The Proof 後編
「お前、惨めじゃないのか?」
「……」
"惨めじゃないのか"?
……そんなの、決まってる。
「……惨めじゃない訳、ないじゃない。」
ぐっと拳を握りしめて視線を上げると、彼の瞳が少し動揺したように揺れた。
言ってしまった、とでも思ってるのだろうか。
こんな惨めな私に、気を使って。
目頭が熱くなるのを誤魔化すように、ぎゅっとまばたきをする。
「悔しいわよ!理由も分かんないのに無視されて、バカにされて、両親にも言えなくて、結局こんな訳わかんないウニみたいな髪の男に助けられて」
「なっ……!?」
「友達だった人は離れて行って、先生でさえ見て見ぬふり。でもどうしてこうなったのか分かんなくて、もう抵抗さえしなくなって……」
"惨めじゃないのか"なんて聞かれるこんな人生そのものが、
「こんなの……惨めじゃない訳、ない!!!!」
手の甲に落ちた雫が私の涙だと気付いた時には、もう顔はぐしゃぐしゃになっていた。
涙を袖で荒く拭って、クリアになった視界で彼を見上げると、最初のままじっと私を見つめているその瞳。
「……ごめん。」
その視線に、はっと我に返った。
「あんた、名前は。」
「名前、」
視線を落として、財布を指先で撫でる。
なんだかバカみたいだ。
彼に何を言ったって、何一つ解決しないのに。
ふっと自虐的に笑って、立ち上がろうと手についた埃を払う。
財布をポケットに入れ直して立ち上がって、じゃあねと言いかけたその時。
まだそこにしゃがんだままの彼が私の手を掴んで私を見上げた。
「名前。
もしお前が明日死ぬとして、今日が人生最後の日だったら……どうする。」
「はっ……?」
私の腕を握ったまま、彼が立ち上がる。
ぐっと腕を引かれて、今度は私が彼を見上げた。
「今日がお前の人生ラストでも、お前はああやって這いつくばって、あの女たちに金を渡すか?」
何を言ってるんだ。
そんなの言うまでもない。
「……人生最後の日までこんなのなんて、嫌よ。」
小さくため息をついた私に、彼が首を傾げた。
「だったら、どうして変えようとしないんだ。」
どうして……?
どうしてって、それは……
「お前は、自分が明日もまだ生きてるって、そういう保証があるのか?」
がつん。
何か固いもので頭を殴られたみたいな感覚。
屁理屈みたいだけど、でも彼の言葉は間違いなく的を射ている。
理論的なようで、実は力でゴリ押ししてるみたいな事実に、思わず笑いが零れた。
「……何がおかしいんだ。」
「いや……っふふ、暴論だなって思って。」
そうだ。
人間いつ死ぬか分からない。
今日は私の最期の日じゃないなんて、一体どうしてそう思ってたんだろうか。
「でも……そうだね。あなたが正しいよ。」
「伏黒でいい。」
「伏黒くん、またここに会いに来てもいい?」
「好きにしろ。」
ぶっきらぼうに答えた彼に、力強く頷いて見せる。
そして伏黒くんとその後ろの"彼ら"に手を振った。
「ん、好きにする。じゃあね伏黒くん、ワンちゃんたち。」
2匹の犬を連れた、不思議な髪型の男の子。
明日もまた彼に会える保証なんてないけど、そんな彼にまた会えたなら、何か前向きな報告ができるといいな。
ただ数分話しただけだ。
でも、彼の言葉が私の人生を変えてくれた気がする。
自分の人生を生きよう。
私の最期が来たその時に、後悔しないように。
「あいつ……見えてる、のか……?」
非常階段に残された彼が擦り寄る玉犬たちを撫でながら呟いたその言葉は、少しずつ暑くなるその空気に溶けた。