星降る夜に | ナノ


 お出掛けしましょう

全身をさっぱりと洗い終えて2人で湯船に浸かると、てんこ君は目を細めて気持ち良さそうに息を吐いた。
血色のすっかり良くなった顔を見てほっとする。

「……?なんか、味がある?」
「あっ口にお湯、入っちゃった?……よくわかったね」

唇についたらしいお湯をぺろりと舐めて不思議そうにしている。てんこくんの全身の細かい傷に配慮して、湯船に砂糖とクエン酸を少量入れていたのだ。

「傷の修復と消毒にいい物を入れたから」
「ふぅん……なまえって、まほうつかいみたい」
「……、!」

″魔法使いみたい″と言われたこともそうだけれど、初めて名前で呼んでもらえたことに少し感動してしまって言葉に詰まった。じわりと温かいものが心に広がって、自然と笑顔になる。

「魔法使いみたいなのは、てんこくんの方だよ」
「……?」
「たった一言でこんなに温かい気持ちにしてくれるなんて。
 ……キミはすごいね」

私が笑いかけると、少々不器用な微笑みで笑い返してくれた。
無味乾燥に陥りかけていた私の世界が、不規則な、優しい温度で色付いていく。
本当に、キミはすごい。


* * *


「そういえば、靴も片っぽ無かったっけ」

お出かけの準備は出来たものの、圧倒的に物が不足しすぎていることに気づいてしまった。これは早急に衣服類と日用品を整えなければ。

「仕方ない、とりあえずだっこで行こう」
「重くない……?」
「その年にしては多分軽すぎるくらいだよ。大丈夫」

家に連れてきた時のように抱きかかえて、玄関を出て鍵をかけた。表通りを避け一番近場の商業施設へ飛び込むと、子供用品の売場を探す。

ここにはそこそこ長くお世話になっているけれど、当然ながらこんな売り場に来たのは初めて。だいぶ……たぶん150年ぐらい前にはお世話になっていたあたりのサイズだけど、その時はこの辺りに住んでいなかったし、きっとこのお店もまだ無かっただろう。

人気そうな、ヒーローとコラボしたものやキャラクターものを見せると眉を寄せて盛大に嫌がるてんこくん。年齢の割に大人な嗜好の持ち主らしい。初めて見せた嫌悪の顔がなんだか可笑しくて思わず吹き出してしまった。

「……なに」
「ううん。……表情が可笑しかっただけ、、やめて可愛いから」
「なんでこの顔が"可愛い"なの、なまえ変だよ」
「ふ、っんふふふ」

猜疑の色も加わって眉間の皺がひとつ増える。
可愛いのと可笑しいのとで変にツボに入ってしまった笑いを誤魔化しながらふわふわの髪の毛を撫でた。

ちなみにてんこくんは気に入ったものは即決するタイプのようで、シンプルで着心地のよさそうな靴や衣服がとんとんと揃っていく。
買い物をしていると時の流れが異様に早くて、あっという間にお昼に近付き、お腹が空腹を訴え始めた。

「てんこくん、お昼にしようか。そろそろ普通のご飯が食べられるんじゃないかと思うんだけど……食べたいものある?」
「えっと、んー……、……オムライス」
「ああ、いいね。じゃあさっき買った服に着変えて行こうか」

店員さんに言って値札を外してもらい試着室を借りて、着替えて出てきた姿は、ようやくどこにでもいる少年らしく見えた。


喫茶店か、専門店か、……煙草が気になるから専門店がいいかな?
小指だけを外して手を繋ぎのんびりと2人で往来を歩いて、たまにしか寄らないけれど味に定評のある飲食店の扉をくぐる。


「仲良しですね、ご姉弟ですか?」
「ええ」

案内したれながら話しかけられた言葉に言い淀むことなく、にこりと笑いながら肯定を示す。否定して詳しく話せるような間柄ではないし、そうなれたらいいのにな、という希望も少し込めて。

握った手にぎゅっと力が加えられたのでてんこくんを見ると、照れたような笑みを向けてくれた。手に加えられた力の分だけ、なんだか心臓も掴まれたような気がする。

テーブルについて、あたたかな日差しをスクリーンカーテン越しに感じながら、グラスに口をつける。向かいに座るてんこくんは無邪気にメニューを眺めて、これ!と気に入ったものを指し示した。

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