唯一無二の王子様と天衣無縫なお姫様

「こんな性格……今日こそ直したいと思ったのに……」

 ぽつりと呟いて吐き出た白い息が、夜の冷たい空気に溶ける。カラフルにライトアップされた街頭のベンチに座って、夕方の夢のような出来事を思い出しては後悔の波が押し寄せる。今思い返してみると、ちゃんと笑えばよかったとか、ちゃんと引き止めて次の約束をすればよかったとか、終わってしまった今はなんとでも反省できる。次こそはと思っても、実際にその機会がやってきたらいつものように何もできない。ライヤーさまを好きになってからずっとこのループだ。

 このままじゃ、いつか誰かにライヤーさまを取られるかもしれない。伝統のある王家のお生まれだから、いつか他の国のお姫様と結ばれるかもしれない……のは大げさかもしれない、けど。でも、実際にそうなってしまったら、今以上に激しく後悔するんだろうなぁ……。

「ネー」

 ふと、エネコロロが私の隣で鳴いた。目に見えて落ち込む私を励ましてくれている。

「ありがとうエネコロロ」

 とだけ言って、私はまた自分の負のループへと誘われるままに踏み入れてしまった。ぐるぐるぐるとコーヒーカップみたいに情緒が振り回される。すると、

「ネーッ!」

 と、エネコロロがいつもより激しく私を呼んだ。滅多に聞かない声にビックリして振り向くと、エネコロロは私の裾を噛んで「こっち来て!」と言いたげに引っ張っている。

「なになに? 急にどうしたの!?」

 引っ張られるままにエネコロロに着いていく。どこに連れていくかも、何が目的なのかもわからないまま着いていく……連れていかされるって言う方がぴったりなくらい。

 そして、着いた先は一軒の小さなお店だ。お店と言っても入り口はなく、今日のために誂えられたような木造の小さなお店。

「あ、ここって……アカネちゃんが言ってた……」

 店先には白いラッピングの小さなプレゼントや、雪だるまが主役のスノーグローブ、赤いブーツから顔を覗かせているピカチュウのぬいぐるみと、この時期のプレゼントに相応しい可愛い雑貨が並んでいる。とは言え、パーティーも終盤だからまだ行き先が決まっていないものばかりとは思う。でも、エネコロロは目を輝かせているし、私もわくわくし始めた。可愛い。

「エネコロロ、あの約束……ごめんなさい」

 昼間にアカネちゃんから「この日だけお店を増やした」ことを聞いたあと、エネコロロと行こうねと確かに約束していた。ライヤーさまは私にとってかけがえのない大切な人に間違いないけど、エネコロロだって私の大切なバディであり友だちであり、家族。こんな大切な人との約束を忘れるなんて、酷いことをしてしまった。

「ネー」
「許してくれるの? ありがとう」

 手のひらに感じるエネコロロの体温がゆっくりと手から体に広がっていく。さっきまでの冷たい罪悪感や後悔がじんわりと溶かされて、温かくてほっとする優しい気持ちで満たされる。

「それじゃあ、何か1つ買っていこうねエネコロロ」
「ネェー!」

 辺りに闇の帳が降りていても、このお店の周りには温かな光で溢れている。店先に立つと、並んでいる小物の可愛さを正面から受け取った。サンタブーツに入っているピカチュウは1匹1匹の顔が違うし、クリスマスカラーのプレゼントの大きさが微妙に違ってる。スノードームの中の雪だるまも表情が様々だ。

「どれもかわいい……」
「ネェ……」

 すると、ふっと私に、クリスマスの温かな光に癒されている私に、さっきの後悔がじわじわと気持ちを黒色に変えていく。こんな浮かれていていいのか、まだ終わっていないんだぞ、と。こうしている間にもライヤーさまは他の人とお話ししているし、ウィンターパーティーの夜なんてロマンティックなこの時間に恋人とお過ごしかもしれない。こんなことしてる場合じゃなくて、ライヤーさまを見つけてお話ししたり、プレゼントを差し上げたりしなきゃいけない……。

「ネェ……?」
「あっ、ごめんエネコロロ」

 ぼんやりと考え事をしている私を心配してくれたエネコロロ。心配そうに覗く瞳には、憂な表情の私が映る。

 ダメダメ、こんな私じゃ。大切なエネコロロとの時間も大切にしないといけないってさっき決めたばかりなのに。でも、ライヤーさまへのこの気持ちも間違いなく私の大切なもの。2つ一緒に抱えるためにはどうしたら……。

「……決めた」
「ネッ?」
「エネコロロ、このスノードーム、私たちの宝物にしよう?」
「ネッ?」
「私たちはこれからもずっとバディーズ、友だちだよ、家族だよってこれを見ていつも思い出せるように。ね、どうかな?」
「ネーッネーッ!」

 嬉しさ爆発、と表現するのがピッタリなくらいエネコロロは飛び跳ねて喜んだ。そんなに喜んでくれてるんだと思うと、私もはしゃぐエネコロロみたいに嬉しくて飛び跳ねてしまいそう。

「あとね、これはエネコロロとのもう1つの約束でもあるの」
「ネ?」

 はしゃぐエネコロロが止まって怪訝な眼差しを向けた。その瞳に映る私は真剣そのもの。目を閉じて、ひと言ひと言を噛み締めて、気持ちも、決意も込めて言う。

「次にライヤーさまとお会いしたときにちゃんとお話しする、緊張せずにお話しする……ってエネコロロと約束したいの」

 いつまでもこんな私じゃダメだから、変わらなきゃいけない。ライヤーさまへのこの恋心がバッドエンドで終わってしまわないように、もう後悔しないために。エネコロロは誰よりも私のこの恋を応援してくれている。その応援にちゃんと応えたい。だから、エネコロロとの宝物にこの誓いを込めるんだ。

「……ネッ」
「……うん。わかってるよ」

 何が言いたいのかはなんとなくわかる。私と約束をしたからには次こそはちゃんとお話ししなさいよね、有言実行しなさいよね、と。私の決意を固めた返事を聞くと、エネコロロは改めて私に近寄って、喉を鳴らしながら全身を私に擦り付けるのだった。

 店員さんに対価を渡して、誓いのスノードームを受け取った。小さな丸い世界で、この私たちの世界と同じように雪がしんしんと降り積もっている。お店に並んでいたスノードームの中に佇む雪だるまの表情は1つ1つ違う。私たちが選んだのはにっこりと笑う雪だるま。きっと、このスノードームの外の世界で微笑ましい出来事が起きていて、それを見て笑っているのだろう。もしかしたら、それは今の私たちのことかもしれない。

 受け取ったスノードームを見せて見せてとせがむエネコロロに、しゃがんで差し出した。にっこり笑う雪だるまを見て、エネコロロも思わず声を出してにっこり笑う。「可愛い! ありがとう!」と言いたげな笑顔だ。そんなエネコロロを見て、私の心からじんわりとホットチョコレートのような甘くて愛おしい気持ちが溢れ出す。

「エネコロロ、大好きよ」
「ネーッ!」

 バディであり友だちであり、家族でもある大好きなエネコロロとの宝物に誓って、私は変わる。次こそは、必ず。

 ──だけど、聖なる夜に交わされたこの私たちの誓いをあのお方に見られていただなんて、このときは知る由もなかった。

「……なんだ。できるではないか、お前の自然体が」

* 

「えーっ!?」
「ネーッ!?」

 私とエネコロロの大声が響いたのは、大きなツリーがそびえ立つウィンターパーティーの会場だった広場。フォトコンテストの結果を貼り出している会場だ。そこには、グランプリのプラターヌ博士が撮ったビオラさんと白いビビヨンの写真と、隣のセミグランプリのビオラさんが撮った写真と、その隣に飾られた……順位で言うと3位に当たる写真に写っているのは、なんと私とエネコロロがスノードームを持って笑いあっているところだったの! しかも……キャプションにはなんとライヤーさまの名前が書かれている。つまり、この写真を撮ったのは……ライヤーさまなのだ。

「えっ、えっ、そんな、いつの間に、見られて? えっ?」
「ナトリーよく来てくれた! お前たちに感謝するぞ!」

 と、聞き覚えしかない良い声と共にやってきたのは、紛うことなきライヤーさまだ。ドリバルさんとチェッタちゃんももちろん一緒に。

 まさかこんなにも早くエネコロロとの約束を果たせる日が来るとは……と思いたいけど、けど、けど、情報量が多すぎて思考回路が追いついていない。こんな状況で平常心で話せるの? 何をお話しすればいいの? いや何を話せばいいのかはわかってるけど、それをどう言葉にすればいいの? あのシーンをライヤーさまに見られていたことにビックリだし、まさかそのシーンを収めた写真が3位に入賞するなんて……偶然と奇跡が見事に共演している。綺麗すぎて仕組まれたことなんじゃないかと逆に疑いたくなるくらいに。

「えっ、あっ、あのっ」
「おっと、勝手に撮るなとは言わせんぞ。パーティーに参加することは被写体になることに同意することであると再三言っていたからな」
「あ、え、えっと……」
「安心しろ。コンテストの審査員には全ての写真の撮影者を伏せて審査させた。この結果は決して忖度されたものではないとオレさまが保証しよう」
「その、あの、えっと……」

 そういう問題じゃないんですライヤーさま。入賞したのは素直に嬉しいのですが、その、ライヤーさまに見られていたことが、ライヤーさまに撮っていただいたことが問題なのです。嬉しいやら驚きやら、もう全ての感情がごった煮だ。頭の中でぐるぐると内なる私が走り回っていて言葉が出てこない。それに目を回される私の本体。

 あぁ、聖なる夜にエネコロロと誓ったのに、さっそくダメになりそうな予感がする──と悲観したそのときだった。私の目から、涙がひと粒、頬を滑り落ちた。

「なっ!?」

 ライヤーさまだけでなく、後ろのドリバルさんとチェッタちゃんも激しく動揺された。返ってくる反応が思っていたものと大きく違っていたのだろう。いけない止めなきゃと思っていても、私の意思に反してずっと溢れてくるこの涙。どうしてだろう。エネコロロとの誓いがダメになりそうで悲しいから泣いてるの? ……わからない。涙を流してからというもの、なぜか私の感情がリセットされてしまったから。さすがのエネコロロも心配してくれているらしく、大丈夫? どうしたの? と足元で鳴いている。

「なっ、なっなっなっ、何も泣くことはないだろう!? そんなに被写体になるのがイヤだったのか!? それならパーティー会場から」

 これがいわゆる緊張しない「平常心」なのかはわからない。わかるのは、ライヤーさまを目の前にしても私はこうやって逃げようとせずに立っている。感情がリセットされてから、さっきまでの大騒ぎ状態の私と違ってライヤーさまを相手に緊張せず、怯えず、穏やかに……。

「……いえ、違います。ライヤーさま」
「なに?」

 あぁ。ようやくわかってきた。悲しくもないのに泣いてる理由……すると、胸の奥からじんわりと温かくて柔らかい、幸せな気持ちが溢れてきた。

「その……嬉しくて……!」

 コンテストで私とエネコロロの友情が認められたことはもちろん嬉しい。それを撮影したライヤーさまの写真の腕が認められたことも。ライヤーさまに私たちを認めていただいた上に、こうしてライヤーさまとお話しできているのが、何よりも。

「……っそ、そうか」

 例えるなら、新しい時計の歯車が動き出して噛み合い、新たな時間が刻まれ始めたような。これがまともな会話であるのかと聞かれればNOだろう。あまりにも短すぎるから。でも、私にとってはエネコロロとの大切な約束を果たせたことでもあり、ずっと憧れていたライヤーさまと逃げずにお話しできた──ずっと見ていた夢を叶えることができたんだ。

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