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ハートにこの身をまかせて
「ロイヤルストレートフラッシュ」

 スペードの10、ジャック、クイーン、キング、エース。5枚の札は彼の長い指によって並べられ、目の前の男の人はニヤリと片方の口角を上げた。

「はぁ、私の負けですか」

 バレンタインの今日、初めてポーカーをギーマさんから習ったばかりなのに、ギーマさんは容赦なかった。大人気がないと言うか、ギャンブラーのプライドが負けを絶対に許さなかった…とでも言った方がいいのか。

 私の手札にある5枚の札―ダイヤとハートとクラブの10と、ダイヤとクラブの7が虚しく見えた。これら5枚のトランプを溜め息を吐きながらテーブルに捨てるように置くと、興味深そうに覗いてギーマさんは口を開いた。

「フルハウスか。ビギナーズラックとはこのことかな?」
「初心者相手に本気を出し過ぎですよ、ギーマさんは」

 いきなりトランプをしようと誘われてここまで来たけど、やっぱり私はババ抜きとか神経衰弱の方がいい。最初にそう言ったのに、ギーマさんはポーカーがいいと断固として譲らなかったのだ。
 
 本当は今日、ギーマさんにチョコを渡して告白するつもりだった。それなのにいつの間にかテーブルに座らされて飲み物を出されてトランプを見せられて…と、見事に彼のペースにハマってしまった。でもそれは、ただこのポーカーの相手をして欲しかっただけだったのだ。

「こういう賭け事になるとどうしても本気を出してしまうんだ」
「だからって少しは手を抜いてくれたっていいじゃないですか」
「まぁまぁ。負けは負け勝ちは勝ち。素直に認めるのが正しい勝負の結末だと思うけどな」
「もう…」

 ポーカーの『ど』初心者とは言え、ゲームに負けるのはやっぱり悔しい。でも、一応賭け事のプロであるギーマさんには、きっと何年掛けても敵わないんだろうなという行き場のない虚しさが、私の心を取り巻いた。

 というか、このゲームは賭けだったの?ただ私とポーカーをしたかっただけじゃなかったの?いつの間に?何を賭けていたの?と矢継ぎ早に疑問が浮かび上がってきた。全部問いただしてやりたいけど、ギーマさんは涼しい顔をしてコーヒーを口にしていた。こういうところを見ると、やっぱり大人の男の人なんだなぁと思うし、問いただしたとしても上手く言い包められるかもしれない。いつになったら同じ目線になれるのかなぁと、私は白いカップに入ったココアを一口飲んだ。

「トランプの数字を全部足すといくらになるか知ってるか?」
「はい?」

 考えたことがあるようで考えたことのない質問だ。

「ジャックは11、クイーンは12、キングは13と考えて全部足してみな」
「えっと、1から13を足して、端っこ同士を足して行くと14だからそれが6個と7で…91」
「そして、トランプの柄は4つあるからそれを4倍にすると?」
「…364」

 この数字はどこかで見たことがある。けど何か1つ足りない気がする。

「まだ残ってる札がある」
「あ、ジョーカー」
「そう」
「でも、ジョーカーって2枚ありますよ?」
「確かに。だけど、364+2をすると366…閏年さ」
「あっ」

 凄い。トランプの数字にそんな意味が隠されてたなんて知らなかった。
 驚き感心して口を半開きにしている私を見て、ギーマさんは込み上げてくる笑いを我慢していられないようだ。そんなに間抜けな顔をしているのかと気付かされて、すぐ口を閉じて目を伏せた。なんだか、凄く恥ずかしい。

「トランプの柄は4つ。つまり4つの季節を示している。諸説あるがスペードは春、クラブは夏、ハートは秋、ダイヤは冬」
「へー。トランプって凄いですね」
「だろう?これを活かしてちょっとした占いができるんだ。ジョーカーをnameに見立てて『運命の1日』を占うことができる」
「う、運命?」

 キザなことを言う人だなぁとは前から思ってたけど、まさか『運命』だなんて言葉が飛び出してくるなんて思ってなかった。しかも『占い』なんて、ギーマさんは大人の男の人だから、『占い』というコイスルオトメが喜びそうなことをするなんて、と笑いそうになった。だけど真顔だ真顔、と自分に命じてなんとか耐えた。

「そこで、ちょっと試してみないか?」
「はい?」
「誰だって、運命の1日と言われたら気になるだろう?知っておけば何かいいことがあるかもしれないと、その1日が気になってしまうものさ」

 言われてみればそうだ。バレンタインの日に運命とか言われると気になるもんね、と深く頷いた。

「じゃあまずはカードをよくシャッフルしよう」と、テーブルに散乱したカードを集め、1つの山札にした。その中からジョーカーを2枚選んでその内の1枚を私の前に置く。どうやらこれが占われる私を象徴する道化師のようだ。片方のジョーカーはテーブルの端っこに追いやられる。

 そしてギーマさんは丁寧にシャッフルを始めた。これから占う私の運命の1日が、ギーマさんの手によってよく切り混ざれる。そう考えると、このたくさんあるカードの1枚1枚が畏れ多く見えて来た。

 カードを切り終わると、ギーマさんはそれを私に差し出した。

「さぁ、まずはこの中から13枚のカードを選ぶんだ」

 きっと、1つの季節を意味する13枚なんだと思う。ババ抜きの序盤のように適当に選びたいところだけど、『運命の1日』を示す大切なカードだからそういうワケにはいかない。ギーマさんからカードの山札を受け取り、端から端までじっくり眺めて、ランダムに13枚を選んだ。

「次はその13枚の中から3枚を選んで、表にして並べるんだ」

 これはどういう意味があるのかわからない。持っていたカードの山札を置き、代わりに13枚のカードを手に取り扇状に広げて、言われた通りに選んだカードを1枚ずつテーブルにゆっくり置いて行く。

 ハートのA、スペードのキング、そしてクラブの10だった。

「では、今手に持っているカードの1番上に、目の前にあるジョーカーを裏にして乗っけるんだ」

 手札の1番上にジョーカーを裏にして重ねた。

「これでキミを象徴するジョーカーはいなくなった。そこで、残った山札からnameの代わりを見つけないといけない。その山札をもらおう」

 ギーマさんの視線は、私の手にあるカードではなく机に置いてある山札に向いている。
なんだか、今から運命の1日が決まると思うと少しドキドキしてきた。ドキドキしながらギーマさんに山札を渡す。

「さて…このカードの中から1枚、直感で選ぶんだ」
「ちょ、直感?」
「そう、その1枚がnameの運命の1日になるのさ」

 私の予感は当たっていた。いよいよ私の鼓動は早くなり、ギーマさんが差し出している扇状になった大量のカードをまじまじと見た。この中に私の『運命の1日』がある―…。思わず目を閉じてシュッと1枚を抜いた。

「よし。そのままをジョーカーのあった場所に置くんだ」

 そろりと目を開けると、選んだカードはもちろん裏返しになっていて表は確認できない。言われた通りにカードを置くと、私の目の前には運命のカード1枚と、その奥にハートのエース、スペードのキング、そしてクラブの10が置かれていて、手には相変わらず11枚のカードがある。

「では、nameの持っているカードの上にこの山札を乗せてもらおう」

 私の持っている11枚のカードを束にしたあと、ギーマさんからもらった山札をその上に乗せた。

「13枚のカードを選んだことで1つの季節は通過した。だが季節はあと3つ残っている。これからその残りの季節を通過してもらおう。表になっている3枚のカードの数字を13から引いた分のカードを抜くんだ。1番右のカードはハートのAだから…13-1で12か。その山札から12枚のカードを上から1枚ずつテーブルに裏のまま重ねて置いてもらおうか」
「は、はい」

 まるでゴールに向かって1段ずつ階段を上っている気分だ。1枚、2枚、3枚…12枚をテーブルに置いた。

「残りの表になっている札も同じようにしよう。真ん中はスペードのキング、つまり13だから計算しても0」
「左はクラブの10だから、13-10で3枚ですね」
「その通り」

 ゴールまではまだ少し遠いようだけど、確実に1段1段上っている感じがする。さっきと同じように、山札の上から3枚を裏のまま先程のカードに重ねて置いた。

「これで4つの季節をnameは通過したワケだ。ついに運命の日が決まるぜ」

 乾いた喉がゴクリと鳴る。

「表になっているカードの数字を合計するといくらになる?」
「1+13+10で、24です」
「よし、手に持っているカードの束から24枚をさっきと同じように上から引いて行くんだ」

 け、結構多いなぁ…。でも、ついにゴールが見えて来た。1枚引いて置く、2枚目を引いて置く、3枚目を引いて置く…。この部屋にはカードとカードが擦れる音しか響いていない。この心臓のドクドクという音は私にしか聞こえていない。同じ部屋にいるギーマさんが聞いている音よりも、私の方がうるさく感じている。23枚目を引いて置き、24枚目のカードを手につけたその時だった。

「ストップ。そのカードは大切なキーカードだ。そのカードの表に描かれている柄で、nameの運命は決まる」

 心臓の音がうるさい中でカードを引いていたから、ギーマさんの声でハッと我に返った。私はあと少しで自分の運命を無碍にするところだった。

「さぁ、そのカードを私に見せないように確認するんだ」

 いよいよ、いよいよだ。いよいよ私の運命の日が決まる。
 逸る心臓を押さえながら、ソロソロと運命の1枚を表に返す。

 それは…ジョーカーだった。

「フフフ、ジョーカーかい?」
「えっ」
「よかったな。そのカードがジョーカー以外だったらこの1年は何も起こらないまま終わるんだ」
「そ、それって」
「そう。未だに姿を誰にも知られていない、その可哀想な1枚のカードがnameの運命の日だ」

 この状況でまだ表になっていないカードが私の目の前にあった。ギーマさんに渡した山札から選んだカードだ。
 
 凄い、あの数十枚あるカードから1枚のジョーカーが選ばれるなんて。私って凄い。この1年で私に運命の日が訪れるんだ。そして、それは私の目の前に示されているんだ。

「さぁ、そのカードを表に返してごらん?」

 震える手でテーブルに置いてあるカードをゆっくりと捲った。

 赤いダイヤが4個、描かれていた。

 その瞬間、顎が引かれて私の唇に何かが当たる感触がした。手に持っていたカードがバラバラと床に落ちる。唇に当たると言っても触れるような感触で、柔らかくて、微かにコーヒーの味がした。

「賭けは私の勝ちだな」
「へ?」

 ギーマさんの目が近い。そしてまたニヤリと笑っている。

「ど、どういうことですか?」
「さっきも言ったように、ダイヤは季節の中で冬を意味している。そして数字は4…。これは4が付く冬の日に何かが起こるという意味なんだ」

 で、でもこれって凄く高い確率だよね!?
 まず4つの内どの季節になるかという1/4の確率。そして日付に4という数字は一の位しか付けられない。つまり、冬である12月から2月までそれぞれ4日と14日と24日しかないから…。しかも、ピンポイントにバレンタインという日にこのカードを引くなんて…。すぐ計算できなくてもそれはそれはかなりの高確率だと簡単にわかる。

 凄い、私って凄い。しかも、ギーマさんからキスされるなんて…。
 でも、私は今日チョコを届けに来て私の方から告白するつもりだったのに。嬉しいような悲しいような幸せなような感情がぐるぐると渦巻いている。色に例えるならば、大量の赤色にちょっぴり青色を混ぜ合わせて、そこにたくさんのピンク色を混ぜた感じだ。

「ま、タネ明かしをすると、これは必ずあの場面でジョーカーを引き当てるマジックなんだ」
「えぇーっ!?」
「ジョーカーが1番上に置かれた束を下にした時点で勘付かれるかとヒヤヒヤしたが…どうやら成功したみたいだな」
「な…なにそれー!?」

 信じられない信じられない!まさかギーマさんは私をハメた!?
 きっと私の顔は恥ずかしさと悔しさで真っ赤になっている。なのに、ギーマさんは相変わらず大人の余裕たっぷりな笑みを浮かべている。

「あれ?でも運命の1日ってカードは…?」
「あぁ。それこそ、私の賭けだったんだ」

 もし他のカードが出てきたらどうしようかと思ったよと、ギーマさんはもう1度私の唇を奪った。


ハートにこの身をまかせて

(ハートのAの意味を知ってるか?)
(なんですか?)
(『順調な恋愛』さ)
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