■ いっそ心の臓一突き
「くっ……」
 ベレスの閉じられたその部分へ、彼の熱く昂ぶるものが押し当てられると、彼女は一層大きな声を上げた。じゅうぶんに濡れてはいる。何度も触れ、解されている。だが、今まで一度もそういったものを受け入れたことのないベレスは、一種の恐怖に震えていた。それに、どうしようもない背徳感にも襲われている。愛し合って、想いを通わせて。そういった道の果てに、こういうものがあるとベレスは思っていた。しかし、今の状況はそれと大きくかけ離れている。これは一方通行の想いだ――ベレスはそう思い込んでいる。
「あっ……あ、ああああ……!!」
 またしても落ちた涙。それがシーツにしみとなって存在を変える直前に、ディミトリは押し入った。鋭い痛みが走る。それは、純潔を奪われたことによる痛み。目の前が真っ白になったかのような、そんな衝撃。ディミトリも声を漏らしている。ベレスの締め付けは想像以上で、すぐにでも理性はがらがらと音をたてて崩れてしまいそうだ。いや、もうほとんど崩壊していると言っても良い。
「なあ、先生……もっと……聞かせてくれ……」
 その声を、とディミトリは言う。引いては返す快感に、ベレスは抗えない。彼女は同じような声を繰り返した。腰の若干上あたりに手を寄せられ、律動が続く。だめ、とそんな吐息混じりの声が落ちても、ディミトリはそれをやめない。
「――あああっ!!」
「いい、のか……? 先生……っ?」
「う、あ……」
 ディミトリの目に影が差す。そんな表情で問われても、ベレスはまともに返事が出来ない。しかし、溢れた甘い息はほとんど答えのようなものだ。感じている。自分はディミトリと交わって、与えられていく快楽に溺れている。縺れてひとつになって、深い海の底に沈んでいくかのよう。いつか海底まで辿り着いて、そこでも彼とは離れない。
 ディミトリも最初のうちは余裕を見せていたが、次第にそれも霞んでいく。ベレスのそこはディミトリに大きな快感を与える。思っていた以上に華奢なベレスをそっと抱き起こし、自らの上に座らせる形に変えた。下から何度も突き上げるような動きを見せれば、その動きと共にベレスが真っ赤な顔をしたまま、なお声を上げるのだった。
 
 自分たちは大きな罪を犯している。愛と愛を結び付かせた男女でもないのに、こんなことをして。新しい朝が来れば、この関係は終わりだ。本当に――今だけの関係。乾いた笑みが浮かんできそうになる。ディミトリは、それでもベレスのことを貪った。
「ああっ、ああん……」
 とろんとした眼差しは、普段の彼女からは想像もつかないものだ。ベレスの背はふたたびシーツに触れ、そんな彼女を見下ろすようにディミトリは覆い被さっている。動く度、ギシギシとベッドが軋む。その音に、重ね合わせるような形で彼女の甘ったるい声も一室に響く。
 このまま、全部が停止したら幸福なのだろうな。ディミトリはそんなことを頭の片隅で考えた。ひとつになって、混じり合って、そのまま――現実はそんなこと無いのに、とディミトリが嗤う。それはベレスに対したものではなくて、自分自身への嘲りだ。
 これから、自分は復讐の道をひた進むのだ。アドラステア帝国の皇帝、エーデルガルトを殺す。その為なら、幾ら屍を積み上げても構わないと思っている。何もかもを利用する。ありとあらゆるものを使い捨てる。それは密かに想いを寄せる彼女だって例外ではない――そう思うと、自分はもう既に人間らしい心など、とっくに喪失しているのだと分かる。ベレスはそんな自分に何を抱くだろうか。
「ディミ……トリ……」
 組み敷かれたベレスが、名を呼んできた。頬は紅く染まり、瞳は濡れ、はだけた胸元や首筋には幾つもの刻印。汗で翠の髪が額のあたりに貼り付いている。ディミトリは、考えることをやめた。もう少し。もう少しだけ、彼女に溺れたい。ふたりで、冷たく静かな世界に堕ちていきたい。
「……そんな目をするな」
「……ん」
 唇を重ねる。そう、ただ、重ねるだけ。その後、行為は続く。豊かな胸に、滑らかな四肢に。触れては離れを繰り返しつつ、交わる。時計の音も聞こえない。外で鳴く梟の声も届かない。そんな中で、淫らな行いを繰り返す。
 限界というものが少しずつ近付いているのが分かったのは、その短いやり取りのあとだった。ベレスが「だめ」と連呼した。艶かしく上擦った声がディミトリを狂わせる。何度も、何度も、強く打ち付ける。衝動的に始まったそれの終わりが、もう少しでやってくる。ディミトリが眉を顰めた。彼もそろそろ限界だ。
「あ、あああっ!!」
 より高く、大きな声が響くと、ディミトリはすべてを吐き出した。熱いそれは露出したベレスの腹の辺りに散らばる。肩で息をするディミトリは、全身の力がすっかり抜けてしまったベレスをそっと起こすと――どういう訳か優しく抱きしめた。ほんの少し前までの、獣のような姿は何処にもない。ベレスが彼を呼んだ。その声は普段の彼女からは想像できないほどにか細かった。

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