不定形(主笙)
2018/02/20



クラスメイトから〇組の担任がこの学校の女性教諭の中でいちばん美人だという話を振られたので、俺もそう思うよと曖昧に笑っておいた。卒業、をした俺にはもうNPCの顔の区別がつかなくなってしまっていたから。美人で評判のその教師がどういった顔の造りでどんなメイクをしてどういうふうに笑うのか、何も思い出せない。


「…………ってことがあって、ちょっと焦った」
「ま、適当に話を合わせときゃ問題ないだろ。いくら戦うための武器があるからって、あちこちでデジヘッドと揉め事起こしてちゃ身が保たねえぞ」
「そうだね、気をつける」
なんとなく気疲れしてしまって教室から逃げてきた昼休み、俺たち帰宅部の秘密のアジトにはひとりの先客がいた。とりとめもない世間話をしながら購買のサンドイッチをもそもそと平らげた笙悟は、黒い革張りのソファにもたれて眠たそうにしている。やがて口元を押さえながら、ふあ、と小さく声を漏らしてあくびをしたのを、俺は弁当の中のたまごやきをつまみながら見ていた。強面の上級生から出会い頭にヘッドバッドをキメられるという衝撃体験のせいで、当初はけっこう怖い人だな、なんて思っていたりもしたけれど、こうして見ていると実はそんなこともないのだ。ふとした時になんとなく目をやると、存外におだやかというか、たまに気の抜けたような表情をしていることも多い。
「……少し寝ていいか?」
「ん、俺出てった方がいいかな」
「いや、気にしなくていい。別に俺だけの部室ってわけじゃないしな」
弁当箱に残っていた白米を慌てて掻き込もうとした俺を、笙悟は片手を上げて制した。よく見ると、彼が指先でぐりぐりと押さえている目元にはうっすらと隈ができていた。
「疲れてるね」
「ちょっとな……いや、部活にはちゃんと出るぞ」
「あ……うん。でも、あんまり無理はしすぎないようにな。なんかあったら言って」
「おう、悪いな」
しばらく経つと、背もたれに寄り掛かったまま目を閉じた笙悟の口から、すうすうと存外に子どもじみた寝息が漏れ始めた。しかし、その疲れは以前WIREでのやりとりの中で零した「嫌なもんを見ちまった」ことと関係があるのか、というのはまだ聞けないと思う。彼が絶対に他人には触れさせたくないと思う一線、分厚い透明な壁のようなものの輪郭を、俺は少しずつだが捉え始めていた。



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