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なんてすてきな同族嫌悪

―――― 一目見たときから、嫌いだった。


具体的な年数すら思い出せないほど前。賀髪は上司の肋角に呼び出され、彼の執務室に赴いていた。ヒールの音を立てながら。ドアを数回ノック。肋角の許可が下り、中に入る。
賀髪の視界に入ったのは、肋角。そして、見たことのない男。鋭い眼光。紫の瞳。筋肉質な体。鋭利な空気。手には重い金棒。普段、賀髪は外見で人物を判断することはない。ない、はずなのだが。このときばかりは、何故か嫌悪を抱いた。

「肋角さん。彼は、誰ですか」

「そうか。お前たちは初対面だったな。谷裂だ。そして彼女は賀髪」

「……よろしくお願いします」

「……ああ」

谷裂もまた、目の前の女に苛立っていた。冷たい碧の目。整った顔。女らしい豊満な体。不必要なほど長い髪。何だこの女は。

二人の空気を感じ取ったのか、肋角は話を進めた。

「お前たちである場所に行ってもらいたい。どうやら亡者が暴れているらしくてな。手がかかるようだ。捕獲を頼みたい」

「はい!」

「……分かりました」

初対面の者が気に喰わなかろうと、仕事は仕事である。二人は私利私欲で仕事をしない。うまくやれるかは別として、だが。

亡者の現在の状況などを一通り資料で確認し、谷裂と賀髪は現場へ向かった。

「おい」

「……何でしょう」

移動途中、谷裂が賀髪へ声をかける。声音からしてすでに友好的ではない。

「その髪はなんだ」

「……何、とは?」

「そんな長い髪、任務に支障をきたすだろう。切れ」

髪は。賀髪にとって、命と同じように大事なものであった。髪は女の命というように、髪は賀髪の命であった。美しさを保つためには努力を惜しまない、むしろ努力とすら思わない。許可なく触れようものなら鋏で刺す。
それを邪魔だから切れと。隣の男は言った。

刹那。空を切る音がした。谷裂の頬に赤い線ができる。何をされたか理解して谷裂は女を睨みつけた。能面のような表情をした不気味な女は、憤怒と殺意を露わにしていた。

「それ以上私の髪を邪魔だというのなら、貴方を殺します」

殺すと口にするのは簡単である。そして仮にも仕事の仲間。獄卒は時間がかかるとはいえ、再生はする。だが、彼女はそれを躊躇いなく実行するだろう。女が手にする鋏よりも尖った視線がそれを証明していた。それでも殺すと。

「ふん。やってみせろ」

売られた喧嘩は買う。谷裂は金棒を彼女へ向けた。そして動こうとした瞬間、

「ですが、その前に仕事があります。それを片づけてからにしましょう」

女は怒りを鎮めて言った。いや、無理矢理抑え込んでいるようだった。少し拍子抜けだったが、女の言う通りだ。ここで時間を潰して間に合わなかったなどお笑い種になる。そんなことは許されない。

「行きましょう」

谷裂は、明らかに戦いづらいであろうハイヒールの靴の音が癇に障った。



任務は終わった。

賀髪という女は、谷裂が想像していたよりも上手くやれていた。むしろ的確にその場の状況を捉え、最善策は何かをすぐ考え実行する。女特有の非力さは速さでカバーされており、たびたび助けられてしまった。
賀髪も同じように考えていた。思っていたほど猪突猛進ではなく、むしろ落ち着いて物事に対処している。見るからに筋肉質な体も見せかけではなく、亡者の囮に使わせてもらった。

「肋角さんの元へ帰りましょう」

「そうだな」

「報告書は私が作ります。貴方は肋角さんに報告をお願いします」

「分かった」

そうしたやり取りはあくまで仕事仲間の会話であり、任務に向かう前の殺伐とした空気はない。かといって、それ以上も感じられない。

「終わった後に、貴方を殺しに行きますから」

まるで出かけるからと軽く言うように。賀髪は会話に混ぜてきた。言われた谷裂は無言で彼女を睨みつける。賀髪は目に明確な殺意がある以外、本当に人形のような表情をしていた。同僚の斬島もあまり喜怒哀楽がはっきりしていないが、目の前の女は感情があるのか怪しいほど表情筋が動かない。それがますます谷裂を苛立たせた。

「受けて立つ。真正面からでも、不意打ちでもな」

「はい。何度再生しようと殺します」

「肋角さんに迷惑がかからない程度にしろ」

「……善処します。それと、任務のときは殺しません。貴方とはもう組みたくないですし」

「奇遇だな。俺もだ」

そこで賀髪が初めて笑った。穏やかな微笑みなどではなく、嘲りの笑みで。

「そもそも、殺されて任務できるかどうかですが」

「……言っていろ。やり返してやる」

「どうぞ。言うのは自由ですから。叶わないでしょうけれど」

「何だと?」

「そのままの意味ですが?文脈で気づかないんですか?」

「貴様……」

谷裂はこのまま金棒で叩き潰してしまいたい衝動に駆られる。だがその前に肋角に報告しなくてはいけない。呼吸して金棒を握る力を緩めた。

賀髪はそれ以上何も言わなかった。谷裂を一瞥し、おそらく報告書を作りに行った。
床につきそうなほど長い髪が揺れる。見ているだけで切ってしまいたくなる。せめて結べばいいものを。そう考えながら、谷裂も肋角の元へ向かうことにした。

「無事に終わりました」

「ご苦労。賀髪は?」

「あいつは報告書を作りに」

「なるほど。しかし、帰るのが早かったな。斬島たちでもここまで早くできなかったろう」

「……ありがとうございます」

尊敬する上司からの賛美。谷裂は照れ隠しに頭を下げた。

「真面目な谷裂と賀髪だからこそかもしれんな」

「…………」

「またお前たちで組ませるかもしれん」

「肋角さん、それは……」

「なんだ、不満があるのか?」

言葉に詰まる。嫌いな奴だろうと、任務は任務。賀髪も殺すと言っていたが、任務ではしないと口にしていた。だがそれでも無理だ。生理的に無理だ。理由が言語化できない。けれど、嫌なものは嫌だった。

肋角はあからさまに顔を歪めた谷裂に、ふむと思案した。

「そうか、合わなかったか。同族嫌悪というやつか?だが任務は任務だ。できる限り配慮するが、期待はするな」

「……はい」

一礼して執務室を出る。その途端、賀髪が報告書らしき紙を持って立っていた。凍てついた視線が谷裂に突き刺さる。谷裂も睨み返す。賀髪はそれを受け止めて、執務室をノックした。

「ふん」

背後で谷裂の靴音が聞こえる。それだけなのに、賀髪は癇に障った。



――――嫌いです。あの人。

――――嫌いだ。あんな女。


第一印象は、最悪だった。




出会いの話。ヒロインは髪を邪魔だと言われ、谷裂は能面みたいな顔が不気味だから、苦手で嫌いのように思えますが一目見てもう嫌いです。言われなかろうと、喜怒哀楽があろうと、関係ない。そういう二人なのです。なので付き合っているのは完全に奇跡の類。
タイトル配布元:星喰様
同族嫌悪って言われると違う気はしますが。