ふたりで生きるということ(主鍵)
2018/02/12




退院してから初めて駅で電車に乗るとき、また見えない壁に弾かれて「外はできてないの!」と声を掛けられるのではないかとドキドキしてしまったなんていうのは、今となっては笑い話だった。ここはまごう事なき現実世界で、閉じられた楽園だった宮比市ではなくて、駅の向こうにだって海の向こうにだって、その先には世界が広がっている。


「でも、こっちはこっちで案外窮屈だ」
物理的にも、それから精神的にも。1週間の折り返し地点、気だるい水曜日の仕事を終えて家に帰ると鍵介がカレーを作って僕を待っていた。ごろごろと大きめの野菜が入った、甘口のカレーだ。
「やっぱり広さの問題じゃないんだよな」
「ああ、それはなんとなくわかりますね。息苦しい世の中ってやつです」
「メビウスはどこまでも自由だった。いい意味でも悪い意味でもね……まあ、戻りたいとはさすがに思わないけど」
「……そうですね、僕らはここでがんばるしかないですよ」
グラスの水をひと口飲んで苦笑いする鍵介の表情は以前より大人びてきたように感じた。ああ、僕はそれをすぐそばで見守っていたくて、この窮屈で息苦しい世界に君を連れ戻したんだよ、分かるかい。自然とゆるんでしまう頬を誤魔化すために、僕はスプーンを口元へ運んだ。



comment (0)


prev | next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -