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「いや、懐かしいねぇ。私が初めてお前に会ったときそのままじゃないか」

綱手さんの、きりりとした目にじーっと見つめられて、相変わらず美人だなぁとドキドキしてしまう。

「そういう綱手さんも、全然変わってないですよね」

正直変わっていないってレベルじゃない気がする。
……本当に十年後なのだろうか?

「そうかい?一応2〜3年は年をとってるように、微調整してるんだけどね」
「えっ!?」

「葵、気にしなくて良いから」

カカシ先生が困り笑いしながら話を遮る。

「にしても、前回の術とは発動する速さが違っているな」
「はい。今にして思えば、印も微妙に異なっていたような……」
「その霧隠れの抜け忍は、始末しちまったんだろう?」
「軽率でした……」

カカシ先生が項垂れる。既に部屋に居たナルトくんが「カカシ先生頭に血が上っちまってさ、瞬殺だったってばよ」と言った。サクラちゃんは「カカシ先生でも冷静じゃ無くなる事があるんですね」と苦笑している。

瞬殺……。
こんなに穏やかに見えるカカシ先生だけど、忍としての実力は凄い人なんだろうな。
「以前カカシが捕まえてきた抜け忍の残党だろうな。あいつら確かに、他にも仲間がいたような事を言っていたが……。七つ下がりの術の研究を進めてたって事か。その上九尾を狙うとは」

視界の端でナルトくんの体に緊張がはしった。七つ下がりの術?九尾……?わからない単語だらけだ。

「葵ねぇちゃん、本当にごめんな」
「ううん、私、ナルトくんの事を守れたって事なんでしょ?役に立てたみたいで良かったよ」

「大分無茶をしたみたいだがな」

綱手さんがため息交じりに言う。綱手さんには先ほど右上腕の怪我も見て頂いた。ずきずきと痛んでいたのが嘘のように、彼女のチャクラを受けると痛みが軽くなった。私の力で、片手では、ここまでの処置はできない。

「じゃ、さっそく術を解いてみるか。上手くいくと良いんだが……」

綱手さんが私の額に右手をあてた。
左手で目にもとまらぬ速さで印を切ったかと思うと、額から熱が流れ込んでくる。

すっごく熱い。我慢して目を閉じていると、

「んん……!?」

と綱手さんが声をあげた。
少しして熱が弱まっていく。

「……?」

目を開けると、綱手さんが眉間に皺を寄せていた。

「駄目だな」
「「ええっ!?」」

ナルトくんとサクラちゃんの声がまたハモった。

「駄目……なんですか?」
「ああ、前回の術式とは何かが異なっているらしい」

「……術者を生け捕りにしなかった俺の失敗です」

カカシ先生が重苦しい声で綱手さんにそう言った。こちらからは表情が見えない。

「……お前も人の子だ。冷静じゃ無くなる時ぐらいあるだろう。殊に、こいつに関してはな」

綱手さんがふう、とため息をつく。
私に関して……?どういう意味だろう。

「まあ、前回と似たような理屈の術だとは思うから、シズネと私で研究してみるよ。暫く時間はかかるかもしれないが……葵の事は頼んだよ。ま、私がいわなくてもそうするだろうが」
「……承知しました」

頭を下げるカカシ先生を見ながら、私はこれからどうなるんだろうと不安になる。
右も左もわからないこの里で、まず何処へ行けば良いんだ?

火影室を出て、カカシ先生はナルトくんとサクラちゃんに「じゃ、お前らはここで解散ってことで」と言った。

「先生、元気出してくださいね」
「カカシ先生、ほんとに俺、なんて謝ったら良いか……」
「ナルトは悪くないよ。疲れただろうからはやく帰りなさい」

落ち込んだ様子のナルトくんに、胸が痛くなる。ナルトくんをかばった未来の私も、そんな顔をしてほしいわけじゃなかったと思うんだけれど……。

「あの、ナルトくん!私この里のことが全然わからなくて、自分の家もよくわからないんだけど。良かったら案内してくれないかな」

声を掛けてみたら、ナルトくんの顔がぱっと明るくなった。

「もちろんいいってば「ナルト!」」

ナルトくんの言葉をサクラちゃんが遮った。

「カカシ先生と二人にしてあげましょうよ」

サクラちゃんが小声で言った言葉を、耳が拾ってしまった。一体どうしてカカシ先生と?

「……ごめん、葵ねーちゃん。また明日でもいいか?」
「あ、うん。ありがとうナルトくん」

結局、ナルトくんとサクラちゃんの二人は帰って行ってしまった。
後には、私とカカシ先生だけが残される。

カカシ先生って帰り道に聞いた話では、上忍というやつで、忍の中ではエリート的存在らしいはずで。すごい忙しい人なんじゃないだろうか。

私の家まで案内してくれませんか、とは言いづらい。

「さ、葵。行くよ」
「え?」
「そんな腕じゃ料理もできないでしょ。暫く俺んちに泊まりなさい」
「え、えええ!?」

確かに右腕はまだ麻痺しているけれど。カカシ先生の家に、泊まるって!?

歩き出してしまったカカシ先生に、私は慌ててついて行くしか無かった。






青い屋根の比較的大きな建物がカカシ先生の家だった。軽い足音をたてて階段をのぼる先生の後に続く。

鍵を取り出す手元を見ると、青と銀の組紐がついていた。綺麗なデザインだけれど、少しくたびれている。

ドアを開けて「どうぞ」と言うカカシ先生に促されるまま、部屋に入った。先生はここに一人暮らしなんだろうか。なんだか緊張する……。

珍しげにあれこれ見回すのも失礼だな、と思いつつ、『暫く俺んちに泊まりなさい』という言葉が頭の中をぐるぐるまわって、動揺が収まらないまま、廊下を歩いた。

「疲れたでしょ。何か飲み物でもいれるから、座ってて」
「ありがとうございます」

二人がけのテーブルセットに座った。見たところ一人暮らしっぽい、かな。結婚とかはしていないんだろうか。彼女は?

あれこれ詮索するような事を考えてしまいつつ、忍の人の家も、一般人の家とあんまり変わりないんだなぁと思ったりした。

「はい、ココア」
「あ、ありがとうございます!」

ココアが家にあるのは、何となく意外だな、と思いながら。カカシ先生のマグカップの中をのぞきこめば、ブラックコーヒーが湯気を立てている。これはイメージ通りだ。

「可愛いマグカップですね」

そう言うとカカシ先生は、なぜか少し悲しそうに笑った。


ピンクと青のマグカップ。これってどう見てもペアだし、もしかして触れちゃいけない事だったのかも。
迂闊すぎた自分に気づき、頭を抱えたくなる。
誤魔化すように慌ててココアを口に含んだら、舌を火傷しそうになった。

「猫舌なんだから、ゆっくり飲みなよ」
「はい……」

私が猫舌だってカカシ先生は知っているんだなぁ。同い年だけれど、先生と教え子でもあったという私たちは、一体どんな関係だったんだろう。
カカシ先生とナルトくんや、カカシ先生とサクラちゃんみたいな感じ?

帰り道に聞いた話では、私はカカシ先生の班に所属しているわけではないらしい。なら、二人ほど仲良くは無いのかな。

「あの、泊まれっていってくださいましたけど」
「うん?」
「ご迷惑じゃないですか?」
「まさか」

カカシ先生はくくく、と笑う。額あてを外して両目が見えていると、より笑顔の優しさが際立つ。

ぼんやり先生をみていると、ふいに細い指が覆面を外した。コーヒーを飲むカカシ先生の顔に、目が釘付けになる。

「……!!」

すっごいイケメンだ……。何で顔を隠しているんだろう!?
どきどきしながら、私はまたココアに目を落とす。






「俺は夕飯作るけど、葵は少し眠る?」
「え?」
「大分疲れたでしょ。怪我もしているし」

正直なところ、さっきから緊張しっぱなしで眠たくは無い。けれど、疲れているかと言えば疲れているのは間違いなかった。

「でも、あの、手伝います」
「その肩じゃ手伝えないでしょうよ。いいから甘えなさい」
「でも……」

寝室はこっちだから、とカカシ先生が奥のドアを開いた。
とりあえず私も立ち上がって中をのぞき込む。

寝室は広いけれどベッドが一つしか無い。まさかカカシ先生のベッドで寝ろと!?

「心配だから、休んでて」
「で、でも、私……」
「言うこと聞かないと、また抱っこしちゃうよ?」
「ひぃ……!」

くすくす笑いながら、カカシ先生が私の背中を優しく押す。
断れず、ベッドに座り込んだ。

「じゃ、台所にいるから」

そう言い残して、カカシ先生は部屋を出て行ってしまった。

部屋を見回すと、窓際に観葉植物と写真がいくつか置いてあるのを見つけた。

あ、ナルトくんとサクラちゃんだ。

にっこり笑うカカシ先生と、ナルトくんとサクラちゃん。そして黒髪の綺麗な顔立ちの男の子が写っている。彼は今日の任務ではいなかったみたいだ。

隣の写真はセピアがかっていて大分古いもののようだった。
金髪の美形の男性と、少年二人に少女が一人。
……もしかして、この生意気そうな目つきの男の子ってカカシ先生?ちっちゃくて可愛い。

奥にも写真立てがある。カカシ先生と女の人が二人並んで写っていた。

二人ともとても嬉しそうだ。女の人の方は花束を持っている。何かのお祝いの写真らしい。……この人って。

まじまじと写真の女の人を見つめる。……まさか、十年後の私?

考えているうちに、段々と瞼が重くなってきた。

カカシ先生の言うとおり、少し疲れているみたいだ。起きてからあまりにも色んな事がありすぎた。私はこれからどうなるんだろう。

カカシ先生のベッドに横たわると、なんだがすごく良い匂いがした。初対面の大人の男性のベッドで寝る、という現実味の無い展開に、頭が追いついていかない。
大体、何にも気にせず自分のベッドに十歳下とはいえ女を寝かせるカカシ先生も、どうなんだろう。

でも、何だか良い匂いがするし、眠たいし、まぁいいか。

大雑把な思考のままに、目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、さっき見てしまったカカシ先生の覆面の下。
背も高いし、声もかっこいいし、顔もかっこいいなんて、……反則……すぎる……。


ふかふかの布団に包まれて、私の意識は急速に落ちていった。


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