獄卒にも様々な者がいる。成人済みの人間のような者、高校生ほどの者、そして幼子の獄卒。
「おい、凍堂」
谷裂は小さな子供に声をかけた。谷裂へ向けた大きな目はまるで死人のようで、どこかの誰かと同じ人形だと思ってしまう。彼は何とも言えぬぬいぐるみを抱えたまま駆ける。
凍堂と呼ばれた子供は、自分より大きな谷裂を底見えぬ瞳で見上げた。
「はぐれるなよ。やたら人間が多いからな」
静かに子供は頷いた。谷裂は子供が苦手だが、聞き分けが良くて助かっていた。そしていない彼女に悪態をつく。
「まったく、賀髪のやつ、遅いな」
谷裂と凍堂、賀髪は現世に来ていた。非番だった谷裂と賀髪は、いつも通り口論しているところを肋角に発見され、「そんなに暇なら凍堂に現世の見学させてやってくれ」と言われてしまった。肋角や災藤に弱い二人は拒否できるわけがなく。こうして現世に赴いているのだった。
現世で待ち合わせをしようと賀髪が言ったため、谷裂と凍堂は待ちぼうけを喰らっている。まだ時間までに猶予はあるが、彼女は待ち合わせの時間から十五分は早く来る。そう考えると苛立ってきた。
「すみません、お待たせしました」
「来たか、……」
涼やかというより冷ややかなと言った方が正しい声が聞こえてそちらを向いた。文句の一つでも言ってやろうと思ったがすぐに口を閉ざした。
賀髪は女性らしくシンプルに、だが美しく見えるような服を着ていた。女にしては高い方だからか、すらりとして見える。現世に交じっても何ら遜色のない恰好。対して谷裂や凍堂は、佐疫や木舌、キリカあたりが面白おかしそうにめかしこまれた。正直動きにくくて仕方がない。
「賀髪、お姉ちゃん、きれい」
見つめて何も言えぬ谷裂を差し置き、ぬいぐるみを抱きしめたまま凍堂は言った。言葉少なな凍堂の純粋な言葉に、賀髪はほんの少しだけ顔を緩めていた。
「ありがとうございます。凍堂さんも似合っていますよ。谷裂さんは……馬子にも衣裳ですね」
「一言余計だ貴様は!……しかし、現世を見学と言ってもどこに行けばいいんだ」
「彼が行きたいならどこでもいいのでは?凍堂さん、どこか行きたいところはあります
か?」
「……水族館」
賀髪の質問に凍堂が消え入りそうな声で答える。そういえば、やけに同じ子供の獄卒たちとテレビに映る水族館を見ていたなと、谷裂は思い返す。見入るその瞳は、年相応の子供らしく輝いていた。
「行くか。肋角さんから費用として金は貰っている」
そうして、三人は水族館へ向かうことにした。
そもそも一番近い水族館など分からない。現代の機器を全く使いこなせない谷裂は、悔しいがすまあとふぉんとやらを持つ賀髪に任せることにした。着いた水族館は割と有名な場所なのか、男女や家族連れが多い。目つきの鋭い男女二人と子供が一人という組み合わせは異様で、受付の人間を驚かせた。
「一通りぐるっと回りましょうか」
「そうするか」
突然、ズボンを引っ張られた。下へ視線を向ければ、凍堂が何を考えているのか分からぬ目で谷裂と賀髪を見ていた。
「何だ?言いたいことがあれば言葉にしろ」
素直で聞き分けの良い凍堂は、子供にしてはまだ接しやすいが、ろくに話さないのでたまに苛立つ。凍堂は谷裂の視線に臆さず、谷裂の大きな手と賀髪の華奢な手を握った。幼子特有の小さな手は柔らかい。
「……握りたかったんですか?」
賀髪の問いに静かに頷く。子供の雪肌は嬉しそうに赤く染まっていた。
子供の手を、大声を上げて振りほどくわけにはいかない。しかも周囲の人間の目もある。人間が多い場所で手を繋ぐのは、はぐれないようにするにはちょうどいいとも言える。それに、微笑んでいるように見える凍堂を怒鳴るような無神経なことをすることはできなかった。谷裂は黙ってその手を包んでやった。
手にした地図を見ながら、水族館を歩いて行った。谷裂としては食い物が泳いでいるという印象だったが、なるほど趣向を凝らしているのには感嘆した。凍堂はもちろん終始楽しそうだったし、賀髪も無表情ながらもどこか顔がほころんでいるような気もした。
ただ、途中で
「親子かしら?」
「子供似てないわねえ」
などと言われたとき、谷裂も賀髪も声の方へ睨み、小声で「誰が」と呟いてしまった。睨まれた人間はそそくさと去っていった。叫ばなかっただけましだと思ってほしいものである。
水族館を回った後、夕方になってしまった。あまり現世に居ても良くない。
「帰りましょうか。見学というより水族館に来ただけになってしまいましたが」
「そうだな。また別の奴に任せた方がいいだろう」
子供の手は離れている。繋いでいる途中は落ち着かなくて仕方なかった。
「……谷裂お兄ちゃん、賀髪お姉ちゃん」
獄都への帰り道、凍堂が口を開いた。
「今日、は、ありがとう」
相変わらず特に目立って表情が変わっているわけではない。ただ、本当に嬉しかったのは伝わってきた。面倒だったなど大人げないことは言わず、谷裂は黙って頭を撫でてやった。
「今度は別の誰かに連れて行ってもらえ」
「また違うところに行って勉強してくださいね」
「うん」
子供は苦手だ。けれど、今日は悪い気はしなかった。
オベロンはいろいろあるらしいですが、シェイクスピアの「夏の夜の夢」の妖精の王から。子供の手が妖精の魔法みたいに、仲の悪い二人を繋げた、ということで。
「親子かしら?」って言われたいだけでした。たびたびこの凍堂という獄卒を出すかと思います。ちなみに「とうどう」と読みます。