可哀想な私たち





「じゃーん、今日はチーズケーキでーす!
シンプル・イズ・ベストってね!」


「……またケーキですか、五条先生。」


「またって失礼な。
ケーキだって生徒たちと一緒で個性があるんだ、一緒くたにしたら可哀想よー。」


「ケーキと一緒くたにされる生徒たちの方がよっぽど可哀想でしょ。」


「そうやってなんでも屁理屈こねて素直になれない名前がいちばん可哀想〜。」


「そんな可哀想な私にしか構って貰えないあんたも可哀想。」


「なっ……そんな、酷いな名前。
僕ほんと可哀想!」


「はいはい。」




移動教室に向かう道すがら。
手帳にメモをつけながら、私はこの男、五条悟の言葉に適当に相槌をうっていた。



「それより悟、あんたこんなところで油売ってて、ヒマなの?」


「失礼な。僕は君よりよっぽど忙しいよ。
そんな合間を縫ってわざわざ君の話し相手になってあげてる僕ってすごく健気じゃない?」


「なにそれ、私のセリフ?」


「名前のばーかばーか。」


「馬鹿で悪かったねあーほ。
学校にケーキ持ってくんな。」



悟は、私の数少ない幼馴染だ。
そして、私が私でいられる唯一の存在でもある。


高専で彼らと共に学んでいた私は、かつて一度この世界を離れた。
しかし、一度足を踏み入れれば呪術師は一生呪術師。
どうしても呪いと生活を切り離すことが出来なかった。

そして悩んでいたちょうどそのとき再会した悟に誘われ、約2年後の今、一般企業での社会経験を経て"脱サラ&呪術師戻り"し、再び悟と共に呪いを祓いながら生徒たちに呪術を教えている。




……と、長い前フリはさておいて。
この男 五条悟は異様に私に構おうとする。
それは先程のやり取りの通りだ。

後輩の七海にもちょっかいを出しているらしいので、よっぽど脱サラはからかい甲斐があるのだろうか。



「どう?名前先生としての生活は。
もう1年になるけど、慣れた?」


そうか。今日でもう1年になるのか。


「うん、会社で働いてた頃よりずっと楽しいよ。
充実してる。」


「そっか。それは良かった。」



少し安心したように笑った彼に、小さく頷いて笑い返す。

すると、突然悟は神妙な面持ちで立ち止まった。


「……悟?」


振り返った私の手を引いて、目隠しを指先で下ろす。
相変わらず、綺麗な目だ。



「……考えてたんだ。
1度は命のやり取りの絶えない世界から離れた君を、連れ戻して良かったのかなって。」


困ったように眉を下げた珍しい彼の表情に、思わず目を見開く。
言葉に詰まった私の手を、彼がそっと引いて小さく息をついた。


「でも……その顔を見たら、少し安心したかも。」


珍しく弱気だ。
こんな悟を見たのはいつぶりだろうかと考えて、はっとした。



私たちが傑を失った、あの日以来だ。



日常が崩れて、いつもから大切なピースが抜け落ちた、あの日。


当時を思い出して、思わず視線が下がる。

すると、目の前でふっと、彼が笑ったのが分かった。



「まぁ、先生レベルはまだまだ俺の方がよっぽど上だけどね!
僕はキョダイマックスできるリザードンだけど、名前はまだオーキド博士んとこのヒトカゲくらいだけどね!」


彼の言葉に、私はやれやれと首を振る。
ため息をついて、彼を見上げた。
無理やりな笑顔にわざと気付かないふりをして。


「剣盾なのか赤緑なのかを統一しろよ。」


じゃあね。と踵を返した私。

すると、その腕を悟が掴んで引き寄せた。
そしてあっというまに、その胸に私が収められる。
気付けば、私は彼に抱きしめられていた。



「ちょっ……悟、」


「名前、勝手にいなくなったらだめだよ。」


首元に、彼の息がかかる。
ぎゅう、と一度力が篭って、その熱はあっさりと私を離れた。



「じゃあね、名前!
チーズケーキは職員室の冷蔵庫に入れとくから!」





壁に思わず凭れて、ずるずると座り込む。

なんだ、さっきの、

目の前の窓に映った自分の顔が真っ赤で、ぶんぶんと首を振った。


あんなの、まるで。




嵐のようにいなくなった、幼馴染のはずの彼の匂いが、まだ私の首筋に残っていた。





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