love._06


「伊織?今日は日曜日だけど?」

「うん、だけど今日はテニス部の練習試合なんだよ。行かなきゃ行けないんだ」


「それで制服着てたんだ。わ、なにそれ!?その大きなお弁当!」

「だ、だってふたり分だもん……」


「ふたり分って……」

「…………」

















love.



















6.







こないだまで真っ青な顔をして食事もろくに出来なかった母は、この頃少し肥えた上に火照った顔をして朝の六時に起きてきた。

そしてわが子をにんまりと見る。やめなさい、気持ち悪い。


「アンタさあ〜?本気になってきてない?」

「なんの話デスカ」


「跡部さんによ」

「ちがっ……こ、婚約者らしくしろってあいつが煩いから、恋人らしく手作り弁当をっていう話になったの!別に、わたしがやりたくてやってんじゃないんだから!いい迷惑だよ!」


とんだ嘘つきだ。

勝手に迷惑がられてしまっている跡部がいい迷惑である。


「ふうん?婚約者に手作り弁当なんて跡部さんらしくないけどねえ?」

「なんで」


「だってあそこすっごいお金持ちなんだよ?ランチなんかアンタ、特注よ〜!専門のシェフとかに作らしてるに決まってる。アンタの手作りなんか口に合うの?大丈夫?」

「う……うっさいよ朝から!!あっち行ってよ!忙しいんだからさ!」


はいはーい、と納得した様子もなく、母は洗濯機のある風呂場へと消えていった。

最後の仕上げはおにぎりである。

梅と、おかかと、鮭と……心を込めて握っていると、自然と口元が緩んでいる自分に気付いた。






*






それにしてもあの母親のニヤニヤ顔には腹が立った。

出る直前まで弁当を見ては「手が込んでるね〜」とやたら嬉しそうに言うのだ。ほっといてほしい。

そういえば初恋の時もそうだった。

どうして母親というのはあんなに目敏いのか。意味がわからない。

ふんふんと矛先の無い怒りを胸に溜めつつ、試合会場である立海に到着した。

すでに練習試合とは思えないほどの人がわらわらと集まっている。

テニスコートには青学も交えた三校の制服が入り乱れていた。

私服の一般のギャラリーも多く含まれているようだ。一体どこから聞きつけてやってくるのだろう。

しかし、やはり中でも氷帝の制服が一番多いようだった。

その熱狂振りに些かげんなりしながら氷帝チームの傍に行くと、黄色い声をあげていた女子の半分ほどが陰気な眼をしてわたしを見てきた。

ああ、すいませんね。こんなとこにまで来て。


「佐久間ー」

「あ、忍足!」


相変わらず優しい忍足がわたしを見つけて声をかけてくれた。

ひとりじゃ心細いと察してくれているその気持ちが嬉しい。

手招きされた場所へ行くとそこには忍足の親友ちゃん、(確か)鳳くんの彼女がベンチに座っていた。

選手と仲良しな人は、あそこに居てもいいということなのだろう。

きっと後で他の選手の彼女や仲良しの子も来るに違いない。

そんな錚々たるメンバーの中に入れてもらえることは、ちょっぴり優越感だったりする。


「おはよう」

「あ……おはよ!」


一方、すでに選手達はコートの中でウォーミングアップを始めていた。

それを眺めながら、少しだけ顔見知りの忍足の親友ちゃんに声をかける。

彼女は少し驚いた様子でわたしを見上げ微笑んで、わたしが座れるようにすっと腰を上げて寄ってくれた。

ありがと!とこちらも微笑み返すと、今度は打って変わって陽炎のようにゆらりと笑った。

どことなく虚ろげな様子に思わず訊く。


「……どうかしたの?具合とか、悪い?」

彼女ははっとした顔で答えた。「ううん。どして?何か変かな、わたし」


「いや……なんとなく。ごめん、変なこと聞いて」

「ううん。副長さんは、元気そうだね」


副長はもうとっくの昔に辞めているけれど……それを指摘するのは微妙なのでやめておいた。

そうかなあ、と呟いたわたしの返事などは特別必要が無かったようだ。

彼女は客席をしきりに見ながら、今度は落ち着かない様子でいた。

そんな彼女を気に掛けてはいたものの、跡部を見つけるとどうでも良くなった。

チークダンスのあの翌日から先々週の頭まで、海外ですっかりゴールデンウィークを満喫した彼に会うのは実に三週間ぶりのことだった。

7日、8日と学校を休んだ輩は金持ち学校のせいなのかやたら多く、跡部もその一人というわけだ。

うちのような、破産寸前まで追い込まれたうだつの上がらない家庭では考えられないことで、わたしはクラスメイトの数名とその寂しい二日間を過ごした(数名の中には意外に忍足もいた)。

そしてようやく週が明けて跡部に会えるかと思いきや、待ってましたの中間テスト。

二週に渡るテスト週間では部活動も禁止されているため、コートで跡部の姿を拝むことすら出来なかった。

だからわたしは今日という日を楽しみにしていたのだ。死ぬほど。


簡単なラリーを繰り返している跡部はわたしの姿に気付くとすぐに視線を逸らし、手をあげてそれを止めた。

あ、呼ばれる……そう思った時にはすでに耳の奥がくすぐったかった。


「伊織」

「はい」


伊織、と跡部に呼ばれるのも実に三週間ぶりで、その響きが最初とは全く違って聞こえて、嬉しい。

違って聞こえるのはわたしの気持ちの問題であることに間違いないけれど、とにかく嬉しいのだ。


「ちょっと来てくれ」

「え、はい!」


急いで席を立ったわたしが荷物をどうしようかと一瞬ためらいを見せると、忍足の親友ちゃんが視線で「見とくよ」と合図をくれた。

こちらも手を合わせて「ありがとう」の合図を送り、跡部が呼んだもうひとつのベンチへ行く。

少し影になった場所にあるベンチは、いかにも内緒ごとをする場所と言わんばかりで、それがまたわたしの心を躍らせた。


「なあに?」心なしかふんわりとした物言いになっている自分に気付く。やはりくすぐったい。

「いや……弁当、作ってきたのか?」


跡部はそれには全く気付かず、遠くにあるわたしの弁当を見遣って言った。

そこでは省略されているけれど、「まさかマジでか?」と本当は付け加えたいのだと言わんばかり。


「あ、い……いけなかった?」しゅんとしてしまいそうだ。

「いや……そうか、じゃあアレだ……昼になったら南門側5号館の木の下あたりで……」


跡部らしくない物言いに、わたしは顔色を伺った。

もしかして本当に迷惑だったんだろうか。でもあの時、そんなに嫌そうじゃなかったのに。

戸惑うわたしを見た跡部は、言いにくそうに顔を歪めると静かな溜息を吐いた。


「わかんねえのか?」

「え……な、なに?」

「傍から見りゃこの俺様が手作り弁当を、この俺様が女と仲良く突っついてんだぞ」


焦っているのか、跡部とは思えない口振りだ。二回も言った。


「そ……嫌だった?」恐る恐る聞いてみる。

渋った顔をして、「……嫌とか、そういうんじゃねえよ」と口ごもる。


じゃあ一体、なんだって言うのさ。


「…………」

「だから……!」

「なに!」

「ッ……さすがに恥ずかしい……」

「!」


少しむっとしていたというのに、それだけで容赦なくドキンとした。

丸めた手を、堰をするように口に当て、顔を赤らめたような跡部を見てしまったからだ。

反則としか言いようの無いその仕草に目が眩みそうになる。

平静を保ちつつも、わたしは微弱に「そそ、そうだね、そうだね」と頷いた。

跡部は納得したのか、やがていつものキリリとした表情に戻り、ラケットをくるくると回転させる。

お、おお〜……そ、それもまたカッコイイではないか。


「じゃあ後でな。始まるから行く」

「あ、うん。頑張っ……?」


わたしの言葉を最後まで聞かないまま、跡部はポケットから何か取り出してわたしに手渡した。

手の中に渡されたそれを見て、思わず唇が開く。

驚きをそのまま引きずった顔で走る跡部の背中を見つめたら、彼はそれに気付いたように少しだけ振り返り、そっと笑った……笑ったように、見えた。




――土産だ。失くすなよ。

ぶっきらぼうに書かれたメッセージカードと一緒に、透明な袋でラッピングされた腕時計が光っていた。












「副長さん、その腕時計キレイだね」

「あ……うん!うんうん!可愛いよね。貰い物なんだ!」


聞かれてもいないのにニヤニヤとしながら答えると、忍足の親友ちゃんもつられたように笑ってくれた。

跡部のくれた腕時計は淡いピンク色で文字盤もベルトも形成されていて、とっても上品だ。

きっと、腕時計を壊されたあの日を跡部が気遣ってくれたんだ。

それが嬉しくて仕方なくて、わたしのニヤニヤはしばらく止まらない。

親友ちゃんはすかさず付け加えた。


「跡部からでしょ?」

「え!」


知らぬ間に言ってしまっていたのかと思うくらいに驚いて彼女を見返すと、彼女は今日はじめて見せる満面の笑みでケタケタとわたしの肩を叩いた。


「だってほら、文字盤のとこに書いてるもん。LOCMANって」

「ロックマン?え、え、なに?ブランド?」


親友ちゃんがうんうんと頷く。


「ブランドだよ。イタリアのブランド。跡部こないだイタリアに行ってたじゃん。だからそうだろうなって。それに、そんないい時計つけてる高校生なんか、なかなかいないしね。目立つ〜!」

「そうなんだ……」


わたしは腕時計を撫でるように握り締めた。

さっきから時計を見る度に胸の奥がじんわりと疼く。

跡部の優しさになのか、なにか期待している自分になのかは定かじゃない。

期待することに臆病になっているとも言えるけれど。


「そろそろお昼っぽいね」

「あ……そうだね!なんか、静かになってるし」


懲りずに時計を見て、12時過ぎの時間を確認した。

午前中の氷帝の試合は立海Aチームと青学Bチームとの試合だった。

さすがの跡部は見事に両試合で勝ち星を挙げていた。

跡部への声援が煩すぎて、相手の選手は心底嫌そうな顔をしていた。

どちらの相手選手もただでさえ高校生には見えないのに、その顰め面が余計に彼らを老けさせていて……実に気の毒な話である。

そして試合もひと段落つく頃に、会場全体が昼休憩を迎えようとしていた。

そんな中で訪れた親友ちゃんとのほっとした時間だった。

物知りな彼女に感心しながらわたしが頷いていると、わたし達の会話を聞いていたかのように休憩の放送が流れてきた。

透き通るような声に耳を傾けながら、プリントを広げて南門5号館の場所を確認する。

親友ちゃんにまた後でと手を振って、わたしは荷物を抱えて約束の場所に急いだ。



*



「遅い」


着くと、跡部はすでにそこに座って待っていた。

跡部が早すぎるんだと思う……という言葉はごくりと飲み込む。


「ごめんね、ちょっと迷った。あの、ランチョンマット敷く?」

「まさかお前、公衆の面前でランチョンマットまで敷く気だったのか?」

「……ますます恥ずかしいですか?跡部って可愛いとこあるんだネー」


つい皮肉を口にしてしまった。

跡部は「黙れ」と言いながらランチョンマットの端を持つ。

なんだかんだ言いながら敷くんじゃんか、と余計な一言を言いかけたが、やめておいた。


マットを敷いた場所は確かに人通りも無く、誰にも見られることはないだろうというくらいのじめじめとした場所だった。

本来ならどこかの教室の中がいいのだろうけど、他校なのでそんな贅沢はさすがの跡部も言えなかったのか。


「ていうかさあ」

「なんだ」


「断れば良かったじゃん?お弁当作って行くって言ったときに」ツンケンと言い放つ。

「アーン?」


あれこれ考えているとやっぱり腑に落ちないのだ。何かがずっと引っかかっている。

そうなんだ。そもそもあのダンスをしている時に、わたしが弁当作ると言ったときに、そんなに嫌なら「それは恥ずかしいからやめてくれ」と断ってくれていれば良かったのだ。

そしたらわたしだって、弁当なんか作って来ない。

そりゃあ本心は手作り弁当食べて欲しいとか思うのだけど、跡部が「恥ずかしいから」とこんな風にコソコソして嫌々食べてもらうくらいなら最初からやらないほうがマシじゃないか。


だけどそんなわたしの気持ちを露ほども知らない跡部は、

「貴様が作ってくると言い出したんだろうが。なんだ今更」と眉間に皺を寄せた。女心がわからないヤツめ!

わたしはなんだか、自分だけ張り切っていたのが馬鹿馬鹿しいんだ!

「わ、わたしはさ、アレだよ、婚約者らしいかなって思って面倒臭いのに作ってさあ……だって、そんな、人に見られて嫌ならさ!」嘘までついた上に、ムキになって返してしまう。

「別に嫌なわけじゃねえよ」跡部はあくまで冷静だ。

「でもだって恥ずかしいんでしょう?」ていうか納得がいかないんだもん!

「俺様のキャラじゃねえってだけだ」ついにはソッポを向き始めた。

「嘘だよ。顔真っ赤にしちゃってさ!」追い討ちをかけてやる!

「誰がだ!減らず口が!!」結局このパターンだ。


それに、だ。

三週間ぶりだというのにこっちだけが浮き足の立っている感じも面白くなかった。

感じも、というか、主にそれが面白くないんだ。

でもよく考えたらわたしだけが好きになってしまっているから、それは仕方のないことであって……。


よよよ?オカシイ。


わたしはこの疑似体験に、ついには勘違いまでし始めているんじゃないだろうか。

肩書きだけの婚約者という自惚れが、独占欲まで生み出しはじめている。

――すっかり恋人気分?

だけれど……それがまずいとはわかっていても、この想いは止めようがない。

楽観的に考えればこんな言い争いも案外楽しかったりするんだけど。いやいやそういう問題だろうか。

跡部は何を怒ってんだと言いたくならないのだろうか。結構温和な人なのか?……ははは、まさか。




「はい、どうぞ」

「ああ」


気を取り直した。

キンキンに冷やして水筒に入れてきたお茶とお箸とお皿を跡部に手渡して、その手の行方をゆっくりと見つめた。

跡部は一口お茶を飲み込み、ふぅ、とスポーツマンらしい息をつく。

さて、最初は何から食べるだろう。嫌いな物を入れてしまってないだろうか。

いろいろと気になってしまって、跡部が食べはじめないと気が気じゃなくてこちらも手をつけれない。

だけど跡部は、広げられた弁当をじっくりと見るだけでなかなか手を動かそうとしなかった。

不安が口を衝いて出る。


「……不味そうで食べる気しない?」結局可愛くない物言いになってしまう。

跡部はげんなりと言わんばかりにわたしを見つめた。

「テメーは嫌味のような言い回ししか出来ねえのか?」

「だって……手つけないし」


確かに嫌味な言い方でした。

怒られたことが恥ずかしくて素直になれない子供のようにぷっくりとむくれたら、跡部は口元をあげて笑った。

また、胸が疼いた。からかわれているのだろうか。なんか悔しい……けど、ドキドキする。


「全部お前が作ったのか?」

「そそ、そりゃそ……」


「やるじゃねえの」

「!」


言った直後、ぱくんと卵焼きを一口で食べた。

誰でもそうだと思うが、卵焼きには人それぞれ好みがあるので一番と言ってもいいほどの気合を入れた。

我が家の卵焼きは少し甘めに作られる。

彼はそれを気に入ってくれるだろうかと、作る時ですらはらはらしたのだ。


もぐもぐと口を動かしている跡部の反応を心待ちにしつつも、あんまり彼をじろじろと見ることも出来ない。

緊張を解すためにも、わたしも何か口に入れようと弁当に手を伸ばそうとした。


――その時だった。


突然、跡部が何かに気付いて大きな声をあげて、はっとしたのも束の間。

わたしは彼の腕に押しやられてランチョンマットから引き剥がされたように倒れた。

当の跡部はわたしの上に覆いかぶさる寸前。

だけどその状況に心躍る暇もないまま、同時に彼の後ろでガシャンと大きな音がした。


「誰だ!」


跡部が急いで上を見上げたけれど、そこには虚しく窓ガラスがあるだけだった。

その様子を見てもわたしは、何が起こったのかわからずにいた。

跡部がわたしの顔を覗きこむ。


「大丈夫か?怪我はないな?」

「あ、うん……」

「そうか。良かった……」


呆然と跡部を見ていると、彼は安心したように立ち上がった。それによって突然視界が開ける。

お茶は水筒から零れた状態でランチョンマットの上を滑るように流れていた。

弁当箱の上には黒い土と、赤茶色の破片と、しなびた緑が散乱していた。

目の中に入ってきたその有様に、ようやくわたしの思考がついてきた。

……鉢植えが、上から落ちてきた?


「跡部……」

「……クソが……」


ぞっとした。

誰かがここを目掛けて落としたのか。……そうに違いない。

それがわかったから、跡部も「誰だ」と叫んだのだ。

……わたしへのいじめは終わったように見えて、実は終わっていないのか。

こんな風に、わざわざ跡部が一緒のときを狙うなんて。

これまでのいじめも尋常じゃなかったが、今回のは更に常軌を逸している気がする。


「佐久間、ゴミ袋か何か持ってないか?」

「あ……ある、あるよ。持ってきてる。ちょっと待ってね」


声をかけられてはっとする。

跡部は弁当の上に散らばっている破片を集めていた。

なにかしらのルートを使って指紋を取らせるつもりなのかもしれない。

でも無駄だとわかる。きっとそんなヘマはしていないと何故だかわかる。

跡部もきっと、なんとなくわかっているだろう。


「あーあ……すごいね、これは」

「…………」


わたしは気を紛らわすためにそう言いながら、無残にも壊されてしまった弁当を片付けはじめた。

ああ、そういえば。弁当をこんな風に壊されたのは二回目だ。


「お、お弁当、食べれなくなっちゃったね」

「…………」


しつこくヘラヘラと言って、弁当を片付ける。

朝から一生懸命作った弁当だったのでそれなりにショックもあったが、母が作ったものじゃないだけ、あの時よりも胸の痛みは軽かった。


事の重大さに慄然とする一方で、ポジティブになろうとする自分もいた。酷い葛藤だ。

もしかしたら、跡部のファンの最後の悪あがきで、ちょっとしたいたずらなのかもしれない。

そのいたずらで命の危険まであるなどと考えも及ばないバカな女だっているかもしれないじゃないか。

もっと可能性を広げるならば、誤って手を滑らした場所に、たまたまわたし達が居たということも考えられる。

あまりに都合のいい解釈だが、そう自分を誤魔化すことが大事だと思った。

何故だか自分を奮い立たせた。殺されるかもしれないなんて、考えたくはなかったのだ。


「すげー土だな」


すると、やがて跡部もわたしに賛同するようにそんなことを言い出した。

口調も顔も笑ってなかったが、気休めにはなる。


「ね。はは」


わたしも笑った。

悲惨な顔をしていたら、相手の思うつぼのような気さえしていた。

その相手に、今も見られているかもしれないという恐怖心がどこかにあったせいで、視線を流した。

ゆっくりぐるりを見渡して、また手元に視線を戻す。誰も居ない。

犯人はこの現場を見もせずに、何を楽しんでいるというのだろう。


「朝から作ったんだろ?」

「え?」

「朝、早かったんじゃねえのか?結構量もあっただろ」


今度は跡部が、わたしの気を紛らわすようにそう言った。

その優しさが暖かい。

気にしてくれているのだ。


「うん、でも仕方ないよ」にっこりと笑ったつもりだ。

「……無駄になっちまったな」


だけど跡部は暗い顔で土だらけの弁当を見つめる。

そしておもむろに、ランチョンマットの上に転がっている何かを持ち上げた。


「……跡部?何してるの?」


すっかり焦げてしまったようなおにぎりを自分の目の前に掲げた。

何をする気なのだろうと少し眺めていると、跡部は海苔をべりっと剥がして、土が被ってしまっている残りの部分ににふっふっと息を吹きかけはじめた。

まさかと思った時にはすでに遅かった。


「ばっ……!!跡部!!」

「ッ……ん、なかなかいい味じゃねえの。また作って来い」


「バカ!!吐き出せ!!」

「貴様、誰に向かって口を利いてる。慎め」


大慌てするわたしを見て、彼は悠然と笑っていた。





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