「別れ際の愛情」-1P

東北に伸びるM3号線をロンドンへ向けて走る車内は静かだった

外は雨で、いつもの憂鬱な灰色一色の空が何処までも続き、道路脇に広がるなだらかな丘に点々と配された電線や葉のない木々や放牧された家畜が織り成すありきたりなイギリスの景色を、Lはワタリが運転する車の後部座席に座り、物思いにふけるような顔で眺めていた

「今度はいつ会える?」

ロンドンまで残りの距離が半分であることを示す標識が目に入った時、隣に座って同じように反対の窓から車外をぼんやりと眺めていたメロが口を開いた

ハンドルを握るワタリがバックミラーに目をやり、メロの表情を伺った

Lは施設から一言も口を聞かずにずっと車外に預けていた視線を、初めて脇に座るメロにやった

メロはシートの上で片膝を立てて頬杖をつき、つまらなそうな顔で外を見たままだった

見送りたいので空港までついていくと言ったもののここまで発する言葉のなかったメロの不機嫌を察するのは容易だった

ワタリはまるで客を送り迎えするタクシーの運転手のように、空港までついてくるメロを再び施設まで乗せて帰る羽目になっても、紳士的な振る舞いでその旨を快諾した

彼はいつでも器用にLの空気を読み、意思を汲み、Lが望みを口にする前に出来る限りの先回りをしてあらゆる用意を万全に整え、どんなに手間のかかる事柄でも渋い顔ひとつせずに淡々と執り行うのだ

可能な限りメロと時間を共にしたいというLの思いを知っているワタリにとっては、メロへの配慮もまた、それに等しく優先順位の高いものだった

「わかりません。クリスマスには帰れたらと」
「誕生日は?」
「あなたのですか?」
「あんたのだよ」

頬杖をついたまま見向きもせずに単調な声が帰ってきた。Lは大きな目をパチパチとさせ、返事に困った

「年知らないけど、誕生日くらい知ってるし」
「ああ、えっと、はい。ありがとうございます」

メロのぶっきらぼうな言い草に、珍しく膝を抱えないLはボソボソと答えた

「誕生日は帰ってきてよ」

頼み口調ではあるものの押しの強い無愛想な声はほとんど命令に近かった

後継者育成という面を取り払った時のLのメロに対する態度には甘いところがあって、特に彼が不機嫌な時は自ら率先して折れる傾向にあった

Lは隣のメロにじっと視線を貼り付け、それから唐突に突き出した人差し指で彼の頬をトン、と軽く突(ツツ)いた

「何するんだよ!?」

メロは驚いた反動で振り返った

「怒らないでくださいよ。別れ際くらい笑っていてください」
「…」
「笑ってくれないと、私は気分よく日本に行くことが出来ません」
「笑えないよ……笑えるわけないだろ」
「どうしても?」「どうしても」
「ダメ?」「ダメ」

Lが再度確認をとっても、メロは頑なに首を振った

「あ、そうだ。一緒にバニラファッジを食べましょう」
「L!」

それならば、と話題を変えて紙袋を持ち出したLをメロは一喝した

「そんな気分じゃないんだって」

試みに破れたLは観察するようにメロを見たまま、掴んだピンクと白の紙袋に手を突っ込み、大きめのキューブ型のファッジを二個三個と摘んで次々に頬張った

「口を開けて」

いらないと言ったにも関わらず口元に迫るLの手に、メロは苦い顔で首を振った

Lは忙しく口を動かしながら、構わず彼の口に甘い塊を押しつけるようにした

「食べなさい。そうすれば誕生日に帰ってきます」

その言葉を聞いて、曇り顔のメロは気乗りしないながらも口を開いてファッジを受け取った

「……おいしい」
「いい子だ、メロ」

Lは急に大人の男の声を発したその口で、感想を述べた彼の頭にキスをしてから、人が変わったように人間味溢れる優しい眼差しでメロを見つめた

「次に会う時のおまえはまた少し、成長しているのでしょうね」

頭上を流れる看板に記された『ヒースロー空港』の文字を目で追いながら静かに感慨深く言い、Lは伸ばした片腕でメロを抱き寄せ、短く溜め息をついた

メロはLの持つ紙袋に手を伸ばし、取り出したファッジを追加で口に放り込んだ

「髪切ってたらどうする?」
「ダメですよ、切らないでください」
「じゃあ伸ばすのは?」
「んー、それは有りですね」
「ふーん、そうなんだ」

Lの、自分の外見に対して持つこだわりを知り、メロは甘い菓子を噛みながら彼に体を預けた

「予定は未定っていうのは無しだよ?」
「わかっていますよ。おまえとの約束は最優先です」

Lは神経質な細長い指で彼の明るい髪を丁寧にとき透かした

そのあと会話が途切れ、人肌の心地良さに腕の中でメロが眠ってしまっても、Lは窓の外に流れる情景を目に映しながら、ずっと彼の髪を撫で続けていた

やがて車は空港の敷地内に入り、ゆっくりと停止した

ワタリがミラー越しに後部座席のLを見た

その視線に気付いたLは、メロを抱いたまま人差し指を口元に当てた

「きっと夕べ眠っていないのでしょう。飛行機を待たせておいてください。もう少しこのまま、寝かせてやりたいのです」










「別れ際の愛情」ー終ー
2017.3.12 ブダペスト上空にて執筆



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