Twice_10


彼女の決断は、自分のためでもあり、わたしのためでもあるんだろう。

わかっていても、どうしても辛くて、泣きながら考え込んだ二週間。

もう彼女の意思が曲がらないことがわかっても、考えずにはいられなかった。

だけど、その辛い時間を支えてくれた、あなたが居たから――――。
















Twice.











10.










「荷物、これで全部?」

「うん。あとは、タケちゃんがやってくれるって……手続きとかも、全部」


「そっか……良かった。タケ兄見直しちゃったな!」

「……うん、あたし……元気、もらったよ。伊織ちゃんのいとこだけ、あるね」


それは褒めすぎだよって笑ったら、千夏さんも同じように笑ってくれた。

千夏さんが入院を決意したとわたしに報告してから二週間。

わたしと千夏さんは、病院の出入口前で、名残惜しい時間を過ごしていた。

あの日の帰り道は、侑士に泣きじゃくって話を聞いてもらった。

侑士はすごく心配して、わたしと一緒に病院の先生に話を聞きに行ってくれたけれど、先生がわたし達に告げたのは、本人のためにも、それが一番いいということだった。

なるべく彼女が辛くないように、こちらも努力しますと約束してくれた……それで、少しだけ楽になった。

二週間のあいだ、それでも考えずにはいられなかった……だけど、侑士が動いてくれたおかげで、わたしは元気に彼女を送り出すことが出来る。


「あのね、伊織ちゃん」

「うん?」


「……タケちゃん、本当にいいのかな……あたし、みたいなので……」

「……千夏さん。千夏さんは、すごく素敵な人だよ!そんなに自分をいじめたら、可哀想だよ」


「……でも、傷つけたのに」

「だけど、嬉しいでしょ?」


わたしが少しだけからかうようにそう言ったら、千夏さんは赤くなりながら、小さく頷いた。

侑士は精神的に追い詰められつつあったわたしを心配して、うちの母に、いつの間にか事情を話していた。

それを聞いた時、わたしは勝手なことした侑士に怒ったけれど、母が理解を示してくれたおかげで、変な嘘をつかなくて良くなった。

そしてその話は母から突然千夏さんに振られて落ち込んでいたタケ兄に伝わり、事情を知ったタケ兄はなんと、わたしにはなかなか会えないことに不安すら覚え、侑士に会いに行ったのだ。

そして、侑士と話したんだろう翌日に、千夏さんへの手紙を侑士に託けた。

侑士からその手紙を受け取ったわたしは、内容のわからない手紙を千夏さんへ渡すことが本当に怖かったのだけれど、侑士が、あの人なら大丈夫に決まっとるってわたしを強く説得して、千夏さんへ手紙を渡すに至った。

……そして今、千夏さんの左手の薬指に、小さいけれど、綺麗なダイヤが光っている。

手紙の中には、激励の言葉と、最高のプロポーズと、指輪が同封されていたのだ。


「退院したら、すぐに結婚式だね。それまでタケ兄、マイホームとか、新婚旅行とか、結婚式もあるから、死ぬ気で働くぞ〜!!って、超〜張り切ってたよ!!あ、あと、週に一回は必ず手紙を書くって。わたしが託ってくるからね」

「うん……それって伊織ちゃんに、週に一回会えるってことだよね?嬉しいな……」

「うん!わたしも、先生がそれを許してくれて、ほっとしてる。早く退院して、幸せになろうね」

「うん…………あ、伊織ちゃんも、ね」

「え……?」


千夏さんがわたしの頭を通り越して遠くにある正面玄関の入り口辺りを見遣った。

千夏さんの視線を辿るように振り返れば、壁からひょこっと黒髪の後ろ頭が見え隠れしていて、わたしを待ってくれているんだと思うと、じんわりと胸が暖かくなる。


「あ、ちょ、千夏さん誤解してるけど、それは絶対ないから!」

「でも……伊織ちゃんは、好きなんでしょ?」

「そ……だけどあいつは全然なの!いいんだよ!わたしのことは!そのうち誰かと幸せになるよ!」

「……でも……侑士くんがそれに、気付いてないわけないと思うけどな……」

「見くびっちゃだめだよ〜!!意外に超鈍感だから。はいはい、この話はおしまい!」


最近はだいぶ状態が落ち着いてきたおかげで、千夏さんが前に関係を持った相手の名前を出しても、そんなに動揺を見せることはなくなった。

本当は葛藤しているのかもしれないけど、それは、コントロール出来るようになっているという事かもしれない。

タケ兄という、一身に千夏さんに愛を注いでくれる男性の力も、関係しているのかもしれないけれど。

わたしが顔を赤くする前にぴしゃりと話を終わらせると、千夏さんはくすくす笑いながら、そろそろ、と呟いた。


「そうだね……」やっぱり寂しくて、俯いてしまう。

「伊織ちゃん」

「うん?」


千夏さんはわたしに近付いて、そっと頭を撫でるように触れてきた。

本当は優しくて素敵な女性だとわかる今では、千夏さんのその手が暖かくて、涙が出てしまいそうだ。


「本当に、ありがとうね。今まで……」

「ううん。……ていうかわたし、役に立ったのかな……」


声を潤ませたわたしに、泣かないで、とハンカチを差し出す千夏さんに、余計に煽られて、涙が止まらない。

千夏さんはわたしの頭を何度も撫でながら言った。


「役に立ったなんて、そういうことじゃないよ……ね、伊織ちゃんの存在はね、あたしにとって希望だった。伊織ちゃんが助けてくれるって言ってくれたとき、本当に嬉しかったんだ。こんなあたしに、一緒に闘おうって言ってくれたのは、伊織ちゃんが生まれて初めてだったから。今までたくさん裏切ったのに、ずっとあたしのこと支えてくれて……本当に、ありがとう」

「……っ……千夏さん……早く、退院して、一緒に遊ぼうよ……で、オムレツ、食べよう?」


「うん!伊織ちゃんのオムレツ美味しいもん。大好き。あのレシピマスターしたら、タケちゃんに一番に作ってあげようって、思ってるんだよ?」

「うん……うん、その時は、わたしも食べに行く、からっ……」


泣きながら告げたら、千夏さんはにっこりと笑って頷いた。

楽しみだね、なんて言いながら、ポケットを探る。

わたしがそれに気付いて目を向けると、千夏さんは照れくさそうに笑って、ポケットから手を出した。

そこから出てきた、手の中にあったのは、赤い、お守り……。


「千夏さん……これ……」

「うん、伊織ちゃんが、幸せになれますように……と思って」

「……千夏さ……っ」

「あ、泣かないで……。なんていうか、こんなものしか、あげれないのが悔しいんだけど……思いつかなくて」

「そんな、嬉しいよ……ありがとう……千夏さん……」

「伊織ちゃん……あたしね、伊織ちゃんに会えて、本当に良かった」

「……っ、……」

「大好きだよ。伊織ちゃんのこと。だから伊織ちゃんの恋も、応援してる。ほら、待ってるから、もう行って……きっとね、ふたりはうまく行くって、あたし、思う。だから伊織ちゃん、勇気が出たら……これ持って、言っちゃえ!……あたしのパワー、入れといたから!」


うんうんと頷くわたしに、千夏さんは背中を向ける直前、そっと頬に唇を寄せてきた。

キスをされた初めての人が千夏さんになった事実に、わたしは目を真ん丸にして、笑顔で消えていくその背中に、思い切り手を振って、見守った――。












「伊織……」

「……侑士……千夏さん、行っちゃった……」


「ん……せやな……せやけど、毎週会いに行くんやろ?そないな顔したあかん」

「うん……っ、うん……」


「よしよし。もう泣きーな……な?」

「うん……っ」


正面玄関で待っていた侑士に元に走って、ぐずぐずとそう告げたら、毎度わたしが泣いたときの対策なのか、侑士はいつもみたく、頭をふんわりと撫でてくれた。


「な、伊織。時間あるやろ?ちょっと見せたいとこあんねん」

「え……うん、大丈夫。どこだろ……」

「それは着いてからのお楽しみやあ〜」


ハンカチをわたしに差し出すと、侑士は鼻歌でも歌いだしそうな勢いでわたしの背中を押した。

部活もないのにテニスバッグを持ってるとこからして、きっと、テニスをしに行くんだろうなと思う。

少し落ち込んでしまっているわたしを元気付けようとしてくれていることが嬉しい。

病院を後にするのが名残惜しい気もしたけど、来週、また会えるからと自分に言い聞かせて。

渡されたハンカチで涙を拭きながら侑士に付いて行った……わたし、侑士のハンカチ、何枚濡らしただろ。

つい、考えてしまう。


それから、約一時間弱だ。


「……ねえ、侑士……い、いつ着くの……はぁ、はぁ……しんどいんだけど……」

「お前運動全然してへんな?あかんでこんなんでそんな息切らしとったら」


「ばっ……毎日あんな鬼みたいな練習してるあんたと一緒にしないでよ!わたしはねえ、帰宅部なの!!」

「ほれほれ、そないして声出しとったら余計に体力使うで?もうすぐやから頑張り〜。ほれ、荷物持ったる」


「う……ぐぅ……」

「しゃんしゃん歩くで〜」


駅まで戻って、バスに乗ってから40分。

そこから何故か、わたしは山登りをさせられていた。

こんな山の中にいいテニスコート場でもあるんだろうか。

ありそうで怖いんだけど、ここでこんなに体力使ってテニスとか普通に無理なんですけど……。

だけど、侑士の好意を無駄にすることなんて出来ないし……ああ、ごちゃごちゃ考えるだけで、余計に疲れてしまいそう……。と、思いながら数分過ぎた時だった。


「ほれ伊織、着いたで」

「え……なに?頂上?」


「あほか。頂上はもっと上や。ほれ、見てみ」

「え……っ……えっ!!」


次の瞬間、わたしは今までの疲れも忘れて、「きれーーーーーーー!!」と叫んでいた。

登り終えたその場所には小さな公園があって、公園に入って少し歩くと、麓にぎっしり、花畑が出来ている。

本当にぎっしり、ピンクも、黄色も、白もあって……わたしは、思わず侑士を見上げた。


「な、綺麗やろ?」

「こ、よく見つけたね!ここ!」


「せやあ。あんな、ネタばらしやねんけど、俺、将来プロポーズはここでしよって思っててん」

「は……?」


「ん。まあせやけど、それはやめたんや。もっとええプロポーズ思いついたからな。せやからまあ、ここは伊織にやるわ。今まで誰にも教えへんと思とったけどな。お前よう頑張ったし」

「はいはい、そうですかそうですか。じゃ、ありがたくこの穴場、いただきますよ」


素直でええなあ、と侑士はいたずらっ子のように笑う。

なんだかんだ言いながら、侑士が元気付けてくれようとしていることは伝わってきたから、その憎まれ口もなんだかくすぐたかったし、結局わたしは、侑士と居れることが嬉しかった。


「よっしゃほな、はじめよか」

「え?あ、無理無理、休憩させて!しんどいって!」


「はあ?何言うとんじゃお前、ほれ、これ広げんかい」

「え……」


てっきりテニスをするんだとばかり思っていたら、侑士はテニスバッグの中からランチョンマットを出してきた。

ぎょっとして侑士を見返したら、はよ、とわたしを急きたてる。


「侑士……あの、……」

「お腹ぺこぺこや……ほな、はい、ここ座ってな。俺、こっちな。そっちんが涼しいから」


「……うん、ありがと……あの、侑士、これって……」

「なんや素っ頓狂な顔しよって。ピクニックやんけ。楽しまな損やで?あとでテニスもするで〜」


ピクニック……な、なるほど。ていうか、テニスはやっぱりするんだ……。

ちょっと意図があまり読めないのだけど、いつの間にかコンビニで弁当とか買ってきたんだろうかと思っていたら、これまたテニスバッグの下のほうから、ぼっこりと大きなお弁当箱が飛び出した。

懲りずにぎょっとしてしまう。も、もしや……これは……


「ほれ、ぎょーさん食べてな。朝から頑張って作ってきたんやから」

「えー!侑士が!?」


「なんやその声。俺かて料理くらいするっちゅうねん」

「わー、嘘みたい……信じらんない……え、なんで?嬉しいよ、ありがとう」


そら良かったわ〜、とのらりくらり答えながら、紙コップにお茶を注いでくれる。

至れり尽くせりなこの状況に戸惑いながらも、侑士の作ったお弁当は本当に美味しそうで、思わずお腹がぐるるる、と音を立ててしまいそうだった。

お茶を手にして、侑士がそれを少しだけ前に掲げる。

ぽす、という紙コップらしい音で乾杯をした後、侑士が真面目な顔してわたしに言った。


「ホンマに、お疲れさん」

「……あ、やだな、なんか照れるよ。なに真面目な顔してんの〜!」


「あかんあかん、茶化したあかん。俺、今日は一世一代の大イベントくらいに思とるしな」

「はあ?ピクニックがあ?あ、お弁当が、かな?でもホント、侑士の手作り弁当とかレア過ぎるね!」


笑いながらお茶を飲んだら、侑士も苦笑しながら、やって……、とぽつりと呟いてお茶を飲む。

首を傾げて侑士を見たら、また真面目な顔して、こっちを見た。


「今まで伊織も作ってくれとったやん。俺のために」

「へ……」

「やで、お返しのつもりや」


――心臓が、飛び出すかと思った。

咄嗟にぶるぶると首を振って、


「い、いやいや、あれはいつもうちの母さんが作りすぎたりとか、晩御飯の残りとか……!」


そんなこと、今更言うまでもなく、侑士だってわかってるはずなのに。

お茶を噴出しそうなくらい慌ててしまってパニくっていたら、侑士はわたしに笑うでもなく、何故かせっかく広げたお弁当に蓋を閉めて横に追いやった。

え、とまた顔を上げたのも束の間、侑士がそそっと、わたしとの距離を縮めて座ってくる。

一気に心拍数があがって、どうしていいかわからなくて。


「弁当は、ちょっと後でな」

「……ど、ど……、どうしたの……」


「伊織やったやろ?作ってくれとったの」

「いや、だから、違うって!いきなりなにその誤解!」


「誤魔化さんでええって。俺なー、舌肥えてんねん」

「は、はあ?」


ドキドキを悟られないように必死になっている自分が恥ずかしくて、何度もお茶を呷っていたら、侑士がぷっと吹き出した。

何がおかしい!と言わんばかりに睨んだら、物凄く意地悪な顔でこっちを見ていて……。


「やって弁当の煮物、おばちゃんの味ちゃうねんもん」

「……っ!」


「全然あかんわあんなん。おばちゃんの食べたら、ウンマー!なるとこ、弁当やとなんかちゃうなあ〜って思っててん。自分、もっと料理勉強したほうがええな?」

「……っ……」


明らかにわたしのはマズイと言われているんだと、その直球さに思わず言葉を失って、侑士から視線を逸らして俯いてしまった。これじゃ、わたしが作ってるって認めたようなもんだ。

……さっきまで止まっていた涙が、ゆっくりと遡る……美味しく、なかったのかな……。


「変な味や〜、なんや幼稚な味や〜って思とったわ〜。やっぱり伊織が作っとったんやろ?」

「………………っ、不味……かった……?」


追い討ちをかけるような侑士の言葉に、かなり深刻なショックを受けている自分がいた。

やばい、泣いたら今まで積み上げてきたわたしの立場が全部台無しになる。

わかってるのに、感情の波が止まりそうになくて。

このままじゃ本当に泣き出してしまうと、背中を向けようとしたときだった。

突然、腕を掴まれて、はっとした瞬間、侑士にぐっと引き寄せられた。


「……ゆっ……!」

「堪忍……ちょお意地悪したなった……全部嘘やで?……めっちゃ美味かった……伊織やってわかった時も、めっちゃ嬉しかったよ……」

「……え」


侑士の肩に頭を預けるような格好で、わたしは片腕で侑士に包まれていた。

信じられない状況に、冷めかけていた胸の高鳴りが熱を持って押し寄せてくる。

侑士の顔を見上げようとしたら、それを遮るように、頭を鎖骨あたりに押さえつけられて。


「あかん。今はあかん、もうちょい待ちい」

「侑士、あの……」


「……ちょ、ちょお待ち、俺に先に言わせてくれ」

「えっ、え……待って、待って、何を!?」


「何をってお前……そんなん、わかりきっとるやないか……」

「……わ、わかんないよ!わかんないよ全然!?だって、有り得ないもん!有り得ない!!」


「だー!やかましい女やな!なんぼ言うたらわかんねん!恋愛に絶対はない!」

「……そ……、だって……!」


すでに、声が震えてしまっていた。

体が熱くなっていくのが、自分でもわかる……侑士の鼓動さえ伝わってくるよな気がして。

信じられない、絶対にないって思ってた瞬間が、今から訪れる……?

嘘だ……夢じゃないかって、何度頭の中で反芻したって、鮮明に見えるこの花畑が、夢なわけもなくて。


「……伊織」

「は、はい!」


「……っ、…………信用、してもらえるか、わからへんけど……」

「…………っ、……な、なに……?」


「……っ……」

「………………侑……士――ッ!?」


なかなか次の言葉を口にしない侑士に胸が張り裂けそうで、体を少し揺らしたら、侑士はばっとわたしの両肩に手を置いて、鼻と鼻がぶつかるくらいの距離に顔を合わせてきた。


「――好きや」

「……っ!」


――――それは、ずっと。


「……っ、う、うそ……」

「好きや……伊織のこと……好きんなった……もう、お前のことしか、考えられへんし、俺……」


……ずっと、ずっと、わたしが求めていた、侑士からの言葉。


「………………っ、そんなっ……」

「な、泣くなや!」


嘘みたいだ……やっぱり、信じられない……夢じゃないかって思う。


「だって……!」

「と、とにかく、…………せやから、俺と……」


「侑……っ!?」

「……付き合ってください――――ッ!!」









両肩から手を離したと思ったら、侑士はわたしに土下座をしてきた。

慌てて頭を上げさせると、「付き合ってくれる?」と子犬のような目で見上げてきて……。

涙ながらに苦笑して頷いたら、安堵の溜息を漏らしながら、めっちゃ緊張した〜……と嘆いていた。

緊張の波が一気に解けたのか、侑士はその直後にぐーっとお腹を鳴らしてきて。

それに顔を見合わせて笑いながら、わたし達はそそくさと傍にある弁当を広げて食べ始めたのだ。


「侑士……なんとなく気付いてたりしたの?」

「何を?弁当?」


「それもだけど……わたしの、気持ち、とか……」

「……知らんかった……弁当のこと知ったとき、気付いた感じ」


堪忍な……とわたしを見つめる侑士にドキマギして、強く首を振った。

侑士の手作り弁当を食べながら今日に至ったその経緯を聞いた後、母さんのアホ!とか、宍戸のヤツ!とか、いろいろ思いはしたものの、結果よければ全て良しとは、よく言ったモンだと現金にも思ってしまう自分がいる。


「なあ、美味いか?」

「あ!うん!超美味しいよ。ありがと……あ、でもこれ、ちょっと歪な形だね〜」


「せやあ、途中からもうどうしてええかわからんようなってん。今度、教えてな?」

「あはは。それって、また作ってくれるってこと?」


「おー。伊織が望むならなんでもしたるよ」

「……っ……あ、うん……あり、がと……」


卵焼きを掲げたまま、その言葉に真っ赤になって俯いてしまう。

絶対に手に入らないと思ってた侑士の口から、そんな甘い言葉が聞けるなんて信じられなくて……。

侑士も侑士で、今まで親友やってたおかげで調子が狂ってしまうのか、小声で、そんな真っ赤になりなや……とわたしに呟きながらも、自分こそ赤くなって俯いていた。


やがて、食事も終えてふたりでぼんやりと花畑を見ていたら、侑士がそっとわたしの手を握ってきた。

びくん、と大袈裟に震えたわたしの肩を抱いて、ガチガチになっているわたしの頭を撫でる。


「伊織……」

「はは、は、はい」

「ちょお、そろそろ慣れてくれへん?って、お前が言うなって感じやろうけど……俺もめっちゃガチガチんなっとるな……忍足侑士の名が廃るわ……な、ちょお肩の力抜いて」

「だだだ、だ、そ、そうね。そうだよね。いや、はは。侑士の顔、見れない……」

「まあまあ、そう言わんと……」


正面の花畑を見たまま固まっているわたしに呆れるような声を出しながら、侑士がぐぐい、とわたしの頬を掴んで真横に向ける。

必死に目を逸らしてみても、侑士がこっちをガン見しているのがわかるから、何故だか泣きそうになってしまう。

どうしよう、どうしよう、こんなに至近距離で……キ、キ、キスするのかな……するんだよねっ……多分。


「……ゆ、ゆ、侑士、その……」

「そんままでええから、聞いて」

「は、はい……」

「今まで、ほんまに、堪忍」

「……そ……侑士が謝ることなんか、なにも……」

「せやけど、知らんとこで傷付けとったと思うわ……やで、堪忍」

「…………っ」


侑士の真剣さに気圧されて、わたしもゆるゆると侑士に視線を合わせた。

合わせると、やっとこっち見てくれた……と少し優しい表情になった侑士に、ドキドキが止まらなくなる。

どうしよう。

今でもこんなに好きなのに、もうこれ以上はもたないよ……でも、これからもっと好きにさせちゃうんでしょ?

……侑士……わたし、多分、一生抜けれないよ、あなたから。


「……これから、傷付けんように、するつもりやけど……」

「い、いんだよ、侑士、そんなの……」


「ん……せやけどな、俺となんかあっても、信じとって欲しいんや」

「え、うん……、う……?」


「俺が、めっちゃ伊織のこと、好きやってこと」

「!」


「……めっちゃめっちゃ、好きやで……ホンマ、信じてな?」

「……侑士――っ……」


ゆっくりと近付いてきた唇にそのまま体ごと押し倒されていく。

最初は触れただけの唇が、少し角度を変えて、もう一度落ちる。

わたしを見つめる侑士の瞳が、見たことのない熱さで揺れていて、わたしの想いも、張り裂けそうになった。


「……侑士」

「ん……?」


「わたしも、何があっても、侑士が好きだよ……」

「あ……それ、知っとるわ……」


「もう、真面目に言ったのに」

「うん。めっちゃ嬉しいから、照れ隠しな?」


侑士の大きな背中に手を回して、抱きしめると伝わってくる侑士の鼓動が、わたしのそれと重なって。

何度も自分の唇に重なる侑士の吐息が、酷く熱かった。

愛を確かめ合う度に、侑士の想いに泣きそうになる。

わたしがそれを感じ取る度に、ポケットの中にあるお守りが、じんわり熱くなっていく気がした――――。





to be continued...

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