■ 擬えた恋の息吹く夜べに
 今、ここで本当の気持ちを口にできたら――そう思ったのはベレスだけではなく、ディミトリもだった。とはいえ、彼らは相手が同じことを思っていることを知らずにいる。だから、愛なんてものはタチが悪い。ディミトリは想われる資格はないと自分に言い聞かせてきたし、ベレスの方も今だけの関係を彼が望んでいると思っている。
 
 いつの間にか雨はやんだらしい。つくづく気紛れな天気だ。だがそのおかげで一室は静寂で満ち、それを包むように普段と違う雰囲気が漂う。
「あ、あ……」
 ベレスの喉が発したのは、普段とはまるで違う声。その声を我慢しようと試みたが、それが出来なかった。かあっと顔が火照ったのが分かる。顔だけではない。身体中に熱いものが広がっていく。どうすればいいのか。正解と言える正しい答えは見当たらない。ベレスの滲む視界に、ディミトリが小さく笑うのが飛び込んでくる。
「――先生」
 好きと言いたい。ディミトリは、先程と同じことをまた思った。ベレスはいつでも優しく、いつだって自分たちのことを考えてくれる。一番最初に会った頃から何かを教えることも上手く、新米教師とは思えないほどだった。少しずつ惹かれていったのだと、ディミトリは気付いている。だが、言えない。言いたいことは喉の奥の奥まで押し込んだ。愛しているなんて言えば、ベレスは受け入れてしまうかもしれない。本当の愛を知らないまま、自分への思いを「愛」と誤解して。ベレスがそうやって頷きでもしたら、そこにつけ込んでしまうだろう、愚かな自分は。だから、今はただ、こうしているだけ。それだけでも重罪なのに。
 ベレスの肌が少しずつ露わになる。あまり日に焼けていない白い肌には、幾つか傷や痣が残っている。戦っているのだから当然だろう。女性としては、気にする部分かもしれない。ベレスが強く目を閉じた。長い睫毛には涙が残る。
 
 優しくしてやりたいところだが、正直ディミトリにその余裕は無いようだった。それに、優しく触れれば誤解が大きくなる。まるで自分たちが愛し合う男女のようだと、思ってしまうかもしれないから。ディミトリはそのまま彼女の柔肌に躊躇いなく触れた。他者に触れられることに、当然ながらベレスは慣れておらず――より一層頬が赤くなる。発せられる声は高く、ディミトリの理性を砕くにはじゅうぶんなものだった。
 滑らかな肌を、彼の大きな手が撫でる。腕や、足。最初のうちはそういった部分を。次第に、普段は隠された部分に移る。首筋や胸元、腹。ベレスが何度も声を上げるのを、ディミトリは聞いてぞくぞくとした。彼女に触れているのは自分なのだ、と改めて実感したのだ。そんな彼女を自分だけのものにしたい。暗い欲望が膨らんでいく。
 ベレスの方も、彼からは逃げなかった。逃げるすきをディミトリはわざわざ用意していたのに。ベレスは自由に動ける身だったのに。彼女は自分が逃げなかった理由を知っている――彼のことを心の奥で想い続けてきたからだ、と。士官学校の生徒であった彼と過ごした日々は大切なもので、これからもずっと共に歩んでいきたい、五年と少し前の自分はそう思っていた。彼はファーガス神聖王国の王になる存在。その願いが叶わないかもしれないと知りながら、ベレスは抱えてきたのだ、想いを。
 だが、世界は変わってしまったのである。残虐にディミトリのことを蝕んだ。彼は多くを喪失し、大切なものは崩れていき、闇の中に落とされた。そんな彼に手を伸ばしたのはベレスで、彼は手を取ってはくれたものの、強く握り返すことはなかった。一緒に戦うのは、利害が一致しているからであって――復讐の為なら、全部を利用するとディミトリは言い放った。
「何だ、考え事か?」
 こんな時でも随分と余裕があるんだな、とディミトリが言う。彼の手がベレスの胸のあたりに動き、触れられた途端に彼女の口からより大きな声が出る。
「先生……今、一体、何を考えていた?」
「……っ」
 答えられない。何も、言葉に出来ない。苦しくて、苦しくて――けれど恋しくて。大粒の雫が目尻から落ちた。こんなにも好きなのに、と言えたら良かった。どうしようもなく惹かれてしまったと、事実を口にできたら良かった。
 ディミトリはそれ以上問いかけはしなかった。溢れた涙の理由も、何もかも。その代わりに指先で頂をつまんで甘い刺激を与える。ベレスが身を捩ったのが分かる。時計は普段通り、針を進めることで時を紡いでいたが、いまのディミトリとベレスにはその時の流れすら感じ取れない。その目が見ているのは、その心が呼んでいるのは、互いの存在だけ。
「あっ……あ、ああ……」
 声を我慢することも不可能になっていた。ベレスのそんな声に、ディミトリはなにかが昂ぶるのを感じ取る。胸の深部で広がる甘くも苦いそれを、彼も、彼女も、否定できずにいる。とろけたままひとつになりたい。混じり合って、同じものになってしまいたい。熱っぽい表情をしたベレスは、そんなことを考える。欲しい、などと願うのははしたないことだろうか。そもそも許されないことだと分かっていたのに、大きな罪を犯していると分かっているのに、欲してしまう。ディミトリのことを。
「ここが、いいのか?」
「ん、あっ……」
 指先で同じところを捏ね繰り回され、上擦った声が何度も出てしまう。ふつふつと沸き起こるものを、ベレスは押し殺せなかった。ディミトリの問いかけへの返答も、声にならない。だがその顔を見て、ディミトリは頷く。ベレスの答えが彼には見えていた。愛撫が続く。片方は指、もう片方は舌。何度も波のように押し寄せてくるのは、快楽、というものだ。ベレスの額や首のあたりには汗が伝う。
「ひっ、あ……っ、だめ……だめ……」
 意味を成さない声ばかりが続いていたが、執拗に繰り返される行為にベレスがそんな台詞を吐き出した。ディミトリのことを拒むものでは無くて、近付く限界に震えているのだ。びくびくとベレスの身体が動く。
 そんな彼女を見下ろしながら、ディミトリの手が下へ下へと次第に動いていった。布は剥ぎ取られ、ベッドに横たえられたベレスはほとんど生まれたままの姿だ。指が、触れる。一度たりとも、誰にも、触れられたことのないところへ。そこはもう既に蕩けていて、ディミトリの口元が小さく歪んだ。
「やっ……」
 ベレスの口から、声が溢れた。ディミトリのことを拒んでいる訳ではない。無意識に出てしまっただけで。それを分かっているのだろう、彼は濡れたその部分に何度も触れ、ベレスはその度に高い声を出す。こんな彼女を見ているのは自分だけ――そう思うと、名前すらわからない思いが胸のあたりを満たしていく。ディミトリは躊躇うことなく、その行為を続けた。いつもとはまるで違うベレスの甘ったるい声に、狂わされそうになる。
 じゅくじゅくと水音がする。ベレスは耳を覆いたくなった。自分のその部分が、彼から与えられるものに酷く感じていることが分かってしまうから。だがそんなことは叶わず、一室にその音と、ベレスの口から漏れる喘ぎ声と、それからディミトリの荒い息が交わっては満ちていく。時の流れなど、もうふたりは何も把握出来なかった。

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