長編小説 | ナノ



 L'endroit pour mettre le cœur


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央玄関から伸びる階段は、今までになく随分長い。リナリーが後で案内してくれるからと、対して気に留めていなかったが、朝食前、本を返しに図書館へ向かった時に、やけに段数が多かった階段がこれだったと思い出した。
心成しかリナリーの口数が減っているように思える。漸く階段を降り切った先は、回廊らしき通路に繋がる踊り場となっていた。
扉の無い出入り口の向こうは吹き抜けの構造のようで、床は見えず随分遠い壁に掲げられた巨大な薔薇十字が見える。恐らく聖堂だろう。さして大きくも無い入り口から覗く、巨大で冷える空間に圧巻を覚えていると、リナリーは室内には向き合わず、立ち止まる私に「そっちは大聖堂の二階の廊下だよ」と一声掛けた。

そう告げた彼女は心なしか聖堂二階の入り口との距離を取っていて、私の動向を待っているようにも感じる。頼めば彼女は律儀に案内してくれるだろう。
しかし、拒絶と言う程ではないが、彼女はこの場所にはあまり近付きたくなさそうだった。
入口に近づき室内を覗き込むと、床面に椅子の一つも備え付けられていない広大な空間が見える。恐らく聖務日課の為ではなく、葬儀の場として使用される方が常なのかもしれない。
直ぐに踵を返してリナリーの傍に戻る。
「この下が聖堂の一階で、次に下りると図書館だよね。その下は?」
安堵したような声音で彼女は「次は通信室よ。でも、もしかしたら此処では挨拶できないかも知れないわ」と言い、再び歩みを進めた。

その意味が解ったのは、通信室を覗き込んだ瞬間だった。室内では常に機械音と人の声が飛び交い、誰もが忙しなく耳元に小さな機械を装着して対話をしている。正面にある備え付けの機械を操作しながら言葉を返す彼らの様子は、確かに割って入るのは難しそうであった。

通信室に常駐するのは、通信班と、対外調整班の一部班員となる。通信班は探索部隊の持つ電話回線や、教団内の通信管理、任務中の団員からの通信の取次や連絡事項の伝達を司り、対外調整班は任務や調査先の団体や機関との渉外を受け持っているという。
「此処では交代制で仕事をしてるから、挨拶するのは休憩中に会った時の方がいいかも知れないわ」
小声で話すリナリーに合わせて相槌を打ち、彼等の気が散らないようそっと退散した。

次に、同階層にある総合管理班の事務室等を訪ねて回り、事務から洗濯等々、様々な管理業務を担当する人々に挨拶をしていった。その内の裁縫室で、衣類の製作に伴い採寸をして貰った。寸法さえ解れば直ぐにでも仕立てに取り掛かってくれるというので、必要最低限の衣類の製作を依頼する。念の為、下衣の丈と襟の形だけは注文をつけることにして、後は彼らに任せることにした。
去り際に、測ってもらった寸法が詳細に書かれた用紙を渡される。此処でエクソシストが纏う団服も作ってもらえるものだと思ったが、違うらしい。
「科学一班のジョニーさんにお渡し下さい」と言われ、科学と裁縫が上手く結び付かないものの、確と受け取り次の階へ向かった。

途中、鉄製の扉が並ぶ少々不気味な場所を通ったが、リナリーは一切触れずに素通りする。聖堂の時とは違い、複雑な心情があるようには見えず、むしろ心を無にしているような気さえする。
「今通った場所は……」と訪ねたが「あそこは気にしなくていいの。でも絶対に入っちゃだめよ」と、彼女にしては強めの語気で言われた。危険物があるのか、他の理由があるのかは解らず、ただ立ち入ってはならないと、それだけしか教えてもらえなかったのだった。

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科学班員の階層へ到着し、室内に入ったリナリーに続くと、そこでは殆ど会話もなく目の下に隈を作った白衣の人々が、凡そ機敏とは程遠いものの、取り憑かれたように作業をしていた。ある人は書面に向かい一心に筆を走らせ、ある人は薬品と書物を抱えて何かを呟きながら調合に没頭する。この光景も、先程見た通信室の様子とは異なる意味で手を止めさせ辛い。そんな事を考えていると、傍のリナリーが高らかに告げる。
「皆、アリスを連れてきたよ」

その瞬間、まるで訓練された忠犬のように、リナリーの声に一斉に場の視線が集まった。
リナリーの姿を映す人々の目は、廃人じみたそれから輝きを胚胎したものに変容し、彼女の来訪を心待ちにしていたと言わんばかりに各々の作業を中断する。
そのうちの一人が、下へ続く螺旋階段に向かって「リナリーちゃんが新入りの子を連れて戻ってきたぞ」と叫べば、階下から慌ただしい物音と共に、人が押し寄せた。
リナリーを原動力とした科学班員達の機動に瞠目している最中、リナリーが私を紹介してくれた。
群衆で過密になった室内の何処かで「アリスちゃん、毛布ありがとう!それから宜しく!」と誰かが告げる。すると全く息が合っていないが四方から感謝の言葉が投げ掛けられたのだった。

彼らを見回しながら「みんな宜しくね。誰も風邪、引いてなさそうで良かった」と少し声を張って言う。
夜中にぐったりと眠りに落ちていた姿や、作業に没我している姿とは打って変わって、根は陽気な人が多いのだと解り頬を緩ませた。
しかし、余りに自然な遣り取りで流してしまいそうになったが、ふと疑問が浮かぶ。
あの夜は毛布を運ぶ白くて大きな彼以外には誰とも会っていなかったし、彼を手伝った事は誰も知らない筈だ。
「そういえば、どうして私って……?」
「“ろくじゅうご”が教えてくれたんだよ」
人の名前とは思えない呼称に疑問を浮かべていると、班員の一人が教えてくれて「ろくじゅうご」は、あの白い姿の彼の名だということが解った。
科学班により開発された侵入者探知用の機械なのだそうだ。製造番号が六十五号の為そう呼ばれている。
彼は科学班管轄下の階層にある監視室に常駐しており、深更の頃合いになると散策がてら寝入っている班員達に毛布をかけて回っているという。ともすると、私に毛布を掛けてくれたのも、ろくじゅうごなのかも知れない。
「そうだったんだね。ろくじゅうごは今は監視室って所にいるの?」
「一班か二班のみんなを手伝ってるか、監視室にいるのかも知れないね」
「科学班って、ここにいる人達で全員じゃないんだ……」

聞くところによると、科学班員は能力別に一から四まで更に班別に組分けされ、班ごと四階層に分かれてイノセンスの研究や情報分析、軍需品の開発等に当たっている。この部屋がかなり広々と敷地であるとはいえ、一挙に四班全員は集まれない。今この場所に集まって貰っているのは、四班と下の階に居る三班の研究員達で、まだ下には二班、一班の部屋と、更に別室で監視室、適合者専用の手術室が有るという。
「手を止めてくれてありがとう。それじゃあ下にも行ってくるね」
リナリーが班員達に告げ「アリス、行こ」と言って私の手を引く。「いってらっしゃーい」と気さくに見送る彼らに向かって軽く振り返って再度感謝を告げながら空いている手を振り、階段を降りて行った。

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ニ班の面々とも挨拶を交わし、続いて一班の研究員達とも対面する。皆、リナリーが帰ってきて喜びつつも、朗らかな笑顔で私に感謝を送ってくれた。
すると、螺旋階段の上から「お。もう来たのか」と声が降ってくる。顔を向けると、科学班員の象徴ともいえる白衣を纏い、逆立てたような髪型で、無精髭を生やした男性が降りてきた。身につけている白衣や襟締の草臥れ具合からはかなりの疲弊が感じ取れるが、当人の足取りは思いの外軽く、声調も明るい。
「班長のリーバーだ。宜しく」
対面し、朗らかな笑みを向ける彼からは、如才なく、また誠実そうな印象を受ける。
「寝ずにいるつもりだったが、情けない姿を見せちまったな。ありがとな、アリス」
あの夜は殆ど全員が顔を突っ伏していたので、彼もまた睡魔に身体を乗っ取られてしまった人々の中に居たかは判然としない所ではあるが、きっと普段は彼がろくじゅうごと共に疲労困憊の班員たちを労っているのだろう。
「今回は完徹記録更新ならずっスね、班長」
目深に帽子を被った恰幅の良い班員が弾んだ声で言う。「無駄に絶望したくないからもう日にちなんて数えてねぇよ」と溜息混じりに班長と呼ばれた彼は、帽子の班員に渇いた笑いを返す。

科学班の人々は寝ずに研究に勤しむのが標準らしく、二、三日は眠らず場合によっては十分な食事を摂る間も惜しみ、点滴で気力を保ちながら仕事に打ち込む事もしばしばあるという。そんな状態が常である彼等にとって、記録更新とは一体何日寝ずに過ごすのか、寧ろどんな方法で人間が本来必要とする要素を欠かして何日も生きられるのか。想像しようとするだけでも脳が高熱を発しそうだ。それと同時にロザリア婦長の険しい表情が脳裏を過った。

「そうだ。此処にジョニーは居る?」
周囲を見渡して問うと群衆の中から「オレだよー」と手が掲げられる。
「裁縫室の人に、団服はジョニーに作ってもらうようにって言われたの」
人の間から華奢な男性が現れた。随分な厚みの眼鏡で、眼ははっきりとは見えないが物腰が柔らかで接しやすそうな雰囲気だ。
裁縫室で受け取った用紙を渡すと「よし、任せて!」と彼は自身の胸元を拳で勢いよく叩き、その衝撃に耐え兼ねてその場に頽れ、咽せだしてしまった。急いでリナリーと二人で彼を支え、背を摩った。他の班員も大丈夫かと声を掛ける。
「もう、大丈夫。二人とも……、ありがとう」
「悪いな。こいつ、今日やっと熱が下がったばっかりなんだ」
ジョニーが立ち上がるのをリーバーが手伝いながら言う。どうやら病み上がりで調子が良くない様子だが、彼は少々身体が弱いのかも知れない。団服作りに随分意気込んでくれているようだが、無理をしてまた身体を壊しては申し訳が立たない。

「団服、いつでも良いからね」
「いやいや、そうはいかないよ!アリス、どんなのが良い?」
息を整えたジョニーは再び火が灯ったように、期待を孕んだ面持ちで私の顔を正視した。なんだか彼のやる気を無碍にする方が悪いように思えて、気付けば口を開いていた。
「首が、此処まで隠れるように作って貰って良いかな?」顎の下を示しながら尋ねると、ジョニーは特に理由を尋ねるでもなく「じゃあ襟は高めに作っておくよ!」と快諾してくれた。
「でも、それだけでいいの?他にもあるならどんどん言って!」
遠慮しなくても良いからと彼は笑みを向けてくれたが、どの程度までなら希望を考慮してくれるのか解らず逡巡していると、思い立ったように眼前の彼が嬉々として言った。
「スカートよりパンツでビシッと纏めた感じも似合いそうだね?」

「似合う」と褒められ嬉しさが生まれるが、密かに寂しさも伴う。どうしても幼い頃に植え付けられたものは振る舞いや言葉遣い、洋装を変えても私の内から完全には出て行ってはくれないのかと。
本当はリナリーのように可愛らしく少女らしい格好をしたい。しかしそれが私に相応しているかは別問題だ。
ジョニーの言葉に、他の班員達の内からも「言われてみれば合うかも」と同調する声が聞こえる。周囲の人々がそう感じるのなら、反発せず、言われるままに振る舞おう。彼等の意見に準じようと口を開きかけた時、リナリーが呟くように言った。
「私は、今着てる服みたいなデザインも似合うと思うわ」
すると、目深の帽子の彼が「うんうん。オレもそう思う」と彼女と意見を同じくする。その発言に少々驚いて視線を向けると、隠れた眼差しの程は解らないものの、頬を綻ばせて彼は続けた。
「で、肝心なアリスはカッコイイのと可愛いの。どっちが好き?」
選択権が貰えるとは予想外で、狼狽しながらも恐々ジョニーの表情を伺いつつ喉を振り絞るように答える。
「か、可愛いの……」
それを聞くや否や、ジョニーは元より穏やかな面持ちを更に破顔させた。
「わかった!……なんかイメージ湧いて来た!ちょっと上品な感じにしようかな。そうだ、襟だけは他の皆より少し柔らかい素材に。いや、でも急所だから耐久度が下がると困るし……」

恐らく独り言であろう、小さな葛藤を呟きながら、ジョニーは近場の机を漁り紙面を硬筆を引っ張り出して、絵や文字を書き出し始める。
彼自身の仕事もあるはずなのに、早速私の要件を優先させてしまった。余計なことを言ってしまったかと困惑していると、帽子の彼が「あれはあれで本人楽しんでるし、気にしなくていいよ」と私の肩を叩いた。
「それなら良かった。ありがとう。……えっと」
「オレはタップ。そういえば、アリスはこれからリナリーと一緒に俺たちを手伝ってくれるのか?」
タップの一言に、班員が一斉に騒めきだした。皆口々に喜びを口にしているので、どうやらタップの発言を聞いて先走り、私を歓迎してくれているようだ。状況が分からず、助けを求めるようにリナリーに視線を送る。彼女は済まなそうに微笑み、凛とした声音で研究者達を制した。
「皆、言ったでしょ。アリスはエクソシストなんだよ。これから忙しくなるんだから」
彼女はそう助け舟を出してくれたが、ふとタップの言葉を脳内で復唱し、生まれた疑問をリナリーに伝える。
「もしかしてリナリーは、科学班でも仕事を兼任してるの?」
「仕事って言える程大した事はしてないわ。コーヒー入れたり書類を整理するくらいだもの」

リナリーは室長助手でもあり、科学班の給仕や雑務もしているのだそうだ。彼女はそれを趣味みたいなものだと衒いもなく答えたが、精神的な余裕が無ければ、彼女のようにエクソシストでありながら、他の団員への心配りは出来ないだろう。羨望の感嘆が思わず口から漏れた。
「そんなに難しいコト頼んだりしないから、オレたちへの助けが増えるのを待ってます!」
「わかった……!でも、もう暫く待ってて」
「アリスったら。間に受けなくても良いからね?」
呆れたように小さく息を吐きながらも、リナリーは眼を細めて笑みを浮かべる。

私はまだ誰かを気遣う前に自身の今後を明確にしなければならない。けれど、そうして一歩ずつ進んだ先には、リナリーのように……とはいかずとも、助力を求める彼等を顧みる余裕を持てるようになりたい。そんな願望を心中で考えていた折柄、人の声に似ているもののどこか機械じみた音が近くで聞こえた。

「手伝ってくれて助かったのじゃ」
その音の方を向くと、大きな白い体の彼が体躯に合わない短めの手を挙げて側にやって来た。
「貴方、喋れるんだね!?」
喫驚する私にろくじゅうごは体の上部を少し曲げて、首肯に似た動きをする。彼の構造には大いに興味があるが、エレベーターの可動原理を聞く以上に丁寧に説明されたとて理解が及ばないだろう。機械というよりは空想上の生き物が顕現したと認識した方がまだ納得が出来る気がする。
「私こそ。わざわざ談話室まで毛布持って来てくれて、ありがとう」
「談話室?なんの話じゃ?」
ろくじゅうごは身に覚えが無いらしく、そもそも私が談話室に居たことすら知らなかった。科学班員達に毛布を掛け終えた後は、監視室に戻って行ったのだそうだ。
――それなら、一体誰があの毛布を……。
当てが外れ、推察しようにも、もしも偶然通りがかった誰かだとして、千人以上の人々の中から探し出すのは不可能に近い。残念だが、親切な誰かに感謝を伝えるのは難しい。
直接言葉を送れないのは心残りだが、いつか偶然この謎の答えが知れる時までは、自身の心の内に忘れずに持っておこうと思うのだった。

]V

「それじゃ、そろそろ兄さんの所に行こっか」
リナリーに促され、最後の案内場所への先導を頼んだ。するとリーバーが「室長、寝てるかもしれねぇから」と共にコムイの元へ同行してくれる事となった。
「いつもありがとう」と眉尻を下げてリナリーは彼に笑い掛けるが、何処か申し訳なさそうにしていて二人の遣り取りに不可解さを覚えながらも、一班の人々に見送られて階下へ向かった。

螺旋階段を降りる途中、リーバーが足を止めて此方を向き、声量を抑えて言った。
「アリス。リナリーの前で言うのもなんだが、室長はあんなんだけど、俺達のトップだからさ。あんまり軽蔑しないでやってくれな」
「あんなん?十分立派な人だと思ってるよ」
返答にリーバーは間の抜けた表情を見せて、一瞬停止した。直ぐにリナリーに視線を移し「……まだ、アレを見てないのか」と問い掛けると、リナリーが何とも言えない面持ちで首肯する。
「アレって、何?」
「嫌でもこれから見ることになる。この階段を降り切るまでは、室長を尊敬しててやってくれ」
リーバーは何かを悟ったような、或いは諦めているような面持ちで頷く。彼が何を言わんとしているのか読み取れないままだが、深く何度も首肯を返した。

少し前に知ったのだが、此処は黒の教団「本部」であり、他にも世界各地に教団の支部が存在しているという。
各支部にはエクソシストは在籍しておらず、所属者は後援派の人々……とりわけ科学研究者が主な構成員となる。
各支部に於いても数百人規模の科学班員がおり彼らにとって本部は卓抜した知識や技術を持つ者が配属を許される精鋭達の集団で、本部に憧れを持つ支部の研究員は少なくないと言う。
六つの拠点である各支部と、本部、それら全ての後援派とエクソシストの指揮を司るのが室長のコムイだ。
本来ならば、私のような特に取り柄のない人間が簡単に対話できるような人物ではないのだ。多少の失態があった所で、階段を降りるまでとは言わず、彼の尊厳が失われはしないだろう。

床一面はほぼ何らかの書類がばら撒かれたように散乱し、うず高い本棚の壁が三面に広がる司令室。
奥に置かれた大きな机には書類や本の山が形成されており、山々の隙間から癖のある黒髪が覗いている。
彼の背の高さからして、顔が全く見えないのは不自然だ。随分背を丸めて机に顔を近づけて作業しているのだろうか。
それにしては微動にしないというのもおかしい。三人で彼の真横に回ると、机に突っ伏し割と大きめな寝息を立ててコムイは寝入っていた。これがリーバーの言う「あんなん」な姿なのだろうか。

リーバーがコムイの側に行き、指南するように説明し始めた。
「室長は一度落ちると、揺すっても殴っても蹴飛ばしても起きない」
寝息に合わせて穏やかに動く肩を、かなり強く揺すった後、間髪入れずにコムイの頭を確と握った拳で殴り、続け様に脛を言葉の通り蹴飛ばした。慣れているのか余りにも自然な動作だったので強行を止められなかった。何のつもりか全く理解出来ず、これ以上の暴力はさせまいと、慌ててリーバーの腕を引っ張って声を上げた。
「な……何してるの!?」
「ん?ほら。見ての通り起きないだろ」
確かに、コムイは夢の中で文句を言っているのか、大層迷惑そうにいびきを立てているが、一向に起きる様子はない。
「わざわざ実践しなくても……」
「今のはちょっとした憂さ晴らし」
冗談げに軽快に笑いながら、彼は続ける。
「で。どうやって起こすかというと」
言いながらコムイに近づき「リナリー、室長に内緒でこれからデートだって」と耳打ちする。
何故そんな嘘を吐くのだろう。と疑問を抱いた瞬間、音を立ててコムイは椅子から転げ落ちるようにして、リナリーの足元に這い寄った。

「嫌だー!!行かないでリナリー!お兄ちゃんになんで言ってくれないんだよおー!!」
少し前に兄妹として二人は似ているかもと思った事、彼に抱いた凡ゆる尊敬の念を撤回すべきだろうかと脳内が混乱を始める程に凄惨な景色が突如として目の前に現れたのだった。

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