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好きになる、とても好きになる
「……来たね」

 ここはホウエン地方のポケモンリーグ、チャンピオンの間。入ってきた私が声をかけるより先に、ダイゴさんは振り向いて涼しい顔で私を迎えた。

「キミならここまで来ると思っていたよ」
「ダイゴさん……私と……」




 アクア団の任務の合間にホウエンのジムバッジを8個集め、名だたる四天王を倒し、ようやくここまで来れた。

 最初はアクア団の邪魔をしてくるチャンピオンを妨害するために戦っていた私だった。命の源である海を増やすため奔走するアオギリボスのために、何度も何度もこのダイゴさんに立ちはだかっては負けた。ダイゴさんと彼の強さが私の憧れに変わったのは、カイオーガが目覚めてホウエン中が大雨の危機に晒されていたときだった。吹き荒む雨風に森も海も全部が大いに荒れていた。いつものようにチャンピオンの邪魔をする任務の最中、強風に折られた大きな木の枝が私に迫ってきたときに、ダイゴさんは颯爽と現れて助けてくれたのだ。エアームドのはがねのつばさが炸裂して、アオギリボスの腕よりも太い枝を木端微塵にした。

 「大丈夫か!?」と聞かれたとき、その曇りのない真剣な青い瞳に私は吸い込まれた。これまで散々彼の行く手を妨害して、彼から慈悲をかけられる権利はないと思っていたのに。「大丈夫ならよかった。気をつけるんだよ」と言われてダイゴさんが去ろうとしたとき、思わず彼の手を握ってしまった。それは、アクア団での使命とは違う綺麗な気持ちゆえだった。チャンピオンとしてホウエンを救うダイゴさんを止めるためではなく、側にいてほしい、もっと一緒にいたいという清い想い。ダイゴさんは困ったように笑い、「全部終わったらポケモンリーグにおいで」と言って、私の手をそっと放してエアームドで飛んでいった。




 それから私はパートナーのグラエナと一緒に最初から鍛え直した。グラエナ1匹だけだった手持ちポケモンを、ホウエン中を駆け回ってタイプのバリエーション豊かなパーティに揃えた。アクア団の仕事が疎かになっているわよとイズミさんに言われても気にしなかった。カナズミシティジムからスタートして四天王のゲンジを倒し、ついに、このチャンピオンの間に立っているのだ。

「キミがポケモンリーグに挑戦していることは知っていたよ。ボクに何度負けても立ち向かってきたキミなら、間違いなくここまで来るだろうともね」
「ダイゴさん……私、本当の強さは何かをダイゴさんに教えてもらいました。そんなダイゴさんに会うために、ダイゴさんと戦うために、私はここまでポケモンたちと一緒にがんばってきました。助けてくれた日の約束を果たすために」

 ホウエンチャンピオンであるダイゴさんは、私と交わした同じ約束を他のトレーナーともしているに違いない。それは重々わかっているのに、他のトレーナーがダイゴさんに抱く気持ちとは違う気持ちが、私を逸らせる。戦いたいだけじゃない。会いたい、側にいたい。側にいてダイゴさんと彼の優しさと強さを感じていたい。

「そうだね。ボクたちは1人のポケモントレーナーだ。交わした約束は必ず果たす」
「ダイゴさん。ダイゴさんにだけ約束させるのはズルいと思うので、私からも約束をしていいですか?」
「キミから?」
「このバトルが終わったら……私とずっと一緒にいてください、貴方を倒すまで!」

 ダイゴさんの目が見開いた。普通は「私が勝ったら付き合ってください」なのに、「バトルが終わったら」有無を言わさず付き合ってくれという約束など、きっとされたことがないだろう。迷惑極まりない約束だとは思う。でも、それだけダイゴさんと一緒にいたい気持ちが強いのだ。

「ボクを、倒すまで……?」

 この約束が嫌だったらバトル自体を断ればいい。でも、ポケモントレーナーとしての約束は必ず果たすと言ったのはダイゴさんだ。そう、ダイゴさんに逃げ場なんてない。

「……ふふっ。面白いことを言う子だね、キミは」

 意外にも、ダイゴさんは乗り気だった。迷惑がるわけでもなく、嫌悪の表情になるわけでもなく、いつもの余裕の表情に口の端をニヤッと上げたのである。

「でも、ホウエンで1番強くて凄いのはボクだってことを……わかって言ってるのかな?」
「……もちろんです!」

 ダイゴさんを倒したいのは本当だけど、勝てる気がしないのも本当だ。私の約束が『ダイゴさんと付き合いたい』という願望のカモフラージュだとも、大人なダイゴさんは察しているに違いない。それを承知の上でバトルを受けてくれるダイゴさんの本当の気持ちは、一体どんな形でどんな色をしているのだろう。私と同じだろうか。それはトレーナー同士である私たちのバトルの中で見つけるしかない。

「それじゃあ、始めよう!」




 ジムリーダー8人と四天王4人を倒して作り上げた自信という足場は、ダイゴさんに簡単に崩れされた。でも、改めてその強さに触れることができたのは、トレーナーとしてこれ以上幸せなことはない。同時に、これが私の憧れて求めている強さなのだと、改めてまざまざと感じた。さぁこれでバトルが終わった。私はこれからダイゴさんの側にいて、彼を超えるために彼の強さと優しさを全身で浴びる。アクア団の仕事が疎かになってアオギリボスやイズミさんに咎められても、もう気にしない。私の気持ちは止められないのだから。

「ボクを倒すまで……だったね?」

 そんなこと、一生無理だよ? とその青色の瞳が告げる。それでもいい、それでもいいの。ずっと憧れていた貴方とずっと一緒にいれるのなら。
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