持ち帰りの客ばかりで閑散とした客席。
私が目を伏せたのを待ってたみたいに、柔らかい感覚が額に触れた。



「あんまり行きたくないとか言うな。
……攫って帰りたくなる。」








「そろそろ行かないと。」


カップを捨てて席を立つ。
改札に向かおうとした私の手を、彼がとった。



「名前。」


「ん?」


「死ぬなよ。」


「それって、呪い?」


「かもな。」



優しく目が細められて、小さくその唇が弧を描く。


「行ってきます。」


力強く頷いて見せたら、彼も同じようにこくりと頷いた。


「行ってこい。」


恵に負けないくらい強くなるんだ。
そのためには、こんな所でうじうじ泣いてなんて居られない。

背筋を伸ばして、1歩踏み出す。
車窓から見える晴れ渡った空は、なんだか私の背中を押してくれている気がした。





(ちなみにその後わりとすぐに行われた姉妹校交流会で思ったよりあっさりと再会したのは、言うまでもない。)





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