桜のみる夢 | ナノ


 名前と契約

小さな光が青年を守るように周囲を飛んでいる
既に彼と契約している御霊達だろうか

青年の目の奥を 意思を覗く
彼は目を逸らさず真摯に向き合ってくれている
何が大切なことか きちんと知っている目だ

なんとなく察している
ここは元居た故郷と空気が違う
飛び交う波動も感じた事の無いもので溢れている

故郷からは遠く離れ
慣れない身体を手にして
この世界で寄る辺なくさ迷っても
帰れる保証はないだろう

このような機会をくれた青年に感謝しなければならない
同意を伝えよう


《契約しましょう 貴方を主とし 我が身 我が力を預けます》

青年の肩から力が少し抜けたようだ
緊張していたのだろうか

「感謝します。それでは貴女の名を教えてもらえるだろうか」

《名…? 名はありません 少々樹齢の張った ただの桜の樹ですので》

「その魔力で、名が無い…?
ならば、私が付けて構わないだろうか?」

《……ええ 構いません》

青年がこちらに歩み寄る
人を模した姿となった今の私は 背丈が高くはなく
いつも見下ろしていた人の子を 今は見上げている

彼は着けていた手袋を外し そっと私の両手をとった
その手のあたたかさが直に伝わり
また身体の内側で何かがぐらぐらと揺れる
樹皮がないとこんなにも違うか

「魔力が不安定なようですね。契約すればそれも落ち着くでしょう。では契約を始めますが……本当に良いですね?」

念を押して心を確かめてくれたがもう答は決まっている
口端を引き上げ笑みをつくり 同意を伝えた


「我が名はユリウス・ユークリウス
ここに精霊との契約を結ぶ

契約のある限り貴女の身は私が保証する
貴女は私と共にあり私を助ける
私がこの約束を守れなくなればこの限りではない

貴女に名を与える
名は……セレシェイラ

セレと呼ぼう」

繋いだ手から 彼の力 記憶 意思が流れ込み
私の力も彼へ流れて行く
互いに同化してゆくその感覚がなんとも心地良い
絆が形成されるのを感じる

名前が身体に染み込み
魔力と呼ばれている物が更に増大したが
安心感からか 力が安定してきた


すっかり馴染んだ頃
気付かぬうちに閉じていた目を開けると
彼も目を開け 驚きの表情をしていた

「驚いた……君の記憶らしきものが見えたが、まるで別世界だ」

やはり彼も言うなら間違いないのだろう

「恐らく私の故郷とここは異なる世界なのでしょう、
大気の波動が全く違いますし……
……?声が、」

初めて聞く己の声に気付き思わず手を口にやる
人の様に話せている
言語も問題ない
契約しお互いの記憶を分け合ったからだろうか

「思念ではなく話せるようになったのだね。あとでその美しい声で君の故郷のことを詳しく聞かせてくれ」

幼子のような知的好奇心の見え隠れする
純粋な目で主が言った
気障な言い回しは幼い頃からの
女性を大切にする教育により
主にとってはごく自然な本心からの言動である

それが理解できて くすぐったさが身体を駆けた
そこそこ長く生きてきたのに
ここに来てから初めての感覚ばかりだ

「皆、此度の侵入者は私と契約が成立した。以後は私の責任管理下における精霊となる」

騎士達にそう宣言し 主は場を収めると
取り囲んでいた騎士達の張り詰めた空気が霧散した

ルグニカという王国の騎士として心技体統べて揃った
最も優れている″最優の騎士″と称される主の
信頼の高さが窺える

事の処理だの 報告だの 諸々の手続きやらを済ませると
あっと言う間に夕刻になっていた
並んで歩きながら ぽつりと空を見て呟く

「日の長さは……同じくらいですね。
 空の変わりゆく色合いも似ている」

遮るもののほとんどない美しさに
懐古の念が湧き目を細めた
こちらに来て一夜と経っていないのに
もう里恋しさが出たのかと思ったがこれは……
年による郷愁か
故郷ではこんなに空気が澄んでいることは
もう稀だったから

「君の故郷の空はいつも少々霞んでいたようだがあれは何故かな?」
「あれは人の子の営みや、遠い国の砂が風に乗ってきたりして……ああ、あるいは杉の群れの花の粉が一斉に弾けたり」


人と話せることがこんなに楽しいなんて
慣れない土地に初めての身体なのに
心はとても穏やかだった

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