ランブルフィッシュは共喰いをする(主カギ)
2018/02/14



「離して、あぁくそっ、離せ……ッ」
「だめだよ、今日は君に話がある」
残滓、などいう言葉を聞くと、薄らと透けた幽霊のような存在をつい頭の中に思い描いてしまうものだが、いつの間にか放送室に現れるようになった「これ」はそんなような儚さを微塵も持ち合わせてはいなかった。現に僕が組み敷いている小柄な肢体ははっきりとした実体を持ち、瞳に満ちる憎悪に呼応するような力強さでその手足の先は宙を掻く。そうだ、この目がいい。思わずごくりと鳴らしたこの喉笛にでも隙あらば噛みついてやろうと、ぎらついた鈍色の視線を突き立ててくるこの目がいいのだ。

「ああ…………やっぱり、好きだなぁ」

君をただの感情の残り滓などと呼ばせるものかと思った。カギPの両手を頭上でまとめ上げる片手には更に力を込め、腹に押しつけた片膝に更に体重をかけるよう押し込むと、彼は低く呻いた。本物の鍵介から切り離された存在である彼に声を詰まらせぶちまけるような胃の中身はないけれど、そこに存在する苦しみにも憎悪にも、確かな手応えと熱がある。それは僕にこの上ない恍惚を与えてくれた。
空いた片手のために一挺だけ顕現させたカタルシスエフェクトの銃を、カギPの口元に押しつけた。彼は滑らかで冷ややかな金属の感触にしばらく眉を顰めた後、トリガーに軽く引っかけられた僕の黒い人差し指の存在を認めると、やがてその小さな口を開いた。数秒に及ぶ逡巡の後、まるで寒い冬の朝に布団から嫌々這い出してくる子どものような怠惰な舌先が、ゆっくりと銃口をなぞる。「これで満足か」とでも言いたげな視線に、僕は引き金にかけた指にほんの少し力を込めることで応えると、彼はふたたび銃口に舌を這わせた。

「たぶん、好きだったんだよね、君が」
「…………ふぅん、そう、ですか」
「もうちょっと早く気がついていればなぁ」
「何か、……ん…………変わったとでも?」
「……もうわかんねえや」



淡々とした会話の後にはぴちゃぴちゃと水音だけが続く虚しい時間ばかりが過ぎ、気がつくと主の姿が消えた放送室には僕ひとりだけが残されていた。毎度の如く、血の一滴すらも残っていないきれいな床に少しばかり絶望する。あと何人の君をこの手で消しても決して晴れない靄を心に抱えたまま現実に帰るのは、とてもとても憂鬱だった。



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