もっともっと君と笑いたい
「わぁー、コガネ久しぶりだなぁ」
カントーはヤマブキシティからリニアに乗り、窓の外から懐かしい街並みが覗く。高層ビルが建ち並ぶそこはコガネシティ。足早にリニアを降り改札まで駆け足。改札機が並ぶ人混みの中を自然と目が忙しなく動く。
「ヒロコさーん!」
人混みを駆ける声高の関西弁の主を見つける。そこには緑髪鮮やかな1人の女性が大きく手を振っていた。
「リシアーっ!久しぶりぃいっ」
前に何かがつっかえ、改札がブザーを鳴らした。切符が上手く入ってなかった。
「もーっ、そんな焦らんでもうちはどこにも行かんよー!」
先ほどのからリシアはずーっと声を出してお腹を抱えて笑っている。コガネのメインストリートを歩きながらなので嫌でも視線が集まる。
「どんな新喜劇よりもおもろかったわー!」
「そんな笑わなくていいじゃん…」
「いやぁでも、それだけ楽しみにしてくれとったんやなー!めっちゃ嬉しい!」
ヒロコとリシアの出会いはここから遠く離れたカロス地方。ミアレシティとキナンシティを結ぶTMVがジャックされ、その事件を協力して解決したのがきっかけだ。それ以来連絡先を交換して交流を深め、ついに今日コガネで遊ぶ約束が実現した。
「さ、ヒロコさんはどこ行きたいん?」
「ヒロコ『さん』は止めてよ。ヒロコでいいよ」
「んじゃあヒロコ!まずはあそこ行くで!」
さすがコガネ人は馴染みと切り替えが早いなと、走るリシアを追いかけた。
リシアとヒロコが来たのは、コガネの食のメインストリート。たこ焼き、お好み焼き、串カツ、うどんとバラエティ豊かで、長旅で空っぽになった胃を満たした。
「たこ焼きもお好み焼きもお店によって味が違うのね。串カツ2度漬け禁止も体験できたし!」
「せやでー!どの店も美味しいやろ?」
「うん!」
2人で大きなたこ焼きを頬張る。こんな幸せなことはない。特に食べるのが好きなヒロコはリシアにぼそっと「よう食べるなぁ…」と言われてもニッと笑って返すだけだ。
「次はここやで!」
アーケオスとエアームドに乗ってやって来たのは、コガネから少し外れた、地球儀のオブジェが有名な映画のテーマパークだ。でーん!と地球儀はパーク内を指さすリシアの後ろに鎮座している。
「ここのポケウッドドリームライドがめっちゃ楽しいねん!特に後ろ向き!」
「ポ、ポケウッドドリームライド…後ろ向き…」
テレビのCMで見たことがある、まるで本当に空を飛んでいる気分になれる斬新なジェットコースターのことだ。足が宙ぶらりんの状態で走るらしい。リシアの言う後ろ向きはその文字の通り後ろ向きに進む。リシアが指さす先に、ちょうどそのコースターが絶叫と共に走っていた。
「なんやヒロコ、怖いんかぁ?」
「ジェットコースターとかあんまり乗ったことないから…後ろ向きとか…」
「んじゃ初体験いただくでー!」
積極的な(ヒロコからすると強引な)リシアに手を引かれ、あまりの恐怖に声が出ない絶叫系アトラクションを初めて体験した。
日が沈み、リシアとヒロコはコガネに戻ってきた。辺りはすっかり暗くなり、リシアの家から照らされる灯りが温かく感じる。
「父さんただいまやでー!」
「おおリシア、おかえり!」
リシアが玄関の扉を開けると、ひょこっとリシアのお父さんが顔を出した。
「今日はお客さんがおるでー!こないだ言ってたヒロコさんや!」
「おおー!アンタが噂のヒロコちゃんか!リシアが世話になってますー」
「いえ、こちらこそ今日はお世話になります」
「そんな固いこと言わんでええってー!」
握手を求められ、素直に握り返した。その手はゴツゴツとしており、リシアが言っていた通り職人の手だと感じた。
「んじゃあ父さん、いつものお好み焼き頼むで!ヒロコはよう食べるから覚悟しときやー」
「おう、任せとき!それよりもリシアは凄いなぁ。いつの間にシンオウもう1人のチャンピオンと仲ようなったんや?」
しっ、シンオウもう1人のチャンピオン!?と階段を登りかけていたリシアが目をかっと開いてヒロコの方を見た。
「なんや知らんかったんか?あのシンオウチャンピオンをあと1歩のところまで追い詰めたのは有名な話やないか」
「し…知らんかったわ」
「まぁ、他の地方にはあまり表沙汰にしてないし、チャンピオン戦の後に行方をくらましたから、ジョウトではあんまり有名な話じゃないかもね」
「ふーん…」
じゃあお好み焼きの用意ができたら呼ぶわと言うリシアのお父さんは台所に入り、リシアとヒロコは階段を登ってリシアの部屋に行った。ベットにドサッと座ったリシアは「んーっ!」と伸びをしたあと、荷物を整理するヒロコに言った。
「それにしても、ヒロコはホンマにただもんやなかったんやね。ポケモンGメンな上にシンオウのナンバー2やなんて」
「結構昔のことなんだけどね」
「んで、行方眩ませたってまさかポケモンGメンの仕事?」
「そ、守秘義務であまり詳しく話せないけど」
なんや難しい言葉やなぁとリシアは頭を抱えた。
「それよりリシアも凄いね。コガネ案内も上手だし、やっぱりあの机の上の作業道具は見事だわ」
使いこなされている仕事道具を見た。より使い込まれて「いい味」が出てるんだなとヒロコは思った。
「本物の作家ね」
「いやぁそんなに褒めてもなんも出んよ?それに…」
リシアは立ち上がって机の上にあるニッパーを大事に手に取り「これがうちの生き甲斐やから」と優しい目でそれを見た。その姿こそ、まさに本物の作家だとヒロコは見とれた。すると、リシアは何かを思い出したように、急にヒロコの方を向いた。
「装飾品と言えば、そのメガクロスはどこで手に入れたん?」
「え?」
メガクロスとはヒロコが左手に装着しているメガシンカデバイスのこと。薄い灰色の石で作られた、名前の通り十字架をあしらったブレスレットだ。
「カロスで戦ったときからずっと気になってん。仕上がりといいツヤといい相当腕のいい作家が作ったもんやで?」
「……内緒!」
「え?」
「きっと答えると作家のリシアは嫉妬しそうだから、ひ・み・つ」
もったいぶらんでええやーん!と駄々をこねたところで、下からリシアの父さんが彼女らを呼んだ。
「さ!次はどんなお好み焼きなんだろ!」
「…ホンマによう食べるなぁ」
リシアと彼女の父さんがヒロコの食欲と胃袋に驚きつつも、晩ごはんは終始笑い声が絶えなかった。
「ない!なーい!!」というリシアの叫び声で早朝に目が覚めた。眠い目をこすって体を起こすと、リシアが机周辺を忙しなく動いている。「ない」というからには何かなくしたのだろうと、ヒロコは起き上って尋ねた。
「なくしたって何を…?」
「うちのメガブレスレットがないんや!ヒロコのメガクロスも!」
「えぇーっ!?」
その言葉で一気に目が覚めた。メガブレスレットはリシアのメガシンカデバイスで、2匹同時にメガシンカができるリシアの大切な大切なものだ。そして思い入れの深い作品の1つ。そしてヒロコのメガクロスは、カロス地方である人からもらった大切な大切なものだ。
「ヒロコ見て。窓が開けっ放しになっとる」
リシアが見る方を見ると、確かに窓が半分開いている。鍵のところに綺麗な円が描かれており、どうやらそこから鍵を開けて侵入したらしい。
「ベタベタな手口ね」
「とにかく追いかけるで!そんで空飛べるポケモンに探してもらうんや!」
「そうね!」
急いで階段を駆け下り、この騒ぎで起きた父さんの「どうしたんやー?」の質問に答えないまま、2人は家から飛び出た。リシアはアーケオスとリザードン、ヒロコはエアームドとムウマージをボールから出して空から探すように伝えた。それぞれ東西南北に飛んでいく4匹を見て「絶対に見つけたるで…!」とリシアが力強くつぶやいた。
「リシア!見つかった!?」
「ううん、全然。足跡1つも残してないで」
「常習犯かエスパータイプのポケモンの仕業ね…」
コガネを抜けた森林で2人は合流し、お互いの状況を確認した。期待していた答えは聞けず、2人とも大きなため息を吐いた。空から探してくれているムウマージから何のテレパシーもない。太陽は段々と登っており、時間の経過を実感させる。
「あのメガブレスレットはうちの自信作なんや。リザードンとメタグロスとデンリュウとうちを繋ぐ大切なキーストーンやのに」
「あたしも。あのメガクロスは大切な人からの贈り物。バシャーモとその人といつでも繋がっていたのに」
ゆっくりと噛み締めるように2人は言った。それぞれの思い入れがあるキーストーンを、いとも簡単に盗んでいく犯人には、そんな想いなど感じていないだろう。そう思うと、悲しさや悔しさよりも怒りの感情が大きくなっていく。だあああああ!と感情を爆発させたあと拳を固く握って「必ず捕まえてとっちめてやるで!」とリシアは息まき、ヒロコは眉間に皺を寄せて黙って指の骨を鳴らす。
「あとは何のためにうちらのキーストーンを盗んだかやな」
「うーん。金のため、自分がメガシンカをしたいため、あたしたちに恨みを持っているため…色々考えられるわ」
「身勝手なやっちゃなー!」
とリシアが言ったところで、ヒロコにムウマージからのテレパシーが送られてきた。同時にエアームドとリザードン、アーケオスが2人のもとに帰ってきた。
「見つかったんやな!?よっしゃいくでヒロコ!」
と背を向けたアーケオスにひょいと飛び乗るリシア。ヒロコもエアームドの背中に乗り、ムウマージから送られる脳内映像を実況する。
「この先の廃れた小屋にあたしたちのキーストーンがあるみたい。誰かいる…1人、2人」
「へぇー!ムウマージのテレパシーってそんなことまでわかるんやね!すごいわー。ま!2人いようが何人いようがうちとヒロコなら絶対負けへんで!」
「行くでアーケオス!」のリシアの号令で3匹のポケモンが空高く飛び上がった。キーストーンなしで勝つ自信はあるが、やはり腕に着いているものがないと心もとない。緊張と不安を同居させた2人は、真っ直ぐ前を向いて風を切っていた。
ムウマージを見つけたエアームドとアーケオスは、静かにゆっくりと茂みに降りた。少し離れたところに、ヒロコが見たイメージ通りのボロ小屋がひっそりと佇んでいる。
「ムウマージ、ご苦労さま」
「えぇなぁ。うちもテレパシーできるポケモン捕まえてみたいなー」
呑気に言っていられるのも今の内だ。相手は複数いてどんな方法で襲い掛かってくるのかわからないし、はたしてあの小屋の中に今もいるのかが不明だ。ここは下手に奇襲をかけるよりも様子を見る方が得策だろうと、ヒロコはポケモンたちをボールに戻す。それを見たリシアもポケモンたちをボールに戻した。
ひっそりとひそんで数十分。痺れを切らして突撃しようかと考えているときに、1人の男が小屋に近づいてきた。その姿を見てリシアが小さく「あっ」と声を出した。
「アイツ、いつかのクレーマーやん…」
「クレーマー?」
「ホウエンに行く前にいろいろあったんや。そうか、アイツのフーディンなら確かに足跡を残さんで済むな」
「フーディンねぇ…」
さて、どうやって捕まえようかなとグルグル考えていたら、隣のリシアがいきなり茂みから飛び出した。「待てぇっ!!」の大声に小屋に入ろうとしていた男がビクッと振り向く。
「お前やな!うちらのキーストーンを盗んだ犯人は!」
リシア何やってんのよ!と、ヒロコは急いでリシアに駆け寄る。2人の雰囲気からお互いにただならぬ恨みつらみがあるのだろう。簡単に察することができた。
「それがどうした?」
「わかってるんやで!その小屋の中にうちらのキーストーンがあるのも!あんたの仲間が1人いることも!」
まさに一触即発。いつでもフォローに入れるよう、マニューラのボールに手を置いて2人の会話を見守る。体つきからヒロコ1人で十分勝てる相手なので、いざとなれば肉弾戦だ。
「へっ、何を根拠に!」
「根拠とかどうでもえぇ!はよメガブレスレットとメガクロスを返さんかい!」
「ちっ、聞き分けの悪い女だな!」
と、横投げされたボールから出てきたのは、リシアが言った通りフーディンだ。そして、騒ぎを聞きつけたもう1人の男が小屋の中から出てきた。こちらは体格の良い男、ヒロコ1人で勝てるか微妙なところだ。
「どうしたんや?」
「この女がここまで追いかけてきやがったんだ」
「ほおう…」とリシアを見た後、視線をヒロコに移した。こいつはできるやつだと悟り、「ふん!」とこの男もモンスターボールを投げた。出てきたのはチャーレムだ。
「ダブルバトルなら受けて立つで!ブラッキー!」
「行け、ガブリアス!」
2人が投げたボールから、それぞれブラッキーとガブリアスが現れた。
「ガブリアスを持ってるんやな!」
「カロスに行く前のパーティのエースよ」
メガシンカを使わなくても最高のパフォーマンスが期待できるメンバーだ。
「フーディン!きあいだま!」
「チャーレム!れいとうパンチ!」
フーディンはブラッキーに、チャーレムはガブリアスにとそれぞれ弱点となる技をけしかけた。
「交わしてシャドーボールや!」
「ドラゴンダイブ!」
ブラッキーは軽やかに飛び上がり、きあいだまは地面に衝突して消えた。黒いエネルギー弾を一気にフーディンに放ってヒット。後ろへ吹っ飛ばされる最中に、れいとうパンチをものともしないガブリアスがチャーレムにドラゴンダイブを食らわせた。クレーマーたちはそれぞれポケモンの名前を呼ぶ。
「バークアウト!」
着地したブラッキーはまくし立てるように吠える。それが黒いオーラとなって、2匹のポケモンにダメージを与えた。苦しみ膝をつく2匹だが、トレーナー2人は余裕の表情だ。
「勝てへん思て諦めたか?」
「そんなわけないやろ!そろそろわしらの目的を果たさせてもらうで!おい!」
と言われたらクレーマー2人はポケットを探る。そして出てきたものを見た瞬間、リシアとヒロコは思わず甲高く叫ぶ。
「メガブレスレット!?」
「メガクロス!まさか!?」
「ほな行くで!」
2人同時に「メガシンカ!」と叫ぶと、キーストーンとポケモンたちが隠し持っていたメガストーンが反応し、眩い光に包まれた。七色の光に包まれた2匹は徐々にフォルムを変え、それぞれメガフーディンとメガチャーレムにメガシンカした。
「ふざけるな!」
「よくもうちらの命より大切なものを!」
「やったもん勝ちやで!チャーレム!とびひざげり!」
「フーディン、もう1度きあいだま!」
メガシンカしたおかげでパワーとスピードが高まっている2匹の攻撃。チャーレムは物凄い速さでガブリアスに飛び膝蹴り、ブラッキーは避ける余裕がなくきあいだまを真正面から受けた。
「ブラッキー!」
煙の中のブラッキーは立っていられるのがやっとだ。
「ブラッキー戻って!ようがんばったな」
ガブリアスはとびひざげりを食らってもまだ余裕があるみたいで、しっかりと地面に立っていた。ブラッキーは赤い光になってボールに吸収される。
「くそっ!うちらのキーストーンなのに…!」
「リシア、メタグロスとデンリュウを出して」
「えっでも、メガシンカは…!」
「いいから!あたしを信じて!」
そういうヒロコの顔は笑っていた。そしてパチンとウインクをしてみせた。揺るぎない自信にあふれたヒロコのこの顔を見て、リシアはヒロコを信じようと、2つのボールを大きく振りかぶって投げた。
「行け!メタグロス!デンリュウ!」
「ヤケクソになったか!」
とクレーマーたちが煽っても、リシアは眉一つ動かさなかった。ボールから出てきたのは色違いのメタグロスとデンリュウ。それぞれ相手のポケモンをギンと睨みつけている。そして、それぞれメガストーンを持っている。
「残念やったな!お前のキーストーンはここにあるからそのメガストーンは意味ないでぇ!」
「じゃあ取り返してあげるわ。そのキーストーン!」
と男がはてなマークを頭上に浮かべると、背後からドゴォッ!と地面から何かが飛び出すような音がした。男たちが確認する間もなく、地面から出てきたマニューラは男2人がそれぞれ手に持っていたメガブレスレットとメガクロスを奪い取る。
「マニューラやて!?いつの間に!?」
「…ホンマ、いつの間にマニューラが?」
「敵を騙すにはまず味方からってね」
ブラッキーがメガフーディンからきあいだまを喰らって爆発に巻き込まれたとき、とっさにマニューラを出してあなをほる攻撃で2人に近づけさせたのだ。そして機会を窺ってメガブレスレットとメガクロスを取り戻したということだ。
「こっちが1枚上手だったわね!泥棒さん!」
「くそー!」
地団太を踏むももう遅い。メガブレスレットはリシアの手に、メガクロスはヒロコの手にようやく戻ってきたのだ。
「今よ!リシア!」
「煌めけっ絆の力!メガシンカ!!」
腕をクロスさせて右手のメガブレスレットを掲げると、デンリュウとメタグロスのメガストーンが反応した。まばゆい光が辺りを照らし、2体同時のメガシンカが始まった。
「に…2体同時のメガシンカやと…!?」
光の鎧が外れると、デンリュウはメガデンリュウに、メタグロスはメガメタグロスにメガシンカした。メガシンカのシンボルが浮かんでは霧散し、突風が巻き起こる。
「これがうちらの本気やあぁっ!デンリュウ10まんボルト!メタグロス、ギガインパクトォ!!」
メガメタグロスが足をコンパクトにして猛スピードで突進し、メガデンリュウは10まんボルトをギガインパクトのエネルギーに加えて威力を大幅に増加させた。ギガインパクトと10まんボルトの合わせ技だ。スピードも一層速くなり、ひぃぃと怯える2匹のポケモンに直撃、大爆発を巻き起こした。
「凄い、これが2体同時のメガシンカ…!」
その絶大な威力を目の当たりにしたヒロコは呟いた。しばらくして煙が収まると、既にメガシンカが解けた2匹が横たわり、トレーナー2人が恐怖のあまり腰が抜けていた。
「ああ、兄貴…あいつとんでもない女ですよ…」
「せやなぁ…。なんちゅう女や…!」
「リシアや!」
「名前聞いたんとちゃうで!」
バカにされたと思った大柄な男は腹を立てキッとリシアを睨みつけて、怒りに任せてリシアに飛びかかっていった。
「くっそぉ!2匹同時のメガシンカなんかぁ!聞いたことないでええぇぇ!」
と、懐からナイフを出してリシアに襲い掛かった。リシアはナイフを見て一瞬怯んだが、ヒロコが駆け寄ってナイフを蹴り飛ばした。
「なっ!?」
「うおらああぁぁっ!」
男が隙を見せたところで懐に入って右腕をぐっと掴んで背負い投げ、放物線を描いた男は背中から腰の痛みに悶絶した。
「ぐわあああぁっ!う、うぅ…な、なにすんねん…!?」
「記憶にない!」
「なんやてーっ!?」
2度もバカにされたが、痛みでもう立ち上がれそうにない。そしてリシアは「おぉー」と小さく拍手をしている。
「お前…こんなことして暴行罪で訴えるでぇぇ…」
「あら!暴行罪の前に不法侵入窃盗罪銃刀法違反その他もろもろで捕まるのはあなたたちじゃなぁい?」
と茶目っ気のある声で言うと同時に手錠を男の手にかけた。えぇーっ!と目を見開く男は実に滑稽だ。「ごめんねぇー!あたし、警察なの」と、声を低くしながら警察手帳を見せたら男はがっくりと頭を垂らした。
もう1人の男はこの騒動に紛れて逃げようとするも、「待たんかい!」とリシアに行く手を遮られ、リシア得意の手刀・ハヤトカッターで気絶させられた。
「これで一件落着ね!」
「せやな!」
あの後、駆けつけたジュンサーによって泥棒2人は逮捕された。「やりすぎですよ」と注意を受けたが、そのジュンサーの顔は笑っていた。
そして今、ヒロコとリシアはコガネ駅で別れの時を過ごしている。
「ホンマすごいなぁヒロコって!あの背負い投げはかなり効いとったでぇ〜!」
「ありがとう。リシアのあのツッコミは面白かったよー!」
「それを言うならヒロコもや!イントネーションもばっちりやったで!」
「ごはん食べながら新喜劇を見せてもらったからね!」
きゃいきゃいと盛り上がる2人。傍から見るとただの女性だが、その実態は2人の泥棒を撃退した勇気あるポケモントレーナーだ。果たして、この駅にいる何人の人がこの真実を知ることができるだろうか。いや、できない。
すると、駅員のアナウンスとアラームが響いて、カントー行きのリニアがホームに入ってきた。
「あっ…時間やで、ヒロコ」
「…うん。ありがとうリシア。この2日間本当にとっても楽しかった!」
「うちもやで。仲のいい女友達あんまおらへんから、ヒロコと過ごせてめっちゃ楽しかった!また来てな!」
「リシアも、いつでもシンオウに遊びに来てね!」
知らなかったコガネの街、たくさんの美味しい食べ物、メガシンカを支える作家の存在、色んな形のポケモンたちとの絆、2体同時のメガシンカ。そしてカロスで出会ったリシア。この世界にはまだまだ知らないことがたくさんあって、それはきっとあたしを待ち構えているんだなと、窓の外から視線を左手に移し、メガクロスをそっと握り締めた。
│ back │ →カントーはヤマブキシティからリニアに乗り、窓の外から懐かしい街並みが覗く。高層ビルが建ち並ぶそこはコガネシティ。足早にリニアを降り改札まで駆け足。改札機が並ぶ人混みの中を自然と目が忙しなく動く。
「ヒロコさーん!」
人混みを駆ける声高の関西弁の主を見つける。そこには緑髪鮮やかな1人の女性が大きく手を振っていた。
「リシアーっ!久しぶりぃいっ」
前に何かがつっかえ、改札がブザーを鳴らした。切符が上手く入ってなかった。
「もーっ、そんな焦らんでもうちはどこにも行かんよー!」
先ほどのからリシアはずーっと声を出してお腹を抱えて笑っている。コガネのメインストリートを歩きながらなので嫌でも視線が集まる。
「どんな新喜劇よりもおもろかったわー!」
「そんな笑わなくていいじゃん…」
「いやぁでも、それだけ楽しみにしてくれとったんやなー!めっちゃ嬉しい!」
ヒロコとリシアの出会いはここから遠く離れたカロス地方。ミアレシティとキナンシティを結ぶTMVがジャックされ、その事件を協力して解決したのがきっかけだ。それ以来連絡先を交換して交流を深め、ついに今日コガネで遊ぶ約束が実現した。
「さ、ヒロコさんはどこ行きたいん?」
「ヒロコ『さん』は止めてよ。ヒロコでいいよ」
「んじゃあヒロコ!まずはあそこ行くで!」
さすがコガネ人は馴染みと切り替えが早いなと、走るリシアを追いかけた。
リシアとヒロコが来たのは、コガネの食のメインストリート。たこ焼き、お好み焼き、串カツ、うどんとバラエティ豊かで、長旅で空っぽになった胃を満たした。
「たこ焼きもお好み焼きもお店によって味が違うのね。串カツ2度漬け禁止も体験できたし!」
「せやでー!どの店も美味しいやろ?」
「うん!」
2人で大きなたこ焼きを頬張る。こんな幸せなことはない。特に食べるのが好きなヒロコはリシアにぼそっと「よう食べるなぁ…」と言われてもニッと笑って返すだけだ。
「次はここやで!」
アーケオスとエアームドに乗ってやって来たのは、コガネから少し外れた、地球儀のオブジェが有名な映画のテーマパークだ。でーん!と地球儀はパーク内を指さすリシアの後ろに鎮座している。
「ここのポケウッドドリームライドがめっちゃ楽しいねん!特に後ろ向き!」
「ポ、ポケウッドドリームライド…後ろ向き…」
テレビのCMで見たことがある、まるで本当に空を飛んでいる気分になれる斬新なジェットコースターのことだ。足が宙ぶらりんの状態で走るらしい。リシアの言う後ろ向きはその文字の通り後ろ向きに進む。リシアが指さす先に、ちょうどそのコースターが絶叫と共に走っていた。
「なんやヒロコ、怖いんかぁ?」
「ジェットコースターとかあんまり乗ったことないから…後ろ向きとか…」
「んじゃ初体験いただくでー!」
積極的な(ヒロコからすると強引な)リシアに手を引かれ、あまりの恐怖に声が出ない絶叫系アトラクションを初めて体験した。
日が沈み、リシアとヒロコはコガネに戻ってきた。辺りはすっかり暗くなり、リシアの家から照らされる灯りが温かく感じる。
「父さんただいまやでー!」
「おおリシア、おかえり!」
リシアが玄関の扉を開けると、ひょこっとリシアのお父さんが顔を出した。
「今日はお客さんがおるでー!こないだ言ってたヒロコさんや!」
「おおー!アンタが噂のヒロコちゃんか!リシアが世話になってますー」
「いえ、こちらこそ今日はお世話になります」
「そんな固いこと言わんでええってー!」
握手を求められ、素直に握り返した。その手はゴツゴツとしており、リシアが言っていた通り職人の手だと感じた。
「んじゃあ父さん、いつものお好み焼き頼むで!ヒロコはよう食べるから覚悟しときやー」
「おう、任せとき!それよりもリシアは凄いなぁ。いつの間にシンオウもう1人のチャンピオンと仲ようなったんや?」
しっ、シンオウもう1人のチャンピオン!?と階段を登りかけていたリシアが目をかっと開いてヒロコの方を見た。
「なんや知らんかったんか?あのシンオウチャンピオンをあと1歩のところまで追い詰めたのは有名な話やないか」
「し…知らんかったわ」
「まぁ、他の地方にはあまり表沙汰にしてないし、チャンピオン戦の後に行方をくらましたから、ジョウトではあんまり有名な話じゃないかもね」
「ふーん…」
じゃあお好み焼きの用意ができたら呼ぶわと言うリシアのお父さんは台所に入り、リシアとヒロコは階段を登ってリシアの部屋に行った。ベットにドサッと座ったリシアは「んーっ!」と伸びをしたあと、荷物を整理するヒロコに言った。
「それにしても、ヒロコはホンマにただもんやなかったんやね。ポケモンGメンな上にシンオウのナンバー2やなんて」
「結構昔のことなんだけどね」
「んで、行方眩ませたってまさかポケモンGメンの仕事?」
「そ、守秘義務であまり詳しく話せないけど」
なんや難しい言葉やなぁとリシアは頭を抱えた。
「それよりリシアも凄いね。コガネ案内も上手だし、やっぱりあの机の上の作業道具は見事だわ」
使いこなされている仕事道具を見た。より使い込まれて「いい味」が出てるんだなとヒロコは思った。
「本物の作家ね」
「いやぁそんなに褒めてもなんも出んよ?それに…」
リシアは立ち上がって机の上にあるニッパーを大事に手に取り「これがうちの生き甲斐やから」と優しい目でそれを見た。その姿こそ、まさに本物の作家だとヒロコは見とれた。すると、リシアは何かを思い出したように、急にヒロコの方を向いた。
「装飾品と言えば、そのメガクロスはどこで手に入れたん?」
「え?」
メガクロスとはヒロコが左手に装着しているメガシンカデバイスのこと。薄い灰色の石で作られた、名前の通り十字架をあしらったブレスレットだ。
「カロスで戦ったときからずっと気になってん。仕上がりといいツヤといい相当腕のいい作家が作ったもんやで?」
「……内緒!」
「え?」
「きっと答えると作家のリシアは嫉妬しそうだから、ひ・み・つ」
もったいぶらんでええやーん!と駄々をこねたところで、下からリシアの父さんが彼女らを呼んだ。
「さ!次はどんなお好み焼きなんだろ!」
「…ホンマによう食べるなぁ」
リシアと彼女の父さんがヒロコの食欲と胃袋に驚きつつも、晩ごはんは終始笑い声が絶えなかった。
「ない!なーい!!」というリシアの叫び声で早朝に目が覚めた。眠い目をこすって体を起こすと、リシアが机周辺を忙しなく動いている。「ない」というからには何かなくしたのだろうと、ヒロコは起き上って尋ねた。
「なくしたって何を…?」
「うちのメガブレスレットがないんや!ヒロコのメガクロスも!」
「えぇーっ!?」
その言葉で一気に目が覚めた。メガブレスレットはリシアのメガシンカデバイスで、2匹同時にメガシンカができるリシアの大切な大切なものだ。そして思い入れの深い作品の1つ。そしてヒロコのメガクロスは、カロス地方である人からもらった大切な大切なものだ。
「ヒロコ見て。窓が開けっ放しになっとる」
リシアが見る方を見ると、確かに窓が半分開いている。鍵のところに綺麗な円が描かれており、どうやらそこから鍵を開けて侵入したらしい。
「ベタベタな手口ね」
「とにかく追いかけるで!そんで空飛べるポケモンに探してもらうんや!」
「そうね!」
急いで階段を駆け下り、この騒ぎで起きた父さんの「どうしたんやー?」の質問に答えないまま、2人は家から飛び出た。リシアはアーケオスとリザードン、ヒロコはエアームドとムウマージをボールから出して空から探すように伝えた。それぞれ東西南北に飛んでいく4匹を見て「絶対に見つけたるで…!」とリシアが力強くつぶやいた。
「リシア!見つかった!?」
「ううん、全然。足跡1つも残してないで」
「常習犯かエスパータイプのポケモンの仕業ね…」
コガネを抜けた森林で2人は合流し、お互いの状況を確認した。期待していた答えは聞けず、2人とも大きなため息を吐いた。空から探してくれているムウマージから何のテレパシーもない。太陽は段々と登っており、時間の経過を実感させる。
「あのメガブレスレットはうちの自信作なんや。リザードンとメタグロスとデンリュウとうちを繋ぐ大切なキーストーンやのに」
「あたしも。あのメガクロスは大切な人からの贈り物。バシャーモとその人といつでも繋がっていたのに」
ゆっくりと噛み締めるように2人は言った。それぞれの思い入れがあるキーストーンを、いとも簡単に盗んでいく犯人には、そんな想いなど感じていないだろう。そう思うと、悲しさや悔しさよりも怒りの感情が大きくなっていく。だあああああ!と感情を爆発させたあと拳を固く握って「必ず捕まえてとっちめてやるで!」とリシアは息まき、ヒロコは眉間に皺を寄せて黙って指の骨を鳴らす。
「あとは何のためにうちらのキーストーンを盗んだかやな」
「うーん。金のため、自分がメガシンカをしたいため、あたしたちに恨みを持っているため…色々考えられるわ」
「身勝手なやっちゃなー!」
とリシアが言ったところで、ヒロコにムウマージからのテレパシーが送られてきた。同時にエアームドとリザードン、アーケオスが2人のもとに帰ってきた。
「見つかったんやな!?よっしゃいくでヒロコ!」
と背を向けたアーケオスにひょいと飛び乗るリシア。ヒロコもエアームドの背中に乗り、ムウマージから送られる脳内映像を実況する。
「この先の廃れた小屋にあたしたちのキーストーンがあるみたい。誰かいる…1人、2人」
「へぇー!ムウマージのテレパシーってそんなことまでわかるんやね!すごいわー。ま!2人いようが何人いようがうちとヒロコなら絶対負けへんで!」
「行くでアーケオス!」のリシアの号令で3匹のポケモンが空高く飛び上がった。キーストーンなしで勝つ自信はあるが、やはり腕に着いているものがないと心もとない。緊張と不安を同居させた2人は、真っ直ぐ前を向いて風を切っていた。
ムウマージを見つけたエアームドとアーケオスは、静かにゆっくりと茂みに降りた。少し離れたところに、ヒロコが見たイメージ通りのボロ小屋がひっそりと佇んでいる。
「ムウマージ、ご苦労さま」
「えぇなぁ。うちもテレパシーできるポケモン捕まえてみたいなー」
呑気に言っていられるのも今の内だ。相手は複数いてどんな方法で襲い掛かってくるのかわからないし、はたしてあの小屋の中に今もいるのかが不明だ。ここは下手に奇襲をかけるよりも様子を見る方が得策だろうと、ヒロコはポケモンたちをボールに戻す。それを見たリシアもポケモンたちをボールに戻した。
ひっそりとひそんで数十分。痺れを切らして突撃しようかと考えているときに、1人の男が小屋に近づいてきた。その姿を見てリシアが小さく「あっ」と声を出した。
「アイツ、いつかのクレーマーやん…」
「クレーマー?」
「ホウエンに行く前にいろいろあったんや。そうか、アイツのフーディンなら確かに足跡を残さんで済むな」
「フーディンねぇ…」
さて、どうやって捕まえようかなとグルグル考えていたら、隣のリシアがいきなり茂みから飛び出した。「待てぇっ!!」の大声に小屋に入ろうとしていた男がビクッと振り向く。
「お前やな!うちらのキーストーンを盗んだ犯人は!」
リシア何やってんのよ!と、ヒロコは急いでリシアに駆け寄る。2人の雰囲気からお互いにただならぬ恨みつらみがあるのだろう。簡単に察することができた。
「それがどうした?」
「わかってるんやで!その小屋の中にうちらのキーストーンがあるのも!あんたの仲間が1人いることも!」
まさに一触即発。いつでもフォローに入れるよう、マニューラのボールに手を置いて2人の会話を見守る。体つきからヒロコ1人で十分勝てる相手なので、いざとなれば肉弾戦だ。
「へっ、何を根拠に!」
「根拠とかどうでもえぇ!はよメガブレスレットとメガクロスを返さんかい!」
「ちっ、聞き分けの悪い女だな!」
と、横投げされたボールから出てきたのは、リシアが言った通りフーディンだ。そして、騒ぎを聞きつけたもう1人の男が小屋の中から出てきた。こちらは体格の良い男、ヒロコ1人で勝てるか微妙なところだ。
「どうしたんや?」
「この女がここまで追いかけてきやがったんだ」
「ほおう…」とリシアを見た後、視線をヒロコに移した。こいつはできるやつだと悟り、「ふん!」とこの男もモンスターボールを投げた。出てきたのはチャーレムだ。
「ダブルバトルなら受けて立つで!ブラッキー!」
「行け、ガブリアス!」
2人が投げたボールから、それぞれブラッキーとガブリアスが現れた。
「ガブリアスを持ってるんやな!」
「カロスに行く前のパーティのエースよ」
メガシンカを使わなくても最高のパフォーマンスが期待できるメンバーだ。
「フーディン!きあいだま!」
「チャーレム!れいとうパンチ!」
フーディンはブラッキーに、チャーレムはガブリアスにとそれぞれ弱点となる技をけしかけた。
「交わしてシャドーボールや!」
「ドラゴンダイブ!」
ブラッキーは軽やかに飛び上がり、きあいだまは地面に衝突して消えた。黒いエネルギー弾を一気にフーディンに放ってヒット。後ろへ吹っ飛ばされる最中に、れいとうパンチをものともしないガブリアスがチャーレムにドラゴンダイブを食らわせた。クレーマーたちはそれぞれポケモンの名前を呼ぶ。
「バークアウト!」
着地したブラッキーはまくし立てるように吠える。それが黒いオーラとなって、2匹のポケモンにダメージを与えた。苦しみ膝をつく2匹だが、トレーナー2人は余裕の表情だ。
「勝てへん思て諦めたか?」
「そんなわけないやろ!そろそろわしらの目的を果たさせてもらうで!おい!」
と言われたらクレーマー2人はポケットを探る。そして出てきたものを見た瞬間、リシアとヒロコは思わず甲高く叫ぶ。
「メガブレスレット!?」
「メガクロス!まさか!?」
「ほな行くで!」
2人同時に「メガシンカ!」と叫ぶと、キーストーンとポケモンたちが隠し持っていたメガストーンが反応し、眩い光に包まれた。七色の光に包まれた2匹は徐々にフォルムを変え、それぞれメガフーディンとメガチャーレムにメガシンカした。
「ふざけるな!」
「よくもうちらの命より大切なものを!」
「やったもん勝ちやで!チャーレム!とびひざげり!」
「フーディン、もう1度きあいだま!」
メガシンカしたおかげでパワーとスピードが高まっている2匹の攻撃。チャーレムは物凄い速さでガブリアスに飛び膝蹴り、ブラッキーは避ける余裕がなくきあいだまを真正面から受けた。
「ブラッキー!」
煙の中のブラッキーは立っていられるのがやっとだ。
「ブラッキー戻って!ようがんばったな」
ガブリアスはとびひざげりを食らってもまだ余裕があるみたいで、しっかりと地面に立っていた。ブラッキーは赤い光になってボールに吸収される。
「くそっ!うちらのキーストーンなのに…!」
「リシア、メタグロスとデンリュウを出して」
「えっでも、メガシンカは…!」
「いいから!あたしを信じて!」
そういうヒロコの顔は笑っていた。そしてパチンとウインクをしてみせた。揺るぎない自信にあふれたヒロコのこの顔を見て、リシアはヒロコを信じようと、2つのボールを大きく振りかぶって投げた。
「行け!メタグロス!デンリュウ!」
「ヤケクソになったか!」
とクレーマーたちが煽っても、リシアは眉一つ動かさなかった。ボールから出てきたのは色違いのメタグロスとデンリュウ。それぞれ相手のポケモンをギンと睨みつけている。そして、それぞれメガストーンを持っている。
「残念やったな!お前のキーストーンはここにあるからそのメガストーンは意味ないでぇ!」
「じゃあ取り返してあげるわ。そのキーストーン!」
と男がはてなマークを頭上に浮かべると、背後からドゴォッ!と地面から何かが飛び出すような音がした。男たちが確認する間もなく、地面から出てきたマニューラは男2人がそれぞれ手に持っていたメガブレスレットとメガクロスを奪い取る。
「マニューラやて!?いつの間に!?」
「…ホンマ、いつの間にマニューラが?」
「敵を騙すにはまず味方からってね」
ブラッキーがメガフーディンからきあいだまを喰らって爆発に巻き込まれたとき、とっさにマニューラを出してあなをほる攻撃で2人に近づけさせたのだ。そして機会を窺ってメガブレスレットとメガクロスを取り戻したということだ。
「こっちが1枚上手だったわね!泥棒さん!」
「くそー!」
地団太を踏むももう遅い。メガブレスレットはリシアの手に、メガクロスはヒロコの手にようやく戻ってきたのだ。
「今よ!リシア!」
「煌めけっ絆の力!メガシンカ!!」
腕をクロスさせて右手のメガブレスレットを掲げると、デンリュウとメタグロスのメガストーンが反応した。まばゆい光が辺りを照らし、2体同時のメガシンカが始まった。
「に…2体同時のメガシンカやと…!?」
光の鎧が外れると、デンリュウはメガデンリュウに、メタグロスはメガメタグロスにメガシンカした。メガシンカのシンボルが浮かんでは霧散し、突風が巻き起こる。
「これがうちらの本気やあぁっ!デンリュウ10まんボルト!メタグロス、ギガインパクトォ!!」
メガメタグロスが足をコンパクトにして猛スピードで突進し、メガデンリュウは10まんボルトをギガインパクトのエネルギーに加えて威力を大幅に増加させた。ギガインパクトと10まんボルトの合わせ技だ。スピードも一層速くなり、ひぃぃと怯える2匹のポケモンに直撃、大爆発を巻き起こした。
「凄い、これが2体同時のメガシンカ…!」
その絶大な威力を目の当たりにしたヒロコは呟いた。しばらくして煙が収まると、既にメガシンカが解けた2匹が横たわり、トレーナー2人が恐怖のあまり腰が抜けていた。
「ああ、兄貴…あいつとんでもない女ですよ…」
「せやなぁ…。なんちゅう女や…!」
「リシアや!」
「名前聞いたんとちゃうで!」
バカにされたと思った大柄な男は腹を立てキッとリシアを睨みつけて、怒りに任せてリシアに飛びかかっていった。
「くっそぉ!2匹同時のメガシンカなんかぁ!聞いたことないでええぇぇ!」
と、懐からナイフを出してリシアに襲い掛かった。リシアはナイフを見て一瞬怯んだが、ヒロコが駆け寄ってナイフを蹴り飛ばした。
「なっ!?」
「うおらああぁぁっ!」
男が隙を見せたところで懐に入って右腕をぐっと掴んで背負い投げ、放物線を描いた男は背中から腰の痛みに悶絶した。
「ぐわあああぁっ!う、うぅ…な、なにすんねん…!?」
「記憶にない!」
「なんやてーっ!?」
2度もバカにされたが、痛みでもう立ち上がれそうにない。そしてリシアは「おぉー」と小さく拍手をしている。
「お前…こんなことして暴行罪で訴えるでぇぇ…」
「あら!暴行罪の前に不法侵入窃盗罪銃刀法違反その他もろもろで捕まるのはあなたたちじゃなぁい?」
と茶目っ気のある声で言うと同時に手錠を男の手にかけた。えぇーっ!と目を見開く男は実に滑稽だ。「ごめんねぇー!あたし、警察なの」と、声を低くしながら警察手帳を見せたら男はがっくりと頭を垂らした。
もう1人の男はこの騒動に紛れて逃げようとするも、「待たんかい!」とリシアに行く手を遮られ、リシア得意の手刀・ハヤトカッターで気絶させられた。
「これで一件落着ね!」
「せやな!」
あの後、駆けつけたジュンサーによって泥棒2人は逮捕された。「やりすぎですよ」と注意を受けたが、そのジュンサーの顔は笑っていた。
そして今、ヒロコとリシアはコガネ駅で別れの時を過ごしている。
「ホンマすごいなぁヒロコって!あの背負い投げはかなり効いとったでぇ〜!」
「ありがとう。リシアのあのツッコミは面白かったよー!」
「それを言うならヒロコもや!イントネーションもばっちりやったで!」
「ごはん食べながら新喜劇を見せてもらったからね!」
きゃいきゃいと盛り上がる2人。傍から見るとただの女性だが、その実態は2人の泥棒を撃退した勇気あるポケモントレーナーだ。果たして、この駅にいる何人の人がこの真実を知ることができるだろうか。いや、できない。
すると、駅員のアナウンスとアラームが響いて、カントー行きのリニアがホームに入ってきた。
「あっ…時間やで、ヒロコ」
「…うん。ありがとうリシア。この2日間本当にとっても楽しかった!」
「うちもやで。仲のいい女友達あんまおらへんから、ヒロコと過ごせてめっちゃ楽しかった!また来てな!」
「リシアも、いつでもシンオウに遊びに来てね!」
知らなかったコガネの街、たくさんの美味しい食べ物、メガシンカを支える作家の存在、色んな形のポケモンたちとの絆、2体同時のメガシンカ。そしてカロスで出会ったリシア。この世界にはまだまだ知らないことがたくさんあって、それはきっとあたしを待ち構えているんだなと、窓の外から視線を左手に移し、メガクロスをそっと握り締めた。