きみがにくいというはなし(主鍵)
2018/02/10



「ち……ちがう、僕はそんなつもりじゃ」
「っ、……うん、わかっ、わか……ってる、よ、だけど、だけどっ」

うああ、と声をあげて泣き崩れた部長の姿を見て、鍵介は自分の顔からさっと血の気が引いていくのを感じた。今は姿こそ高校生になってしまっているけど、本当は自分より何歳も年上だという彼が、こうして声を抑えることもせずに涙を流しているなんて俄には信じられなかった。部長が必死に隠していたいちばん傷つきやすいところを、知らず知らずのうちに言葉で何度も何度も抉ってしまったらしいことに鍵介が気がついたのは、彼がうずくまってから数分が過ぎた後だ。
「せん、ぱい」
鍵介が伸ばした手は弱々しく振り払われて、部長の嗚咽は止まらない。時折咳き込みながらしゃくり上げ、制服の袖が汚れることを厭わず何度も何度も目元を拭う姿はまさにこどもだった。大人だって、泣くのだ。自分が大人という存在を嫌いながらもその強さに対してささやかな幻想を抱いていたと気がついて、鍵介は吐き気すら覚えた。大人だって頼られて甘えられたらそのうち疲れるし、苦笑いしながら裏では傷ついているし、限界になればこうして泣く。いままで彼の何を見てきたのだろう、と、鍵介は唇を噛みしめた。大人になりたくないなんてμに願わずとも、自分は最初からあまりにこどもだったではないか。


「鍵介が、……けん、すけ、がっ、どんな、に、嫌だって……、こういうふうには、なりたくっ、ないっ、て、思ってたと……して、も」
「先輩、ごめんなさい、僕……」
「まい、にち、仕事で疲れて帰って、くるっ、つま……つまんないおとな、だとしてもね、おれっ、おれはっ」
「ごめんなさい、僕が無神経でした、だからもう」
部長は最後まで止まらなかった。真っ赤に泣きはらした目で、鍵介を見据えていた。

「ど、どうしようもないのは、わかっ、てたけど、でも、でも、それでもお父さん、と、お母さん、いるの、うらや、ましくて、羨ましくて、羨ましくてっ、だから、そんなこと言うお前が、憎くて、こんなのおとなげないって、恥ずかしいことだって、でも、もう、もう」


ごめん、と言い残したのを最後に、言葉らしい言葉は聞き取れなくなった。部長はしばらく泣きじゃくった。彼には、子どもの頃からずっと親がいないという。ようやくしゃがみ込んで彼の背中にそっと腕を回した鍵介が抱いているのは、帰宅部の頼れる部長などではなく、ずっと我慢をして生きてきたひとりの幼い少年だった。彼を救える言葉なんてたった19年の人生のどこにも見つけられなくて、鍵介はただ「ごめんなさい」と繰り返すことしかできなかった。きっとこの世界に、本物の大人なんてものはひとりとしていないのだ。




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