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運命は恋するものに



目を覚ましたら、湊は見知らぬ部屋にいた。
ベッドに寝転がったところは寝る前と同じだ。もちろん湊に誘拐された覚えはなかった。手錠もされていないし、薄汚い部屋というわけでもない。どうしたものかと首を傾げる。

ベッドから起き上がり、扉を開けた。鍵もかかっていないし、掴まったというわけでもなさそうである。すぐ階段があったので下に降りると、見覚えのあるメンツがいた。

「あら、遅かったじゃない、湊。珍しいわね」

英語教師兼暗殺者イリーナと、

「お父さんはもうお仕事行っちゃったよ」

クラスメートの倉橋に、

「早く食べないとお母さんに食べられるよ」

同じくクラスメートの矢田だ。

事態が飲み込めず困惑したまま空いた席に座る。紅茶の香りが鼻についた。

「ねー今日のパーティーのドレス結局どれにする?」

「後でもう一回決めようよ」

倉橋と矢田が話し合っている。パーティー。何だそれ。気になった湊は尋ねた。

「今日のパーティーって?」

「やだ湊、忘れたの?この間王子様の婚約者を決めるパーティーがあるって招待状が来たじゃない」

「ちゃんと四枚あったけど湊は面倒だからって断ったじゃん」

「もしかして行く気になったの?」

「ううん、全く」

内容を聞いてさらに行く気が失せた。もしかして自分もパーティーに行かなければならないのではと思っていたからだ。ドレスを着れるような体でもない。

倉橋も矢田もイリーナもいるが、これは夢に違いない。彼女たちと家族ではないし、こんな風になった経緯も分からない。ならどんな突拍子もないことが起きたって不思議ではない。


王子は誰だろう。目の前に置かれた料理を食べながら考える。磯貝君か前原とかが妥当だろうな。他にも誰かいたりすんのかなあ。カルマはいるのかな…。

料理は、夢なのにやけにリアルな味がした。




夜になった。誰も家にいない。湊は一人寂しく料理を食べていた。三人は楽しんでいるだろうか。
やけに長い夢だと思いながらスープを飲み干す。

……馬の蹄が道を叩く音と、いななく声がした。それから近くで止まり、湊の家(といっていいのか分からないが)の木の扉がノックされた。気のせいかと思ったがどんどん大きくなっていく。立ち上がって扉を確認してみると、そこにはいかにも魔女ですといったローブを着込んだ奥田がいた。

「あの…私っ、貴女を綺麗にしに来ました!パーティーに行きたいですよね!」

「いや別に」

唐突すぎるセリフにきっぱり断ると、奥田は慌てだした。まさか断られると思っていなかったらしい。

湊はシンデレラかと思いいたる。ヒロインは舞踏会に行く気がない、ろくなシンデレラじゃないけれど。

「行ってもらわないと私が試験に合格しないんです!えいっ!」

横暴すぎだろ!!湊は心の中で突っ込んだが、奥田が振った杖によって煙に巻かれる。次の瞬間にはワンピースが純白のドレスに変わっていた。

「……は?」

「馬車も用意してありますから、早く行ってください!」

戸惑う湊をよそに、奥田は固まる湊を押して馬車へ乗せた。

「あ、ちなみに12時に魔法が解けますからね!」

奥田さんってこんなキャラだったの…。呆然としつつ、流れに任せる。どうせこれは夢なんだから、と。

何故か空を飛び、馬車は城の中の庭園に着いた。馬車は湊が降りると跡形もなく消えてしまった。

「どうしよっかな」

このまま帰ろうか。でも、ついでに花の庭園でも見ようかと中に入る。バラやユリなど様々な花が植えてあり、夜でも香ってくる。流石に綺麗に整えられていて、見るだけでも楽しい。


「そこにいるのは誰?」


足が止まった。まさか、まさか。おそるおそる振り返る。目線には、いてほしくなかった人物が立っていた。

「え、えっと…」

「パーティーに飽きたのかい?」

浅野だった。貴族役かなと勝手に推測する。服装が明らかに一般人のそれではなかったからだ。
湊は話を合わせることにした。

「母に無理矢理連れてこられたので」

「君は王子と結婚したいなんて思わないの?」

「いえ、別に。素性の分からない人となんて、いくら王子でもできませんし」

「へえ」

面白そうに浅野の眉が動いた。これ以上彼といたくない。湊は浅野と距離を取る。

「私、もう帰りますから…」

「母親はいいのかい?」

「ええ。怒られると思いますけど、無理矢理連れてきたのは分かってるはずですから」

「送ってあげようか」

「結構です。見たところ、貴方どこかの御曹司でしょう?貴方みたいな人がいなくなると困る人も出るでしょうし…では、さようなら」

浅野から逃げるように、慣れないヒールの靴で少し駆ける。痛い。途中で転びそうになったが、どうにか持ち直す。右足の靴が脱げてしまった。が、そのまま走り抜く。そんなはずないと思っているが、履き直していると追って来そうで怖かった。

家に帰るだろうかと心配していたが、何とか着けた。いい加減覚めろ。湊は着いた瞬間に願った。




朝になった。まだの湊部屋に戻っていない。湊はため息をつく。着替えて下の階に移った。リビングにはイリーナに倉橋、矢田と…朝には似つかわしくない、幾人かの兵士がいた。

「ここにこの靴が似合う女性はいないか?」

おい。おい。血の気が引いていく。まさか、まさか浅野は。

「もう一人の子は昨日パーティーに行ってないわよ?」

「念のためだ、履け」

逃げられるわけもなく。湊はその靴を履いた。当然のことながらぴったりだ。

「え、いつの間に行ってたの?」

「本当は行きたかったんでしょー」

「た、他人の空似でしょ。私が行くわけないじゃん…」

倉橋と矢田にはやされる。虚しい言い訳をしてみるが、兵士は残酷に告げる。

「一応連れていく。違うかどうかは、学秀様が確認されるだろう」

はい、決定ー。嫌な予感が的中してしまった。イリーナや倉橋、矢田の言い分など聞きやしないで兵士は湊を連行させていく。


連れてこられた先は王子、つまり浅野の部屋の前だった。

「学秀様、一人連れてきました」

「彼女だけ入れさせろ」

厳つい兵士に促され、特に着替えさせられないまま浅野の部屋に踏み入れる。彼は豪奢な椅子に座っていた。蛇のような目が湊を見ている。湊を品定めするように舐め回してから、浅野は言った。


「まさか夢に黒瀬さんが出てくるなんてね」


「え?」

耳を疑った。夢に、と浅野がはっきりと言ったからだ。もしかしてこれは夢じゃないの?などと考える暇はない。

「ああ、いいよ。君は分からないだろうから。夢だろうけど、やけにリアルだから…正夢になるように、君と結婚式を挙げようと思って」

妖しく笑っているが、湊には全く笑えない。そこまでビジョンを描かれても嬉しくない。重いし怖すぎる。湊は顔を引きつらせて、はぁと相槌を打つことしかできなかった。

「あの、拒否権は」

「あると思ってるのかい?親は喜ぶし君は生活に苦労しないし。何か不満があるの?夢の中の黒瀬さんも頑固だね」

いや、現実的って言ってくれ。などとは口に出せず、俯くことしかできなかった。

「何にしろあの靴を履ける娘が君しかいないんだ。当然だけど」

そこで学秀が立ち上がり、湊へ近づいた。

「明日には結婚式だ。よろしくね、黒瀬さん」

これは悪夢だ。湊はそう思い込むことにした。夢などではない。夢ではないし、正夢にもならない。そうでもしないとやっていける気がしなかった。




朝早く起こされて、侍女に髪を整えられたり一昨日と同じようなドレスを着させられていた。こんなにめかしこんだことは今まで夢ですらなかった。これは夢だけれど。


「綺麗だね、黒瀬さん」


待合室で変わりきった自分を鏡で見ていると、浅野がやってきた。彼も一昨日や昨日とはまた違う服装を着こなしている。見た目がいいだけに、ある意味コスプレとはいえとても似合っていた。湊は不覚にもカッコいいと思ってしまった。

「いや、これは侍女さんたちの技術というか…」

「そんなことないさ。君だって綺麗だよ」

そう言って湊の手を取った。そのまま手の甲に口付ける。キザったらしいその行為に驚いて変な声が出てしまった。頬が少し熱くなる。そんな湊の反応に満足したのか、浅野が微笑んだ。

「行こうか」

さりげなく浅野がそのまま湊の手を握り、歩き出す。振り払うことはできない。赤い絨毯が敷かれた廊下を歩く。しばらくして見えた扉を開いた。突如観衆の祝いの声や、鐘の鳴る音が二人へ降りかかる。

十五で結婚とか早くない?てかいい加減覚めて、本当覚めて。湊は必死に祈る。

一歩一歩が重い。かつてこんな不幸な気持ちで結婚式に臨んだシンデレラストーリーがあっただろうか。

俯いていた湊は分からなかったが、城は教会と直に繋がっていたらしい。なんて都合のいい夢なの。ああもう早く、早く覚めて…。そう思いながら、半ば諦めていたときだった。


「その子、俺の花嫁だから勝手に盗るのやめてくれない?」


――――今、まさに聞きたかった声がした。これは夢のはずだから一夜しかたっていないはずなのに、ひどく懐かしい。

右手を掴まれて引っ張られる。反動で浅野と握っていた左手が離れた。浅野と距離を取ったところで抱き寄せられる。
湊は顔を上げた。特徴的な赤い髪、不敵な笑み。彼の名前は、


「赤羽業…!」


浅野の顔が悔しさで歪んでいる。浅野と同じような格好をしたカルマは見せつけるように湊をさらに抱きしめた。

「なかなか覚めない夢だからさ、暇で湊を探してたんだよね。そうしたら今日隣の国で結婚式があるって言うじゃん?湊が見つかったと思ったら相手浅野とか性質が悪すぎるし、大急ぎでやってきたわけ。じゃ、そういうことで」

「わ、」

突然の浮遊感。いわゆるお姫様だっこというやつをされて、湊は頭が混乱してきた。

「捕えろ!」

浅野の怒声が後ろから聞こえてくる。慌てる湊と対照的にカルマは表情を変えない。

「このまま逃げて俺と結婚しよう、湊」

カルマは走りながら、器用に額へ唇を落とす。

……もうダメ、無理。湊はそのまま羞恥で視界が真っ暗になった。




「……」

雀の鳴き声。眩しい朝の光。低反発枕の感触。うるさく響く目覚まし時計。湊の部屋だ。

やっぱり夢か。それにしても本当長かったな、嫌になるくらい。浅野君と結婚式なんてとんでもないわ。カルマが出てきて本当に助かった…。深いため息を吐いて、湊は準備をする。

「今日さ、俺変な夢見たんだ」

今日も学校だ。いつ通りカルマと通学路を歩いていく。

「夢?」

「そう。浅野と湊の結婚式邪魔してを湊攫う夢」

「……何それ、勘弁してよ」

同じ夢を見た湊としては、本当にやめてほしかった。あんなひどい夢は二度と見たくない。湊はただ顔をしかめるだけにした。


今日もまた、カルマとの一日が始まる。







運命は恋するものに




30万打企画より。いただいた内容で番外編。本当にありがとうございました!
何通りも考えられたり、内容間違えたりして珍しく長く下書きしました。とても楽しんで書かせていただきましたが、それが辛かった…。
ちなみにお母さんがビッチ先生とか、姉が倉橋ちゃん矢田ちゃんなのは適当。お父さんは烏間先生だったりしました。カルマ君は隣の国の王子様って設定でした。
しかし学秀君かませ犬なことこの上ないですね。でもかませで終わらせる予定はありません。
タイトルはモーツァルトより。運命は最終的に恋してる人の味方…なのかなあ…。適当ですはい。