Just Talk





「……もう寝た?名前。」


「ん、バカみてぇな顔で寝てる。」


理子ちゃん、もとい天内理子の護衛のために沖縄を訪れて2日目。
悟はベッドに横たわる名前の髪を撫でて私の問いにそう答えた。



「疲れたんだろ。
悟にも劣らないくらいにずっと気を張っていたからな、彼女。」


「ああ。そうかもな。」



外では明るく気丈に振る舞う彼女だが、それでも名前だって1人の少女だ。
絶対に失えない人物を護衛しつつ、さらに少しでも楽しませようと無理にはしゃげば、疲れが出るのも自然な事。


「んん……もう……食べ、れん……」


悟が名前の頬をつつくと、名前は眉をひそめて小さく首を振った。


その様子に、悟が頬を緩める。
ここ数日見ることが無かった、柔らかい笑みだ。



「ふっ、何だそれ。」


「"愛おしくて仕方ない"って顔してるよ、君。」



首を傾げてそう指摘すると、悟は一瞬目を見開いて、それからゆっくりとまた名前に視線を戻した。
髪をひと房掬って、指先でそれを遊ばせる。
それから手の甲で彼女の頬を撫でれば、悟は小さく呟いた。



「時々……堪らなくなる。」


彼の蒼い瞳が伏せられて、一瞬揺れる。



「必死に俺を追いかけて、自分がどうなろうとどうでもいいって何にでも突っ込んでいくコイツが、いつか……」


「いつか、何?」


「いつか、俺の手の届かないところに行っちまうんじゃねえかって。」



ベッドの掛け布団を名前の肩まで掛けてやると、悟はその上でぐっと拳を握った。
親指の爪が、力で白くなっているのが見える。

そんなに、彼女に必死なのか。




そこで思い出したのは、浜辺で理子ちゃんたちと並んで海を眺めていた名前の姿。
女性同士で盛り上がる話があったのだろう。
楽しそうに笑う彼女らの姿は、ここ2日印象に残っていた。

その後ろでたまたま聞こえた話し声。
頬を染める名前と楽しげな理子ちゃん達の様子に、何となく悟の話をしているのだろうと予想がついた。
それは隣にいた彼も同じだったのか、妙に耳をすましている。




そこで聞こえた、彼女の言葉。




「でも言ってたじゃないか。
悟が戦う限り、名前も君の隣で戦い続けるって。」

「……」


伏せたその顔から表情は読み取れなかったが、彼が私の言葉の続きを待っているのは分かった。




「意外だったよね、聞かれたからと言えど、ああやって素直に名前が悟に気持ちを伝えるのは。
あまりそういう事は言わないと思ってた。」


「コイツはそういう事を言うタイプじゃねぇからな。」


そっと視線を上げた悟が、私を見てふっと笑う。



「……名前も意外に楽しんでたのかもな。」



そうだね。と頷いて見せると、彼の視線が再び彼女に戻された。
布団の上から肩をとんとんと撫でる悟の優しい手つきに多少込み上げる可笑しさを堪えながら、組んだ足に頬杖をつく。

全く、名前と出会うまでそんな表情した事無かったくせに。




「言って欲しいなって、思ったりしないのか?
彼女の気持ちとか、想いとか。」


「わざわざ口に出してもらわないと分かってやれないほど、俺と名前の関係は浅くねぇよ。」



可笑しさ半分で尋ねると、悟はふっと鼻で笑って私を見やった。

"お熱いね"と、出掛けた言葉を飲み込んで、


「君ららしいね。」


と言い直す。
親友の恋バナなんて、こんな楽しい話は無い。



「……でも、悪くなかったな。
言葉をちゃんと受け取るのは。」


珍しい彼の言葉に、今度は私が少し驚く。
君だって、そんなこと言うタイプじゃないだろうに。
私の親友は随分とその恋人に絆されているみたいだ。



「悟も、ちゃんと伝えてあげなきゃいけないよ。」


立ち上がって悟の肩に手を乗せる。
それだけ言うと、悟はその手を払って少し照れたように私を睨んだ。


「うっせぇな、一々言われなくても分かってる。」



お前はさっさと寝ろ、傑。
そう言って立ち上がった悟。



「幸せになってよ。」


そう投げかけると、


「もうなってるっつの。」


それだけ言って悟はサングラスをかけた。

……うん、なるほど。
確かに、言葉にするのは、悪くない。



満足して彼らに背を向ける。
目を閉じると、後ろから聞こえた小さな呟き。



"……愛してる、名前。"



それだけ言って、彼は後ろ髪を引かれるような素振りも見せずに部屋を出た。

きっと彼は今日も休まず理子ちゃんの護衛をするんだろう。

水でも持って行ってやろう。
そんなことを考えながら、私も制服を羽織って立ち上がった。


今夜は色々言葉にしても、悪くない。





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