うちよそ部屋
ねぇ、夢中になれるものはなに?
「待てえぇぇぇぇっ!!」

 ミアレシティ郊外のお気に入り穴場カフェ。優雅な午後3時を過ごした後に木霊する声。どこか透明感があるその叫びからして何かを追いかけている。

「私のしんぴのしずく!返しなさーーーい!」

 声がする方を見ると、いかにも!なコソ泥を黒髪ストレートの女の子と尻尾の先がハートのピカチュウが追いかけている。しかも足が速い。速いけどコソ泥に追いつけていなということは、コソ泥も同じくらい足が速いということだ。

 よく見るとコソ泥の手には水色の雫のネックレスが握られていた。なるほど、あの子はあれを取り返すために走ってるんだ。

「へっへっ!しんぴのしずくは売ると高いんだよなぁ!」
「なんてことを!そんなことは絶対にさせないんだからぁー!!」
「へっへっへっ…うおわぁっ!?」

 ズザァッ!と情けない効果音と共に転んだコソ泥。あれっ?と女の子が驚く。なぜこのコソ泥が転んだか。あたしが足を引っ掛けたからだ。たぶん2人からはわからなかったんだと思う。だって通行人を装ってさり気なく足を出したんだから。

 追いついた女の子は「大丈夫ですか!?」となんと痛がるコソ泥の側でしゃがんで彼を心配している。あれ?どういうこと?あのネックレスを盗んだコソ泥を追いかけて捕まえるんじゃなかったの?




「えぇーっ!ポケビジョンだったのー!?」
「はい…」

 眉を下げながら女の子は申し訳なさそうに言った。
 ポケビジョンとは、最近カロス地方で流行しているポケモンとトレーナーの魅力を撮影して動画投稿サイトにアップするものだ。最近はポケビジョンのランキング特集番組も組まれており、その人気は留まるところを知らない。

「いいアイディアがあまり浮かばなくて、とりあえず頭に浮かんできたものを撮っていたんですけど…やっぱりジュンサーさん監修の泥棒退治はマズかったかなピカチュウ?」
「ぴぃぃか…」

 だから言ったじゃないかと言いたげにピカチュウは目を細めて耳を垂らした。

「はは…そうよねぇ、今のご時世にあんないかにもな泥棒がいるわけないよねぇ…」

 その方がわかりやすくて捕まえやすいんだけどね。泥棒も進化してるってことか。
 
 それよりもこの子たちに悪いことしちゃったなぁ。せっかくの撮影だったのに水を差すようなことしちゃったよ。

「せっかくの撮影を邪魔してごめんなさい…」
「ううん、私たちも紛らわしいことしてしまったんですから、私たちの方こそごめんなさい!」
「ぴかぴーか!」

 謝り合戦だ。でも、あたしは謝罪の気持ちを伝えられたし、その気持ちが女の子にも伝わったみたいだからいいんじゃないかな?そう思って頭を上げたら、女の子とピカチュウもほぼ同じタイミングで頭を上げていた。

 女の子はあたしよりも年下らしくてあどけなさが可愛い。黒髪ストレートで肌は白くて目は水のように透き通っていてキラキラしている。若いっていいな。と考えていたら女の子は視線を落としてあたしの左手を見た。

「あの!その左手に着けているものはなんですか?」
「あ、あぁこれ…?」

 若干興奮気味の女の子。トレーナーとポケモンはよく似ると言われているけど本当らしい。ピカチュウもあたしの左手を興味津々に見つめている。

「もしかして、キーストーンですか!?」
「そ、そうだけど…」
「すごーい!いいなー!お姉さんメガシンカが使えるんですね!」
「お姉さんだなんて…ヒロコで良いわよ」
「ヒロコさんですね!私はスイって言います!」
「よろしくね」
「はい!」

 こうしてあたしとスイは出会ったのだった。




「それじゃあテイク2、いっきまーす!ヒロコさん!よろしくお願いします!」
「ぴっぴかちゅう!」

 あれからあたしはスイのポケビジョン撮影に同行した。流行りのポケビジョンがどんなものか気になるし、何より撮影の邪魔をしてしまって申し訳ない気持ちが強いから。

 今スイたちは自分たちの元気の良さをアピールするために1人と1匹で走っている。スイは楽しそうに走り、ピカチュウは嬉しそうに彼女に着いていく。スイが走る度に彼女が大切にしているというしんぴのしずくが揺れる。それが太陽の光に反射していい感じに強調される。

 あ、ちなみにカメラを持ってるのはあたしね。

「カーット!いい感じよスイ!元気なイメージが伝わってくる!」
「ありがとうございますヒロコさん!」

 全力疾走したスイの額にはきらっと汗が輝いた。あぁこういうシーンもいいかもしれない、と思ったけど遅かった。カメラを向けようとした瞬間にスイが汗を拭ったのだ。そしてさっき撮った動画を見直して「うん!私のイメージ通り!」と満足そうに笑う。

「よかった。じゃあ次はどんなシーンを撮るの?」
「どうしようかなー…あっじゃあ次はポケモンバトルのシーンを撮りたいです!」
「バトル?相手はいるの?」
「…ヒロコさんにお願いしたいなーって、思ってるんですけど…」
「えっ、あたし?」

 スイはにっこり笑って大きく首を縦に振った。パートナーのピカチュウもノリノリだ。1人と1匹の視線があたしに絡みついてなかなか断りづらいぞ。そして、スイがあたしの左手を見ていることに気付いた。もしかして、メガシンカポケモンと戦いたいの?と聞くように左手の十字架をスイに向けた。すると顔をパァッと明るくした。

「…それだけはできないわスイ」
「えっ?」
「メガシンカを使うときは相手もメガシンカポケモンのときって自分で決めてるの」
「なんでですか?」
「フェアじゃないでしょ?あたしが望んでいるのは真剣勝負だから。それに今はそのメガシンカポケモンしか連れてないからさ。ごめんね」
「そうですか…」

 ピカチュウが耳を垂らした。スイにピカチュウのような耳があったらきっとめいっぱい垂らしているだろうな。申し訳ないけどこれだけは譲れない。

「スイ?」
「あっ。ごめんなさい!やっぱり迷惑ですよね。私ったらヒロコさんに迷惑かけっぱなしで本当に…」

 とスイが言いかけたところで、突然森の向こうからドォーンと爆発したような音がした。

「なっ、なに!?」

 そこに住んでいたであろう小さな鳥ポケモンたちがバサバサと一斉に飛び立った。思わずあたしとスイは顔を見合わせる。

「ヒロコさん!行ってみましょう!」
「そうね!」

 ピカチュウ行くよ!とスイが言うと、ピカチュウはスイの肩に乗った。よく慣れてるなぁと思っているとスイが先に走り出した。おいて行かれないようにあたしはその後を着いて行った。




 騒ぎの原因のそれはポケモンバトルだった。

「ちくしょう!コイツらつえぇよー!」

 あたしたちの視線の先にはモンスターボールを手に逃げる男の子と、黒いリザードンを従わせた青年が立っていた。あれはリザードンがメガシンカしたメガリザードンXだ。その青年の目は蒼くてどこか冷たくて、だけど奥ではメガリザードンXの蒼い炎のように燃え上がっているような、気がした。

「ふん、もう終わりかよ」

 リザードンは青年と同じことを言うようにガオゥと一鳴きした。そして、青年の左手にあるキーストーンがきらっと光った。その刹那、青年があたしたちに気づく。

「…あなたもメガシンカを」

 青年の口調は先ほどと一転して丁寧になった。彼の視線の先にはあたしの左腕にある十字架がある。そうか、この青年はあたしとバトルがしたいのか、それもメガシンカ同士のバトルを。瞳の奥で燃え上がっていた青い炎を感じた瞬間だった。それを感じ取ったスイは無邪気に言った。

「見たい!見たいです!ヒロコさんのメガシンカ!」
「見たいってねぇ…」
「その子の言う通りだ。目と目が合えばそれはバトルの合図。それがトレーナーのルールじゃないのか」

 スイはノリノリだし、青年とメガリザードンの闘志が静かに燃え始めるし、しょうがない。今はバトルの気分じゃないけど売られたバトルは倍にするのが礼儀よね。

「行け!バシャーモ!」

 ボールを投げ、カロス地方でのエース・バシャーモが雄々しい姿を現した。

「さぁ、さらなる高みへ!」

 左手の十字架を胸の前でかざし、中央に埋め込まれているキーストーンを指で触れると、キンと音が鳴る。まばゆい光を放って周りの者の視界を奪った。

 「うわっ!」スイが思わず目を逸らした。しかし、青年とリザードンは真っ直ぐこちらを見据えている。

 バシャーモのロザリオに埋め込まれたメガストーン・バシャーモナイトからも光が放たれた。蒼と金、2つの光はやがて数本の帯となり、呼応するように交わる。
 バシャーモナイトの蒼の光が金の光に包みこまれる。生き物のように蠢く光の緒からバシャーモを感じる…メガシンカするこの時この瞬間にバシャーモと一心同体になるような感覚。バシャーモの鼓動、情熱、闘志を教えてくれる、そして全身に染み渡りみなぎるようだ。

「バシャーモ…メガシンカ!!」

 左手の十字架・メガクロスを振りかぶって天高く掲げる。するとバシャーモが眩しくも淡い光に包まれた。メガシンカが始まったのだ。後ろ髪が2つに割れて上を向き、両手首から炎が噴き出す。最後に2本のツノが鋭く大きな1本のツノになると、光が払拭されバシャーモの目がギンと見開く。そして、溢れんばかりの力がみなぎるバシャーモは辺りを震わせるかのように大きく鳴いた。
 キーストーンとバシャーモナイトに浮かぶシンボルがメガシンカの終わりを告げるように現れてはすぐに霧散し、そこから旋風が巻き起こって周りを全て巻き込んだ。草木が揺れ、髪、服が靡き、あたしのコートが大きく波打つ。

「メガバシャーモ…」

 青年の声が震えている。武者震いだ。メガリザードンの尾の炎が大きくなっていく。彼らの闘志が昂っているようだ。

「行くぞ!バシャーモ!フレアドライブ!」
「受けて立つ!リザードン!ドラゴンクロー!」

 火球に包まれたメガバシャーモと竜のツメを構えたメガリザードン。赤の炎と青の炎、2つが激突した時、辺りの地が震えその場にいた者が戦いた。

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