塩対応作戦 : 伏黒恵の場合 前編





「それで虎杖が、」

「その時に釘崎も」

「パンダ先輩と狗巻先輩は……」



久々の、2人きりの休日。
私は心の中でため息をついた。

呪術師の親を持ちながら普通の公立高校に進んだ私と、東京の呪術高専に身を置く恵。
普通の暮らしと違い危険と刺激の中で生きる彼が、どこか遠く感じるようになったのはいつからだったか。
呪術師の仲間が増えて、守るべきものが増えた彼。
その目は昔よりずっと輝いていて、いきいきしている。
それは本当に心から嬉しいんだけど……

そんな表情、私といた時はした事なんて無かったのに。


嫉妬と言われればそれまでだし、自分でも醜くて滑稽だと思う。
それでもなんだか寂しくなってしまうのが、いわゆる"彼女"という生き物では無いだろうか。


「めぐみ、中学の頃よりずーっと楽しそう。」

「ああ、まぁ……色々な経験はさせてもらってるかもな。」

「そっか……」


ファミレスのテーブルに頬杖をついて、彼を見上げる。


「私といた時より、楽しいでしょ。」

「……そうは言ってないだろ。」


出た。いつもの塩対応。
めぐみの言う「イタドリ」くんならきっと、

「お前がいないと物足りない」

くらい言ってくれるんだろうな。


中学3年の時から付き合い始めて、正直私たちはまだお互いを分かりきっているとは言い難い。
それでも何となく、この人はあまり私に興味が無いんだろうな。と思っていた。


好きなんだけど、たぶん、私だけ。


「めぐみ。」


からん、ととっくに薄くなったコーラの氷が音を立てる。
長いまつ毛の間から光をきらきら反射させる瞳を見つめた。
「ん?」と、掠れた優しい声が鼓膜を優しく揺らす。


「高専に行って、めぐみは変わったね。」


私の一言に、恵は首を傾げた。


「そりゃあ、高校生にもなれば少しは変わるだろ。俺も、名前だって。」

「ううん。そうじゃない。
めぐみ、私といた頃よりずっと輝いてる。」


まるで……


「自分の居場所を、やっと見つけたみたい。」


そこまで言って、恵は焦ったように小さく目を見開いた。


「名前、何言ってんだ。」

「きっと、めぐみの居心地のいい場所は私の隣じゃないよ。」

「待て。何が言いたい。」

「そのままの意味。」


あーあ、なんて面倒臭い女。
恵だって困ってる。

何も言えずに俯く私。
泣きこそしないけど、せっかくの一日を台無しにしてしまった。

……いや、台無しになったのはきっと一日だけじゃない。
きっともう、恵と私は。


嫌だな。
だってまだ、大好きなのに。


はぁ、と心を落ち着けようと小さくため息をついた瞬間、目の前の恵が勢いよく立ち上がった。


「ちょっと来い。」


伝票を引っ掴んで、私の腕を引く。
慌てたようにレジにそれと3千円を置くと、「お釣りいらないです。」と会釈してそのまま店を飛び出した。





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