唯一無二の王子様と天衣無縫なお姫様

甘いひとときは夢の味

 パシオ銘菓のモデルポケモンを公募すると決まったのは突然のことだった。ウワサ好きのアカネちゃんがライヤーさまに直談判しにいったとき、パルデア四天王のチリさんとドオーと張り合って、それを見たオモダカさんのひと声で決めたらしい。私とエネコロロにもチャンスがあるということで、私たちは風車の見える街で選考用の動画を撮っていた。そこには私たちと同じ目的で動画を撮っているであろうバディーズが何組もいた。

「チョコレートとモーモーミルクが使われてて、優しくて上品な甘さのお菓子かぁ」
「ネェ」

 アカネちゃんは草原で動画を撮るそうだから、今は私とエネコロロの2人きり。モーモーミルクが使われている時点でアカネちゃんとミルタンクが有利なのはちょっとだけ痛い。モーモーミルクと言えばミルタンクであり、ミルタンクと言えばモーモーミルクだから。チリさんのバディのドオーは見た目がチョコレートパンみたいだから、チリさんとドオーも有利なのだ。

「アカネちゃんとモーモーミルクにチリさんとチョコレート……ううん、上品な甘さのイメージならエネコロロだって負けてないもんね!」
「ネー!」

 見て、このエネコロロのしなやかな体のライン。お菓子の上品さを表しているみたい。加えてこのつぶらな瞳の可愛さ、愛らしい鳴き声が甘さをイメージさせてくれる。ここまでイメージにぴったりのポケモンは絶対にいない。うん、間違いない。私のエネコロロは可愛い、世界一可愛い。チリさんと親友のアカネちゃんには悪いけど、私とエネコロロだって負けていられない。

「よし、次は場所を変えてみようかな? あぁでも、動画の始めのポーズをもっと……」

 応募するバディーズが多そうだから、まずはライヤーさまの目に留まるようなアピールをしないといけない。他の誰よりも目立って注目してくださるように。そう、第一印象が大事だから動画の出だしはものすごく大切なのだ。

「おっ、精が出ているではないか」
「へっ!?」

 ふいうちなライヤーさまの声とその高貴な気配。後ろを振り返ると、ライヤーさまが1人でそこにいらっしゃった。

「らっ!? らららライヤーさま!? どっどどど」
「バディーズたちの視察だ。チェッタとドリバルは別件のため後ほど合流する」
「あっ、そそそ、そうなのですね……」

 突然降って落ちてきた隕石のようなこの機会。動画のことなんてあっという間に頭から飛んでいった。どうしよう、何を話したいかなんて考えてなかったし、まず会えるとも思ってなかったからぶっつけ本番みたいなもの。心の準備もできていないぶっつけ本番。このまま会話が続かなければ、ライヤーさまは他のバディーズのところに行かれてしまう。どうしよう、何か話さないと、何か、何か。あたふたしながら迷っていると、隣のエネコロロが小さく「ネェッ」と教えてくれた。そうだ、大事なことを伝えないといけなかった。

「あっ、そっ、サンクスデイのお返し、ありがとうございましたっ」
「フン、当然のことをしたまでだ。そこまでかしこまらなくてもいい」
「はっ、はい! あれから美味しく頂きましたっ、すごく美味しかったです!」
「それならよかった」
「そっそれに! あのとき突然、大声を出して倒れてしまって……ご、ごめんなさい」
「……あぁ。あれは驚いたな」

 ライヤーさまは思い出されたように失笑された。

 私たちが話しているのは、先日のサンクスデイのことだ。フーパを探しにいってなかなか帰ってこないライヤーさまを私が探しにいって、紆余曲折あって洞窟に閉じ込められたときのこと。洞窟を塞いだ岩と土砂をキテルグマが破壊したとき、あまりの大きな衝撃にびっくりした私が無意識にライヤーさまに飛びついていたのだ……あのときは本当に無意識だった。それからの記憶があまりなくて、事の顛末をアカネちゃんから全部聞いた。恥ずかしいよりも情けなかったし、驚かせてしまって申し訳ない……。

「フーパの奴、あの騒ぎを聞いて顔を見せやがったのだ。恐らく今もどこかに遊びに行っていると思うが、あれに懲りてオレさまはもう探しに行かないことにした」
「……でも、本当にピンチになったらライヤーさまは助けに行かれるのですよね」
「なっ! ……まぁそんな感じだ。オレさまのフーパだからよほどのことがない限りピンチにはならないと思うがな」
「ふふっ、さすがですライヤーさま」
「まぁな。それではオレさまは視察に戻る。審査は公平に厳正に行うのでしっかりと励めよ」
「はい! ありがとうございます! がんばります!」

 会話を終えたライヤーさまは私にエールを送ってくださり、手を軽く振ってこの場を去られた。

「……すごい、私、ライヤーさまとお話しできた」
「ネーッ!」

 今までだったら緊張して会話がままならなかったのに、今日はちゃんと会話が成立していた。サンクスデイで洞窟に閉じ込められたときもお話しできていたけど、あれはピンチで非日常的な状況だったから緊張を忘れられていた。でも、今日はいつもと変わらない日常の中。そんな至って平常心なときであっても、ライヤーさまと楽しくお話しできたのだ。

 楽しい、ライヤーさまとお話しするのが楽しい。こんなにも優しくて温かい気持ちになれるなんて、とても嬉しくて幸せ。まるで上品な甘さのミルクチョコレートを食べたときのような多幸感で私の心は満たされていた。

「はぁ……ライヤーさま……」

 と、夢のような甘い余韻に浸っていると、なんだか背中にビターな視線を感じた。ひそひそとないしょばなしも聞こえる……それも1人は聞いたことがあるような声の。その声の主を想像してバッと振り返ると、頭に浮かんだ通りの人がいた。長い緑の髪の女性と、建物からニヤニヤした顔だけを覗かせていた。

「アカネちゃんっいつの間に!?」
「あーごめんなぁナトリー、うちら全部見てしもうたわぁ」
「ぜぜぜぜ全部!?」
「まいど、チリちゃんやで! 話はアカネちゃんから全部聞かせてもろたでナトリー!」

 聞けば2人とも動画を撮り終えて応募したあとでここに来たらしい。アカネちゃんが「うちの大親友なんやで!」とチリさんに紹介しようとしてくれたらしい。でも、2人がここにたどり着いたら、ちょうど私とライヤーさまが話していたそうだ。邪魔しないように陰からこっそり見ていてくれたらしいんだけど……終わったらニヤニヤと隠れてないですぐ話しかけてほしいなぁ。

「もうアカネちゃんってば、ちゃんと言ってよねっ」
「えーやんえーやん! それにしてもちょっとずつライヤーと進展してるやーん! こりゃあ告白する日も近いんちゃう?」
「こっこくこくこくはく!」
「パシオの主を好きになるって自分おもろいなー! チリちゃんにも応援させてーな!」
「ええぇぇ……」

 応援してくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしいなぁ。

 アカネちゃんが言った告白……いつかはきちんとライヤーさまにこの気持ちをお届けしたい。そんな気持ちはあるけど、今の私のままじゃこの気持ちを全部届けられないと思う。お話ししてる最中はあまり緊張しなくなったけど、話しかけていただくときとか、お姿を見かけたときは未だにすごくドキドキしてしまう。きっと私から話しかけるなんて以ての外だろう。

 そうだ。次の目標は『自分からライヤーさまに話しかける』ことにしよう。それを乗り越えないと告白なんて遠い夢のそのまた遠い夢だから。

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