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  ふたりの歩幅


人気が無く静まり返った廊下をシリウスと歩く。高い天井に反響する足音は二人分。揺れる松明の明かりを受けて、ライムの少し前を歩くシリウスの黒髪が青く光って見えた。

「手、大丈夫か?」

しばらく歩いたところで、シリウスは突然そう尋ねた。ライムは頷き、安心させるように笑ってみせた。

「うん、平気。止血してるし、手当すればすぐに治るわ」
「見せてみろ。……っておい、ハンカチびしょびしょじゃねえか!」
「もうちょっとで着くからいいよ」
「そういう問題じゃないだろ」

シリウスは呆れたようにそう言うとポケットをゴソゴソと漁り、グレーのハンカチを取り出した。驚くライムの右手を取り、シリウスは丁寧な手付きで綺麗に畳まれたハンカチをライムの手に巻きつける。

「とりあえず、これで我慢しとけ」
「あ、ありがと……」
「ん?何だ?」
「シリウスがハンカチ持ってるなんて意外だな、って」
「ハンカチ無かったら手が拭けないだろ?……ああ、心配するな。それはまだ使って無いヤツだから」

そういう意味で言ったのでは無いのだが…やはりこういうところに育ちの良さが出るのだろうか。しれっとしているシリウスにライムはしおらしく謝罪した。

「迷惑かけちゃってごめんね、シリウス」
「おいおい、やめてくれ。お前が謝るなよ。リリーだって言ってただろう?悪いのはライムじゃない」
「や、そうかもしれないんだけど…なんだか申し訳なくて…」
「そう思うなら、変に我慢しないことだな。余計に心配するだろうが」
「ごめ……あっ、……あー、わかった……」
「っぷ……!なんだよ、それ」
「癖なのよ!日本人の“ごめん”と“すみません”はもう口癖みたいなものなの!」

ゲラゲラ笑うシリウスの背中を思いっきり叩きたいが、生憎ライムの両手は塞がっている。

「シリウス、笑いすぎ」
「ライムが変な事言うのが悪い」
「ああもう!手が使えたら笑いが止まらなくなる呪いかけてあげられるのに……!」
「残念だったな。その機会は当分お預けだ」

ニンマリと勝ち誇ったように笑うシリウスを睨みつけながら追い越し、ライムは足音も荒く階段を登る。後ろから聞こえる忍び笑いに、ライムはムッと眉を寄せた。

歩幅の違うふたりが同じ速度で歩いている。それはつまり、お互いに歩く速さを合わせているという事で。口にしなくても自然に相手を気遣える。その関係がとても好きだった事を、ライムはようやく思い出した。


軽口を叩き合う内に、ふたりは四階の医務室に着いた。
ドアをノックしても返事は無く、中からは人の気配もしない。ふたりは顔を見合わせて頷き合うと、思い切ってドアを開けて中へ入る事にした。

「居ないな」
「本当だ。もしかして、校医の先生も食事中なんじゃない?大広間で」
「……そうかもな」

部屋中見回してみたが、やはり医務室の中は無人だった。ベッドも全てカーテンが開いており、空のようだ。拍子抜けしたライムがぼうっとしたまま突っ立っていると、部屋の奥まで入って行ったシリウスが戻って来て声をかけた。

「ほら、とにかく手当てするからそこ座れ」
「薬の場所わかるの?」
「常連だからな」
「威張る事じゃあないからね、それ」

ライムが近くにあった椅子を引き寄せて座っている間に、シリウスは近くの棚から手際良く幾つかの薬瓶と脱脂綿、ピンセットを取り出して向かい側に座った。
巻いたハンカチを取って傷口を見ると、それは思ったより深かった。シリウスは僅かに顔を顰めて傷口を無言で消毒する。次いで取り出した瓶の中身は毒々しい緑色で、薬は傷口に染みた。

「よし、終わり。一応傷は塞がったけど、今日はあんまり動かすなよ」
「わかった。ありがとう」
「どういたしまして」

用具を片付けるシリウスの背中をぼんやりと見つめながら、ライムは手当てされた手を見る。綺麗に巻かれた包帯は緩む気配も無く、軽く指を動かしても問題無さそうだった。静まり返った医務室の中で、カチャカチャと瓶が触れる音が反響する。

「そういえば、ライム今年のクリスマス休暇はどうするんだ?」
「もう、そんな時期だっけ?」
「おいおい、休暇はもうすぐだぞ?大丈夫かよ?」

笑い混じりにそう言うと、シリウスは薬棚の扉を閉めた。その背中に、ライムはそっと答えを返す。

「多分、いつも通りに残ると思う」

帰る家が無いのだから、行く場所も無い。ライムは休暇は大抵ホグワーツで過ごしている。稀に誘われて友達の家に滞在する事もあるが、今は誰の家に行く気も起こらなかった。

「あんな手紙、気にすんなよ」

────無理だよ。
だって、リドルと関わりがあった事は事実なんだもの。

その言葉を、無理やり押し込めてライムは小さく頷いた。

「時間が経てば落ち着くさ。それまでは周りを頼ればいい」
「うん……ありがとう、シリウス」

気分は重く、砂を噛むようだった。重苦しい感情が胃にズシリとのしかかる。口を開けば零れ落ちそうな本音を無理矢理飲み込んで、ライムは微笑んだ。

リドルを嫌えない。
あの人が何者で、今何をしているか知ってもなお、ライムはリドルを嫌いになれないのだ。

「私は、大丈夫だよ」


これは、裏切りなんだろうか。


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