唯一無二の王子様と天衣無縫なお姫様

シャッターチャンスは奇跡と共に

 私は緊張しがちだ。お父様に逆らったり家出したりすることはできるけど、それはごく親しい家族だからできることなんだとこのパシオに来て気がついた。大好きなライヤーさまを目の前にするとすっごく緊張して何もお話しできない。お話ししたいことはたくさんあるのに。こんな性格を直したいと豪華に飾り付けされたツリーの下でぼんやりしていると、サンタさんの格好をしたアカネちゃんが話しかけてきた。「よっナトリー!」と弾ける笑顔のアカネちゃんの後ろには、冬の姿のメブキジカが立っていた。赤い衣装に冬のメブキジカ。まさにサンタクロースとは今のアカネちゃんのことだ。

「パーティー楽しんどるぅ?」
「う、うん。いろんな人がたくさんいて賑やかだね。ただ、カメラを持ってる人が多くてちょっと緊張してるの」

 今年のウィンターパーティーはフォトコンテストも同時に開催されている。なんでもライヤーさまが高性能のカメラを買って写真にハマっているそう。その延長線でパーティーでフォトコンテストを決めたみたい。ご自分の趣味をこんな大きなコンテストに繋げてしまうなんてさすがライヤーさま……。

「あかんでぇ緊張しとったら! リラーックスや!」
「う、うん……」

 このパーティーは去年と同じくアカネちゃんに誘ってもらった。『パーティーに参加することは写真の被写体になることを同意することになる』ってアカネちゃんに聞いた。つまり、パーティー会場にいるだけでどこからともなく誰からでも写真を撮られるということ。もしかしたら、ライヤーさまに写真を撮ってもらえるかもしれない……って淡い期待を抱いて参加したまではよかった。可憐な白いドレスのビオラさんやスタイリッシュな私服のプラターヌ博士やキバナさん、他にもたくさんの人に写真を撮ってもらえたけど、肝心のライヤーさまがまだこのメイン会場にいらっしゃっていない。

「今年は去年と違うのがもう1つあってな。プレゼントを売ってるお店を増やしたみたいなんやで」
「えっ? あ、もしかして去年の……」

 私がアカネちゃんのプレゼントを探していたら、人が山のように押し寄せてパーティーに遅れてしまったのが去年。もしかして、雑貨屋さんの数が少なくて混雑しちゃうからお店の数を増やしたのかもしれない。

「とは言っても立派なお店じゃなくて、この日だけの夜店みたいなもんやけどな。でも売っとるもんはみんなめーっちゃプリティやから、あとでエネコロロと一緒に行きや」
「うん、そうするね。あとで行こうねエネコロロ」
「ネー!」

 女の子は可愛いものが好き。それは例に漏れず私もこのエネコロロもだ。アカネちゃんたちと楽しんだあとで行ってみよう、どんなプレゼントが置いてあるのかなとワクワクしていたら、

「ほぉう、これは写真の撮り甲斐がありそうだな!」

 聞いただけで心がときめくこの声は姿を見なくてもわかる。ライヤーさまだ。パーティーの主催者が登場して会場のテンションがざわついた。えんじやたんぱんこぞうはパシオのヒーローに喜び、ファンらしきおとなのおねえさんたちが黄色い声をあげる。

「ほぉら来たでナトリーの王子さま」
「んもうっ!」

 そのライヤーさまはカメラを片手に1人1人の声援に応えられている。ハイタッチされて喜ぶ子どもたち、声をかけられて喜ぶおねえさんたち。私があの子どもやおねえさんだったらどれだけよかっただろうか。自然体でライヤーさまのファンサービスを喜ぶことができたらいいのになぁと、遠ざかっていくライヤーさまの背中をただ見つめるだけだ。

「ライヤー! ちょっとえぇかー!」

 アカネちゃんが何をしたのか一瞬で理解できてしまい、大声に心臓が本当に飛び出しそうだった。その声に気づいたライヤーさまが振り返る。わ、わ、こっちに来る……!

「どうしたアカネ? 何か困っているのか?」
「ライヤーに写真撮ってほしいねん! うちとメブキジカと、このナトリーとエネコロロでなー!」
「なるほど、それならお安い御用だ」
「美少女とポケモンってめっちゃ映えるんやで〜!」

 鍛えた腕前をさっそく披露できるとライヤーさまは得意げにカメラを構えた。「ナトリー並んでや〜」と私の腕を引っ張るアカネちゃん。メブキジカはそんなアカネちゃんの隣にどっしりと構えている。綺麗な毛並みを見せびらかすように足元に座るのはエネコロロ。私だけが、頭の中がいっぱいいっぱいで、何がなんだかわかっていなくて、手を動かしているのか足を動かしているのか、体がちぐはぐだ。

「おい、早くしろ」
「は、は、は、はいぃ」

 アカネちゃんとメブキジカのおかげでなんとか4人で並び、ライヤーさまのカメラのシャッターが数回切られた。上手に笑えた? 変な顔してない? コイツ変だなってライヤーさまに思われない? とハラハラする気持ちと手を繋いで、画面を確認するライヤーさまを見守る。ドリバルさんはめいっぱい腰を曲げて、チェッタちゃんはライヤーさまと隣に並んで。すると、3人ともなんだかすっきりと晴れない顔になってしまった。

「うむ……ナトリー」
「はぁっ、はい!」

 ライヤーさまの曇ったお顔から心配する気持ちよりも、名前を呼ばれたことの緊張が激しく勝る。思わず第一声が裏返ってしまった。

「それがお前の自然体か? 全て顔が引きつっている。写真は撮る側も撮られる側も自然体でなければとビオラが言っていたぞ」
「は、は、はい……」

 ある意味でそれが私の自然体だ。あぁやっぱりそうなってしまったかと気を落としていると、アカネちゃんが気を遣って「この美少女とポケモンに免じてもう1枚頼むわ〜」と指で自分のほっぺを指してお願いしてくれた。それなら次こそは! と内なるもう1人の私にほっぺを叩いてもらって気を取り直す。ところが、

「ライヤーちゃま! あたちたちもしゃしんとって〜!」
「私たちもおねがーい!」

 と、ライヤーさまに写真を撮ってもらえる噂を聞いた人たちがぞろぞろと集まってきた。こんなにライヤーさまのファンがいるんだと驚くと同時に、これはもう1枚撮ってもらえるのは無理なんだと悟ってしまった。その予感は的中して、「よしわかった」とライヤーさまはみんなのお願いを聞き入れたのだ。

「すまない。そういうことだから次の機会にしてくれないか」
「せやなぁ、パシオの王子様がみんなのお願いを無碍にするわけにはいかんもんね」
「理解が早くて助かる。それじゃあな」
「あっ……!」

 待つファンたちの波に飲まれていくライヤーさま、申し訳なさそうに頭をかいて着いていくドリバルさん、ごめんねーと神妙な顔で謝って着いていくチェッタちゃん。遠ざかる背中を見るしかできない、伸ばした腕が虚しい私。「ドンマイやで」と慰めてくれるアカネちゃんに、心配そうに見つめるエネコロロ。あぁ、私、またやってしまった。

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