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  切り離せない過去


その日 日刊預言者新聞の一面を飾った記事に、城を包む空気が一変した。
歓迎ムードから不穏な空気へ。変化はあまりに急激で、その矢面に立たされたライムは内心ひどく動揺した。


『謎の編入生失踪事故!二年間の空白の裏に隠された真実とは?〜少女の黒い噂に迫る〜』

「────全く、好き勝手書いてくれちゃって……」

広げた拍子にガサリ、と紙が音を立てる。部屋にはライムひとりだけ。リリーたち同室の七年生は皆授業で不在。談話室もひとりでいるには居心地が悪く、ライムは授業が終わると直様自室に駆け込んだ。

大広間は針の筵のようだった。

心無い噂話。失踪中、本当は死喰い人と関わりを持っていたのではないかとあらぬ噂が立っている。

過去の時代で受けた嫌がらせからようやく解放されたと思ったらこれだ。疑惑を晴らすためにあんな尋問まがいの事情聴取にも耐えたのに、これではまるで意味が無い。記事では名前こそ伏せられてはいるが、該当者がライムしかいない事なんてホグワーツ生なら誰でもわかる。連日死喰い人の記事が載っている中でこんな書き方をされては悪い噂になるのも当然だろう。きちんとした裏付けも無いのに載せるなど、ゴシップ誌と大差ない。

ライムが失踪していたのは事実だ。事情聴取とは名ばかりの尋問を受けた事も。それは否定出来ないから余計に厄介なのだ。

普通、ただの学生が失踪事故にあった程度であんな大掛かりな尋問にかけられる事は無い。しかも場所は刑事事件に使われる大法廷。これでは“何かある”と取られても仕方がない。
その上ライムは失踪からつい先日戻って来たばかりでタイミングはバッチリ。話題性としては十分だろう。


────恐らく過去の出来事はバレてはいない。

ライムがヴォルデモート側に協力した事は無い。けれど過去で、リドルの未来を知りながら、リドルと関わっていたのは事実で、どうしたって後ろめたさは拭いきれない。

「どうしろって言うのよ……」

本当かと聞かれたらもちろん否定はする。けれど厄介なのは、この記事によって悪いイメージがつく事だ。
本気で信じる人は少ないだろうが…そうであって欲しいが…やはり死喰い人は恐ろしいのか、直接ライムに真偽を聞く者はいない。だから余計に話が拗れる。いっそ全校生徒の前で誰かが聞いてくれたらいいのにと、ライムは深いため息を吐いた。


****


気にせず堂々としていなさい、というリリーの言葉に励まされて、ライムは皆と夕食を摂るために大広間へ向かった。

ヒソヒソと話す声、鋭い視線。自分に向けられるそれにライムはつい足を止めてしまいそうになる。その度隣を歩くリリーが手を握り、前後を歩く悪戯仕掛け人達がジョークを飛ばす。いつも通りの友人達の笑い声がライムの背中を押す。だから歩ける。
仲間の存在が、何より心強かった。

グリフィンドールのテーブルに着いて一息つくと、ライムにもようやく辺りを見回す余裕が出てきた。そして今更ながらにスリザリン生が異様な雰囲気だという事に気が付いた。

こちらに戻って来てからの数週間を思い返せば確かに違和感はあった。元々他寮とはあまり交流しない寮だったが、それでも多少は寮を跨いだ交友関係を持つ者はいた。それも今ではほとんど見かけない。

廊下の端で固まってヒソヒソと密談する者、頻繁に空き教室を出入りする者。大広間のスリザリンのテーブルを見ても、熱に浮かされたように新聞を眺め、熱の込もった口調で議論を交わす生徒達の姿が、やけにライムの目に付いた。

「死喰い人が目立つようになってから、態度が大きくなってきたのさ」

食後のコーヒーを飲みながらそう言ったのはシリウスだった。軽蔑を隠そうともしない。

「ヴォルデモートの力が強いからって、自分まで強くなった気でいやがる」

シリウスはそう吐き捨てると酒を呷るようにコーヒーを飲み干し、乱暴にカップを置いた。前は紅茶派だったのに、当然のようにコーヒーを選んだシリウスの姿にライムは違和感を感じたが、周りがそれを自然なこととして受け入れていることにほんの少し 置いて行かれた気持ちになった。

「でも、こんな情勢で?世間ではあんなに非難されているのに」
「大多数は勿論、例のあの人の考えや行動には反対しているさ。最初は同意していた者ですら、最近の過激なやり方には恐れを抱いている……。けれどスリザリンには純血が多い。そういう家には、未だにあちら側を支持する者も多いんだよ」

シリウスの言葉を補うように説明するジェームズの目は、珍しく真剣だった。

「うちの家なんか、その典型だな」
「だから出たんだろう?」
「ああ。もう、うんざりだった。……まあ、そういうわけでスリザリンの連中、今じゃ闇の魔術にどっぷりさ」
「し、シリウス……!声が大きいよ」
「何言ってんだピーター!まさか、あんな奴らが恐いのか?」

怯えるピーターを鼻で笑うと、シリウスは椅子を後ろに傾け、天井を仰ぎながらネクタイを緩めた。

「……フクロウ便だな」
「ん?ああ、こっちに来るね。誰かに手紙みたいだよ」
「それにしては数が多いね」
「ライム宛じゃないかしら?」
「おかしいな、私、手紙もらうような知り合いなんていないと思うんだけど……」

皆が首を傾げていると、メンフクロウが四羽、灰色モリフクロウがニ羽、茶モリフクロウが三羽と、次々にライムの前に舞い降りた。

「なっ、何事?」

バサバサと羽音がうるさい。マッシュポテトの皿に抜けた羽が降りかり、カボチャジュースの入ったコップが倒れる。ライムの隣に座っていたピーターがか細い悲鳴を上げた。

「何だ何だ?ファンレターか?」
「まさか!ほら、暇なら外すの手伝ってよ」

茶化すシリウスに釘を刺し、ライムはとりあえず一番近くにいた茶モリフクロウの足から手紙を外して目を通した。

「────なに、これ……」

手紙の内容はどれもひどいものだった。

『お前は悪魔の子だ。恥を知れ』
『人殺し!お前なんて魔女になる資格は無い』

誹謗中傷。罵詈雑言。皆あの記事を読んだのだろう。内容はどれもライムに対する非難の言葉ばかりで、悪意に溢れていた。

「ライム、それ以上開けちゃダメよ。全部燃やしましょう」
「リリー……」

青ざめた顔をしたライムにストップがかかる。隣に座るリリーは険しい表情をしていた。杖を振るって散らばった羽を集めるリーマスの横で、ジェームズが手紙を集めてひとまとめにしている。
何か言わねばと思うのに、喉は引きつって言葉は出てこなかった。とりあえず開けた手紙を仕舞おうとライムが封筒に手をかけた瞬間、鋭い痛みが指に走った。

「痛っ!」

慌てて手を離すと、封筒と共に鋭い剃刀が床に落ちた。ぱたぱたと絨毯に血が零れる。咄嗟に無事な左手で右手を抑えて、ライムはよろめくように数歩後退った。

「ライム!」

駆け寄るリリーがライムの手を見て、慌ててハンカチを取り出しその手に巻く。

「大丈夫?何て悪質な!」
「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「医務室に行った方がいいわね。シリウス、お願い」
「わかった」
「ライム、ここは片付けておくから、貴女は先に手当てしてきなさい」
「う、うん」

てきぱきと指示を出すリリーの勢いに押されて、ライムは頷いた。ライムの荷物を持ったシリウスが「行くぞ」と言ってその背を押す。

「ほら、ピーター!貴方も手伝って」
「う、うん」
「中に危険物が入っている可能性もある。扱いには気をつけて」
「わかったよ、リーマス」

目立ってはいるが、幸いにも吠えメールは無かったから手紙の内容が他の生徒に伝わる事は無かった。けれどこれだけ目立つ量の手紙が連日届けば、いつかはバレてしまうだろう。

「ごめんね、みんな。迷惑かけて……」
「何言ってるのよ!貴女は何も悪くないんだから!ほら、気にしてないで早く医務室に行きなさい。シリウス、早く!」


振り返って申し訳なさそうに謝るライムにそう返して、リリーはシリウスに早くライムを連れて行くように促す。シリウスの力強い腕に押されて、ライムは足早に大広間を後にした。


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