「Lとニアの会合」−4P
「……」
ニアは衝撃を受けたように固まった表情で、テーブルの上に飾られた一輪の水仙を見つめた
Lはしばらく黙り込んだ
「……。今のはやっぱり嘘ですね。自分でも意外ですが、私はどこか、あなたの母親に闘争心を抱いているんだと思います」
想定外の言葉にニアは悲観的な、憂いに満ちた目を驚きで微かに見開かせた
Lにとってはメロが特別で、私情を絡めて成り立つその相思相愛は彼だけに向けられる特有のものだとニアは認識していた
Lがメロに抛(ナゲウ)つ様ー(擁護に執念を燃やす父性、もしくは深い慕情を抱く恋人のようなそれ)ーは、施設にいる他の子供たちも見ていて、だからLがメロに示すその態度を見る周囲はおのずとメロの発する言動に信頼を置き、彼の後に付いて回り、彼に従った
激情任せの良からぬ言動を振るうという短所もあったが、それは周囲に対しても自分に対しても裏表のないいわば生粋の素直さであり、本気で殴ってきたかと思えば次の瞬間、情に溢れた両手を差し向けて突然に包み込んできたりするのだ
動のエネルギーに満ちたメロには、何もせずとも周囲を惹きつける強烈なカリスマ性があった
ニアは、自分の中には備わっていないメロのその天性にLは惹かれているのだと感じていた
決定的な協調性と愛嬌の無さを悲観したり、自分の短所だと考えたことはなかったが、それが自分に対する、周囲の関心を削ぎ落とす要因だという認識は出来た
だから自分が施設を去るとしても、驚きこそすれど、嘆いたり悲しむ人間などいないだろうとニアは思っていたのだ
それなのにー
ニアはLの口から出た言葉の意味を素直に頭の中で消化することが出来ずに、放心したように固まった
私の母親に闘争心を抱く?
どうして、そんなことを言うんだ?
私が、何だというんだ?
あなたにとって、私がー
「ですがまぁ、私の負けです」
Lの結論付けに摸索中のニアははっとして、彼に視線を戻した
「どれだけ思い入れがあろうと、所詮産みの親には敵わない。……が、何処にいても私はあなたの幸せを願っています。幸せになってください…ネイト」
ニアの応答を待たずに、終止符である別れの言葉は告げられた
それはニアに葛藤を持たせないよう出来うる配慮であり、また嫉妬を起こした自分の未熟さを断ち切りたいがゆえの、Lによる強制的な幕の閉じであった
Lは話に区切りがついた頃にウェイトレスがホットチョコレートと共に持ってきた、じゃりじゃりとした食感のクリームで固められた病的な甘さのチョコレートケーキを無言で頬張った
ニアは彼の食事が終わるのを、耐えるように押し黙って待った
湿っぽい葬式のような茶会が終わると、二人は施設に帰っていった
待つ間、Lが好きだと言ったそのケーキをニアは一口食(ハ)んだが、味など覚えていなかった
しかし会話のない帰途で、二人は来た時のように変わらず手を繋いでいた
急に風が強まったり、青空と太陽が覗いたり、雨が降ったり、ころころと変わる二月の空のいたずらからニアを守ろうと、Lはメロにするみたいに広げた腕で傘を作り、彼を覆うようにして自分の傍らに抱き寄せ歩調を合わせて歩いた
会話はなかったが、不思議と居心地の悪さは感じなかった
Lが今、何を考えているのか知りたくて彼をちらりと仰ぎ見ても、淡々としたいつもと同じその表情からは何も読み取れなかった
ニアはLに強い憧れを抱き、彼のようになりたいと今日まで頭脳に磨きをかけてきたが、そのもっとずっと奥の彼の本質ー(人間性や、元来の人となり)ーには、これまで着目していなかった
多くの人間と同じく、彼が見ていたのはモニター越しに見る完成された『L』で、それを操るのが、今横で歩くこの生身の人間だという当たり前の認識が欠けていたのだ
冷ややかなコンピュータの中のLではなく血の通う彼の手を知り、例えわずかでも愛されていると知った時、ニアの中の『L』が変わった
もちろん明確な何かを見つけたわけではなく、小さな胸の中には釈然としない思いもあったが、少なくとも幼い彼にとってそれは不快なものではなかった
むしろ繋いだ手と同じく温かで、凛とした強さがあったのだ
「Lとニアの会合」
ー終ー
2017年2月27日-
ウィンチェスター大聖堂にて執筆
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