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ずっと 貴方のそばに
行き交う人々、雑多な足音、ひといきれ。


音と色に溢れたホームで煙を上げる紅色の蒸気機関車。


別れたばかりの両親に想いを馳せながら一人の少女が車内を進む。
小さな身体に不釣り合いな程大きな荷物を引き摺って、選んだひとつのコンパートメント。
混雑している汽車の中で誰も入らず素通りしていくのが不思議と気になって、導かれるようにその扉に手をかけた。



****



「よく、此処に入れたね」


ガラリと勢い良く開けた扉の向こうから、落ち着いた声がした。耳に心地良く、何処か愉しげな声音。
かけられた言葉の意味がわからず、少女はぱちぱちと瞬いた。

広いコンパートメントの椅子には一人しか座っていない。


「あの……? 」


目線の先で、黒髪の少年が窓の外を見ている。同い年くらいに見える。彼も新入生だろうか?


「どういうこと? 」


その背中に戸惑いながらも問いかけると、少年は振り返らないまま 年齢にしては細くしなやかな指で杖をなぞった。


「このコンパートメントには目くらまし呪文がかけてあるんだ。だから、他の奴らは気が付かない」

「え? ……でも、」
「君は、違うようだね」


何が、と。問いかける前に少年が動いた。


ゆるりと微笑み、向き直る。将来の美貌を予感させる秀麗な笑顔で、彼はゆっくりと手を差し伸べた。


「僕はトム・リドルだ。お前の名は? 」


目の前に差し出された手と、真っ直ぐ此方を見据えてくる紅い瞳を見つめながら、今この瞬間がきっと 運命の分かれ道なのだと 本能的に悟っていた。



****



「大した事は無かったな」


尊大な態度で豪奢なソファーにもたれながら、十五歳に成長したトム・リドルはそう言い捨てた。

ランプの光を受けて艶めく漆黒の髪。抜けるように白い肌。整った容貌は人を惹き付ける魅力に溢れている。
無駄に長い脚を優雅に組み、手元のグラスを傾ける様子はとてもじゃないが、ただの学生には見えない。その態度は人を従え、命令する事に慣れ切った人のものだった。

目線の先、テーブルの上には小ぶりな鏡がリドルと向かい合う様に置いてあり、そこには彼の忠実な部下の顔が映っている。


「もっと骨のある奴かと思っていたが……あれでは大した役にも立たないだろう。暫く適当に泳がせておけばいい」


形の良い唇から紡ぎだされる言葉はそれに似合わぬ程残酷で、聞く者の背筋を震わせる。


「ああ、わかっている。その件に関してはまた後で、だ」


ちらり と視線が向けられる。
流し目の様な色っぽい目線に、ソファに躯を沈めていたジルはぶるり とその身を震わせた。
この瞳を知っている。これは、悪いことを考えている瞳だ。


「今日はもういい。奴に関する報告は随時続けろ。……ああ、それと、明日まで邪魔はするなよ」


此方を見たままリドルの口の端がにやりと吊り上がる。
まずい! と、思い逃げ場を求めて部屋中に視線を走らせたが既に遅い。何処にも逃げ場は無かった。

とっくに消灯時間は過ぎているし、この豪華過ぎる『必要の部屋』はスリザリン寮がある地下とは遠く離れている。
こんな中、一人で外に出たら自ら捕まりに行く様なものだ――――それに気付いた瞬間、ジルはこの後の自分の運命を悟って再び小さく震え出した。


「待たせたな」


耳を打つ、美声。


「構って欲しかったんだろう? 」


気付けば互いの息が触れ合う程間近にリドルの顔があった。
音も移動した気配すらも無く、あった筈の距離が詰められている。
ソファに座ったまま、リドルの両腕に囲い込まれて身動きが出来ない。

ギシリ と軋んでソファーが沈み、片足を乗り上げたリドルの顔が間近に迫る。瞬きすら忘れて見つめていると しなやかな指先がジルの顎にかかり、僅かに持ち上げられた。


綺麗な指。綺麗な顔。何もかもが完璧に整い過ぎた、美貌の青年。


ホグワーツ一の秀才、監督生。敬遠されがちなスリザリン生でありながら、教師や生徒からの信頼も厚く、ゆくゆくは首席で卒業するだろうひと。


だがその裏では、闇の魔術に人一倍長けていて、目的の為にそれを駆使する事をも厭わない――――トム・マールヴォロ・リドルとは、そういう男だった。


でもその裏に、並々ならぬ努力がある事もまた、知っている。

深い闇を抱えた素顔と、偽りの仮面を被った顔。

どう考えたって、危険だ。関わるべきでは無かったのかもしれない。
けれどジルは出逢った時から今までずっと、どんなに非道い目に遭っても(リドル本人のみならず周囲からも)、リドルの傍にいるし、きっとこれからもそれは続くだろう。


そしてどうやら自分は、そんなこの男が、どうしようも無く好きらしい。


「リドル」


深紅に染まった瞳が、此方を向く。
その瞳に微笑みかけて、ただ一言告げる。


「ずっとずっと、傍にいるからね」


あの日、決めたこと。


「当たり前だ。ずっと、僕の傍から離れるな」



腰を引き寄せて再び口付ける。
腕の中でしあわせそうに目を閉じる少女を見つめ、瞳の紅が、ゆるり と優しく溶けた。



(独りじゃない。一緒なら、きっと大丈夫)



選べる未来はきっと、ひとつだけではないから。

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