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突然、お前は十歳若返っていて記憶も失っている、などと言われても、全く現実味が無かった。しかも、私は木ノ葉隠れの里で忍稼業をやっているらしい。私の生まれ育った村は、何年も前に廃村になったという。小さな村ではあったけれど、生まれ故郷がもう地図に無いと言われたのはショックだった。

木ノ葉の里、という響きには聞き覚えがあった。
去年、一度見たら忘れられないほどの美女が村にきて、その里の話をしていたのだ。

私の村は忍びの里では無かったけれど、チャクラを使った医療行為がさかんに行われている。
……旅の途中で村を訪れたというその金髪美女、綱手さんは、医療スペシャリストと呼ばれた忍だったらしい。付き人のシズネさんと一緒に、私たちの施術を興味深げに見ていた。綱手さん達が滞在していた数日の間、ある男の子が大けがをして運び込まれてきた。私がその男の子を治療するところを見て、綱手さんはこう言ってくれた。

『お前は若いのに、ずばぬけた腕を持っているな。医療忍者の素養がある。どうだ、私と一緒についてこないか?』

忍になるという事には、正直ぴんとこなかった。けれど、外の世界には興味があった。
でも、私には唯一の肉親である祖母が居る。祖母を残して村を出て行くことは出来なかった。

『そうか。ま、何かあれば私の故郷の里に行け。私の里でお前の腕があれば、生計をたてる道はいくらでもある』

私たちの村は国境にあって、戦に巻き込まれてばかりだった。綱手さんはそれを心配してくれたのだろう。



「確かに祖母の名前です」

先祖代々の墓に刻まれた名前を見て、私は現実を受け入れた。私の中では生きているはずの祖母が亡くなっている。十年の月日が流れているというのは、本当のようだった。
皺だらけの祖母の手と、笑ったときに優しく細められる目を思い出して、鼻の奥がつんと痛くなる。戦争で両親と妹を亡くしてから、私にとって家族と呼べる存在は、おばあちゃんだけだった。いつも優しくて、「葵ちゃんはがんばりやさんだねぇ」というのが口癖で、いつも、私を見守ってくれていた。

おばあちゃんの、死んでしまった後の世界。
私の村は本当に、廃村になっていた。

木ノ葉の里に戻る道中にあるので寄ってみようか、とカカシ先生が言ってくれて、ここにきた。誰も居ない村の跡を見れば、これは何か夢を見ているだけなんだ、とはもう思えなかった。私と祖母の暮らしていた家は、すっかり無くなっていた。ただ空き地が広がるばかりで、雑草がはびこっている。

村はずれの墓だけはそのまま残されていて、まだ瑞々しい仏花が供えられている墓もちらほらあった。かつての村人が今も墓参りに訪れているのだろう。

「カカシ先生はどうして私の家の墓を知っていたんですか?」

ここまで先導してくれたのはカカシ先生だった。『カカシ先生』と呼ぶと、彼の右目は少しだけ引き攣る。目覚めた時には真っ直ぐ巻いていた額あてで、今は左目を斜めに隠している。覆面もしているから右目しか見えていない。やはり忍は秘密主義なんだろうか。

『カカシ先生』と呼ばれるのは嫌なんだろうか。『カカシさん』と呼ぶべきなのかな。二十七歳の私が彼をなんと呼んでいたのかはわからない。

「前に、葵がここに連れてきてくれたんだ」
「へぇ……」

会話する私たちを、ナルトくんとサクラちゃんが神妙な顔で見守っている。二人はここに来るまでに沢山のことを私に教えてくれた。
私が特別上忍と呼ばれるランクにあること、二十四の時に木ノ葉の里にきて異例の速さで昇格したらしいという事など。異例だとか、特別上忍だとか言われても、忍の世界に詳しくない私には全くピンと来なかった。私よりも年下に見えるのに、立派に忍として働いている彼らの方が、よっぽどすごく見える。

ナルトくんとサクラちゃんが話す間、カカシ先生は言葉少なで、時々用語などに解説をしてくれる程度だった。なぜかナルトくんとサクラちゃんはちらちらと、カカシ先生の様子を気にしているみたいだった。

「ここが私にとって十年後の世界だって言うことは、何となくは理解しました。正直受け入れがたい部分もありますけど……」
「うん。受け入れろっていったって無理な話だと思う。でも、葵の事は必ず元に戻すから」
「木ノ葉の里に戻れば、すぐに術が解けるんですよね?」
「ああ。綱手様なら解けるはずだ」
「綱手様……!?もしかして、医療忍者の綱手さんですか!?」

「葵ねーちゃんは、綱手のばーちゃんの事は知ってんのか?」

ナルトくんが不思議そうにしている。
ばあちゃん?私の知る綱手さんは20代にしか見えなかったから、別人なのかな。

「葵が考えている『綱手さん』で合ってるよ。彼女は俺たちの里の長、火影なんだ」
「ほかげ、ですか」

相変わらずピンときていない私を、カカシ先生は責めるでもなく、優しく微笑んだ。

「さて、ここまでは歩いてこれる距離だったからいいけど。日が暮れるまでに里に帰らなきゃならない」

木ノ葉の里はどれくらい遠いのだろう、と思いをはせていると、「さ、乗って」とカカシ先生が背中を差しだしてきた。

「えっ!?乗るって!?」
「おんぶしてあげるから」
「ええええ!!大丈夫です、私歩けますから!」
「んー、歩いてると日没までに間に合わないんだよね。かといって俺らと一緒に走る体力、今の葵には無いでしょ?」

わからないけれど、今のところ一般人でしかない私が、忍の皆さんと同じ速さで走ることは出来ないだろう。それに、戦闘で負傷したのだと説明された、右肩の傷が、さっきから重く痛んでいる。無理して走っても、ばてるだけだと思った。迷惑はかけられない。

でも、男の人の背中にのっかるなんて。……いくらなんでも恥ずかしすぎる。

「葵は軽いから大丈夫だよ」
「ええっ」
「……おんぶが嫌ならこーするか?」
「え、わ、わあああ!!」

私はあっという間に、カカシ先生に横抱きにされていた。
いわゆるお姫様だっこである。こんなこと今までの人生でされたことがない。

「や、やだ!!おろしてください!!」

恥ずかしすぎて大暴れすると、カカシ先生は「そんなに嫌がられると凹むなぁ……」と笑いながら、私を地面に下ろした。

「カカシ先生、イチャイチャしないでもらえます?」

サクラちゃんがジト目でカカシ先生を見ている。

「心配して損したってばよ……」
「お前ら……。ひどくない?」
「あの、おんぶでいいです。いや、おんぶしてください!」

必死に言うと、カカシ先生は「了解」と言って笑った。




カカシ先生の背中は広くて温かくて、しがみついていると何だかドキドキした。
私にとっては今日初めて会った人だけれど、背が高くて男らしくてかっこいいな、こんなお兄ちゃんがいたら……なんて事を考えてしまう。
覆面で顔が隠れているから、どんな顔をしているのかもよくわからないのに。
謎めいているけれど、ゆるっとした穏やかな雰囲気から、優しい人なんだろうな、と感じた。

それにしても忍の人たちの移動速度、速すぎる。同じ人間なの?

「皆さんすごいですね」と驚いていると「葵はチャクラコントロールが得意だったから、すぐにこんな風に走れるようになったよ」とカカシ先生が言ってくれた。

「あの、カカシ先生」
「ん?」
「私にとってカカシ先生は、先生というわけではなかったんですか?」
「え?」

考えてみればカカシ先生は本来の私と同い年なのだ。ナルトくんとサクラちゃんにつられて、カカシ先生なんて呼んじゃったけれど、私に先生なんて呼ばれたら目が引き攣るのも当たり前か。

「ま、お前は俺の教え子ではあったかな」
「そうなんですか?」
「うん。大変優秀だったんで、すぐに手を離れちゃったけどね」


カカシ先生みたいな優しそうな人に、忍術を教えてもらえてたのかぁ。私ってラッキーだったんじゃないだろうか。

「私にカカシ先生って呼ばれるのは嫌ですか?」
「……いや、好きなように呼んでくれて構わないよ」
「ありがとうございます」

なんとなく気持ちがほっこりして、カカシ先生の背中におでこをつけた。
すごい速さで走っているはずなのに、おんぶされていても全然大きく揺れたりしない。
気を遣ってくれているのかな、と思うと、胸が温かくなった。

あっという間に、里の入り口まで来た。ひらがなで「あ」「ん」と書かれた大門は、見上げるほど大きい。
「俺たちは先に行ってばーちゃんに報告してくるってばよ」といって、ナルトくんとサクラちゃんは先に里の中へはいっていった。

カカシ先生に地面におろしてもらって、「重たかったですよね、本当にすみませんでした」と言うと、カカシ先生は私の頭を撫でながら、「二十七のお前より大分軽いんじゃない?」と言って笑った。それはどう反応したらいいのかわからないんですが……。

未来の私も、カカシ先生におんぶされるような状況になった事があるんだろうか。やっぱり怪我をした時とかかな?

「カカシさん、お疲れ様です!」

ボサボサ頭の、目の下を包帯で隠した特徴的な外見の人が門から顔を出した。ついで、右目を長い前髪で隠した人も後から現れる。二人ともカカシ先生と同い年ぐらいに見える。

「コテツ、イズモ、お疲れ」
「……あれ、彼女は?」

二人に顔をのぞきこまれて、私はひっと後ずさった。カカシ先生が苦笑しながら、私を背にかばってくれた。

「葵ちゃんにそっくりですけど……親戚の子かなんかですか?」
「いや、葵だよ。ちょっと術をくらってね」
「えぇっ!?」

この人達も私の知り合いなんだろうな、と思いつつ、どんな顔をしていいかわからず、不安になっていると、「大丈夫だよ」とカカシ先生が私の頭を撫でてくれた。それで、なんだかとても安心できた。

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