死にたい夜に(主鍵)
2018/01/31



「いつも一緒にいたいなんて思われなくていいよ。ただ……そうだな、僕は、君が死にたくなってしまった夜にふと思い出してくれるような、そういう存在でありたい」

春の日のことだ。ここではない別の世界で彼は言った。

「例えば、なんだかつらくなってしまった君が夜に電話をくれるとするだろ。そうしたら僕はすぐに着替えてバイクを飛ばして、……あ、うん、僕バイク好きなんだ。2人乗りできるやつ持ってるんだよ。……まあとにかくすぐに君のところに駆けつける。君んちの冷蔵庫にあるあり合わせの材料でごはんを作ってあげられるし、もし冷蔵庫がからっぽならファミレスで食べたっていいよ。僕のおごり。おなかいっぱいになったら海まで遊びにいってもいい。靴を脱いで、波打ち際でバカみたいに走り回って転んでずぶ濡れになろう。それから君の話を聞く。朝日が昇ったら僕は『楽しかったか?』って聞くから、君は頷いてくれればいい。そしたら、ちょっと元気になった君をまた家まで送ってあげるね」












「で、先輩は、僕のことを思い出してくれなかったんですね」

春の日のことだ。やっとの思いで帰ってきたこちらの世界で初めて会った彼は写真の中で笑っていた。ふわりと漂う線香の匂いに、現実味なんてものはまるでなかった。

「死にたい夜に、思い出してはくれなかったんですね」

立派なバイクなんて持ってないけど、僕だってすぐにあなたのところに駆けつけました。きっとあなたのためにごはんだって作ったし、向かい合っていっしょに食べました。なんで、なんでなんで、

「僕のことを……」

彼は夜中にひとりでバイクに乗って向かった海で死んだと聞いた。春の日のことだった。




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