ダイヤモンド・エモーション_12


12.


「忍足と飲みに行ってくる」と、雅治さんは電話口で微笑んだ。
家族と縁を切ると決めてから2日後の木曜日、21時のことだった。明日は、雅治さんの実家にお邪魔することになっている。
とはいえお邪魔するのは夕方からなので、お互い朝から仕事だ。こんなに遅くから飲みはじめて大丈夫だろうか、と、少し心配になった。雅治さんはお酒にかなり強いので、問題ないとは思うけども。

「忍足さん、お店に来られたんですね!」

雅治さんは、忍足さんが大好きだ。彼のことを話すとき、雅治さんは決まって優しい顔になる。だから心配しつつも、その報告は嬉しかった。

「すまんの。もう夕食もつくってくれちょったじゃろ。明日の朝に食べるから、置いとってくれ」申し訳なさそうだった。その優しさに、胸がうずいてしまう。
「ふふ。気にしなくて大丈夫ですよ。冷蔵庫に入れておきますね」
「ああ、ありがとな」

こういうときにメッセージではなく、わざわざ電話してくれるところも、好きだ。わたしのご機嫌とり、という部分もあるだろうけど、雅治さんの意外な真面目さが表れているではないか。それだけ大切にしてくれているということも、十分に伝わってきた。

「では、楽しんできてくださいね」
「ああ、ちょい待ち、伊織さん」
「はい?」
「一応、言うちょく。忍足の彼女も一緒だ」
「は……あ、え?」

なんのためにそんなことを言っているのだろうか、と思う。早く飲みに行きたいだろうからと簡潔に電話を切ろうとしたというのに、雅治さんはそれを止めてまで、謎の報告をしてきた。見られてもいないのに、首をかしげてしまう。
正直、なんでもいいのですが……。

「あとでわかったら、伊織さん、嫉妬するかもしれんからのう。女がおるって報告は、一応しちょこうと思っての」ふっと笑っておられる。はいー?
「なにをおっしゃってるんですか、自惚れの強い人ですね。忍足さんの彼女に、わたしが嫉妬するはずないじゃないですか」

というか、まさか忍足さんの彼女って同僚2号じゃないですよね、と、言いそうになった。雅治さんがなにも言ってこないところを考えると、さすがに、それはなさそうだ。こう言っては2号にナンだが、忍足さんがあの2号に興味があるとは、到底、思えない……。
もっとこう、確たるものがある女性が好きそうだと、わたしは勝手に判断している。
ん……ということは忍足さんは、彼女がいながら合コン参加したのだろうか……まあ、別にいいんですけど。

「ほう? ちゅうても、伊織さんが嫉妬深いのは俺がいちばん、よう知っちょるからのう」
「どこまでも幸せな人ですね、本当に」雅治さんが嫉妬してほしいだけでしょう? と言ってしまいたくなったけれど、やめておいた。長くなるからだ。
「強がるのう」

雅治さんがそう言った途端、お互いくすくすと、電話越しに笑い合った。
電話を切るのが名残惜しいと感じていることがわかって、照れくさい。

「じゃあ、先に寝ちょって。なるべく起こさんように帰るき」
「はい、わかりました。楽しんできてくださいね。忍足さんと彼女さんにも、よろしくお伝えください」
「ああ、わかった。おやすみ」
「おやすみなさい」

電話を切った。雅治さんと付き合ってから、はじめてのひとりの夜だ。寂しいような、少し、のびのびできるような……なんて言ったら怒られそうなので、寂しいと自分に言い聞かせながら、わたしは23時にはベッドに入った。
しかし、である。
ベッドで眠りこけていたとき、わたしのスマホが大きな音で鳴り響いて、目が覚めたのだ。液晶を見ると、「雅治さん」と表示されていて、寝ぼけつつも目をまるくしてしまった。
どういうことなのか。と、逡巡した。「おやすみ」と言ってなかったか……? 

「ん……雅治さん? どうかされましたか?」

目をこすりながら電話に出る。時計をみると、深夜1時を過ぎていた。
が、その相手は雅治さんではなかった。

「あ、伊織さんですか!? ろっ子ですー!」
「え」

電話の相手はご本人曰く、ろっ子さんというアシスタントの方だった。
雅治さんを心の底から尊敬している、スタイリスト修行中の美容師さんだ。

「すみません、夜分に……あの実は、仁王さん、ベロベロに酔っ払っちゃってて……」
「は……え!?」

いよいよ今度こそ、しっかりと目が覚めた。すぐに頭が機能しだすのと同時に、2点、気になることがある。
まず、雅治さんは、「忍足と飲みに行く」と言っていたはずで、さらに「忍足の彼女も一緒だ」と言っていたのに、結局そこにスタッフも呼んだということなのだろうか。状況が謎である。
それと、もう1点……ベロベロとは、なにごとなんですか!? これまた状況が、謎じゃないですか!

「べ、ベロベロ……で、ですか!?」
「そうなんです、すみません……止めたんですけど、今日は酒がうまいって……あの、ともかくいまからタクシーで送りますので、悪いんですが、マンション前で待ってていただけますか。たぶんー、15分後くらいだと思います!」
「は、はあ……わかりました。すみません、お手数をおかけして」
「いえいえ、大丈夫です! って、に、仁王さん!? そっちじゃありません! あ、ではのちほどー!」

ブチッ、と電話はそこで切れた。「はあ?」と、つい声が漏れでていく。
愕然としてしまう。奥のほうで、ほかのスタッフさんの声も聞こえた。というか、最後のは、なに? 道を間違えるくらい、酔っているということなのか。
わたしは起き上がってすぐに部屋の電気をつけ、恥ずかしくない程度の部屋着を探した。まさかパジャマのまま出るわけにもいかない。相手が雅治さんだけならまだしも、確実にろっ子さんはいるのだ。
それは、少し気の早いわたしの焦りだった。なんというか、そのうち雅治さんの妻になる身としては、夫が恥ずかしくないようにすべきであって……なんて。そんなことを考えてしまうのだから、どうしようもない。雅治さんの「妻」……夢みたいだと思うと、こんな状況だというのにニヤけてしまう自分がいる。ああ、そんな場合ではない、あと15分しかないのだから。 
きっかり15分後に、マンションのエントランスを出た。ほどなくして、マンション前の道路に2台のタクシーが停まる。なんで2台……? と思いつつも、きっとあれだ、とすぐにわかった。1台目のタクシーの助手席に、ショーでわたしをいびり倒した、リーザさんというモデルが乗っていたからだ。
ちょっと待ってほしい。どういうことなんだろうか。というか、あんな美女と一緒だったというのに、その報告はなぜしてくれないんですか雅治さん! いいですけど、別に! 

「仁王さん! 着きましたよ!」
「おう……まったく……大丈夫じゃって……言うちょる、のに、お前ら、揃いも揃って……世話焼き、じゃのう」

まったく大丈夫じゃないのが、その口調からもはっきりとわかって、わたしは若干、青くなった。
あんなに酔っている雅治さんは、見たことがなかったからだ。ふらふらと、男性スタッフに寄りかかって支えられているではないか。足もとがおぼついてない。まるで忘年会の迷惑上司状態である。

「いやいや仁王さん、すっげえ酔ってますからね!?」
「つか仁王さんのマンションすげえー、でけえー、夢あるー」

2台目のタクシーから、男性スタッフ陣が出てきた。美容院スタッフ総出、ではないけれど……ひょっとして、みなさん心配して送ってくださったのだろうか。それとも、みなさんこっち方面でご近所なのだろうか。どっちにしても、だ。
もう、雅治さんっ! こんなに貸しを、いや借りを、つくって! なんたる醜態ですか!

「ああ、うるさいのう……」

まるでわたしの心の声が聞こえたように、雅治さんがぼやいている。
うるさいのう、じゃないんですよ! なにがあったからって、こんなことになっているのだ!

「あ、伊織さん!」

ろっ子さんがタクシーから降りた瞬間、さっそくわたしを見つけて声をかけてきた。
わたしは慌てて会釈をした。こういうときは、夫に変わって妻のわたしが謝罪すべきかな、と、また浮かれたことを考えそうになる。

「すみません、遅くに……お部屋にたどり着ける感じがしなかったので……仁王さん、このとおりなんです」
「いえ、こちらこそ遅くまですみません」

謝りつつも、わたしは背筋が凍るような思いだった。助手席から降り立ったリーザさんが、じっとりとわたしを見て威嚇していたからだ。
うわああ、面倒くさい。わかってはいましたが、す、好きでしたよね、雅治さんのこと……。怖い……。
ゾゾゾ、とその視線から逃れようと思いつつ、わたしは雅治さんに近づいた。すると、ふらふらっと頭をあげた雅治さんが、ようやくわたしに気づいてくれた。

「伊織さんじゃ……」
「雅治さん、どう」

そのぼんやりとした視線に、どうしちゃったんですか? と、言いかけたときだった。そこにはリーザさん、そしてろっ子さん、ほか、男女スタッフあわせて計7人もいた、というのに。
雅治さんは、ふらふらさせていた体をすっと起こし足早にこちらに向かってくると、ガバッとわたしに抱きついてきたのだ。

「ひゃっ!」
「うおっ」

突然のことに、全員が一瞬、声をあげた。
深夜1時を過ぎて目をひんむいたのは、生まれてはじめてかもしれない。わたしは完全に、固まってしまった。しかしそれは当然、わたしだけではなかった。

「ちょ……! ちょっと、雅治さっ」
「かわいい、伊織……好きじゃ、かわいい……伊織、愛しちょる……」

言いながら、チュッチュ、チュッチュと、頬にこめかみに首筋に……。
雅治さんが、あきらかな奇行を取りだしたことで、目の前のスタッフさんが全員、ポカーンとしている。もちろん、それはリーザさんも同様だった。
一方のわたしも、あまりの驚きに、体が動かない。
な……なにをしだしているんだ、この人は! こんな、こんな、こんな、大勢の、知った人の、前で……!

「ちょ、雅治さんっ!」
「好きじゃ、かわいい……伊織、俺の伊織……」
「だ、ちょ、な、ちょっと!」ままま、待ちなさい、正気ですか!? という声が、出てこない。
「愛しちょる、かわいい、好きじゃ……伊織」

同じことを何度も何度もくり返しながら、まったく止まる気配がない。
わたしが「ちょ」とか「まっ」とか「やめ」とか声をあげても、これほど無駄だと思ったことはない。
やがてその奇行が30秒ほど超えたとき、リーザさんを皮切りに、スタッフさんたちが苦笑いしながら、ぽつぽつとしゃべりはじめた。

「ねえ、ろっ子……あの人ホントにどうしちゃったわけ!?」リーザさんの声が、近所迷惑なほど響き渡っている。
「最近は、もう、あのとおりです……だからリーザさん、あきらめてください」
「もう信じらんないっ!」
「好きじゃ、伊織……かわいい、伊織、好きじゃ」とはいえこれは、ちょっと……わたしも信じらんないです!
「ままま、雅治さん、ちょ……!」
「伊織、愛しちょるよ……」無理、もう無理、ホントやめて!
「あーあーあーあーあー……」
「オレの憧れが崩れてく……」
「殿、やっぱご乱心だわーウケるー」

顔面蒼白になってスタッフさんとリーザさんを見ても、当然ながら、誰も助けてくれない。とにかく全員が全員、「げんなり」「やれやれ」という顔をして、こちらを見ている。
死にたくなった。

「かわいい、伊織、好きじゃ……」
「ちょ、な、雅治さ、離れて!」とにかく、一回、離れて! と叫んでみるものの、
「離れん、かわいい、好きじゃ……伊織、愛しちょる」

あっさり断られた。なんの罰ゲームですか、これは……!

「ああもう幻滅……もっとクールな人だと思ってた!」リーザさんだけが、吠えていた。
「もうあきらめましょう、リーザさん」
「あたしの仁王さんだったのにっ! 最低!」ちょ、失礼ですがそれは、思い込みかと!
「幻滅してないじゃないですかー」ろっ子さんが、すかさずツッコんでいる。
「リーザさん、オレにしません?」
「嫌よ! アンタみたいなガキ!」
「ひ、ひっでえ……」

口々に好き勝手なことを言いながら、リーザさんを除いた全員が、いつのまにか笑いだしていた。
笑われている……雅治さんは笑われて当然だけど、これは絶対に、わたしも笑われている!
なああああ……なんでこんなことになっているのか、わからない! 雅治さんが、わたしにこんな恥ずかしい思いをさせるなんて、思ってもみなかった……!

「伊織、キスさせて……かわいい」
「ちょ、雅治さんっ! いい加減にしてくださいっ!」

怒鳴ると、ようやく体が少しだけ離れた。わたしが、息切れを起こしてしまっている。
しかし目の前の仁王雅治はそれをまったく無視して、子どもみたいにぶすっとしはじめたのだ。

「……なんでじゃ……伊織は俺のこと好きじゃないんか?」
「そ、そういうことじゃ、なくてですね!」
「好きです好きです、好きだから大丈夫っすよー、仁王さん」わたしが怒ったせいだろうか、男性スタッフさんが答える。まるで介護だ。
「そうそう、愛しの伊織さんは仁王さんが好きですよーはいはい」こちらも憐憫めいた声だった。
「……お前らには、聞いちょらん……伊織、かわいい」

そして雅治さんは全然、懲りてない様子で、また抱きついてきた。
も、とんでもない奇行だし、文脈も! バカなんですか!?

「す、すみませんあの、も、もうあの、大丈夫です、へ、部屋に連れ帰りますからっ! どうぞ、お帰りになってください!」というかいますぐ、帰ってください!
「ぷ……伊織さん、その、おひとりで大丈夫ですか? なんならお部屋まで手伝いますけど……ぷふ」

ろっ子さんが、必死に笑いを堪えながら聞いてくる。
ええいっ! あなたまでからかっておられますね!? 心の底から尊敬している人じゃないんですか!?

「だ、だ大丈夫です! なんなら台車で運びますし!」
「柔らかいのう、伊織は……」
「ちょ、やめ」
「ホント、バッカみたい。帰ろうよみんな!」リーザさんのいいぶんは、ごもっともだ。
「わかりました! んじゃ、旦那さんよろしくっすー」殿、と呼んでいたスタッフがひらひらと手を振った。
「伊織、好きじゃ……綺麗やのう」
「もう、雅治さんは黙って……!」

リーザさんは怒っていたけれど、ほかの全員が苦笑しながらタクシーに乗り込んで行くなかで、ろっ子さんだけが、まだ奇行をくり返している雅治さんとわたしのもとに、そっと近づいてきた。
ははははは、恥ずかしいから、離れてほしい……ろっ子さんじゃなくて、雅治さんに!

「伊織さん」
「なななな、なんでしょうか、ろっ子さん。すみません、ご迷惑を!」
「伊織……ずっと一緒じゃ」

雅治さんはまだ、ぶつぶつ、ぼそぼそと恥ずかしいことを連発していた。
完全に寝る前の子ども状態で、一応その体を支えつつも、わたしはろっ子さんに向き直った。

「いえ……あの、仁王さん、忍足さんたちと飲んでたんですけどね」
「伊織は俺だけのもんじゃ……」ああもう、本当にうるさい!
「忍足さんたちとの食事が終わったあとに、飲み足りないって、残業してたスタッフを呼んでくれたんです」
「え……」ぎゅうう、と絡んでくる雅治さんの腕が、苦しい。
「ちょうどそこにリーザさんが来てたので、一緒になって」
「そ、そうだったのですね、すみません、こんなことに!」
「伊織……愛しちょる」

いちいち入ってくる割り込みに、もう、穴があったら入って泣きたい……と、思ったときだった。
さっきまでからかっていたろっ子さんの顔つきが、ふっと、真剣になった。

「結婚することにしたって、おっしゃって。あんな仁王さんの幸せそうな顔、みんな、はじめて見ました。だから全員で、盛大に祝福したんです」

おめでとうございます、と、ろっ子さんは、小さく付け加えた。
微笑ましいと言わんばかりの顔で、仁王さんの背中を見つめている。じわっと、顔が熱くなった。

「あ……そ、それは、あの、ありがとうございますっ」頭はさげれないけれど、さげたつもりだ。ちょっと、照れくさい。
「仁王さん、それがすごく、嬉しかったんだと思います。だから、怒らないであげてくださいね」
「ろっ子さん……」怒るつもりでした、すっかり。
「ということで、帰りますね! ぷ、どうぞ、お幸せに! ぷふっ」
「ぐ……」

最後はちゃっかり笑いながら、ろっ子さんは手を振ってタクシーに乗り込んだ。
2台のタクシーが、深夜の街に消えていく。そのブレーキランプを見て、「ア・イ・シ・テ・ルのサイン」を思いだす暇もなく、わたしは、盛大なため息をついた。

「伊織……好きじゃ」
「……」まったく、この人は。
「愛しちょるよ、伊織」
「もう、わかりましたから……帰りますよ? 歩けますか?」
「ん……酔うちょらんし」

イラッとした。
あれだけの醜態をさらした酔っぱらいに、「酔ってない」と言われると、怒らないでとお願いされたばかりだというのに、ふつふつとした怒りが湧いてくる。
というか、どれだけ飲んだら、こうなった……!?

「いい加減にしてください」
「ん? なんじゃ? なんで……伊織、怒っちょる?」

据わった目で、ふらふらして……!
雅治さんの困惑を完全に無視して、わたしは重たい体を引きずりながら、部屋まで彼を連れ帰った。
そのあいだも、雅治さんはずっとくっつきっぱなしだった。まさか、酔うとこんなことになる人だとは思いもしなかったせいで、強めに呆れてしまう。
普段は我慢してるってことなんだろうか。リーザさんじゃないけど、あのクールでスマートな雅治さんとは別人じゃないかっ。

「はい、お水! とにかく飲んでください!」
「伊織……さっきからなに怒っちょ」
「いいから飲む!」
「む……」ドン、と目の前に置くと、ぶすっとしながらも、なんとか水を飲み干してくれた。ホッとする。「おー、水っちゅうのは、こんなにうまかったかのう」しかも、ご機嫌になった。余計に腹が立つ。
「まったく、飲みすぎですよ! 誰がそんなに飲めって言ったんですか! さっさと寝てください!」
「伊織……おかわり」
「な……ああ、もう、はい!」

すっかり亭主気分ですか! と心のなかで悪態をつきながら、わたしはもう一度、乱暴に水を置いた。数秒で、コップが空になる。無理もない。この残暑きびしい季節に、雅治さんほどお酒に強い人がこれだけ酔うほど飲んだのだから、脱水を起こしているはずだ。体だけは、とにかく大事にしてほしいのに……!

「冷たいのう」そこから雅治さんは、3杯もおかわりしている。
「お水ですから!」
「そうじゃのうて、伊織のことじゃき」
「はいはい、わかりました。冷たくて結構です。いいですか? お水を飲んだら歯を磨いて寝てください。雅治さん、明日もお仕事なんですよ!?」
「……ちゅうてもまだ、伊織としちょらんのじゃけど」
「は、はい!?」

まさか、こんな状態で、この人はセックスをするつもりだったのかと思うと、気絶しそうになった。嬉しくて、ではない。頭がおかしすぎて、だ!

「セックス」しかも、堂々と言った。「明日は実家じゃし、できんじゃろ? じゃけ」
「ば、バカ言わないでください、ちょっと!」ゆらゆら、と近づいてきて、そのままソファに押し倒される。
「伊織……ええ匂いがするのう」両手首をはがいじめにして、頭を落としてくる始末だ。
「ちょっと!」

なにを……考えているんだ、この酔っぱらいは! こんな泥酔状態で、できるわけないでしょう!?

「雅治さんっ! 無理ですっ!」
「おう、そうやって嫌がるっちゅうのも、たまにはええのう」
「ちょ、どきなさいっ! 無理でしょ!?」
「無理じゃないぜよ? 今日は伊織をどうでも抱きたい」

お水を大量に飲んだせいで、若干だけ酔いが醒めているのか。それともこういうときだけ、頭が回るのか。
さっきまでよりも言葉が、するするとでてきている。あげく、力も強い! ああもう、どうしてくれよう! ぶん殴ってしまおうか!

「なに言ってるんですか! そんなに酔っぱらって! どうせ機能しませんよ!」
「そんなことないぜよ? ほれ」ニヤニヤしながら、雅治さんがわたしの手を取った。
「ちょ、なにっ」

ひいいい、変態! と思っているうちに、雅治さんの中心にわたしの手が当てられた。しかし、まだ数回しか触ったことのないソレに緊張を覚えたのは、一瞬のことだった。
ピタ、と、わたしたちのなかに流れていた時間が止まる。
ははは、と空笑いをしたくなってしまった。いつもと、まったく違う感触じゃないですか。

「……ん、おかしいのう?」

ほら、みなさい。まったく機能してないじゃないですか! いい気味だ!

「わかりましたね? もう若くないということです。寝ましょう!」
「ちと、してみてく」
「しません!」

完全な拒絶に、雅治さんが油断した。その隙に、ドン! と目の前の胸を押しのけて、わたしはさっさと寝室に入った。
まったく、まったく、まったく! あんな雅治さん、見たことないっ! スタッフの男性じゃないけど、わたしの雅治さん像が崩壊するじゃないですかっ。
ぼすん! と音を立てて、ふわふわの薄い羽毛布団を頭からかぶった。あんなに飲んで、なにかあったらどうするつもりだ! と、怒りがなかなかおさまらない。
それでも、雅治さんはしつこくも、布団の外から声をかけてきた。

「伊織……寝るんか?」
「寝るに決まってるでしょう! 何時だと思ってるんですか!」

酔っぱらい相手に怒ってもしょうがないというのにそう言って、数分ほど経ったころだった。するすると、となりにぬくもりを感じる。雅治さんが、静かに布団に入ってきたのだとわかった。なにも言わないところを見ると、若干、落ち込んでいるようだ。
そうです、そう、反省なさい、まったく!

「伊織、こっち向いて」

弱々しい声を出している。単純に、ずるい。
頭では怒っているのだけど、この優しい声に抗えないわたしを、見抜かれているような気になった。うう……なんだか、悔しい。

「もう、なんですか……」仕方なく体をひねると、少し切なげな顔をしている。……かわいい。バカなのか、わたしも。
「伊織としたかったんよ、怒らんで……」あげく、ずるずると胸に顔を埋めてきた。
「ちょ、雅治さんっ!?」
「おとなしく寝るから、ちと甘えさせてくれ……」

ぼそぼそとした声でそう言ってから、わずか3秒ほどで、すーっと寝息が聞こえてくる。
……のび太なんですか。と小さくひとりごちて、思わず頬がゆるんだ。なんだかんだと言いながら、この人が愛しいわたしも、少し病的だ。
そこでわたしもようやく、眠ることができた。





朝は、完全に腕がしびれていた。腕枕をする形で眠ってしまったから仕方ないのだけど、女性としてあまり経験することがないしびれに、妙な気分になった。
雅治さんは二日酔いもなく、朝になるとシャキっとお目覚めになって、シャワーを浴び、昨日の夕食の残りを食べていた。あれだけ酔っていたというのに、その回復力に感心した。
そして今日は、雅治さんのご実家にお邪魔する日だった。わたしは午後休暇をもらい、雅治さんも16時にはマンションに戻ってきた。明日は忙しい土曜日だというのに、お休みを取ってくれたらしい。あのスタッフの方々にまたご迷惑をおかけするのだなと、少し申し訳ない気分になった。

「今日はスタッフにずっと、おちょくられた……」
「まあ、そうでしょうねえ」

電車の移動中、雅治さんは少し恥ずかしそうにぼやいていた。あれだけの醜態をさらしたのだから、無理もない。しかし、なんとびっくり、本人は飲みの場の途中からまったく記憶がないというのだから、また呆れそうになってしまう。
ということは、ですよ。もし昨晩、雅治さんが元気で行為に至ることになっていたとしても(いや、もちろんお断りするつもりでしたが)、覚えてないってことじゃないですか。
それはそれで、なんだかムッとしてしまう自分がいる。わたしもどうしたいのか、よくわからない人間だ。

「リーザからも悪態メッセージが届いちょったし」
「それは……無理ないですよ」リーザさん、かなり幻滅してらっしゃいましたからね。「どんな飲み方をしたら、あんなことになるんですか?」
「うーん……それがようわからんのよのう。ただ、財布のなかに10万ぶんくらいのレシートが入っちょった」
「はいっ!? じゅ、10万!?」
「まあ、おごったんじゃろうと思うんじゃけど」

のらりくらりと、なんでもないことのように言っている。なにを、のん気に、この人は……。
いやいや、落ち着かなくてはならない。まだ結婚していないのだから、ここは強く言うべきではない。とはいえ、10万? 10万? ……あれほどお金を大事に使ってほしいと言っているのに……! やっぱり昨日、ぶん殴っておくべきだったですかね!?

「雅治さん……」
「ああ……まあそう怒らんと。ちゃんとそのぶん、稼ぐから」
「そういう問題じゃありませんよっ。そのぶん稼いでも昨日のことがなければ10万プラスだったんですよ? 10万あったらなにができますか? ちょっとした旅行、安売りの大型テレビ、お家賃の7割、ふかふかのソファ、高級ドレス、最新型アイフォ」
「伊織さん」

耳が痛かったのか、今日は早めに止められてしまった。
「高級ドレスなんか買わんくせに……」というツッコミも忘れず、昨日のわたしくらい呆れた顔をして、雅治さんはわたしを見つめた。
わかっている。あれほど、ろっ子さんに言われたこともある。わたしが責めるべきことじゃない。ふっと、わたしは短く息を吐いた。
わたしの本当の憤りは、そんなことじゃないのだ……その自覚は、すでにあった。

「わかっています。雅治さんがスタッフのみなさんを思っていることは。オーナーなんですから、そういう立場でらっしゃるのも、重々承知しています。それに、雅治さんが働いたお金なんですから、結婚しようと、わたしがとやかく言うことではありません。ですけど、昨日のはいただけませんっ」

キッと雅治さんを見ると、雅治さんは目をまるくして顎を引いた。

「ん……朝から機嫌が悪いのう、伊織さん。どうしたんじゃ? 俺、なんか悪いことしたか?」
「しました、たくさん」ほとんど、スタッフの方から聞いたでしょうけど。「でも9割は、いいです」
「ほう? じゃったら、1割はなんだ?」
「……あまり、無茶な飲み方をしてほしくないんです」
「え?」

雅治さんが酔っぱらって帰ってきてから、なぜ雅治さんにイライラしているのか自分でもよくわかっていなかったのだけど……今日、午後まで仕事をしながら考えていたら、よくわかった。
それは、わたしが怪しい男にラブホテルに連れ込まれそうになったときの雅治さんの怒りと、似ている気がしたからだ。

「雅治さんは、すごくお酒に強いじゃないですか。そんな方があんなに酔って帰ってくるなんて、余程たくさん飲んだに違いありません。今朝はスッキリしてらっしゃったようですけど、お酒の飲みすぎは危険です。昨日はスタッフさんたちが親切に送ってくださったからよかったようなものの、あんな状態でひとりで帰って、もしものことがあったらと思うと……」むすっと、うつむいた。もう言わなくても、わかったはずだ。
「なるほどの……俺の体の心配、してくれちょったか」

ふわっと、頭に雅治さんのあたたかい手のひらが置かれた。この安心するぬくもりを、手放したくはない。
雅治さんはわたしの最愛の人で、はじめてできた、わたしの味方だ。だからこそ、不安な考えが頭をよぎっただけで、泣きそうになってしまうから……。
昨晩からモヤモヤとしていた鬱憤は、そこにあるんだと気づいた。

「アルコールで亡くなる方だっているんです。それだけじゃありません、事故でも起こしたら……」
「ん……そうやの、すまんかった。俺も伊織さんが心配じゃから、ようわかる。悪かった。不安にさせて」
「……わたしをひとりにしたら、許しませんからね」

うつむいたままそう言うと、雅治さんはそっとわたしの頭を引き寄せた。肩に埋めるようにして、優しいキスを髪の毛に落としてくれる。
電車のなかがガラガラでよかったと、心から思った。周りに人がいないから、こんな公共の場所だというのに、思う存分、雅治さんに甘えられる。わたしもこの1ヶ月で、ずいぶんと慣れてきたものだ。

「せんよ、絶対。死ぬまで一緒だ」
「約束ですよ……?」
「とっくに約束したじゃろう、もう」プロポーズのことを言っているんだろう、たぶん。
「なのに、さっそくの昨日だったから、言ってるんですっ」
「わかったわかった。悪かったって。もう不安にさせんから、許して」

昨晩とは別人の雅治さんを見あげて、わたしは小さく微笑んだ。
あの雅治さんもかわいかったな……という本音は、そっと胸の奥に、しまっておいた。





「仁王」という表札前に到着したのは、18時を過ぎたころだった。最寄り駅近くのショッピングモールでシャンパンとワインを数本ほど購入して、玄関前で呼吸を整える。
わたしは、人間関係が希薄な人生を送ってきた。当然ながら、恋人のご家族に挨拶をするというのははじめての経験で、あの日のショーくらい緊張してしまう。
電車のなかでアルコールのことを注意したというのに、手土産にお酒を買う自分もなかなか矛盾しているのだけど、雅治さんが「それがいちばん喜ばれる」というので、そうしたのだった。

「いらっしゃい伊織さん! お待ちしてました!」
「あ、は、はじめまして。佐久間伊織と」
「ああ、いいのいいの雅治から聞いてるから! 堅いのはよして、ほら、あがって!」

出迎えてくれたのは、どこの女優さんだろうかと思うくらい美しいお母さんだった。すっと自然にわたしの手を取って、リビングまで連れて行かれる。
それは緊張がうやむやになるくらい、とてもフレンドリーなはじまりだったのだ。

「わあ、伊織さんいらっしゃい!」次に声をかけてきたのはお姉さんだ。
「はじめまして、伊織さん。雅治がお世話になっています」お次は、お父さん。
「どうも伊織さん、兄ちゃんやるなあ! 綺麗な人ー!」そして、弟さん。お世辞がうまい。
「やかましい。お前、また転職したらしいのう?」
「やめろよ久々に会って説教臭いのー。伊織さんの前だからってカッコつけんなって!」
「まったく……」

唖然としてしまう。とても仲がいい家族だということは、なんとなく察しがついていたけれど……この、まるで芸能一家みたいな顔ぶれは、なんなのだろうか。
ベテラン女優と実力派女優のような方が二人、そしてベテラン俳優とアイドルのような男性が二人……雅治さんが、どう転んでもイケメンなはずだと、至極納得してしまう自分がいる。

「雅治、アンタいい歳してなんなのその、相変わらずのチャラチャラした頭!」
「母さんのう、俺、美容師なんよ。美容師っちゅうのはチャラチャラしちょるもんじゃって、何回言うたらわかる?」
「お、伊織さんひょっとしてそれ、手土産かな?」
「あ、はいっ! すみません、ぼうっとしてしまって。あの、これ、つまらな」
「つまらなくないよー! シャンパンとワイン!」
「やだ、最高ー! 伊織さん、素敵だわあ!」

と、お母さんは雅治さんから、さっとわたしに向き直り、突然のハグをしてきた。
ものすごくいい香りがする。雅治さんがいい香りなのは、遺伝だろうかと思うほどだ。

「雅治、さっさとこれ冷凍庫に入れて!」お姉さんは、強そうである。
「自分で入れたらええじゃろ。まったくどいつもこいつも……」
「うまそうー、高そうー! 伊織さん、オレからも感謝のハグ!」
「やめんしゃい。俺に殺されたいか」大人げない雅治さんが、弟さんを睨む。
「うへえ、冗談つうじね」弟さんは、ペロッと舌をだした。

家族というのは、その数だけいろんな形がある、ということは、理解しているつもりだ。
それがわかっていても、雅治さんの家族は、うちの家族が崩壊していたということをはっきりと痛感させるほどの、優しいぬくもりを持った家族だった。
当然、そんな仁王家の食卓は、とても賑やかで笑いが耐えない。
19時からはじまった宴も楽しくて楽しくて、あっという間に時間が過ぎていった。雅治さんが時計を見て、「お」と声をあげる。そのころにはもう、22時を超えていた。
すっかりほろ酔いになりながら、わたしは雅治さんに聞いた。

「どうか、したんですか?」
「ん、そろそろ部屋に、伊織さんのぶんの布団、敷いてくるき」

雅治さんが、わたし用の布団を敷くために席を立ったのだ。
わたしも慌てて、席を立とうとした。

「あ、わたし、やりますよ!」
「なに言うちょる。伊織さんは主役なんじゃから、ここにおりんしゃい」
「そうそう、雅治にやらせりゃいんだよそんなのー」お姉さんは、かなり酔っているようだった。
「黙りんさい」
「雅治、綺麗にしてよー?」
「母さんよりは俺のほうがよっぽど綺麗にできるき」
「かあ、減らず口……」

と、お母さんに背中を見送られながら、雅治さんは2階へと消えていった。
そのやりとりに笑いながらも、不思議な感覚にとらわれた。
わたしは、ひとりの時間が好きだったはずなのに……。

「あー、でも姉としてはホッとしたよう、伊織さんすっごいしっかりしてるし、雅治にはピッタリだね」
「いえ、そんな……、恐縮してしまいます」

雅治さんの家族のなかにひとり取り残される形になっても、なんの苦にもならないのは、なぜだろうか。
顔を合わせて5分も経たないうちに打ち解けたこのあたたかい人たちには、ずっと笑顔でいられる。

「こんな素敵なお嬢さん射止めるなんて、うちの息子もなかなかやるよね、父さん」
「まあ、俺にいちばん似ちょるのは、雅治じゃけのう」

お父さんはときどき、方言が出る。雅治さんの口調にそっくりだった。というか、お父さんの口調に、雅治さんがそっくりなのか。

「つまり父さんも兄ちゃんも、カッコつけってことだよね?」
「お前はヘラヘラしすぎなんじゃ、昔から」

お父さんのムッとした顔は、たしかに雅治さんとよく似ていた。
だからなのか……お父さんだけでなく、みなさんと初対面ということすら、忘れそうになっていく。
こんなことが、いままであっただろうか。いや、絶対にない。わたしは家族の前でさえ、こんなふうに笑ったことなど、一度もなかった。
そう、ふと、切ない気持ちになったときだった。

「ねえ、伊織さん」

ころころと全員が笑うなかで、わたしの正面に座っているお母さんが、じっとわたしを見つめてきた。少し、目をまるくしてしまう。その視線がとても優しくて、だけど真面目な雰囲気だったからだ。
あ、と思う。その表情も、雅治さんによく似ていた。親子なのだから、当然なのだけど。

「気を、悪くしないで聞いてほしいんだけど」
「え……はい、なんでしょうか」

こんなに優しい人たちに気を悪くするなんてことあるはずがないと思いながらも、わたしは応えた。しかしその前置きに、少しだけ身構える。
お母さんはワインをひとくち含んでから、にっこりと微笑んで、つづけた。

「雅治からね、伊織さんのご家族のこと、いろいろと聞いたの。結婚するって聞いたとき、その理由をあの子、全部、私たちに打ち明けてきてさ」
「……そう、でしたか」

かろうじて出てきた言葉が、それだった。
いつの間に、話したんだろうと思う。実家に帰るのは久しぶりだと言っていたから、スマホのグループ通話かなにかだろうか。
そして、当然だ、と思う自分がいる。わたしは、完全な「訳あり」物件だ。だからこそ、結婚するというのであれば、話しておくべきことでもある。雅治さんがよくても、ご家族がそうとは限らないからだ。
わたしは、自然と姿勢を正した。

「だから伊織さんに会ったらね、言おうと思ってたことがあるの」
「はい……」

ドキッ、とする。ひょっとしたら、厳しいことを言われるのかもしれないと、1%の可能性を考えた。大道芸人が何個も投げるお手玉のような全員の会話が止み、お母さんの声だけが、食卓のなかに残っていったからだ。
お父さんも、お姉さんも、弟さんも、みんながわたしを見つめていた。緊張が、わずかに走っていく。
複雑な家庭環境で育った人間というのは、世間的にあまり歓迎されないということを、わたしはよく知っている。区役所でも、婚姻届の取り消しをしてくれと頼んでくる親がいる。そういう話は、腐るほど聞いてきた。
これだけフレンドリーに接してくれていても、雅治さんの家族としては、心配の種であることに違いないだろう。だから、わたしは少しの覚悟を決めていた。もしも反対や、それ以外のことでも、わたしは受け入れるべきかもしれないと、そう思って、静かに目を閉じた……その、瞬間のことだった。

「頑張ったね」

1%だけあった不安は、杞憂でしかなかったのだ。

「え……」
「よくぞここまで、頑張って生きてきたね」

お母さんから発せられたその声に、わたしは、言葉を失ってしまった。
まさかそんなことを言われると思っていなかったせいで……体に入っているお酒も手伝ってか、ぼろ、と涙が落ちていく。

「知っておいてほしいの。あなたは、なにも悪くないって」
「そ……」

声が、震えてしまう。

「なにも悪くないんだよ、伊織さんは」
「そうなん、でしょうか……」

それは、ずっと「お前が悪い」と家族全員から言われつづけてきた、小さなあのころのわたしが、心の奥から救いだされていくような、愛のある言葉だった。

「当然じゃない。伊織さんは、なにも悪くない。あなたは頑張った」

呼吸さえも震えて、わたしは口もとを両手で覆った。

「だからもう、楽に生きていい」
「……は、はい」

ごまかしようない涙が、ぽたぽたとテーブルに弾かれた。はっとして手で頬をぬぐっても、何度もこぼれ落ちていく。

「うちの息子、あれでもいいとこあるの。だからきっと、伊織さんを幸せにする。母親のわたしが、ここにいる家族全員が、保証するわ」

すみません、と小さな声で謝って、側にあったティッシュを拝借した。ずるずると鼻をすすってしまう。必死になって、テーブルと頬をぬぐった。
その様子を、お父さんも、お母さんも、お姉さんも、弟さんも、優しく見守ってくれている。なんて、あったかいんだろう。

「だからこれからは、私を本当の母親だと思ってね」
「え……」
「嫁姑じゃなくて、私、あなたの本当の母親になりたいの」
「お母さ……」
「あたしのことも本当の姉だと思って接してね」
「もちろん俺もことも、本当の父親だと思ってほしい」
「じゃ、オレは新しくできた弟ってことで!」
「だからね……今日からここが、あなたの実家よ」

限界だった。
わたしはついに、口に当てていた両手で顔を覆って、声をあげて泣いてしまった。
こんな人たちに、わたしは出会ったことがない……こんなに優しい愛情に包まれることがあるなんて、信じられなかった。こんなぬくもりが、この世にあるなんて。

「あ、あり、ありがとう、ございますっ、わたし、すみませんっ」
「ふふ。伊織かわいいー」と、お姉さんが親しげにわたしの名前を呼んだ。
「伊織姉ちゃんのほうがぜってー優しいな、うん」
「おいコラ」
「それそれ、それだって……凶暴かよ」
「伊織、泣きすぎよう。お母さんまでもらい泣きしちゃうでしょー」
「歳取ると涙もろくなるからのう。母さん、鉄仮面みたいな女じゃったのにのう」
「誰が鉄仮面ですって?」

そんな会話の優しさにも、わたしは笑いながら、やっぱり泣いた。
気づくと、いつの間にか雅治さんが微笑みながら戻ってきていた。そっとわたしの頭をなでながら、「ほれ、鼻かみんしゃい。泣きすぎだ」と笑っている。

「お前らのう、勝手なこと言うちょったけど、俺の伊織さんを取るなよ。連れ回すんやないぞ」
「も、雅治さん……」家族の前だというのに、恥ずかしいことを、この人は…‥。
「は? 兄ちゃんのだけじゃねえし。俺の姉ちゃんだし」
「お前の姉ちゃんはそこに凶暴なのがおるじゃろ。あれで我慢しんしゃい」
「おい弟ども、あんまり調子にのんなよ」
「ほれみんしゃい、ガラが悪い。伊織さんとは大違いじゃ」
「マジおっかねえ、ひくわー。だから結婚できないんじゃん?」
「死刑だな、アンタもアンタも死刑」
「あーバカな姉弟。母さん片づけしよっと。父さん手伝ってー」
「はいはい、わかったわかった」

またはじまった大道芸人のお手玉の前で、わたしはしばらく涙を流しつつも、心の底から、笑っていた。





午前近くなってからは、雅治さんがせっかく敷いてくれたお布団にも入らず、わたしは彼の腕のなかにいた。

「ようやく、落ち着いたのう」
「はい、すみません、後半、泣きっぱなしでしたね」
「まあ、伊織さん泣き虫じゃからの」
「ふふ……だって、みなさんが優しすぎるからです」

中学のころからずっと使っているという雅治さんのベッドはシングルサイズだ。いつもより窮屈だけど、それが心地いい。腕を引っ張ってきたのは、雅治さんのほうだった。
自分でお布団を敷いたくせに、「そんなとこで寝んと、こっちにきんしゃい」と矛盾したことを言われたときは、さすがに笑ってしまった。

「あー、したいのう」
「ちょっと、なに言ってるんですか」
「ダメか?」
「ダメに決まってるじゃないですかっ」となりにはお姉さん、弟さん、階下にはお父さんとお母さんがいるというのに!
「いじわるじゃのう……しばらくさせてもらっちょらんのに」
「またそんな、嘘ばっかり……」

一昨日したばかりだ。まったく。

「……じゃけど、伊織さんが楽しそうで、よかった」
「はい……本当に、幸せすぎて怖いです」
「大丈夫じゃ、すぐ慣れる。これからはずっとやぞ?」
「はい……そうですよね」

微笑み合いながら何度も触れる唇が、ほんのりとあたたかい。

「幸せになろうな、伊織……」
「はい……わたしも雅治さんを、幸せにします」
「ん……期待しちょるよ」

優しくて、甘くて、今日の時間にふさわしい穏やかなキスが、その日の夜のしめくくりだった。





翌朝、わたしはお母さんとお姉さんに連れられて、近所にあるスーパー銭湯に来ていた。
「やっぱり裸の付き合いでしょう!」と言いだしたのはお姉さんだ。それは男性にあてはまる言葉じゃないのかな、と思いつつも、とてもお姉さんらしい発想だとも思う。
男性陣は朝から3人でテニスをしに行ったらしい。お父さんと弟さんはダブルスになって雅治さんに立ち向かうらしいが、いつもぶっちぎりで雅治さんが勝利するので、楽しくないとぼやきながらも、出発していた。本当に、仲がよくて、微笑ましいなと思う。

「ねえねえ。雅治って、超細かいでしょ?」

午前中のスーパー銭湯はお客さんも少なく、わたしたち3人はミストサウナに入っていた。
お姉さんがニヤニヤとしながらしてきた質問に、わたしは思わず頬をゆるませた。
なるほど、と思う。家族にも言われるということは、きっといちばん細かいに違いない。

「そうですね、たしかに、そういうところはあります」
「もうさー、誰に似たんだか、掃除とか洗濯物とか、小姑だよアイツ」

やだやだ、と付け加えている。身に覚えがあるなあ、と言ってしまいそうになる。
洗濯物はとくに、たたみ方にうるさい。それでも、わたしにそうしろと強制したりはしないので、もう最近はおまかせだ。喜んでやるものだから、逆にラッキーだったりして。

「あの子、昔はだらしなかったんだけどねえ」
「母さんと父さんが反面教師になったんじゃない?」
「なんで上の子と下の子には反面しなかったのかしらね」

お母さんはケラケラ笑いながら、そう言った。「うるさいなあ」とお姉さんも笑っている。
こんなに突然、優しい母と姉ができた幸せに、わたしも内面うっとりとしつつ、一緒になって笑った。

「ね、伊織さ」
「はい?」
「雅治と一緒にお風呂、入ったりするのー?」
「えっ」

急なお姉さんからの質問に、わたしは容赦なく戸惑ってしまった。なにゆえ、そんなことを聞いてきてらっしゃるのか。

「なに聞いてんのアンタ。新婚にヤボな質問して」お母さんは呆れておられる。というかまだ、新婚ではないのですが……。
「雅治、そういうの嫌がりそうじゃん。でも伊織には、ベタ惚れだからさあ」お姉さんは興味津々な顔をして、わたしを見てきた。
「それはその……」

ぐ、と言葉に詰まってしまう。なんという、恥ずかしい質問だ。
でもたぶんこれは、答えるまで聞いてくるだろう……このお姉さんなら。昨日の晩餐で証明済みだ。お姉さんは、とんでもなく、強い。
姉弟ヒエラルキーがあるとしたら、トップに君臨しつづけていることは、明々白々だった。

「ん? どうなの? たまにはあるでしょ?」
「まあ、仕方ないから母さんも聞いてあげましょう。どうなの伊織?」
「ちょっと恥ずかしいよね、そういうのっ! 初々しくていいなあ!」
「いまがいちばんいい時期よねえ、たまにはあるでしょー?」
「えっと……」

なんだかんだ言いつつ、お母さんもお姉さんとまったく同じ顔をしている。
正直に、お答えすべきだろうか……自然と、ぽりぽり頬をかいた。痒くもないのに、かいていた。
この女性たちの強さに、勝てるはずもない。これがお姉さんの言う、「裸の付き合い」ということなのだろうか。だとしたら、嘘は、つけない。
いわゆるこれは、ガールズトークなんだと、理解したからだった。

「ほぼ、毎日……一緒に入って、ます」

言う前に飲み込むはずだった生唾を、遅れて飲み込んでしまう。
ミストサウナのせいなのか、質問に正直に答えてしまったせいなのか、顔が一気に熱くなった。言ってしまってから、両手で顔をあおいだ。両脇に座っている二人を、そっと見る。
すると二人は同時に目を棒にして、しれっと天井を見あげていた。
え……なんですか、その反応。だって、聞いてきたの、そっちじゃないですかっ!

「……聞くんじゃなかった」とは、聞いた張本人の言いぶんだ。
「えっ!?」
「どうせ雅治が誘ってんのよね、それ」
「あいや、それは、ですね……!」そのとおり、なのだけど……。
「ホントうちの息子って、どうしょうもない……」

お父さんにそっくり、と付け加えながら、お母さんは体に、塩を塗りたくっていた。





完全に呆れられてしまった温泉タイムを終え仁王家に戻ると、男性陣はすでにビールを開けていた。
本当にお酒が大好きな家族である。雅治さんがお酒に強いのは、絶対に遺伝だ。

「おつかれ! 帰る前に、一杯やろうよ、伊織姉ちゃん!」

とは、弟さんの気遣いだった。キンキンに冷やしたビールを、さくさくとテーブルに並べてくれた。こうなったら、断れない。
そこからわたしを含めた女性陣もビールで乾杯して、最後はおつまみ片手に1時間ほど話してから、雅治さんとわたしは、仁王家をあとにした。

「また来てね伊織! ここはあなたの実家でもあるんだから、いつだって帰ってきなさいね」
「お母さん……ありがとうございます」
「雅治とケンカしたらあたしがとっちめてあげるー」
「余計なこと言わんでええから、もう家に入りんしゃい」
「あ、兄ちゃん来月、予約、頼むわ」
「お前……金は払うんじゃろうの?」
「ケチケチすんなよー、かわいい弟だろー」
「ちっとも、かわいくないんじゃけど?」
「よし、みんなそろそろこっち向いてー」

お父さんの声を合図に、玄関前で写真を撮った。仁王家のメッセージグループに仲間入りさせてもらったことで、わたしのスマホにもすぐにそれが届く。
わたしは電車のなかで、昨日から家族のみんながちょこちょこと撮ってくれていた写真を、何度も眺めていた。

「伊織さん、どんだけ見直すんじゃ、それ」
「だって……すごく嬉しいんですもん」

苦笑している雅治さんに素直に応えると、雅治さんがそっと手を握ってきた。
わたしが大泣きしている写真もある。恥ずかしい半分、胸がいっぱいになっていく。
思いだして、また泣いてしまいそうだ。

「伊織さん」
「はい?」
「ちょっと、寄り道せんか?」
「え? はい、いいですけど……」

そこは、横浜駅だった。手を握りしめたまま、雅治さんが歩いていく。
こだわりの強い雅治さんのお気に入りのショップがあるのかと、わたしは少しワクワクした。
結婚を決めたといっても、まだ雅治さんの全部を知っているわけじゃない。こうして少しずつ雅治さんの新しい一面を知ることは、わたしの楽しみでもある。
5分ほど歩いたころだった。あるお店の前で、雅治さんの足がピタリと止まる。そのお店を見あげて、わたしは口をポカンと開けてしまった。

「お、ここやの」
「え……ここ……」
「入るぞ、伊織さん」

ガラスをとおして見えた店内には、伝統技術のような木目の和ダンスがいくつか並んでいた。まだ家具を買うつもりなのかと思ったのは、ほんの一瞬のことだ。
店内に足を踏み入れて、そこが和ダンスを売っているお店でないことを、すぐに理解した。
そのお店の見本商品は、ひとつひとつ丁寧に、どれも和ダンスの上のガラスケースに覆われて、目を瞠るほど美しい装いで並んでいた。

「いらっしゃいませ。婚約指輪をお探しですか?」

店員さんのその声かけに反応するように……わたしは雅治さんの手を、強く握り返していた。





もうあれから5日も経つというのに、思いだしてはニヤける顔をそろそろどうにかせねばなるまい。
と、思っているにも関わらず、ランチ後にふと本屋に入って結婚情報誌を手に取ってしまうのだから、世話がない。
あの日からずっと、わたしは浮かれている。あの日なんて1日中、浮かれていた。
マンションに戻ってからも浮かれっぱなしで、ずっと雅治さんにベタベタしていたくらいなのだから。それでも雅治さんは、「暑苦しいのう」と言いつつも、わたしをずっと抱きしめてくれていた。

「ご機嫌じゃの、伊織さん。こんなに甘えることができるんか。なんで普段からせんのじゃ」
「今日は特別です。サプライズが過ぎます、雅治さん。嬉しいんです、わたし」
「そうか。気に入ったか?」
「当然じゃないですか! 世界にたったひとつだけの、わたしたちだけの指輪なんて、しかもあんなに綺麗で、繊細で……」
「ん……俺もすっかり気に入った。できあがりが楽しみじゃのう」

美しい桜模様のダイヤモンドに木目調があしらわれた枝のような指輪は、ひとつひとつオーダーメイドでつくられているという。店頭にあったサンプルはどれも目を奪われるほどに優雅で、和風の装いがさり気なく洒落ていて、わたしの胸を躍らせた。
そこで店員さんと2時間も話し込み、雅治さんとふたりでこだわり抜いたデザインの婚約指輪と結婚指輪は、あと1ヶ月ほどで完成するらしい。
もちろん、イニシャル付きだ……ああ、結婚なんてまったく興味がなかったのに。こんなに幸せなものだとは、思ってもみなかった。

「雅治さん……もうー、大好きです! 大好き!」
「おうおう、女っちゅうのは現金じゃのう」
「あっ! 別にわたしは物につられたわけでは!」
「そうかそうか、わかったわかった。ええから、キスさせて、伊織」
「ダメです、今日はわたしからします。好きです雅治さん、愛してます」
「……まったく、やっぱり現金じゃろ」

苦笑している雅治さんに何度もキスをして、この日ばかりは何度求められても、OKしてしまった。お恥ずかしい限りである。
普段、自慢などは性格的にあまりできないタイプのわたしでも、さすがに自慢したくなる。
わたしの婚約者は世界一です! と。

『ざわざわきらきら』を見つけたのは、そんな日常の幸せを胸いっぱいに思いだしているときだった。それは結婚情報誌の近くに、「愛する人がいるすべての女性へ贈る、大人の絵本」と控えめなPOPで紹介され、数冊が積まれていたのだ。
どこか懐かしいような、不思議な感覚だった。いびつなイラストに、胸があたたかくなるような、優しくて淡い色づかい。
が、手にとって1枚ページをめくると、刺激的で感情的な色彩が目に飛び込んできた。表紙の優しさとあまりに違うそのギャップに、わたしは一瞬で心を奪われていた。



サプライズ!
どう? おいしい?

……だまって食べさせて

ふうん
ちょっと つめたいなあ


ジャーン!
きょうは、おいしい?

まあまあかなあ

ちぇ
やっぱり つめたいなあ



冒頭では、でこぼこした女性が、子犬に美味しそうな料理を差しだしていた。
子犬のほうは愛くるしい顔立ちなのだけど、どこか無愛想で、そのツンとした雰囲気が、上手に描かれている。センスがある、と思う。プロなのだから、あたりまえなのだけど。
決して綺麗とは言えないイラストなのに、魅入ってしまった。それは、作家の内側から出てくる情熱なのかもしれない。気になって、途中で作者名を見たものの、ピンとはこなかった。どうやら、有名作家ではないようだ。
それでもページをめくる手が、止まらなかった。やがて子犬が、だんだんと女性に心を開いていく様子が、やけに胸に響いたからだ。



ドドドドドーン!
ねえ これはおいしい?

うまくなってきたなあ

あっ こころを ひらいてくれた!


そばにいてほしくなったのは
なんでだろう
あなたを想うと 胸がくるしいのは
なんでだろう


ざわざわきらきら
いろんな料理をだすと
あなたは笑った


ざわざわできらきらな
おもいがけない 料理でも
あなたは笑った


わたしの 弱いところ
ぜんぶ うけとめてくれた
おおきなからだで ふるえながら
くうんと鳴きながら だきしめてくれた

あなたが
あんなに悲しいかおをするなんて
知らなかった 

いろんなかおが あるんだね
どんなかおも だいすき
どんなあなたも わたしのなかで 生きてる



本屋で絵本を立ち読みして、ジーンと涙ぐんでしまう人は、どれほどいるのだろうか。
わたしはまさに、その状況だった。たしかに、愛する人がいるすべての女性に、あてはまるだろう。その詩的な表現と曖昧な「料理」というキーワードが、なににも置き換えられるからだ。
すべて読み終えて、胸を強く打たれている自分に気づく。この感覚を、どこかで味わったような気がして、はっとした。
もしかして、と思ったときには、わたしは奥付を開いていた。
やっぱり、だ。
思わず声をあげてしまいそうになった。
体の脈が、自分の耳に届くほどに高揚しはじめた。なぜだろうか。突然、思い立ってしまった。思い立ったら吉日だ。そしてわたしは、正真正銘の、せっかちだ。
スマホを取りだした。『ピエロ 入本さん』の連絡先を見つけて、発信する。

「はい、入本です」
「お世話になっております、杉並区役所観光課の佐久間です」
「佐久間さん。どうもすみません、このあいだはキャンセルを出してしまって」
「いえいえ、問題ございません」

ピエロは業界最大手のエンタメ制作会社だ。このところ騒がれている仁王さんのお友だちである跡部さんの一件で、埋まっていたはずの区営の公会堂の予定がすべてキャンセルとなり、担当のわたしは、かなり面倒な後処理をさせられた。

「それよりも、今回はわたしのほうからご提案があってお電話させていただきました」
「は、区役所側からの提案ですか?」
「ん、といいますか、個人的です。キャンセル、出ちゃったので。その後処理でわたし、大変です」まだやってるくらいなんだ、こっちは。
「あ……いや、あの、すみません」
「いえ。ですからちょっと、穴埋めというのも図々しいですけど、入本プロデューサーに、お願いというか、ぜひご提案が!」
「はあ……なん、なんでしょうか」
「入本プロデューサー、映画、つくれますよね?」
「え……まあ、それが仕事、ですからね……え、なんですか?」
「やってみませんか? 絵本の実写映画化。お話だけでも、聞いてほしいんです」
「は、はい……?」

手にしている絵本の奥付を、わたしはもう一度めくった。
そこには、『編集協力 忍足侑士/シュガーラッシュ』と書かれていた。





to be continued...

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