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  白と灰色の境目


ゴツゴツした石壁に等間隔に掛かる松明の炎が不気味に揺れる。エレベーターを降りて、下へ下へ、まだ下へ。一体ここがどれ程深いのかわからない。窓の無い廊下は陰鬱で、ただでさえ重い足取りを更に重くする。

永遠に続くかに思えた法廷への道のりは、唐突に終わった。
前を歩くダンブルドアたちが足を止めたのに気付いて、ライムも慌てて立ち止まる。視線の先の壁には巨大な鉄の錠前がついた、厳めしい黒い扉が聳え立っていた。

「ここじゃな」
「ええ。時間も丁度です、アルバス」
「うむ。ではライム、覚悟はいいかね?」
「────はい」
「事前の打ち合わせ通りに話せば良い。君は咎められるような事は何もしていないのだから、大丈夫」
「落ち着いて、はっきり話すのですよ」

マクゴナガル教授はそう言うと、励ますようにライムの肩を叩いて一歩ひいた。付き添いは一人までだから、マクゴナガル教授はここから先には入れない。
ライムは耳に付けたピアスをそっと握り込んで、大きく深呼吸する。冷たい石の丸みは触れると不思議と気持ちが落ち着く。重い鉄の取っ手を回し、軋む扉を押し開けて、ダンブルドアとライムは中へ入った。


法廷の中は広い地下牢だった。
煤で黒ずんだ石壁を、無数の松明がぼんやりと照らしている。壁にはぐるりとベンチのようなものが並び、上へ続く階段状になっていて、数十人の魔法使いと魔女が座っていた。正面の高いベンチには大勢の人の姿が蠢いている。ヒソヒソという囁き声は扉の閉まる音と共にさざ波のように静まっていった。

「座りなさい」

低い男性の声が冷ややかに命じた。
部屋の中央に置かれた椅子は肘掛けのあたりにびっしりと鎖が巻きついていて物々しい雰囲気を漂わせている。これではまるで罪人のようだ。ライムが戸惑いも露わにダンブルドアを見ると、着席を促すように頷いた。

靴底が石の床を打つ音が反響する。部屋中の何十という目がその動きを追うのを感じながら、ライムはゆっくりと椅子へ向かった。恐る恐る座っても、鎖は巻きついてはこなかった。けれど気分が悪い事には変わりがない。

顔を上げた先に見えたのは、赤紫色のローブを着た人々だった。左胸に銀色の飾り文字で「W」と記されている。人数にして10人ほど。誰もが厳しい表情を浮かべていたが、その後ろに見える聴衆の表情がそれとは対照的にくつろいだ様子で、好奇心を顕わにしているのがライムには何だか滑稽に思えた。

ライムの真正面に座るのは、確か今の魔法大臣だ。いかめしい顔つきに口ひげを蓄えた男性。鷲羽色の髪には所々白いものが混じっている。

「揃ったようだ。では、尋も…いや、事情聴取を──」
「その前に、ひとつ良いかね」

大臣の言葉をダンブルドアが遮った。まさか口を挟まれるとは思わなかったのか、大臣は目に見えて動揺した。

「発言は許可していませんぞ、ダンブルドア」
「まだ開廷はしておらん。それに、そもそも今日魔法省に呼ばれた理由は単なる“事情聴取”であって、ここでする話でも無かったはずじゃが?」
「それは……単なる連絡の行き違いだろう」
「重要な連絡をお間違えになった、と?それは大臣、大変な問題じゃ」
「それは……あー、謝罪しよう。後で担当者にもきつく言っておく。それで、そろそろ始めたいのだが──」
「単なる事故の事情聴取に、刑事事件の大法廷を使う必要があるのかは甚だ疑問じゃの」
「あの失踪事件に関心を持つものが思いのほか多かったものでね。他の部屋では、傍聴人が入り切らぬのだよ」
「“事故”じゃよ、大臣。言葉選びは慎重にせねばあらぬ誤解と疑惑を招く。それに事情聴取はあくまで任意で行われるもの。特に今回の事例はライム・モモカワに関する極めて個人的な話であり、こうして不特定多数の人間に聞かせるような話ではないと思うがの」
「ダンブルドア」

大臣の隣に座る男性が、口を挟んだ。黒く短い髪の分け目は不自然な程まっすぐで、口髭は歯ブラシみたいに刈り込まれている。ぴしりと伸ばした背筋や鋭い目付きから、神経質そうな人だとライムは思った。

「今現在、魔法界は大変な混乱の中にある。非常事態なのだ、ダンブルドア。疑惑は晴らした方が良いだろう?……お互いの為にも」

男性がそう言ってぐるりと周囲を見回すと、賛同するように人々が頷いた。含みを持たせた口ぶりにライムは唇を噛みしめる。けれどもダンブルドアは余裕を崩さず、逆に友好的に微笑んでみせた。

「……うむ、わかった、バーテミウス。そういうことならば仕方あるまい。ワシもライムもわざわざ授業を休んでまで来たのだし、早く済ませてしまいましょうぞ」

そう言って杖を振るうと、ダンブルドアはライムの横に座り心地のよさそうな椅子を出してゆったりと腰掛けた。ダンブルドアが意外なほどあっさりと引き下がったことに驚いて大臣達はしばらくぽかんとしていたが、気を取り直すとオホン と小さく咳払いをして、大臣は口を開いた。

「事情聴取、十一月二十日開廷」

魔法大臣が良く通る声で言った。それを合図に記録係が羽ペンを走らせる音が響く。

「ホグワーツ魔法魔術学校における失踪事件。重要参考人、ライム・モモカワ」
「調査官、アドルファス・バート・オルブライト魔法大臣。バーテミウス・クラウチ魔法法執行部部長。法廷書記、オースティン・イニス・ベッカーズ──」
「参考人側証人、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア」

大臣の声に続いて、ダンブルドアの浪々とした声が響き渡る。その力強さに、ライムは自分の中にじんわりと力が湧き上がるのを感じた。

「参考人はライム・モモカワ本人で間違いないか?」

視線は真っ直ぐ前を見て、恐れは唾と共に飲み込んだ。落ち着け、震えるな。いつだって余裕を崩さなかったリドルを思い出して、それに倣おうとしている自分に気付く。ああ、こんな時にあの人のマネをしようだなんて。自分も中々いい根性をしている。

「──はい」


不思議と声は震えなかった。


****


事情聴取とは名ばかりの尋問が終わると、ライムはダンブルドアに促され、一足先に法廷を出た。扉の脇で待っていたマクゴナガル教授にダンブルドアからの伝言を伝えると、入れ替わりに法廷の中へと入っていった。大臣と一体何を話しているのだろうかと 気にはなったが、それはあとで聞けばいい。一人で動き回るわけにもいかないので、ライムは廊下の壁にもたれて二人が出てくるのを待つことにした。

尋問は長かった。失踪した当日の朝から覚えている限りのことを聞きだされ、特に失踪の原因となった姿をくらますキャビネット棚のことについては執拗に質問が重ねられた。ライムはわからないことに関しては素直にそう伝え、キャビネットに誤って転落してからのことは、全て「覚えていません」で通した。

『1975年9月24日、当時五年生だったライム・モモカワはホグワーツ城四階倉庫で姿をくらますキャビネットに誤って転落。対となるキャビネットが消失していた為出口が無くなり、事故の衝撃で気を失ったまま二年間失踪。1977年11月4日、偶発的に城内の空き教室の棚へ出口が繋がり、放り出されたところを教員が発見、保護した。身体的損失・健康障害等は特に見られない。年齢も失踪当時の15歳のままであると推測される』

供述はすべて書記官が記録をとっている。つまりこれが公式の記録となる。

ライムが過去へ行った事も、編入生としてホグワーツで過ごしたことも、そこでリドルと出逢った事も、全ての真相は隠される。

ライムは自分が思いの外落ち着いていることに驚いた。


しばらくすると法廷の扉が開き、中で聞いていた魔女や魔法使い達がぞろぞろと出てきた。壁に避けてその人並みを眺めてみるが、まだその中にダンブルドアたちの姿は無い。まだか、と思い息を吐いた瞬間。

「初めまして、お嬢さん」
「初め、まして」

唐突に背後から声を掛けられてライムは振り返る。そこにいたのは背の高い男の人だった。ライムは最低限の礼儀として挨拶を返したものの、どうしたらいいかわからない。
誰だろう、見覚えの無い人だ。銀糸の長い髪を背に流した年若い男性。ライムとそうは変わらない年齢に見える。身につけているものはどれも一目で値が張るとわかる程上質なもので、立ち居振る舞いも洗練されていた。

「ライム・モモカワだね?」
「……そうですが」
「君は、昔から英国に住んでいるのかね?」
「……いいえ」

不躾な質問だ。意図もわからない。初対面で何故そんなことを聴くのだろうか?もしやこの人も、なんらかの疑惑を抱いて先程の尋問を聴きに来たのか。無遠慮に頭の天辺から爪先まで値踏みするような視線に、警戒心が頭をもたげる。

「国内に親戚はいるのかね?遠縁でも何でも、過去に君の血縁がホグワーツに在学していなかったか?」
「……あの、失礼ですが、どうしてそんなことを?」
「ルシウス」

背後から聞こえた声に振り返ると、丁度法廷の扉が開きダンブルドアが出てくるのが見えた。ルシウス、ということは、この男性がルシウス・マルフォイなのか。

「これはこれは…ダンブルドア。お久しぶりです」
「卒業以来じゃな、ルシウス。して、この子に何の用かな?」
「……いえ、大したことではありません」
「何を考えてここに来たかは知らぬが、邪推はしない方が良い。無駄足じゃからの」

油断無く見つめる視線は鋭い。先ほどの尋問でさえ穏やかな表情を崩さなかったダンブルドアの厳しい態度に、ライムは内心驚いた。

「失礼するよ、ルシウス」

遅れて法廷から出てきたマクゴナガル教授と合流すると、ダンブルドアは短い挨拶を残してルシウスに背を向ける。ライムは慌ててルシウスに頭を下げて、ダンブルドアの後を追おうと踵を返した。

――――瞬間、グイッと強く袖を引かれてたたらを踏む。

「わっ!?」

びっくりして振り向くと、ライムの左袖がルシウスの持つステッキに引っかかって捲り上げられていた。

──── 何を。

「ルシウス!」
「ああ────これは、失礼。杖が引っかかってしまったようだ」

白々しい響きにライムは目を見張った。
ワザと、だ。ルシウス・マルフォイは何か知っている。何かを調べようとしている。────疑われている。

ドクドクと、心臓の音がする。

顕わになったライムの左腕に、じっとりとした視線を向けるルシウスの顔は熱を帯びて真剣だった。ライムは慌てて捲り上げられたままのローブを下ろすと、腕をルシウスの視線から外した。すると諦めたのか、ルシウスはあっさりと顔を上げて、ライムは少しホッとした。
ダンブルドアはいつに無く厳しい目付きをして口を開いた。

「女性に対する態度とは思えませんな、ルシウス」
「事故ですよ、ダンブルドア。そう目くじらを立てずとも良いでしょう」

しれっと言い放つルシウスにダンブルドアの視線がより一層鋭さを増す。ライムはどうしたら良いかわからず、二人の間でただ成り行きを見守っていた。

「しかしまあ、失礼しました。……今回は私の勘違いだったかもしれない」

声には僅かな落胆が滲んでいた。何を思ってこんな行動に出たのかライムにはさっぱりわからなかったが、ひとまずルシウスの瞳から熱が引いた事に安堵した。

「ならば早く立ち去る事じゃ」
「言われずともそうしますよ、ダンブルドア。では、お先に失礼」

ルシウスの背が声が聞こえないくらいまで遠ざかってから、マクゴナガル教授がダンブルドアに問いかける。

「何故、ルシウス・マルフォイがこんな所にいたのでしょうか?」
「……わからぬ。しかし、油断はしない方がいいじゃろう」

不安は降り積もっていく。それはさながら雪のようで、ひと欠片はとても軽いのに、徐々に重みを増していく。
静かに、はらはらと着実に。


降り続けるそれを、止める術はどこにも無かった。


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