うちよそ部屋
ここに集いしBraveStars
「ヒロコ?ヒロコじゃないか!」

 珍しくオシャレをして繁華街を歩いていたら聞こえてきた懐かしい声。声がした方を振り向くと、そこには瑠璃色の長髪美女があたしを見て嬉しそうに頬を緩ませていた。誰?なんて考える時間は必要ない。あたしは彼女をよく知っているから。

「ユーリ!」
「久しぶりだなヒロコ!元気にしてたか?」
「もちろん!ユーリも元気そうね!」

 同じポケモンGメンメンバーのユーリだ。しかも過去に何度か一緒に任務をしたことがあって、たくさんいるGメンの中で1番仲がいい(とあたしは思っている)。

 最近はお互いの任務が忙しくなったり遠い地方に行ったりしてずいぶんと長い間会っていないからホントに懐かしい!その夜明け色の髪と凛とした切れ長の瞳がより一層懐かしく思わせる。

「ゾロアも元気そうね!」
『おう!オイラはいつでも元気だぞ!』

 ユーリの肩に乗るゾロアの生意気そうな喋り方も変わらなくて、頭をぐりぐりーっと撫でまわす。

「ここで立ち話はなんだからどこかに入ろうか」
「そうだね!」

 あたしたちの周りにはちょっとずつ人が集まっていた。突然大きな声で話し始めたし、ユーリの麗しい黄金比のような容姿が人を引き寄せてるから。

* * * * * * * *

 ユーリとあたしの出会いはポケモンGメン特別養成所だ。そこは、本社に入社して初めて昇格したGメンが入所して、Gメンとしての基礎を叩き込まれる。ポケモンバトルや逮捕術などの戦闘技術はもちろんのこと、普通の学校のような国語や数学などの一般教養、この世界の法律やら罪名やらの専門知識、ポケモンの生態や治療法などのポケモン知識、さらには教養と題したお茶や英会話など、とにかくやることはいっぱいある。

 5年掛けて昇格したあたしは当時17歳。同じく初めて昇進した数十名と一緒に養成所に入所した。ユーリとの出会いは、入所式が終わってロビーで待機している時だった。知らない場所で知らない人しかいない養成所で、唯一知り合いのワタルの近くに駆け寄ろうとしたら、ワタルは彼女と楽しそうに談笑していた。今と変わらない夜明け色の髪と凛とした姿勢。一目見るだけで綺麗な人だなと思ったのが第一印象だ。

「おっ、入所おめでとうヒロコ」

 今では有り得ないけど、当時のあたしはワタルを尊敬していて憧れていた。ワタルはあたしをGメンの世界に連れてきてくれた人だし、不安なGメン生活の中で色々と相談に乗ってくれたから。今ではホンットに有り得ない。今あたしがワタルに抱いてるのはライバル意識と嫌味なヤローってこと。

「ヒロコ?」
「あぁ、5年前にオレが連れてきたトレーナーだ。なかなか生意気なヤツだけど腕は確かだぞ」
「生意気って何よ」
「ははは。紹介するよヒロコ。彼女はユーリ。オレと同期で同郷なんだ」

 髪と同じ夜明け色の瞳があたしを映し出した。ワタルとユーリとあたしは同い年か少し上くらいだけど、2人はあたしよりも大人びて見えて、その…凄くお似合いだった。

「ユーリだ。よろしく」
「よろしく…」

 ぎゅっと握手を交わした。彼女の手からは、人肌ではない温かな物が伝わってきた。
 
 これが、あたしとユーリの初めての出会い。

* * * * * * * *

「最近どうなんだ?」
「んーぼちぼちかな」
「いや、こっちの方だよ」

 と、ユーリは親指を立てた。

「へ?」
「知っているぞ。デボンコーポレーションの御曹司と付き合っているそうじゃないか」
「はぁ!?誰から聞いたの!?」
「そんなの1人しかいないだろう?」
「あ?」
「あ、ワタルは直接聞いたのではないぞ。チャンピオンの集まりでホウエンチャンピオンから聞いたらしい。聞いたというか、ペラペラと勝手に喋っていたそうだ」

 ミクリ…次に会った時は覚えときなさいよ!それにしてもチャンピオンのネットワークって怖いなぁ…。

「そういうユーリこそ、最近ワタルとはどうなのよ?」
「はは、ヒロコが答えたら教えようかな」
「えーっ!」

 いつもはお互い戦闘用(と言っていいのかどうかはわからないけど)の服を着たときしか会ってなかったけど、今は2人とも私服で会っているから凄く新鮮。

* * * * * * * *

 養成所では上記の教育カリキュラムを効率よくこなすために毎日朝から夕方までみっちり教室に箱詰めにされた。机に座ってする授業は苦痛だった…もともと勉強が苦手だから逮捕術とか武術の実践授業は凄く楽しかった。楽しい授業はどんどん成績が伸びる法則が発動して、あたしの武術の成績は養成所内トップだった。

 ワタルとユーリはというと、頭もいいし運動神経もいいしで総合成績ツートップだった。ワタルからは「オマエがいなかったら完璧だったのに」と度々嫌味を言われていた。たぶんその嫌味が積もりに積もって今のライバル意識が生まれたんだと思う。対して、ユーリには何も言われなかった。それどころかあたしによく勉強を教えてくれて、キレイなお姉さんが出来た感じがして幸せだった。

 ところで、カリキュラムには2人1組になって行うサバイバル演習がある。あたしの相方は寮のルームメイトだったけど、この人とまぁ馬が合わなくてよくケンカをしていた。そして、サバイバル演習の前日に突然養成所を退所していなくなったんだ。理由は知らないし知ったこっちゃない。

 さぁ明日の相方はどうしようと食堂で悩んでいたら、ワタルとユーリにそれを見られてしまった。

「明日のサバイバル演習の相方はどうするんだオマエ」
「うるさいなー。それよりなんの用?」
「ユーリもオマエと同じく相方が退所してしまってな。利害関係は一致してるんだ。そこで、ユーリと組んでみないかと思ってね」
「え?ユーリと?」
「あぁ、身体能力はオマエよりか劣るけど、頭はオマエよりも優秀だからな」

 この嫌味ヤローが。でも、当たってるだけに辛い…。

「ヒロコ、私からもお願いしたい。キミとならきっと上手く行く。お互いに足りないところを補ってがんばろう」

 ユーリはワタルと違って、真っ直ぐあたしを見てストレートに励ましてくれた。嫌味ヤローに言われた時とは大違いで、あたしの心がスカッと晴れた気がした。

 ユーリに言われたら断る理由がないもんね。もちろんオッケー。

「明日はがんばろうヒロコ」
「うん!よろしくね!」

 ユーリはニコリと微笑んだ。クールな美人が微笑むともっと美人に見えるんだね。




 そして次の日、スタート地点に数十組のペアが集まった。今からサバイバル演習が始まるのだ。

 このスタート地点から10km離れたゴール地点まで、与えられた食糧と最低限のキャンプ用品だけを使って明日のこの時間までにたどり着く、というのが演習の内容だ。この時、ポケモンはそれぞれ1匹だけ連れていくことができる。ユーリはミニリュウ、あたしはニューラを選んだ。

 ゴツイ岩肌を上り、急流を渡り、泥沼を渡り、あたしたちの背丈以上はある草原を抜け、ズバットたちの生息する暗く狭い洞窟をポケモンたちに助けてもらいながらくぐり抜け、ついに日が暮れ夜になった。

 支給された食糧は、大きなフランスパン1つと、150mlの水だ。森の中で焚き火を囲んで、2人で少ない食糧を大切に食べた。そして、朝早く出発するために寝袋にくるまって寝床につく。

 その時に見上げた月は満月だった。今でも忘れられないくらい真ん丸でキレイだった。きっとニャースが見たらごろごろにゃーんと興奮するだろう。

「月がキレイだな」
「えっ」

 まるで思っていたことを見透かされていたようだった。でも考え過ぎかな?月は凄く丸くてキレイだったから、たぶんユーリも見惚れていたと思う、ことにした。

「うん、そうだね」
「ヒロコ」
「ん?なに?」
「ありがとう、演習のパートナーになってくれて」

 え?そんなこと…?思わずユーリの方を向く。ユーリの視線は月に向いていたけど、あたしの視線に気付いたようでゆっくりとあたしに顔を向けた。

「そんなの当たり前だよ。あたしもユーリも相棒がいなかったんだからさ」
「いや、実は他にもパートナーがリタイヤした人が何人かいたんだ。厳しいカリキュラムに着いていけなくてって人がな」

 そうだったんだ…。確かにキツイけどそれを嫌だとは思ったことはないけどなぁ。そういえば、ルームメイトもそんなこと言ってたような。

「ヒロコに声をかける前に何人かに当たってみたんだ。だが、そんな成績のいい奴とは組めないと断られてしまったんだ」
「は?」
「足手まといになりたくないとか、嫌味な奴とか、結構いろいろ言われてしまってな。どうしようか途方に暮れている時にワタルに相談したら、そういえばヒロコもパートナーとケンカ別れしたぞと教えてくれたんだ」

 あの真っ直ぐなユーリが嫌味ったらしく頼んだワケがない。むしろそんな状況で同じパートナーがいない人から声を掛けられたら嬉しいハズなのに…。ここは自分が大切な保守的人間しかいないんだな。

「だから、2つ返事で了承してくれて本当に嬉しかった。ここまで来れたのもヒロコのおかげだし、慣れないサバイバルで助けてもらえて本当に嬉しい。ありがとう」

 あたしはバカだから、嫌味なやつーとか思う前にパートナーが見つかってよかったー!ってほっとする気持ちが先だった。むしろ成績優秀なユーリがパートナーでサバイバル演習はもらった!ってちょっとズルいことを考えたんだよね。

「あたしだって嬉しかったよ。他にもユーリには勉強を教えてもらって本当に感謝してるし、お姉さんができたような感じなんだ。だから、ありがとう。お互い様だよ」
「…そうだな」

 ふふふっと顔を見合わせて笑った。

 それから、あたしたちは明日早朝に出発しなきゃいけないことを忘れてずーっと話し込んだ。面白い教官のこととか、ポケモンのこととか、本当にどうでもいいこととか、ユーリはワタルのこととか、まるで修学旅行の夜みたいに時間を忘れて話してたんだ。ユーリがワタルのことを話す時は、顔を真っ赤にして嬉しそうに話してた。

 だけど、途中から茂みの向こうに誰かがいる気がして、あたしもユーリも段々と口数が少なくなってきて周りの様子を伺うようになった。

「…ユーリ」
「あぁ、何かいる」
「ちょっと様子見て来るよ。もし誰かがいたら…」
「いや、ここで大丈夫だ」
「?」

 ユーリに続いてあたしたちは起き上がり、ユーリは目を閉じて地面に手を当てた。音を聞いて周りの様子を探ってるのかなと思ったけど、なんだかそうじゃないような気がした。ユーリが聞いているのは音じゃなくてもっと別の何かのような…。

「この先に1人、ポケモンハンターがいる」
「えっ?」

 なぜGメンの所有する土地にポケモンハンターいるのか不思議に思ったが、もっと不思議なのはユーリがハッキリとポケモンハンターだとわかったことだ。そんなことを思うあたしを見て、また考えを見透かされたようにユーリは口を開く。

「…ワタルは何も言ってないみたいだな」
「え?」
「私は波導を使って辺りの様子を探ることができるんだ」
「は、ハドウ…?」
「波導というのは気やオーラのようなもので、この世のものはその人や物特有の波導を持っている。波導でその人の正体や考えていることを読むことができるんだ。私はそれで、近くにいるのがポケモンハンターだと確信した」
「でっでも、ここってGメンの持ってる土地だよね?なんでこんなところに…」
「そこまではわからない。ただ、養成所にいるGメンの中には珍しいポケモンを持っている人もチラホラいる。それを狙って来たのかもしれない」

 早く教官に知らせた方がいいんじゃ…と思ったが、演習で持たされた携帯電話は互いのパートナーとしか繋がらない仕様になっている。つまり、ポケモンハンターの存在に気づいているのはあたしとユーリだけだ。

「なら、あたしたちで捕まえようよ!ポケモンを盗まれた人がいるかもしれないから取り返さなきゃ!」
「ダメだ。もし私たちでは敵わない敵だったらどうする?後を着けて様子を見るんだ」
「でも、それで気づかれて逃げられてしまったらどうするの?あたしたちだってまだ未熟だけど一応ポケモンGメンよ!」

 相手に悟られないように小声で話す。ユーリはしばらく不安げな顔色を浮かべていたが、フッと目を閉じて小さく「そうだな」と呟いた。

「ヒロコは強いんだな」
「えっ?」
「いや、なんでもない。そうと決まれば早速実行しよう。私に考えがある」

 その作戦とは、まずユーリがハンターがどこで何をしているか波導で読めるギリギリまで近づき、そこに限界ギリギリまであたしが接近する。ハンターが隙を見せた瞬間にあたしとニューラが攻撃を仕掛け、怯んだ隙にユーリとミニリュウが確保、という流れだ。

「ヒロコは反射神経と運動神経がいいし、ニューラは素早く攻撃力も高いからきっと上手く行く。もし何かあった時は、私の波導とミニリュウの特殊攻撃でフォローに入る」
「オッケー」
「では、行くぞ」

 ユーリはミニリュウを方に乗せて忍び足で茂みに近づき、ハンターがいるであろう方向に手を翳した。他人から見ると何をしているのかさっぱりわからないけど、ユーリは神経を集中させてハドウとやらを読んでいる。

 何か掴んだ時、ユーリはゆっくりと目をあけて、小声であたしに教えてくれた。ハンターは1人、真っ直ぐ50m先にいると。

 あたしはゆっくり深く頷いて、音を立てないように気配を消してハンターに近づく。ニューラも息を潜ませて、早鐘の心臓を落ち着かせながら、暗闇を進む。ある程度近づくとあたしにもその存在が確認できた。ハンターはガタイのいい男1人。そばにあるトラックの荷台には、彼が捉えたであろうポケモンを収容している。ポケモンの種類まではさすがにこの暗闇じゃわからないけど、結構な数がいることだけはなんとなくわかった。

 そして、ハンターのすぐ5mのところまで近づいた。茂みに身を潜め、チャンスを伺う。しかし、ハンターは警戒しているようでなかなか隙を見せてくれない。あたしに気づいたワケではないようだが、辺りをキョロキョロしていて忙しない。

 チラっとトラックの荷台を見た。檻の中のポケモンの中には、同僚が持っているこの地方では少し珍しいバルキーが悲しい顔をしてちょこんと座っていた。そして他にも見覚えのあるイノムーやエイパム、グランブルたちが不安げにか細く鳴いて助けを待っていた。ユーリの言った通り、Gメンのポケモンを狙ってここに侵入してきたんだ。許さない。

 さてどうしたもんかと考えていたら、ハンターが「誰だ!?」と声を荒らげた。やばっ、見つかったか!?と茂みの隙間からハンターを確認したけど、どうやらハンターはあたしのいる方向でなくユーリのいる方向を警戒していた。チャンスだ!ととっさに茂みから飛び出した。

「なっ、なんだ貴様!?」

 なんの変哲もない茂みから突然「ポケモンGメンだ!」とあたしが現れてビックリして、マズイ!と言いたげな顔をしてハンターはあたしと逆方向に逃げて行く。だけど残念なことにあたしの反対側にはユーリが身を潜めてるんだ!

「そこまでだ!ポケモンハンター!」

 と、ユーリが茂みから飛び出した。挟み撃ちにされて困ったハンターは、逃げられないことを悟ったのかUターンをしてあたしに殴りかかってきた。ユーリの気迫あるオーラに怖気づいて、それなら弱そうなあたしを倒すか人質にしてしまおうと思ったんだろう。だけど、お気の毒。

「はぁっ!」

 迫りくるハンターに一瞬身を翻し、足を思いっきり振り上げて後ろ回し蹴り!渾身の一撃はハンターの顎にクリーンヒットしてユーリの方に吹っ飛んだ。ユーリはすかさずハンターを確保して、「ポケモン保護法違反と強盗罪だ!観念しろ!」と逃げられないように腕を男の背中で拘束した。ひとまず作戦は成功だ。

「ヒロコ!ポケモンたちを!」
「わかった!ニューラ、きりさく攻撃で檻を壊して!」
「ニャラッ!」

 ニューラがツメに力を入れて切り裂こうとした瞬間「ちっ、冗談じゃねぇ!」とハンターがユーリの腕を振り払ってあたしに強襲してきた。安心した矢先の突然の出来事に、とっさのガードを取ることができずあっさりと拘束されてしまった。ハンターの腕に首を締められて息が苦しい。

「ニャラッ!」
「ヒロコ!」
「けっ、ガキが粋がってんじゃねぇ!大人しくテメェらのポケモンを置いて行けば命だけは助けてやる。さもなくばこのガキの首をへし折るぞ!」
「ぐ…っ、ユー、り…っ」

 あたしには構わず逃げて…と目で伝える。きっとユーリならハドウでこの気持ちを読み取ってくれると思ったから。だけど、ユーリはハドウで気持ちを読み取らなかったのか逃げようとしない。それどころかこっちに向かって走って来たんだ!

「このガキ!消されてぇのか!!」

 腕の力が強くなる。Gメンにはポケモンで人を確保する時以外は攻撃をしていけないルールがあるから、ミニリュウじゃなくてユーリ自身で攻撃しようとするみたいだけど、あたしでも敵わない男なんだからユーリには無理だ!と思ったら、ユーリは身を屈め両手を腰に構えて青い光を溜め始めた。これがハドウなのか…?と薄れ行く意識の中で思っていたら、

「そこまで!!」

 と凛々しい女性の声がこの緊迫した空気を切り裂いた。すると、男の腕の力が抜けていってあたしは解放された。ゲホゲホと酸素を取り込みながら周りの様子を見てみると、ユーリが心底驚いた顔をして呆然としており、ハンターは顔色を変えずその声の主の方を向いている。

「第12班ユーリ・ヒロコペア、ミッション合格だ」

 その声の主は、あたしたちが入所する特別養成所の所長であり、後のあたしの師匠になるツバキさんだった。トレードマークは薄い金色の艶髪と褐色の肌。黒いツバの大きな帽子と翠のジャケット、黒いキャミソールからは豊満な胸の谷間を惜しげもなく露にしている。

「ツツツバキさん!?それに合格ってどういうことですか!」

 あたしもユーリと同じ意見だ。なぜ養成所のトップがこんなところにいるのだろう。合格ってなんだろうか、そしてこのポケモンハンターは一体誰なのだろう。仁王立ちをしているツバキさんは、あたしたちを宥めるように言った。

「まぁ逸るな。順を追って説明しよう」

 ツバキさんが言うには、このサバイバル演習はこれまでの座学の成果を試すテストだと言うこと。今まで習った知識と技術を使って突如現れたポケモンハンターをいかにして取り押さえるかを見たかったそうだ。

「じゃあ、このポケモンハンターは…!?」
「もちろんニセモノだ。ほら、いい加減そのヘタな変装を解いたどうだ?」

 そう言われると、ポケモンハンターはクスクスクスクス笑って顔のマスクをバリっと剥がした。ガタイがいいと思っていた体も特殊な素材で出来たニセモノ。その顔もよく知っている顔で、後のユーリとワタルの師匠になる人だった。

「いやぁー!さすが空手成績トップのヒロコちゃんの回し蹴りだね!プロテクター入れてなかったら顎が骨折してるよホント!」

 と、マスクの裏側をヒラヒラさせた。そこには黒い硬そうな板がつけられていて、マスクは重力に逆らずブラブラしている。確かに蹴り上げた瞬間何か硬いものを蹴った感覚がしたけど、そういうことだったのか…。

「じゃあこのポケモンたちは!?」
「あぁ、お前たちと同じように、ニセハンターを確保しようとしたGメンから借りてきたものだ」

 トラックの檻はいつの間にか扉が空いていて、借りてきた(むしろこの場合強奪した?)ポケモンたちは散り散りになって、トレーナーの元へ帰って行った。

「しっかし、これまでのペアは仲間割れしたり逃亡したりしてなっさけなかったなぁ。勇猛果敢に力を合わせて向かってきたのはお前たちが初めてだ」
「えっ…?」
「だからお前たち2人は合格だ。次の実践中心のカリキュラムにレベルアップだぞ!」

 ニカッとツバキさんは笑った。いやこの座学の集大成のテストも十分実践です…とユーリは言いたげな顔をしていた。もちろんあたしも同じ意見で同じ顔だ。ニセハンターだった教官はケタケタ笑っている。

「ま、覚えておくといい。我々Gメンのテストや昇格試験の類はこうして抜き打ちで行うことになっている。そして知識を頭に叩き込んだだけでは何の役に立たないということもな」
「そーそっ、勉強だけなら誰でもできるからねーっ」
「そして、常に全力で誠実に取り組むことを忘れないで欲しい。それが、我々Gメンにとって1番大切なことだということも」
「もちろんペアと力を合わせることもねーっ。まぁキミたち2人なら大丈夫とは思うけど!」

 話したいことを全て話しきってスッキリした顔をした2人は、ツバキさんが「さぁまたポケモンを強奪しに行かないとな!」と言うと、あたしたちに背を向けて去って行った。

 しばらく沈黙が流れて、ようやくユーリが「なんだったんだ…」と呟いた。
 なにはともあれ、合格と聞いて嬉しくなったあたしは「まぁよかったんじゃないの!」って言いながらユーリに近づいた。

「…ヒロコには感謝してもし切れないよ」
「あたしも。だって前のパートナーだったら確実に不合格になってたと思うから、ユーリと一緒に合格できてよかった。それにいつも勉強を教えてくれる恩返しができた気がするし!」
「…ヒロコ……」

 あたしたちは自然と手を握っていた。
 最初に握手した時に、ユーリの手から伝わってきたのはハドウだったのかもしれない。あの時はよろしくねという思いが、今はありがとうという思いが伝わってきたから。

* * * * * * * *

「そういえばそういうこともあったなぁ」
「あの後、実はあたしも波導使いかも!?ってワタルに言ったらすっごいバカにした顔でそんなワケないだろ!って笑われたんだよ?どう思う!?」
「まぁ、波導使いなんてこの世にそうそういないからな。でも波導が使えなくても、ヒロコは卓越した武術があるだろう?」
「うーんでもあの時のユーリみたいに波導弾撃ってみたいなー」
「私はヒロコみたいな強力な回し蹴りをしてみたいよ」

 なんて無いものねだりなんだろう、と思うと自然に笑いが零れた。ユーリもそう思ったみたいで、頬が緩んで笑っていた。

「とか言って、話を逸らすのはもう止めにしないか」
「へっ?」
「だから、御曹司と付き合っていることだよ。で、どうなんだ?」
「だからユーリが話してくれたら話すって言ってるじゃん!」
「えーサイアクぅー!」

 会話に知らない女の人の声が入ってきた。と思ったのはあたしとユーリだけで、実際は声の主は見知らぬ女性で友達らしき人と所謂ガールズトークをしているらしかった。ユーリもあたしも思わず彼女たちの方を向く。

 「だってぇー!ケンくんったらアタシに内緒でお菓子とか食べてるんだよぉー!」「それアタシの彼も同じことするのよ!あと黙ってどこかに出かけるのよ!?信じられない!」「あーそれケンくんもぉー!」と、彼氏の悪口大会を開いていた。それを大ボリュームで話すのかよ…と呆れていたら、「でも、その後別のお菓子を用意してくれててチョー優しいの!」「そうそう!どこか出掛けたと思ったらアタシのためにケーキとか買って来てくれたりするんだよね!」「ホントにケンくん大好きぃー!」

 呆気にとられて何も言えなかった。そしてユーリと顔を見合わせるとまたお互いに自然と笑いが零れる。

「じゃあ、お互いの悪口でも言い合うか!」
「そうだね!あたしは、石に夢中で所構わずイチャつこうとするけどホントはあたしのことを大切にしてくれてるところがね、好き」
「ワタルは自信家で無鉄砲で心配ばっかりかけさせるけど、いざというピンチには必ず助けてくれて頼りになる…」

 なーんて、段々小声になって顔をオクタンみたいに真っ赤にするのは、ユーリが本当は極度な恥ずかしがりやの証拠。

「あ、顔真っ赤」
「う、うるさいっ阿呆っ」

 変わらないなぁと思ってたら『ユーリがホントに好きなのはオイラなんだぞ!』ってゾロアも顔を真っ赤にして強がっていた。

 あの時と変わらず他愛のない話ができるなんて幸せだ。この先もずっとこんなことができたらなぁって、顔を真っ赤にする2人を見て思うのだった。

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