桜のみる夢 | ナノ


 由緒ある家

王都にあるユークリウス邸は
資産家貴族に相応しい 壮麗な屋敷だった
品のある調度品で 豪奢であるのに飾りすぎない室内は
やわらかな灯りで照らされている

「お帰りなさい兄様」

奥からひとりの少年が出迎えにあらわれた
主とよく似た藤の色の髪は後ろで一つに束ねられ
きっちりと礼装を着込んで 真面目そうな面立ちだ
線の細い印象のこの少年は
契約を結んだ際に流れ込んできた記憶におられたな
主の弟君だ

「ただいま帰ったよ、ヨシュア。
 変わったことはなかったかな」

「ええ、特に何も。穏やかな一日でした。
 そちらの女性は……?」

少年は 主の後ろに控えていた私を不思議そうに見る
主は振り返り 私に前へ出るよう促しながら
弟君に事のあらましを話しはじめた

「実は今日、王宮に侵入した精霊でね」
「王宮に、侵入!?精霊!!?」

想像の範疇を超えていたのか
声を引っくり返して片眼硝子の向こうの目が見開かれる
敵意はないと示すように 私は目を緩め口角を上げた

どうも主と話すうちに分かってきたのだが
精霊は普通 依り代となる魔石を必要とする上
自然のものから熟して育った精霊が
ずっと実体化しているのも稀らしい
私はおよそ規格外の存在なのだろう

「私と契約を結び、監視と保護をすることになった。
 諸事情ある様でね。害意は無いから安心して良い」

「お初にお目にかかります、弟君。
 気軽にセレとお呼びください」

こちらの世界の 女性の貴族様式で挨拶をして名を告げると
弟君は ぽかんと口を開けて固まってしまわれた

「すご、い……あっ、失礼。
 よろしくお願いします、セレ……
 はああ……流石、兄様です。
 こんな高位そうな精霊と契約を結べるなんて」

「実は私も結べるかどうかは五分だと思っていたよ」

弟君が目を輝かせると
主は苦みのある笑みを浮かべながら肩をすくめた

「少し緊張されていましたものね。
 しかし繋いだ手はとても温かく頼りになるものでした。
 だから、我が身を預けようと思ったのです」

一目にしたときから主の加護に当てられていたのは
なんとなく気恥ずかしい
────これは黙っておこう






精霊と言えど女性を寝台で寝かせないわけにはいかないと
主と弟君からのお心遣いをいただいたが丁重に断り
ならばせめて と主の寝室に用意された
柔らかな寝椅子に腰を沈め
外を眺めながらときどきまどろみ 夜を過ごした

そもそもいままでずっと立って過ごしてきたのだ
この身体になって重さはほとんど感じないし
正直なところ外気に満ちる力のお蔭か
今のところ渇きを感じることもない


徐々に淡い藍色に沈んでいた窓の向こうが白み始めた
そろそろ夜が明ける
風が一迅入り 窓帷がさやさやと揺れた

六色の準精霊の先輩方が 主を起こそうと
煌めき囁きながら飛び交っている
私も寝台に近付き 縁にそっと腰掛け 主を窺いみると
僅かに身じろいだ整ったお顔が思っていたよりも幼く見えた

信のおける主だが やはりまだ若い青年なのだ
そう思うと自分の顔が綻ぶのを感じた


朝日が室内に差しこみ
纏っていた白い衣が空気に溶けて
花の彩をした洋装に変わった

この姿の方がこの世界には馴染みやすそうではあるが
それにしてもどういった仕掛けだろう
自分の力なのかどうかも いまいちわからない

閉じられた目の睫毛が揺れるのを見て
そっと言葉を発する


「──お早うございます、主」
「……セレ……?」


目を覚ました主に微笑みかける

この世界で新しい生が始まる
かつて芽生えたことの無い想いが 新しい身体を満たした

prev / next

[ 表紙に戻る ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -