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年上彼氏のダイゴと
「バレンタインにマフラーをあげるのはベタすぎる」

 そんな会話を一緒に帰っていた友だちがしていた。心にぐさっと刺さってしまった。

「だってなんかありきたりだよね」
「それよりも男の人って時計とかネクタイとか、オールシーズン使えるものが良さそう」
「いつも使う物が彼女からのプレゼントって特別感が出て嬉しいんじゃないかな」
「nameはダイゴさんに何をあげるのー?」

 ここで「マフラー」なんて言うものなら、きっと批判の嵐だ。「えぇダイゴさんかわいそー」とか言われるに決まってる。

「ははは、内緒だよ、内緒…」

 苦し紛れのこの答え。今日のこの会話で自信をなくしてしまった。




 今私が付き合っているのは、去年卒業して大学生になったダイゴという人だ。有名企業の御曹司で、跡を継ぐために超有名大学で経済学や帝王学を学んでいる。その傍ら、今の社長(彼の父親)と一緒に会社の経営している。つまり、次期社長だ。

 そんな『ハイスペック』な彼に、バレンタインはチョコと手編みのマフラーをあげる予定だった。そのために毎日がんばって編んで完成したんだけど、今日あんなことを言われたら、今まできらきらと輝いて見えたマフラーが色あせて見えてくる。少しでも高級感を出そうといいお値段の毛糸を選んだけど、高級ブランドのマフラーの模様を見よう見真似で編んだけど、1度色あせると元に戻せない。

「どうしよう…」

 彼は優しいから、どんなものをもらっても「ありがとう」と言ってくれるに違いない。だけど、心の奥で友だちと同じ気持ちだったらどうしよう。プレゼントをあげるからには心から喜んで欲しい―そんな気持ちが私の中にあった。だって、私と昔から変わらぬまま付き合ってくれている彼のことが本当に好きだから。『ハイスペック』なんて関係なく、私はダイゴの全部が大好きだから。ちなみに、チョコはダイゴが好きなお店のチョコをあげる。まるで石のようなチョコだ。

 バレンタインは明日。デートに着て行く服も決まってるし、あとはラッピングをすれば準備完了のはずだったのに、この様だ。切なくなって、ダイゴからもらったダンバルのぬいぐるみを抱きしめた。

 すると、側に置いていたケータイがメッセージの通知音を鳴らした。ダイゴからのメッセージだ。

『明日、楽しみにしてるよ。暖かい格好をして気をつけて来てね』

 いつもならデート前日は電話をしてくれる。メッセージを送ってきてくれたということは、ダイゴは忙しくて疲れているんだろう。

『ダイゴこそ、忙しいのにありがとうね。きつかったらいいんだよ』

 言葉に出しながら文字を打って、送信。
 日本語とは便利だ。「いいんだよ」と字面は肯定でも否定の意味を伝えることができる。心のどこかで会うことを拒否しているんじゃないか…と、送ったあとで気づいた。

『そんなことないよ。たまにしか会えないから、ボクはすごく会いたい』

 優しい。画面越しにでも感じるダイゴのこの優しさが好きなんだ。機械的に整然と並んでいる文字なのに伝わる気持ち…。ふと、遠い昔に友だちから手紙をもらったことを思い出した。1文字1文字丁寧に書かれた文字に、友だちの気持ちが込められていると感じて凄く嬉しかった記憶だ。

「よし」

 マフラーの贈り物の価値が下がってしまった分を、手書きの手紙で埋めよう。はたして埋められるかどうかわからないけど、せめてもの気持ちだ。




「凄い!こんなに細かく編むのは大変だっただろう?ありがとうnameちゃん!」

 バレンタインデートで訪れたカフェテラスで、まずはマフラーとチョコレートを渡した。すると、ダイゴはチョコレートよりもマフラーを喜んでくれたのだ。それはお世辞で褒めてくれるのではなく、キラキラした目でマフラーを見、最後は首に巻いてみせてくれた。良かった。とりあえずマフラーは喜んでくれたみたい。作った甲斐があったということ。そして、昨日の心配は無用だった。

 じゃあ、書いてきたこの手紙はあげなくてもいいよね。こんなに喜んでくれたんだし、と渡すつもりで持っていた手紙をそっとカバンに戻した。

「あれ?今何をカバンに入れたの?」
「えぇっ!?」

 だけど、その様子をダイゴは見逃してなかったらしい。意識は完全にマフラーに行ってたのに、なんでこんなさり気ないところを見逃さないんだろう…。そりゃ私たちは2人掛けソファに並んで座ってるから見やすいんだと思うけど…。

「え、いや、あの…」
「ボクに隠し事をするつもりかい?」
「そ、そういうわけじゃ…」
「見せてごらん」

 半ば強制的に手紙は渡されてしまった。「手紙…?」とダイゴは呟くと、丁寧に封を開けて目で読み始めた。うぅ、まさかこんな形で読まれるなんて思わなかったから凄く恥ずかしいよ…。内容も、マフラーでごめんなさいみたいなことを書いてるから、絶対変だって思われる…。

「nameちゃん…」
「あ、あの、あの…っ違うの、これは…」

 と言いかけたところで、ダイゴは私にキスをした。そのあと、ぎゅっと抱きしめられた。

「ちょ、ちょっと…!」
「ボクの方こそごめん。チョコやマフラーよりもこの手紙が1番嬉しいよ!」

 いつまでも形に残るし、何よりもnameちゃんの気持ちをnameちゃんだけの文字で伝えてくれているのが嬉しいんだ!と、ダイゴは抱きしめる力を緩めなかった。人がじろじろ見てるから恥ずかしくてこの場を離れたかったけど、ダイゴの腕の中の居心地が良くて恥ずかしさは徐々に消えていった。

 数年後、私たちは卒業しダイゴの家に同棲するようになった。そこには、あのときにあげた手紙が、私のあげた石と一緒に大事そうにしまわれていた。
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