唯一無二の王子様と天衣無縫なお姫様

私も強くなれるかな?

 バトルヴィラ。それはパシオに数あるバトル施設の1つ。30階にも成る高層タワーの各フロアにはバディーズが待ち受けており、チームを組んで挑戦して最上階を目指す。ホウエンやシンオウのバトルタワーと似たような施設だ。

 パシオにそびえ立つこのバトルヴィラに、私とアカネちゃんとマーシュさんで今から挑戦する。きっかけはアカネちゃんの「ナトリー! バトルヴィラ行こうやー!」のひと言。たまたま一緒にお茶をしていたマーシュさんも巻き込んで、私たちはこの高層タワーをポケモンバトルで登っていく。

「しっかしいつ見てもデッカイ建物やなー! ラジオ塔よりも大きいで!」
「ミアレタワーとどっちが大きいんやろなぁ。ところで、1番上まで登ったら何があるんやろね」
「確か最上階はあのライヤーたちとバトルできるみたいやで」
「へぇ、ライヤーはんたちと……」

 そう、この塔の最上階には、あのライヤーさまが待っている。ドリバルさんとチェッタちゃん、そしてライヤーさまのチームとバトルができるのだ。噂ではこのチームを突破してヴィラを完全攻略したチームは数える程しかいないという……。

 それなら、私たちでライヤーさまたちに勝ちたい。ライヤーさまの記憶に残るようなバディーズになりたい。そしてこうライヤーさまに言われたい……!

『さすがはナトリーだ。パシオの頂点であるこのオレさまを倒してしまうとはな。だがそれでこそ、オレさまの妃に相応しい……!』

 って手でアゴをぐいってしてもらって唇と唇が当たりそうな距離であの低く耳に心地いい声で囁かれてキャー! そして2人はいつまでも幸せに暮らしましたっておとぎ話のラストに相応しいテロップが似合う雰囲気になって私とライヤーさまはついにゴールインするのキャー!

「……ナトリーなにしとん?」
「ナトリーはん1人でも楽しそうやなぁ」
「はっ! 2人ともごごごごごごめんなさいっ!」

 いけないいけない。また妄想だけが先走っちゃった。ライヤーさまを前にするとド緊張して何も喋れないのに、こういう妄想だけは一人前。それに、最上階まで行けるかどうかもわからないのに……。

「緊張しとるん? うちらがおるから大丈夫やでナトリー! それにバトルは楽しんだもの勝ちや! な!」
「アカネちゃん……」
「えぇ。うちらがふんわりはんなり強いところ、皆さんに教えてさしあげましょ」
「マーシュさん……」

 2人はきっと私がヴィラのバトルに緊張してると思ってる。すごく申し訳ない気持ちになる。だけど、アカネちゃんの言う通りバトルは楽しまなきゃ。マーシュさんの言う通り私たちは強いんだ。大丈夫、最上階まで行ける! そしてライヤーさまとバトルをする!

「2人ともありがとう。そうよね、バトルを楽しんで最上階を目指さないとね!」

 仮に最上階まで行けたとして、ライヤーさまを前にして両足で立っていられるかどうかが不安だけど……。バトルを繰り返す内に緊張が解けてると、いいな……。


* * * * *


 その後、私たちは獅子奮迅の勢いで次々と勝ち進んでいった。マーシュさんとニンフィアは遠距離からフェアリー技で攻めて、アカネちゃんとミルタンクは自慢のころがる攻撃で相手を一掃して、私とエネコロロは相手の弱点を突いて追い詰める。みんながみんな攻撃の要だけど、自然と連携が取れて上手く戦えている。1勝するたびにアカネちゃんとハイタッチして喜んで、マーシュさんと笑いあって噛み締めるのだ。

 そして、29連勝した私たちはついに最上階にたどり着いた。20階辺りからキツくなったけど、アカネちゃんとマーシュさんがいてくれたからここまでたどり着けた。この重厚で煌びやかなドアの奥に、ヴィラの主であるライヤーさまたちがいる。

「行くでナトリー! マーシュはん! ここで勝ったらヴィラ完全攻略や!」
「うん!」
「ふふ、油断せず行きましょか」

 金色のドアハンドルをみんなで握り、アカネちゃんの「せーの!」の掛け声で見た目通りに重い扉をゆっくりと開ける。視界が急激に明るくなり、これまでの階層とは違う豪華な装飾が施された広間に出た。その煌びやかさにアカネちゃんが「ほえ〜」と口をポカンと開け、マーシュさんは「惚れ惚れするわぁ」とはんなり笑っている。

「よく来たな!」

 前方から聞こえた、ライヤーさまのあの声。やっぱり最上階にライヤーさまとドリバルさんとチェッタちゃんはいた。「よく来たな」って言ってるということは、私たちが勝ち進んでいることを誰かから聞いていたみたい。

 私はここで既に心臓が早鐘になっている。距離なんて関係なくライヤーさまが私の視界に入ると、自然とこうなってしまう。会えて嬉しいのに、声を聞けて嬉しいのに、嬉しさよりも緊張や恥ずかしさが勝って、まともに顔を見ることができない。

「おっ、ホンマにライヤーたちおるやーん!」
「ふん、当然だ! 久々にここまでたどり着けそうなチームがいると聞いていたので待ち構えてやったのだ! だが、ここまでたどり着いたはいいが、オレさまたちに手も足も出ないまま撤退していったチームが多いのが現状だ。果たしてお前たちはオレさまたちに一矢報いることができるチームか?」
「はっ! とーぜんやで! うちとマーシュはんとナトリーが力を合わせれば最強なんやで! な!?」

 と言うとアカネちゃんは腕にしがみついている私を見て目を大きく開けた。もはや立っていられなくなった私は、アカネちゃんの腕を掴んでやっとの思いで立っていた。

「どしたんナトリー!?」
「具合でも悪いん?」
「そうじゃないん、だけど」

 無理なのだ。いくらこのあとバトルが待ってるとは言え、ライヤーさまを前にした緊張には敵わない。顔を見れば緊張して何もできなくなっちゃうし、もしかしたらバトルもままならないかもしれない……。

「……そんな腰抜けなら、早急にここから立ち去るがいい」
「えっ」

 辛辣な言葉の矢が私を貫いた。思わず顔を上げてライヤーさまを見れば、さっきまでの余裕の笑みが消え、口を一文字に噤んでいた。

「ここはバトルをする者だけの聖域だ。やる気のない腰抜けのバディーズなどが易々と踏み込んで穢すことは断じて許さん。早急に立ち去るが良い」

 まさか、ライヤーさまからそんなことを言われるなんて思わなかった。だけど、ライヤーさまの言うことに一字一句間違いはない。私だって先代の国王やお妃様のポケモンバトルのプライドを受け継いでいる。そこまで言われて黙っていられるわけがない。ライヤーさまも私も、歴とした1人のポケモントレーナーであり1組のバディーズなのだから。

「いえ、やります!」
「……いい返事だ」

 あっ、その微笑みはダメです、ダメですライヤーさま。褒められてしまったら取り戻した気力が……。せっかく前を向けていたのに体の力が抜けかけて、アカネちゃんが「しっかりしぃや」って半分呆れながら支えてくれた。

「ならば始めよう。オレさまたちをがっかりさせるなよ! 行けフーパ!」
「頼むぞドンガラス!」
「ブラッキーちゃんしくよろー」

 と、ライヤーさまたちはモンスターボールを投げてそれぞれのバディたちを繰り出した。ドリバルさんはドンカラス、チェッタちゃんはブラッキー、そしてライヤーさまはフーパだ。

「行くでニンフィア!」
「エネコロロ! 行くわよ!」
「よっしゃ! こっちもやったるでミルタンク! ころがるや!」

 マーシュさんはニンフィア、私はエネコロロ。アカネちゃんのミルタンクはボールから出るや否や、体を丸めてギャギャギャと音を響かせながらフーパに転がっていく。

「ドンカラス、おいかぜだ!」
「ブラッキーちゃーん、にどげりー」

 ドンカラスはその巨大な翼を大きくばたつかせ、ライヤーさまたちに追い風を吹かせる。これで私たちよりも早く行動ができるようになった。

 ブラッキーはフーパに迫っていくミルタンクの上を軽やかに取り、後ろ足で強烈な蹴りを2発入れた。効果抜群の技を食らったミルタンクの勢いは完全に消えて、大きく吹っ飛ばされた。

「ニンフィア、マジカルシャイン!」
「エネコロロもマジカルシャイン!」

 2匹は同時に七色の光をブラッキーとドンカラスに放った。あくタイプにフェアリー技は効果抜群で、それが2匹同時となれば大ダメージだろう。

「ひかりのかべ!」

 ライヤーさまの声高い指示に間髪入れずフーパが3匹の前に輝く壁を作り出した。フーパはそこまで素早さが高くないけど、追い風の効果で技の出が早くなっている。せっかくのダブルマジカルシャインだったけど、期待通りのダメージにはならなかった。

「このー! フーパに向かってずつきや!」
「にどげりー!」
「ドンカラス! フーパを守れ!」

 アカネちゃんの気合いが篭った声に気力を取り戻したミルタンクが、頭を突き出して猛進していく。だけど、ブラッキーはまたチェッタちゃんの指示通りににどげりを繰り出すために走り出したし、ドンカラスはフーパを守るように立ち塞がって翼をめいっぱい広げる。

 「ニンフィア!」とマーシュさんが叫べば、マーシュさんの意図を瞬時に理解したニンフィアはリボンを伸ばしながら走り出し、にどげり直前のブラッキーを捕まえた。すかさず「ようせいのかぜ!」と追い討ちをかけ、逃げようのないブラッキーにピンクの旋風が直接ヒット。効果は抜群だ。

「アイアンテール!」

 一方で、エネコロロはドンカラスを攻める。しなやかな筋肉の脚で即座に駆け出し、地面を蹴ってドンカラスの上を取る。エネコロロの素早さに反応できなかったドンカラスの頭に、硬化した尾をたたき込んだ。地面に落ちて、これでフーパを守るポケモンはいない。

「しまった!」
「アカネちゃん!」
「2人ともおおきに! 行けぇ!」

 ミルタンクも地面を蹴って大きく飛び上がり、ガードがいなくなったことに驚いて隙が生まれたフーパに頭突きが炸裂した。ドガンと派手な音がフィールドに響く。この私たちの猛攻にライヤーさまは口の端を吊り上げて舌打ちした。

「ナトリー! 今やで!」
「うん!」
「させるか! ドレインパンチ!」
「しっぺがえし!」

 フーパはその小さな腕でエネコロロに殴りかかったけど、追い風の恩恵があっても私のエネコロロの素早さには敵わなかった。ヒラリと交わし、すぐに踏み切ってフーパに体当たり。しっぺがえしは相手よりも後に行動すると威力が倍になる技で、フーパには4倍のダメージを与えられる。

「よし!」

 大好きなライヤーさまが相手でも、ポケモントレーナーそしてバディーズの本能はそれを上回る。思わず私は声をあげて手を握り締め、喜びを前面に出していた。

「……フン。なるほどな」
「えっ」

 ライヤーさまの味方のブラッキーがニンフィアのリボンと格闘しているにも関わらず、ドンカラスが体を震わせながら頭をもたげているにも関わらず、ライヤーさまは顔に余裕を浮かべた。

「ここまでよくやったと褒めてやろう。どうやら勝ち上がってきた実力は本物らしい。だが、それではオレさまたちを倒すまでには至らん」

 何を意図した発言なのか考えてもわからず「どういうことですか」と聞く。すると、ライヤーさまの持つバディーズストーンが光り輝いて、それを私たちに見せつけてきた。

「行くぞフーパ! オレさまたちの力を見せてやろう!」

 バディーズストーンの淡い七色の光がフーパを包み込めば、私は戦慄した。これはとんでもないパワーが解き放たれるのだと。

「いじげんホール!!」

 フーパが突如現れた禍々しい黒い渦に消えたと思ったら、戸惑うエネコロロの足元からそのエネルギーが激しい勢いで噴出し、為す術なく飲み込まれた。ライヤーさまとフーパのバディーズわざ『唯一無二のいじげんホール』だ。

「エネコロロ!」

 「助けて!」と飲み込まれますエネコロロの鳴き声が私に虚しく届く。

 でも、これで確信した。こんな強大なパワーのいじげんホールに敵うわけがないと。次にエネコロロが姿を現したときには、力尽き四肢を投げ出して倒れていた。

「エネコロロ、戦闘不能だな」
「そんな……っ」

 その後、ニンフィアのリボンから脱出したブラッキーと、チェッタちゃんに回復してもらったドンカラス、さらにパワーアップしたフーパの猛攻に、ニンフィアとミルタンクもあっという間に倒されてしまった。


* * * * *


「あー! やっぱパシオの創造主は強かったでー!」
「あと少しやったんやけどなぁ」

 ドリバルさんとドンガラスがみんなをサポートし、チェッタちゃんとブラッキーが相手を惑わし、ライヤーさまとフーパが痛恨の一撃を入れる。私たち以上に……いや、このパシオに存在する全てのチーム以上に3人と3匹の連携が取れていた。

「ナトリーはんはもう大丈夫なん?」
「あ、え、はい、なんとか……」

 マーシュさんもアカネちゃんも、私がバトルに負けて落ち込んでいると思っている。今回は正解。いつもならライヤーさまに会えた喜びに情緒がおかしくなってるけど、今はバトルに負けてしまった悔しい気持ちが勝ってる。

「今回は残念やったけど次はぜーったいに勝とうでナトリー! マーシュはん!」
「負けてしもうたけど楽しかったなぁ。アカネはん、また誘ってな」
「もちろんやで! な! ナトリー!」
「……うん!」

 私の憧れのライヤーさま。チームの攻めの要でありながら、ドリバルさんやチェッタちゃんに気遣った立ち回り。その2人を信頼しているからこそ攻め入れられる果敢さ。それもだけど、1番惹かれるのはポケモントレーナーの一面なんだと、ライヤーさまこそ私の目指すトレーナー像なんだなって改めて気づいた。いつか祖国の女王になるかもしれない身だからこそ、王の資格と風格を持つライヤーさまに惹かれる。

 もしライヤーさまのように強くなれたら、私は緊張せず俯きもせず真っ直ぐ2本の足で立てる平常心で、ライヤーさまの隣に立てるかな?

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