唯一無二の王子様と天衣無縫なお姫様

 ナツメさんの言った通り、私は氷河地帯にやってきた。『崩れかけた洞窟でライヤーさまと会う』って言われたけど、そんな洞窟どこにあるんだろう。ここは寒いから早めに見つけて未来予知を実現させたい。エネコロロに手伝ってもらいたいところだけど、この寒さは耐えられないだろうなぁ。寒がりさんだし。

 サンクスデイのアイスクリーム屋さんのような衣装を着たスズナさんや特訓中のスモモちゃんたちを横目に、私は足を前へ前へと進み続ける。すると、かくれんぼをするにはちょうど良さそうな小さな洞窟を見つけた。確かに入り口がちょっと心もとなく崩れているけど、今からここで、ライヤーさまと会う……そう思うと心臓が途端に早鐘に変わる。肘にかけていたプレゼントを右手に持ち替え、私はゆっくりと洞窟に入っていった。

「おーいフーパ! どこにいる! いい加減に出てこい!」

 早鐘の心臓が甘やかに高鳴った。これは紛れもなく、ライヤーさまの声。気高くて、耳に心地いい。でも今は怒りを少し含ませている険しい声。ナツメさんの未来予知が現実になって、嬉しいけどちょっとだけ不思議な感じ。でも、これから先のことは誰もわからない……ナツメさんは見えているのかもしれないけど。ぐっと歯を食いしばって緊張を押し殺し、そのお名前を呼ぶ。

「らっ、ライヤーさま!」
「ん? 誰だ!」

 洞窟に2つの声が反響する。空気にその声が溶けたとき、ライヤーさまが奥の方からやってきた。いつもの赤いサングラス、いつものファーつきのコート。間違いなくライヤーさまだ。

 緊張しないように決意したけど、いざライヤーさまが目の前に現れると、封印していた緊張がどっと押し寄せてきた。どうしよう、頭が真っ白だ。頭の中でパーンって音が弾けて真っ白になった。何か言わなきゃ、何か。うっ、こっちに、こっちに歩いて……!

「あのっ、そのっ、どっ、っドリバルさんと、チェッタちゃんがっ」
「ドリバルとチェッタ? ……ん!? なっ! 危ない!」
「え?」

 と、ライヤーさまの言葉と現状が噛み合わずきょとんとしたその直後、私の背後でズシーン! と轟音が鳴り響いて視界の明かりが遮られた。地面の揺れに耐えきれず、私はその身を地面に叩きつけられてしまう。

「きゃあっ!」
「大丈夫か!?」
「うぅっ……こっ、転んだだけです……」
「本当か?」

 遮られた視界でもわかる。目の前でライヤーさまの声がするから、ライヤーさまは私の目の前にいる。僅かに射し込む光に照らされたライヤーさまは、転んだ私を心配してくださったのだろうか、手を差し伸べてられている。

「えっ!? えっと、えっと! こ、転んだだけですのでっ、だっ大丈夫です!」
「そうか、ならよかった」

 突然のエスコート……いや立ち上がらせてくださろうとしただけなんだけど、不謹慎にもときめいてしまう。今までこんなにも近くにライヤーさまがいらっしゃったことがあっただろうか。

「やはり入り口が脆くなっていたか。今この辺りは格闘家がこぞって特訓しているからそれで崩れてしまったのだろう」
「そんな……」
「さっきドリバルと言ったな? ドリバルに連絡してくれ。オレさまのポリゴンフォンは電池が切れてしまってな。ちょうどいいところに来てくれた」
「あっ、は、はいっ!」

 寒いと電池の減りが早いって言うし、フーパを探してるうちになくなっちゃったんだろう。ライヤーさまに言われた通り、自分のポリゴンフォンを取りだ……あれ? いつものポケットに、ない。

「……あの、忘れちゃいました……」
「なんだと!?」

 カップケーキを梱包する動画を見るために使ったまま研究所に置き忘れたのかもしれない。あぁどうしよう。こんなときに限ってなんで……!

「……そうか、なら仕方ないな。誰かが見つけてくれるのを待つしかない」
「は、はい……ごめんなさい……」
「謝る必要はない」

 ライヤーさまのお手伝いができたかもしれないのに、逆に手を煩わせてしまった。うぅ、穴があったら入りたい……。

「幸いなことに今この辺りには何組かバディーズがいる。さっきの土砂崩れの音に気付いてくれるといいのだが……いやそれよりもフーパのヤツだ! 全くこんなときに限ってなぜかくれんぼなど……!」
「あの、他のポケモンたちはいかがですか? ドンファンやワルビアルやムクホークは……?」
「残念ながらその3匹は今日はヴィラで休養している……ん?」
「ん?」
「なぜお前はフーパ以外のオレさまのポケモンを知っているんだ?」
「……あっ!?」

 しまった! ライヤーさまと初めてバトルしたときに見たムクホークはともかく、ドンファンとワルビアルはこっそり調べて知ったんだった……。フーパと再会されてから3匹はバトルに滅多に出されないから知らないバディーズも多いみたいなのに、私ってばつい……。

「あっ! あのそれはですね! えぇっとそのぉ……っ」
「……」

 うぅ、そんなに見ないでください。答えられません。いや、見られてなくても答えられません。変なヤツって思われそうで……いやこんな挙動不審じゃもう思われているよね……。

「……いい機会だから聞いておく。お前はオレさまのことをどう思っている?」

 そ!? そんなストレートに聞かれるんですか!? 目が皿になって飛び出して帽子が真上に発射して心臓が口から飛び出たような気持ちです! ……いや、目が皿になったのは現実。

「いつもオレさまに会うなり挙動不審になって緊張しているだろう?」
「え……えっとですね……」

 バチュルが鳴くような声しか出ない。そんな真正面から聞かれて正直に答えるのが世界で1番緊張する。覚悟もできていない。いや、覚悟ができていても、もし……もし断られるようなことがあれば、私は立ち直ることができない。ライヤーさまと進展が何もないのに、さほど親しくないのに、いつもお会いするたびに挙動不審で困惑させているのに、断られないことなんてない。そんな要素しかない。どう答えても私が望むような幸せな未来にはならない。こんなとき、ナツメさんのような超能力があれば、この先の未来を知れて多少は安心してお答えできるのに。

「オレさまがそんなに、怖いのか?」
「こっ! 怖いだなんて!」

 反射的にそう答えたその直後、誰かのお腹の虫がぐぅーっと鳴いた。私は違う。確かにお腹は空いたけど鳴くほどじゃない。ということは……。

「む、ずっと飲まず食わずだったからな……」
「そ、そうだったのですね……あっ」

 私は手に持っている紙袋を思い出した。転んだ衝撃で崩れているかもしれないけど、少しはお腹の足しになるかもしれない。まさかこんな形でお渡しするなんて思わなかったけど、これでライヤーさまに少しでも喜んでいただければ、すごく嬉しい。

「あの、よかったら、召し上がってください」
「なっ、いいのか? それはサンクスデイの贈り物だろう? お前が誰かにプレゼントするものではないのか?」
「あっ、これは、その……」

 これはチャンスだ。さっきの「どう思っている?」の質問よりも答えが明らかで、短い言葉で、ちゃんとお答えできる。私の答えでライヤーさまがどう思われるかはわからない。パシオのヒーローであるライヤーさまは、サンクスデイにたくさんの人から色んな気持ちがこもったプレゼントをもらっている。だから、私のこのライヤーさまが好きな気持ちが伝わるかわからない。だけど、今このときが、私の気持ちを伝えられる最大のチャンスなんだ。このチャンスを逃したくない。

 勇気を振り絞って、言うの。

「らっ、ライヤーさま、に……」
「お、オレさまに?」

 言った。勇気を振り絞った。すごくすごく恥ずかしくてお顔を見られない。でも、ライヤーさまの目の前で、両足でちゃんと立っていられている。はたして、ライヤーさまは何とお答えされる……?

「若! 若! ご無事ですか!?」
「きゃあぁっ!」
「ドリバル!? ドリバルなのか!?」

 あの緊張の瞬間に私とライヤーさま以外の声がするなんて露とも思っていなくて、すごくビックリした。思わず体が飛び跳ねてバランスを崩してしまって、ライヤーさまにその身を預けてしまった──なんて今はパニックになっているからその状況を理解できずにいて……。

「離れてください! キテルグマで入り口の土砂を吹き飛ばします!」
「頼む!」

 私はライヤーさまに抱きかかえられたまま、入り口からかなりの距離を取った。ライヤーさまの合図で「キィーッ!」という鳴き声と共に入り口を塞いでいた土砂があっという間に消し飛んだ。よかった。無事にここから出られるようになった。ほっとするのも束の間、もう1つの聞き慣れた声が私を現実に引き戻した。

「ナトリー大丈夫!? ナツメはんから聞いたで! なんで1人でこんな危ないところに来たん!? ポリゴンフォンも忘れて……あれ?」
「あっ、アカネちゃん」
「……あー……こりゃえーところを邪魔してしもたなー! ごめん! 親友のアカネちゃんに免じて許してやっ」
「えっ?」

 と、顔を上げるとライヤーさまとサングラス越しに目が合った。すごくすごく近い。そして、暖かい。

「ひゃ……っ!?」
「お、お前……」

 次の瞬間、洞窟の隅から隅まで私の悲鳴が響き渡った。生まれて初めてライヤーさまに抱きかかえられて、ゼロ距離にライヤーさまがいて、嬉しいやら何やらで身体中が沸騰して噴火して、今世紀最大のパニックだ。「フーパぁぁ貴様ぁぁ!」というライヤーさまの怒り声が聞こえるけど、今の私が誰に介抱されてるのか全くわからない、感覚がない、記憶がない。





 洞窟に閉じ込められている間はずっと平常心でライヤーさまとお話ししていたような気がするけど、情けない、本当に情けない、全部が情けない。ライヤーさまがバランスを崩した私を支えてくださったのに、お礼の1つも言えなかっただなんて。もう終わった。絶対に変なヤツだって嫌われた……と絶望していた次の日、ドリバルさんから1つの小さな紙袋を受け取った。とても可愛い装飾がされた箱が入っていて、その中にいくつかのマドレーヌが並んでいた。しっかりと個包装された、どこかのお店で売られているものなんだろう。でも、大事なのは一緒に入っていたメッセージカードだった。直筆で『世話になった。ケーキをご馳走になった。あれから体は大丈夫か?』と、ライヤーさまの名前を添えて。

 よかった、よかった……! 泣いてしまうほど嬉しい。ライヤーさまの気持ちが私の気持ちとイコールなのかはわからないけど、お返事を頂けただけでも、すごく、すごく嬉しい。しかも私の体を気遣ってくださっている。ライヤーさまは大国の王にふさわしい人格と優しさをお持ちの方。そして、私が大好きなライヤーさま。次にお会いしたとき、助けてくださったお礼とプレゼントのお礼をお伝えしよう。

 こんな幸せな未来が見えながら過去を過ごしていたらどんな気持ちだっただろう。今感じている今世紀最大の幸せがきっと味気なくなるに違いない。もしかすると、あのときの勇気が導いてくれた未来なのかもしれない。

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