押してダメなら





好きな人が居ます。

いつも陰気臭くて、元ヤンで、ウニみたいな髪型してる……伏黒恵くん。
なんで好きなの?って聞かれたら、そりゃあまあ色々理由はあるけど、とにかく好き。

それで私は、呪術高専に入学してすぐからずっと彼に片思いしてる。


真剣な眼差しと、ペンを握るしなやかで細い手。

いつかそれが全部、私のためのものにならないかな……なんて。



「おい。」

「何?」

「……見すぎだ。穴が空く。」

「まあ好きだからね。見るよね。」

「またそれか……」


私の恋愛で特筆すべきところといえば、みんな私のこの思いを知っているということだ。
それはもちろん、伏黒含め。



「またそれかって、私めちゃくちゃ本気なんだけど。」

「それももう聞いた。」


そして、ここに大きな問題が1つ。


彼が、まっっっったく相手にしてくれない。


「だいたい、よくそう恥ずかしげもなく堂々と言えるな。
もっと羞恥心とか無いのか。」

「別良くない?もうみんな知ってるし。」

「そういう問題じゃねえだろ……」




そもそも、好きだとか言われたなら何かそれについてのレスポンスがあるものじゃないだろうか。

「好き」に対して「知ってる」だとか「もう聞いた」とか。
……挙句の果てには、いつか「飽きた」なんて言われかねない。


「それは困るんだよね……」

「はいはい。また伏黒の話ね。
私はもうとっくに飽きたわよ。」

「なっ、酷い!!真面目に言ってんのに!」


鍋をつつきながら口を尖らせる私に、対面に座ってつくねを齧る野薔薇が盛大にため息をついた。


「名前が真面目なのはよく分かってるわよ。
でも、時間の無駄。」

「はっ!?ちょっとガチで傷付くけど!?」

「だって本当に時間の無駄なのよ、アンタたち。」

「そんな何回も言わんくても……」


がくっと肩を落とした私を、肘をついた野薔薇がじとっとした目で見つめる。

箸を置いて、気だるげに私をさす綺麗な指。
……美人は何をしても絵になるな。


「あのねぇ名前。
恋愛には駆け引きってものがあるの。お分かり?」

「うん。」

「例えばLINEの返事はすぐにしないとか、いつもと違う髪型にしてみるだとか、気のない素振りを見せながら男の気を引くのよ。
あからさまはダメ。」

「え、なんで?正直に言った方が良くない?」



正座して首を傾げる私のおでこを、その指がペチンと弾いた。


「いっっった!」

「小学生が恋愛してんじゃねえんだよおバカ。
実際今、状況は膠着してるんでしょう?
だったら、このままじゃ何も変わらないわ。」

「なるほど……」


頬を両手のひらで挟まれて、口がむにゅっとタコみたいになる。
そして彼女は、その鋭い瞳で私を見つめた。




「"押してダメなら"、アンタはどうすんの?」





"押してダメなら"……?

そんなの、考えたことなかった。
好きって私ばかり一方的になってたけど、裏を返せばそれって、いつか彼が返事をしてくれるのを待つだけの完全な受け身だ。



なるほど。そういう事だったのか。





ばんっとテーブルに箸を叩きつけて立ち上がる。


「……わかった、ありがとう野薔薇!!」

「はっ?ちょっとどこ行くのよ。」

「伏黒んとこ!!」

「待っ、はぁ!?アンタ今の話聞いてた!?」

「いってきゃァす!!」


ドアを開けて、私は外に飛び出した。

「普通一旦引くんじゃないの!?」なんて野薔薇の叫びは、私の耳には届かなかった。








静かな部屋に響く、ページをめくる音。
ベッドに腰掛けて静かに本を読む、この時間が好きだ。


だが、その静かな時間は唐突に終わりを告げる。

「……誰だ、こんな時間に。」


ドタドタと騒がしい足音がする廊下の方を恨めしく思いながら見つめると、突然その音が俺の部屋の前で止まった。


とんとん。
一拍置いてから響く、ノックの音。


「はい。何か用……」


やれやれと立ち上がってドアを開けて、俺は言葉を失った。


「よお伏黒。」


目の前には、妙に真剣な顔をした苗字。
初めて見る表情に、眉を顰める。



「……苗字?
お前何してんだこんな時間に……ッ!?」


その瞬間、俺の身体は壁と苗字の間に挟まれた。


「いい加減、このままじゃ我慢できないんだよね。」


いわゆる、壁ドン。
いや、こんなの漫画でしか見たことねえだろ……!
それも、女に壁ドンされる男がいてたまるか。



「ちょっ、お前、離せ……!!力強っ、」


俺を見つめる苗字の肩を控えめに押し返すが、まるでビクともしない。

そのままその顔が近付いて、すぐ目の前で彼女が首を傾げた。



「好きだよ、伏黒。私もう、このままの関係は嫌なの。
ねえ、伏黒は私の事……嫌い?」

「……」



「……伏黒?」




「良いんだな。」




「え?」


「夜中に1人で好きな男の部屋に来て、覚悟が無いなんて事無いよな。」


ぐいっと腕を引いて、苗字をベッドに座らせる。
そのままマットレスに片膝をついて、その腰を引き寄せた。


「いや、ちょっと待って伏黒、」

「待たない。」

「伏黒、」

「こっちはもう少し苗字が冷静になるのを待ってやろうと思ってたが、もう終いだ。
良いよな、だってあんたが始めたんだから。」


戸惑う苗字を逃がすまいと、倒れた苗字の顔のわきに腕をつく。

俺の下で戸惑ったように藻掻くそいつは、驚いたように俺を見上げた。



「いや、えっ?伏黒って私の事好きだったの!?」

「今更。」

「待って、えっ!待って!!……いつから?」

「……少なくとも、あんたが俺に惚れるずっと前からな。」


真っ赤になったその頬に、唇を落とす。


「本当に時間の無駄……だったんじゃん。」


小さく呟いたその声を飲み込むように、そっと口付けを落とした。


"押してダメなら"、もっと押せ。





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