誘精の加護
騎士の詰め所に慌てた様子で伝令が入り、手隙の騎士に召集がかけられた。伝えられた内容にユリウスは思わず目を見開く。それは恐らく誰もが仰天するものだった。
──竜歴石の間に強大な魔力を放つ侵入者あり──
この世界の行く末を予言する竜歴石が安置されるその場所は、国の最重要区域である。警備も厳しく、限られた者のみが立ち入りを許されるはずのそこに、何者かが侵入したという報告。騎士たちに緊張が走る。
侵入者はどうやら精霊らしい。
今代の剣聖であり、あらゆる精霊を従属させる加護を持つラインハルトは、今日はあいにくの非番だ。彼が出れば容易く屈服させられるのだろうが……
ここで精霊騎士を名乗る自分が行かないわけにはいかない、とユリウスは即座に席を立ち現場へ急行する。
近づいて行くにつれて、なるほど報告されたように強く濃密な魔力が肌に刺さる。先に駆けつけていた騎士達に道をあけられ通されるとそこには一人の女性が佇んでいた。
背丈は一般的な成人女性程度か。
見たことのない純白の衣装……いや、カララギの伝統衣装に似通った形式の衣を纏っている。
漆黒の長い髪は結われる事なく大気に揺らめいており、肌の色は白く透き通るようで、瞳は淡紅色に煌めいていた。その奇異で神秘的な姿は目を釘付けにするに十分であった。
彼女は困惑の表情を浮かべていたが、恐らく加護が働いたのだろう。ユリウスと目が合うとはっとした表情をして、放たれていた刺すような魔力が静まりを見せた。
誘精の加護。精霊を目視し、会話し、好まれやすい加護。
これだけですべての精霊に好かれるわけではないが、この侵入者には多少有効であったようだ。
互いに視線が離せないまま、しかし警戒だけは怠らずこの場を代表してユリウスは口を開いた。
「高位の精霊とお見受けする。どのようにしてこの竜歴石の間に侵入されたのか」
話が通じるのか少々不安ではあったが、ややあってから鈴の音のような澄んだ声、というより波動が発せられた。
《私は桜の樹の霊です 山火事に巻き込まれ 恐らく命が尽きたのだと思ったのですが 気付いたらこちらにおりました》
ピリ、と揺れる波動を受け止める。倒れてしまった騎士はこの思念波が直撃してしまったのだろうとユリウスは納得した。耐性がないものには辛く、精霊と親和性がなければ意味も理解できない。
サクラ、というのがどんなものか分からないが、彼女は樹を触媒とした精霊であるという。そして自分でもどうやってこの厳重な警備体制を抜けて侵入したのか分からない様子だ。加護が効いているため偽りではないのだろう。
さて、どのようにしてこの場を収めるかと思案する。討伐するにもここで戦闘行為を行うなどもってのほかだ。先程まで発せられていた魔力が最大値とは限らない。魔力がだだ漏れではあるがしかし敵意は薄い。穏便にお帰りいただくか、もしくは。
「ここは立ち入ってはならない場所です。帰る場所があるならお帰りになるか……貴女さえよければ私と契約をしてはもらえないだろうか」
見たところ未契約の精霊であるし、侵入経路も分かっていない。世に放つより管理下に置くべきだ。御せるか否かはやってみなければ分からないが、相性は悪くないように感じる。騎士団のどよめきを背に受けつつユリウスは言葉を続けた。
「正直に申し上げると、今の貴女は危険な侵入者であり討伐の対象になりうる存在です。しかし契約の暁には貴女の身分を保証すると誓いましょう。ただし貴女も私の呼びかけに応じて力を発揮してもらうことになります。そしてこの契約は並みの条件では解消されない」
説明すると、毅然として彼女の目を見据えたまま、ユリウスは返答を待った。
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