「あの子、すげー可愛いよな」
クラスの凄く可愛い女子に彼氏ができた。できたと言っても、凄く可愛い子だからできて当たり前、と言ったところ。しかも、その彼氏は超頭のいいクラスのお金持ちくんかつイケメンで、毎日放課後になると私たちの教室で2人きりになって勉強を教えてもらっている。
そんな光景を毎日、当たり前のように見て帰るのが私の日常。はいはい幸せそうですね良かったですね〜、なんて心の中でボヤくのも日常。
私にだっていっちょ前に好きな人はいる。あの子の彼氏よりも背が高くてカッコよくて器用で…。好きな人フィルターがかかってるからかもしれないけど、とにかく私の憧れの人。でも、私はあの子と違って超平凡で超普通だから、たぶんそれは叶わぬ夢…。好きな人も実はあの子が本命だーなんてウワサがあるし。現にこうやってあの子のことを可愛いって言ってるし。
だから、こうやって憧れのデンジと一緒に帰ってる間は心臓がドキドキ言いっ放し。たまたま同じ先生の補講の対象になって、帰るのが遅いからって補講の日は家まで送ってくれて、今じゃすっかり仲良くなったんだけど…。このシチュエーションはなかなか慣れそうにない。
「あの子って?」
「ほら、オマエのクラスで毎日放課後カレシと一緒に勉強してる子」
まぁ確かに可愛いよねって言いたくなるけど、言ってしまうと負けるような気がして。何に負けるのかはわからないけど。
「何?嫉妬してんの?」
「し、嫉妬なんてしてないよ!」
あちゃー、そんなに険しい顔してたのかな?眉間に皺が寄ってたら元も可愛くないのにもっと酷い顔になっちゃう。バレないようにこの薄暗い中で眉間を擦って平らに戻す。
「あっやべ!ケータイ学校に忘れちまった!」
「えぇー!?」
「やべーな、教科書とかだったら無視するのにケータイはなー…」
そうそう、家に帰ってごはん食べた後にメールのやりとりができなくなるもんね!って、デンジの不幸を喜んでどうするの私…。
「悪い、ちょっと取りに行くから先に帰っててくれ」
「えーっ」
「えー、じゃねーよ。夜の学校は危ねーし」
「だって、最近この辺に通り魔が出るってホームルームで先生言ってたじゃん!1人で帰るの怖いし…」
せっかくの至福の時間が終わっちゃうのがイヤだから…。なんて言葉はこの人を前にしていると口にできない。言ってしまえば何かが変わるんだけど、最悪な結末に着地するのはもっとイヤだから。
「ったく、しゃーねぇな。家族には遅くなるって連絡入れとけよ」
「うん」
そうだよね。補講でさらに遅くなるんだからお母さんに連絡するのは当たり前だよね。スクールバッグに手を突っ込んでケータイを探すけど、手に当たるのは教科書とかノートとかペンケース。あれ、これってもしかして…。
「…私もケータイ学校に忘れたみたい」
「はぁ!?」
じゃあなるべく早く探そうぜ、とデンジは私の腕を強く引っ張って私を学校まで走りだす。男子と女子とじゃ体力も足の強さも違うから、まるで強制連行されるように私はデンジに引っ張られた。
学校に戻った時にはすでに7時を回っていて、辺りはすでに真っ暗でほとんど何も見えない。職員室の電気も消え、全部の教室の電気も消え、頼れるのはポツポツと立っている屋外灯と月明かりだけ。
「なんか、夜の学校って不気味だよね…」
「何言ってんだ。さっさと探して早く帰るぞ」
「でもさ、学校の七不思議ってよく言うよね。ほら、音楽室のベートーベンの肖像画が動いたりさ」
「うるさい行くぞ」
「う、うん…」
でも、本当は少しドキドキしている。怖くてドキドキするんじゃなくて、夜の学校という暗闇の中でデンジと2人っきりになることにドキドキしてる。恋愛ゲームみたいにこの先に何かイベントが待っているとは限らないんだけど、何か起こらないかなと期待してしまう。例えば、この生物教室の人体模型が動いたり、それにビックリした拍子で保健室に掛け込んで、さらにその拍子でナニかが起こったり…。
「おい、早くケータイ探せよ」
「はっ!」
「オレのケータイはあったぜ。早く探して帰ろうぜ。生物教室って解剖した写真とかホルマリン漬けのカエルとかあって気持ちわりぃ」
「は、ははははは…」
こんな時に何を考えてるんだろう私は。デンジにはバレてないと思うんだけど見透かされたような気がして一瞬心臓が縮んだ。そんなデンジは早速見つかったケータイをポチポチといじっている。いいなー。
さっきまでこの生物教室で補講を受けてたから、私とデンジのケータイはここにあるだろうって思ってたのに、見つかったのはデンジのケータイだけ。私のケータイはどこにもない。
「まさか、ここにないのか?」
「う、うん。そうみたい…」
私が座っていた席にもないし、そこにある引き出しの中にもない。
まさかと思いながら、生物教室の後ろにある先生の控室のドアを開けた。でもこんなところにあるワケがない。私の学校はケータイ禁止の校則があるから、先生の目の前でケータイを出すものなら即刻取り上げ、そして保護者の呼び出しからの反省文。だからないとは思うんだけど…念のために、ね。
「おいおい、ここにあるワケが…」
「う、うん。私もそう思うんだけど一応」
は、と息を飲んだ。電気を点けるといきなり内臓剥き出しの人体模型が私たちを睨んだからだ。それはまるで本物のような臓器が惜しげもなく剥き出されていて気持ち悪い。ただでさえ気持ち悪いのに、眼球の水晶体がギョロッ!と私たちを見下ろして睨んだ、気がした。
「ひっ」
「お、おっかねぇから早く出ようぜ…」
「そ、そうだね…」
普段もこの教室に出入りしてるけど、それは昼間という明るい時間だし必ず先生がいるからこの人体模型を見ても怖くない。だけど、今はこの通り、外は暗いしデンジと私以外には誰もいないから…。
電気のスイッチを落として、パタンと力無くドアを閉めた。
「他にどこか心当たりはないのか?」
「たぶん、教室かな…」
「よし、じゃあさっさと教室に取りに行って帰ろうぜ」
と、デンジはまた私の腕を掴んで強引に引っ張って行く。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
電気は消さないとね、と入り口にある生物教室の電気のスイッチをパチッと切り、暗くなった生物教室を後にした。
「んー、ここにもなーい…」
「ウソだろ!?」
「どこ行っちゃったのかなー…」
いつも来ている教室にも私のケータイはどこにもなかった。机にもロッカーにも、友達の机にもロッカーにもどこにもなかった。
「ちゃんと探したのか?」
「ちゃんと探したよー」
今日行った教室は、こことさっきの生物教室と職員室くらい。だから、あと探してないのは職員室だけなんだけど、ケータイ御法度の学校の職員室でケータイを出すなんて有り得ない。そんなことをするのはおバカさんか猛者ぐらい。
「おいおい、もし今日見つからなくて明日先生に見つかったらケータイ没収だぜ?」
「んもう!だから今こうやって必死で探してるんでしょ!?ひゃっ!?」
私がそう叫ぶと同時に教室の電気が全て消えた。教室だけじゃなくて屋外灯まで全部消えてしまった。
「て、停電!?」
「ほら、オレのケータイのライト点けてやるよ」
「う、うん。ありがとう…」
微かな月明かりに照らされる中、デンジのケータイのライトが私の足元を明るく照らしてくれた。これでまた探すことができるって思ってたら、デンジが私のすぐ後ろに近づいてきた。
「ほら、この方が探しやすいだろ」
「う、うん…」
そう、私のすぐ近くにデンジがいる。密着、まではいかないけど、たぶん今までで1番近くにいてくれてる。私が探すところをすぐ照らしてくれて凄く探しやすくなった。そしてふと足が止まる。この机はあの子がいつもカレシと勉強している机だ。
「なぁ、name」
「な、なに?」
なんだか、デンジの声のトーンが少しだけ落ちた気がした。なんで落ちたのかは憶測しかできないけど、たぶんこの机が目に入ったから…。あの凄く可愛い子を思い出したのかなって悲しくなった。
「なんか、こっちに近づいて来てないか?」
「へ?」
確かに、遠くからコツンコツン…って何かが近づいて来ている音がする。何か、というよりは誰かと言った方がいいんだけど、この音は人間の足音っぽくない無機質な音のよう。物が落ちてくる音、と言った方が正しそう。
「ね、ねぇねぇこれって」
「…それ以上何も言うなよname」
「そう言えば、生物教室のカギ…閉まってない」
「!!」
これってもしかして、学校の七不思議によくある歩く人体模型なんじゃ…?と、あの子を思った悲しさがどこかに吹き飛んだ。だって、さっきの生物室にあった人体模型のギョロっとした目を思い出したから。夜の学校というシチュエーションのせいでより一層強烈にその目が脳に焼き付いてるから自然とそんな考えが浮かんでくる。たぶん、デンジも同じことを思ってると思う。月明かりに浮かんでいるデンジの顔が引きつっていたから。
「……っ」
「……!」
どんどん音が近くなる。私は目をぎゅっと閉じて息を殺し、まるで近づいて来ている物が殺人鬼のように感じた。思わずデンジの体に寄り掛かり、そのデンジも怖がっているのか私の体をぎゅっと抱いた。
「ひ…っ!」
「来る…っ!」
コツン、コツン、コツンと足音が大きくなったと思ったら、私たちのいる教室を通り過ぎたように段々と小さくなっていった。
「と、通り過ぎた?」
「よかったー…」
は、と気がつくと私とデンジは抱き合っていた。さっきまではあまりの恐怖に怯えてたけど、こうやって我に帰ると恥ずかしくなってデンジから離れようと体に力を入れた。だけど、デンジは離してくれなかった。
「nameって、いい匂いがするんだな…」
「で、でんじ…」
いい匂いって、どんな匂い?もしかして、私もデンジからいい匂いがしてるけど、それと同じ感覚なの?
ダメ。心臓のドキドキが止まらない、それどころか段々大きくなってる。こんなに密着してると緊張してるのがデンジにバレそうで怖い。私がデンジを好きなこともバレそうな感じがして怖い。だけど、今こうやって抱きしめられてると凄く気持ちよくて落ち着いて、このまま時間が止まってしまったらいいのになって思った瞬間だった。
ガラッ!と教室のドアが開いて、ギョロッ!と私たちを睨む視線が一瞬でこの場を凍てつかせた。
* * * * * * * * *
「ビックリしたよなー。まさかドアを開けたのが警備員だったなんてよー」
「はは、ははは…」
私の願い通りに…ではないけれどあの時は本当に時間が止まったような気がした。そして人体模型が私たちに襲い掛かってくると思ったら、警備員のおじちゃんが「やっぱり誰かいると思った。早く帰れ」って言ったんだ。そりゃあの暗い中でケータイのライトが点きっぱなしだったら気付くよねぇ。
私とデンジは人間で良かったってほっと胸を撫で下ろす思いだったんだけど、デンジから離れないといけなかったのはホントに悔しい。
「それにしても、nameのケータイはどこにあるんだろうな」
あぁそうだった。明日になればきっと誰かが見つけて…それが友達ならいいけど、知らない人とか先生だったら私のケータイは没収されて親も呼び出されて反省文だ。そうなれば当分デンジとメールができなくなる。凄く悲しい。
「あっ、ケータイ鳴ってる」
ブブブ、とケータイがバイブレーションで振動する音が聞こえた。デンジのケータイだろうと思って私はそのまま俯いたまま歩いてるけど、デンジからは気の抜けた声しかしなかった。
「は?オレのじゃない…?」
「え?」
ということは、鳴ってるのは私のケータイ?でもどこに?
微かに聞こえる音を頼りにブレザーのポケットや内ポケットやスカートのポケット、バッグのチャックを開けてごそごそと探すと…バッグの内ポケットの底から私のケータイが現れた。そこにあったのかー!
「そこにあったのかよ!!」
「わー!しかもお母さんからだー!!」
どうしよう、きっと帰りが遅いから心配して電話してきたんだろうけど、これは絶対怒ってる。しばらく電話に出ないでおくと、画面はいつもの待ち受け画面に戻って不在着信と新着メールを知らせるアイコンが表示されていた。
「…うわー…お母さんから何件も電話来てるよー…」
これは電話でも怒られて帰ってからも説教されるなーと恐怖に怯えながら新着メールを確認した。やっぱりメールもお母さんからばっかりで、最初は笑顔の絵文字や顔文字が使われてたのに、1番最後は文字しかないメールだった。これはもう、説教どころかごはん抜き?
「お母さんなんだって?」
「…早く帰って来いだって…」
「まぁ、そりゃそうだよな」
「うん…」
お母さんからのメールを全部読んでも、画面の上にある新着メールのアイコンは消えなかった。まだ読んでないメールがあるのかと、メールの受信ボックス画面に戻った。私は受信メールを相手別にフォルダ分けしてるんだけど、友達のフォルダとデンジのフォルダにも読んでないメールがあった。
「デンジから?」
「!」
友達のメールよりもデンジのメールが気になって、デンジのメールフォルダを開いた。メールが来た時間はちょうど生物教室で私のケータイを探してる時。見つかったケータイをデンジがポチポチといじってて羨ましいなと思ってたんだけど、私にメールを打ってたのか。たぶん、見つけやすくするためにメールを送って音を鳴らしてくれたんだと思う。本文を開けてみると…。
今夜は月がきれいだな
(じ、じゃあな!お母さんとのバトルがんばれよ!)
(こ、これってもちろん、そういう意味…だよね?だって、あの時はメールより電話すれば早く見つかるんだし…)