唯一無二の王子様と天衣無縫なお姫様

これは、私たちだけの甘い秘密

 春の陽気が街に甘いかおりを運んでくる2月の中頃。パシオではこの時期に「サンクスデイ」と呼ばれるイベントが開催される。お世話になっている人、お友だち、恋人、好きな人……に、「ありがとう」を伝えてプレゼントする日。プレゼントは売っているものだったり手作りだったりと個性が溢れている。私も例に漏れず、アカネちゃんやマーシュさんにセンリさんたちにプレゼントを贈るつもり。そしてもちろん……ライヤーさまにも。

「今年はどうするんナトリー?」
「えぇっ!」
「もーそんなボケんでえぇって! ライヤーやライヤー!」
「そんなの、わかってるって……」

 こういう話をするとき、アカネちゃんはわざとライヤーさまの名前を出さない。いじわるだ。まぁそれは置いておいて、ライヤーさまにプレゼントしたいものはもう決まっている。SNSでたまたま見つけたオシャレなカップケーキを作ってお渡ししたいと、その写真をアカネちゃんに見せると「めっちゃ可愛いやん!」ってきゅるんっとした目に変わった。

「んで、肝心の作れる自信はあるん?」
「あっ、う、うん。家出したときにキャンプしてたから、少しは……」

 お料理には少しだけ自信があるけど……プレゼントするならとびきり美味しいものを、と思うと小さく芽吹いた自信が踏み潰されそう。お菓子作りはお料理と違って分量や室温や時間が少しでも違うと失敗するって聞いたことあるし……。

「お菓子作りって意外と難しーからなぁ。あっ、そう言えばマサルがお料理教室やるって聞いたな」
「えっ、ガラルのマサルくんが?」
「せやで。彼めっちゃ料理上手やねん! いつどこでやるのかは知らんけど、探してみて損はないと思うで」
「うん。そうよね」

 お料理が得意な人の手ほどきがあれば上手に作れるに違いない。早速マサルくんを探そうと辺りを見渡すと奇跡が起きた。チョコレート色のエプロンを着たマサルくんが歩いていたのだ。

「あっ、マサルくん!」
「ナトリーさんにアカネさん! こんにちは!」
「あの、お料理教室をやってるって聞いたんだけど……」
「あぁ……えっと、ごめんなさい。ついさっき終わって……」
「えぇーっ!」

 奇跡はそう長く続かないとはこういうこと。どうしよう。1人でも作れるは作れるけど、見栄えとか味は誰かに見て味見してもらわないと不安だなぁ……。

「ところで、誰に何を作るんですか……ってライヤーさんにですよね」
「ひぇっ!?」
「マサルあんまいじわるしたらアカンでぇ?」
「ははっ、いじわるのつもりはなかったんですけど」
「アカネちゃんが言わないで……」
「映える可愛いカップケーキ作りたいねんて! なんかコツとかあったら教えてや」
「コツかぁ……カップケーキは分量とレシピ通りに作れば失敗は少ないから、お料理ができる人なら大丈夫だと思います。あとは贈る相手のことを考えて作る、ですね!」
「贈る相手のことを……」
「ナトリーさんだったらボクが言わなくても大丈夫と思いますよ。がんばってください!」
「うえぇっどどどどどそれはどうして」
「マサルおおきに! 助かったで!」
「いえいえ、がんばってください!」

 じゃ! と最後に大きな爆弾を落としたマサルくんは足早に私たちから離れていった。誰かと待ち合わせしているのだろうか。引き留めちゃって申し訳ないな……。次に会ったときにちゃんとお礼を言わないと。

「しゃーないっ、このアカネちゃんが手伝ってしんぜよう」
「ありがとうアカネちゃん〜!」
「お菓子作りは可愛い女の子の必修科目やからな! その代わり、いっぱいつまみ食いさせてやぁ」
「アカネちゃんってば……心配しなくても、アカネちゃんの分はちゃんと作るからね」

 私たちは早速、大きなキッチンのあるヒナギク博士の研究所を訪れた。私たちの他にもお菓子を作っている人がいたけど、博士は快くキッチンを貸してくださった。アカネちゃんと2人であぁでもないこうでもないとデコレーションを試行錯誤して、ライヤーさまにお贈りするカップケーキが完成した。崩れないように綺麗にラッピングをして、あとはお渡しするだけ。「行ってこーい!」ってアカネちゃんに背中をドーンと本当に押されて、私はライヤーさまを探しにセントラルシティに繰り出した。





 私はライヤーさまと上手くお話しできない。ライヤーさまを目の前にするとすごく緊張してパニックになって言葉が出てこない。でも、先月のウィンターパーティで、ちょっとだけだけど緊張せずパニックにならずにお話しできた。お話しするまでが緊張して、それからは平常心でいられるみたい。まだ1回だけだから、次も同じようにできるとはわからないけどね。でも、私にとっては大きな1歩であり発見である。

 少しだけ冷たい風と一緒にセントラルシティを練り歩く。サンクスデイとだけあって、街のあちこちでチョコレートやお菓子の香りがするし、色んなバディーズがプレゼントを贈り合っている。私もあんな風に平常心でライヤーさまにお渡しできたらいいな。

 それにしても、ライヤーさまはどこにいらっしゃるのだろう。サンクスデイのイベントに合わせて街にいらっしゃると思ったんだけど、なかなか見つからない。もしかして風車の街とかスタジアムにいらっしゃるのかな……そう考えると今日のうちに見つけることはできない、かもしれない。

 と、途方に暮れかけていた私の視界に、ドリバルさんとチェッタちゃんが現れた。お2人がいるところにライヤーさまもいらっしゃるのは不変の法則。よかった見つかったと思うと同時に、一気に緊張がやってきた。ううん、大丈夫。お話しするまでが緊張するのであって、お話ししたら平常心になれる。足が震えて口の中が乾くけど、戸惑ってても進まない。さぁ行かなきゃ!

 そう決心して向かおうとしたけど、ライヤーさまは一向に姿を見せないのだ。ドリバルさんとチェッタちゃんもどこか忙しなくて、もしかしてライヤーさまがいないから探しているのかな? と、私はお2人に小走りで駆け寄った。

「ドリバルさん、チェッタちゃん。どうかしましたか?」
「おお、ナトリー姫! いや実は、若がどこかに行ってしまわれたまま帰ってこられなくてな」
「えっ!」
「フーパがかくれんぼ始めちゃってー、ライヤーさま1人で探しにいったのー」
「そんな……」

 そんな遠くまでフーパは隠れに行ったのかな? なんにせよ、ライヤーさまがいないと何も始まらない。ドリバルさんは「運営委員会のメンバーも動員して探してる」って言われたけど、それでも見つからないなんて……危険な目に遭われてないといいけど……。

 と、ふと、あのときの光景が私の頭を過った。多勢のブレイク団に押されてピンチのとき、颯爽と現れたライヤーさまの背中が。

「ドリバルさん、私も探しに行きます」
「なにっ! いやしかし姫……」
「ブレイク団から私を助けてくださったように、私もライヤーさまの力になりたいんです。それに、探し手は多いほどいいでしょう?」
「うむ……まぁ、そうだが」
「でもー、手がかりがないのにどーすんのー?」
「そこは……うん、なんとかがんばります」

 勢いよく名乗り出たのはいいけど、チェッタちゃんの言う通り手がかりなんてない。手当たり次第に探すしかないけど、動かないと見つからない。

「姫、くれぐれもお気をつけて。もし見つかったらすぐに連絡をお願いする」
「はい、わかりました」
「ま、ナトリーの本当の目的はわかってるけどねー」
「しっ! チェッタちゃん!」

 さて、運営委員会が動いているということは、もうセントラルシティとその近郊にはいらっしゃらないということ。海岸、森林、火山地帯、果ては氷河地帯……すごく気が遠くなる。でも探すと言ったのだから諦めない。方法なんてライヤーさまを探しながら見つけるしかないんだから。

 と、次に私の視界に入ってきたのは、カントー地方はヤマブキシティジムのジムリーダー・ナツメさんの後ろ姿だ。やった、ナツメさんは超能力が使える。聞けば何かわかるかもしれない。

「あの、ナツメさんこんにちは」
「……ライヤーのことね?」
「えぇっ!?」

 って驚いたけど、ナツメさんは未来予知も使えることを思い出した。彼女にとってはこれが当たり前なのだ。

「驚かせてしまってごめんなさい。でも私にはその未来が見えたから」
「そっ、そうなんですけど……」

 そう答えるうちに、ナツメさんは徐ろに目を閉じた。まるで見えた未来のビジョンに入り込んで、その光景を脳に焼き付けるように。しばらくすると、目を開けたナツメさんが見たものを淡々と教えてくれた。

「氷河地帯の崩れかけた洞窟……」
「えっ?」
「そこであなたたちが合流している未来が見えたわ。信じるか信じないかはあなた次第だけど……」
「……いいえ、私はナツメさんの力が本物って知っています。教えてくださってありがとうございます!」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「はい!」

 氷河地帯……ここからだとかなり時間はかかるけど、私はナツメさんが見た未来を信じる。プレゼントが入った袋を肘にかけて、私は無理のないペースで走り出した。ナツメさんが見た未来が本物なら、そこで必ず会える。その先の未来は私にはわからないけど、今はライヤーさまを見つけたい。それだけだ。

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