桜のみる夢 | ナノ


 見様見真似

「まずは空間や対象に在る水のマナを感じとって。
 人の場合はそれを取り込むんだけど、精霊もかな?

 マナをどんな方向に動かしてどうしたいのか、
 留めるのか、流れを良くするのか、逆行させるのか。
 丁寧にイメージしにゃがら発動させるのが基本だよ」

「どうしたいのか、丁寧に、……わかりました」

「じゃあ、ちょっとした傷の治癒から始めてみようか。
 ユリウス、ちょっと剣貸してくれる?」

渡された剣を横にすらりとひいて
フェリス様は自身の腕に傷を創った
赤い血が溢れて細い腕を汚し 地に落ちる
見ているだけで痛そうだ
これは″ちょっとした傷″のうちなのか

「マナの流れを良く見ててね」

はらはらとしてざわつく意識を抑えて集中すると
この世界特有の煌めきをもつ 細かな水の気配が
大気中からフェリス様に取り込まれてゆくのがわかった

翳された手から溢れる青みを帯びた光は
傷口に集まって 治癒を促進させてゆく
すると瞬く間に傷口が塞がった
血による汚れも 洗い流すかのように綺麗になっている

なるほど確かに汚れたままでは
戦いの最中で次の動作の邪魔になろう
感染症を予防する意味合いもあるのかもしれない
ここまでやって治癒魔法なのだな

「イメージ掴めた?」
「はい、恐らく」
「じゃあ早速やってみようか」
「フェリスばかりでは申し訳ない。次は私が傷をつくろう」
「おっ悪いねー」

主が騎士服の袖を捲り すっと剣をひく
先のフェリス様の時ほど傷は深くないようだが
ああ やはりそわそわ ざわざわしてしまう

「セレは存外、思っている事が顔とマナに出やすいのだね」

顔を上げると 主の金色の目は 悪戯っぽい笑みを湛えていた

「っ、」

表情など出し得なかったかつてとは違い
この躯体は″私″がそのまま映されてしまう

「ほんとだ、ミステリアスな雰囲気にゃのに意外〜」
「恥ずかしい限りです。…………お二人とも、視線が……」
「気にしにゃいで、ほらほら」

花を愛でられるでもなく 意味ありげな眼差しで
見つめられることには なかなか慣れない
が しかしこれも試練だと思おう
折角 望んだ力が手に入る機会なのだ


先程のお手本を思い返しながら
周囲の水のマナを 身の内に取り入れる

主の腕に片手を添え もう片方の手を傷口へ翳す
″いめーじ″を大切に 丁寧に
傷口へマナを送り 留め 循環を促して
癒えよ と念じ 想いを込める

やわらかい光が強まり マナが傷を塞いでゆく
最後に 雨で洗い流すように清める──


──男性にしては白い主の腕は
無事に傷のつく前の状態に戻った
妙な痕などもない きちんと成せたのだろうか

「でき……ましたか? 主、違和感などありませんか」

「いや、問題無さそうだ。良くできたね。
 ……そういえば無詠唱だったようだが……?」

「あ、普段詠唱しにゃいから教えるの忘れてた」

思い出したようにフェリス様が からりと笑う
普通 無詠唱で魔法を扱うには
その魔法を相当量こなし
熟達していないといけないらしい

心の内で癒えよ念じていたから
全くの無詠唱ではないと思うのだが
正しく発動できているならばそれで良いか

「上出来だよ! 次は身体の中に作用させてみよっか!
 ねぇ、ちょっと君たち協力してくれにゃーい?」

フェリス様は 猫のような耳をピンと立て
元気良く 休憩中の騎士方々にご協力を仰いでくださった

だが 彼らは私を見て僅かに顔を引き吊らせている
もしかして昨日お世話になってしまった方々だろうか
身体の中を調整させてほしいというと
更にお顔を強張らせてしまった

しかし騎士のトップに立つ 主とフェリス様の手前
断ることは出来ないようだ

──いや フェリス様の可愛さに勝てなかったのだ
そう思うことにしよう


腹部に手をあてがい 教えられたように
人の中の水脈を感じて 中の傷を癒し
滞りの感ぜられる箇所の流れを良くしてゆく

初めはおっかなびっくりと言った風の騎士方々だったが
身体が癒えていくのを実感されると
ほっとした笑顔をいただけた

上手くやれたことに安堵して此方も微笑み返すと
彼は驚いたように目を開き 頬を淡く染めた
フェリス様がそれを見逃さず 顔を緩めて指摘する

「にゃあに〜赤くなっちゃって〜」
「はっ、いえ、改めて見ると見目麗しい方だな、と……」
「おいっ正直すぎるだろ!」

仲間の肘の入った指摘を受けると
慌てた様子で 取り繕うように咳払いをし 言葉を続けた

「昨日はあまりの魔力の圧に
 命の危険を少なからず感じましたが
 接してみると人と変わらない感じなんですね」

「その節は大変ご迷惑を……
 今こうして安定しているのは主のお陰です」

「この子本当に礼儀正しいねぇ、ユリウス」

「ああ。魔鉱石がなくとも安心して顕現させていられるよ」

これは信用を少しずつ得ていると思って良いだろうか
主を見上げると 優しい笑みをもって 頭を撫でられた

瞬間 暴れそうになった感情を 素早く大気へ逃がす
マナの扱いが上手くなった気がする 講義のお陰だな

「わぁ、キレイ!」
「これは……セレの花だね。優美だ」
「…………え?」

逃がしたマナが花びらとなって あたりに舞っていた
感情の乗ったマナは花になってしまうのか
咲くような季節でもなかろうに

これは──早急に訓練を積まねばなるまい
嬉しさを感じる度に花が咲いてしまっては
迷惑な上に恥ずかしい事この上ない


そう決心していると
主と目が合って また新たに花びらが舞ってしまい
溜まらず両手で顔を覆ったのだった

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